呪術廻戦
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“将来、呪術師として働くことを担保に呪術高等専門学校より金銭的援助を受けている”
これを現実の将来の姿として。自身が歩む未来として。
前向きに受け止めるには、数年前までの自分には難しかったと伏黒恵は思う。
物心つくかつかないかの最中で蒸発した保護者達が残していったのは、血の繋がらない一歳違いの姉と僅かな金、時代錯誤も甚だしい安アパートの一室だった。
小学1年生にして一切の生活の自立を求められた現実は、淋しさや悲しさを感じるより先に、形容しがたい不安感となり恵に襲い掛かった。
これからどうしたらいいのだろうとか。
どこに助けを求めるべきかとか。
ぐるぐる巡る当ての無い思考は不時着さえ許さず、まだ幼い恵の絞り出す選択肢を、踏み潰す事ばかりを繰り返した。
なにが正解なのか判断ままならない混沌。
活路が欲しくて視界を覆えば、暗闇の中に浮かび上がるのは、今にも泣き出しそうな顔をした義姉。
それでも弟である自分が泣いていないからと、彼女は気丈に振る舞おうとするのだ。
そうすればするほど、己の焦燥感は掻き立てられていくとも知らずに。
ここでいっそ子供らしく泣き喚いていたのなら、何かがもっと変わっていたのだろうか。
“無力な子ども”
あの絶望感は、出来ればもう二度と、味わいたくはない。
「(………、)」
じくりと目の奥で広がる鈍痛。
地を這うような鈍さであるのに、突き刺すような鋭さを携えるその痛みは定期的に恵を苦しめた。反射的に目頭を押さえ、痛みをやり過ごす。
これが始まると決まって同時に湧き上がるのは、子どもの頃の不快な記憶だった。
もう二度と味わいたくないと願ったかの絶望感とて、時が過ぎれば風化して、振り返って笑い話にでもなっている―――はずだったのに。
奇しくも訪れた“二度目”は、ほんの1年ほど前。義姉が正体不明の呪いを浴び、寝たきりとなってしまったその時だった。
すでに幾分か呪力を行使する術を得ていた自負もあってか、姉が倒れた当時は焦りこそすれど、急き立てられるほどの危機感は感じなかったように思う。
しかしどれだけ調べ尽くせども義姉の呪いを解くことは叶えられず、分かった事といえば「何も分からない」という現実だけ―――恵は二度目の“無力な子ども”を叩きつけられる事となったのであった。
「(……くそ、)」
じくり。目の奥が傷み、再び恵は目を押さえた。
瞳を閉じれば睫毛が指に触れる。パサついた感触が指を掠った。
それでも収まらない痛みは、恵を過去の記憶へと引きずり込んでは、嘲笑うかのように苛み続ける。
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呪術師になるという既定路線を歩むこと、年々増していく人間への嫌悪感に抗うこと。その葛藤は鬱憤となり、中学時代の恵を度々暴力的発散に走らせた。
“のした”不良生徒を積み上げた頂上に腰かけて、人間社会の秩序とルールを説く。
恵にとってその行為は“喧嘩”などで片づけられるものではなかったのだが、約束を破ったと義姉には叱られ、ひたすらに反発を繰り返していた。
苛立ちを募らせていた日々を、義姉の気遣いを蔑ろにした日々を、思い出せば出す程に鋭さを増す痛みが疎ましい。
けれどもこれが後悔からのものであることを、恵は理解している。聡さゆえに理解してしまう。
ここでいっそ「もう嫌だ」などと弱音を吐いたのなら、何かをもっと変えられるのだろうか。
詮の無い問答―――無意味と分かっていても恵は思考を巡らせてしまう。
“無力な子ども”
この絶望感は、思考をどれほど練ってみたところで、解決できるものではないというのに。
「恵~寝てるなんて余裕だね」
「!」
声をかけられた瞬間、意識の霧が晴れる。
顔から手をどけて視線を上げれば、目の前に広がるのは真っ黒な布――担任、五条悟のアイマスクと視線がぶつかった。
「寝てないです」
思考に溺れていた事も、目の痛みの事も、どちらも追及されるのが嫌で拒絶の態度を向けた。
普段はしつこく絡んでくる担任も授業中であることを考慮してか、それ以上を続けることはないようだった。これ幸いと、恵は意識を授業へと戻す。
今は体術の授業―――同級生の虎杖悠仁を含む三人が、五条の指導に従っていた。
今年の呪術高専新入生は自分を含めて五名と豊作だった。
虎杖と釘崎、欠席しがちな昔馴染み。そしてもう一人―――目の前で組手をする釘崎よりも更に小柄な同級生。恵の視線は自然と彼女へと向いた。
呪術高専に正式に入学が決まってすぐ、ひと月を待たずして入学した彼女は、呪術師とは無縁とも思える程の無垢で純情な性質を纏ったまま、恵の世界へと登場した。
義姉―――津美紀に似た柔らかな笑顔と、朗らかな人柄に戸惑った顔合わせ時を、恵は今でもはっきりと覚えている。
彼女は、目を離せばすぐに死んでしまいそうな危うさを秘めていた。
動揺すると分かりやすく視線を泳がせ、己のぶっきらぼうな物言いに怯えて俯く―――彼女の手に余る呪霊と対峙した時には、抗うよりも先に、手も足も震え使いものになっていなかった。
呪術師は危険が伴う仕事である。恐怖に打ち勝たねば、強くならなければ、寸分の慈悲なく命など奪われてしまう。
虎杖と釘崎が参入するまでは二人で行動する事も多く、故に彼女の頼りない姿に苛立ちを覚えたのも必然で、一緒にいると自然とため息も増えていった。
しかし行動を共にする内に、か弱い姿の中にも芯が通っている事を知り、また、呪術師でありながら無垢を貫ける眩しさに、目を離せなくなっていたのも事実で。
―――守ってやらなければならない。
このところは、そんな一方的な思いまで抱き始めている自分自身に、困惑し続けている始末である。
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「(釘崎にまで投げられるか)」
ばたん、と音が響く柔道マットを敷き詰めた先、彼女は釘崎に転がされていた。眉を下げ、乱れた髪を直しながら立ち上がる。
やっぱり野薔薇ちゃんはすごいね、なんて、負けた悔しさひとつ滲ませることなく、笑って受け入れてしまう“隙”を見せつけている。
そういう態度するから付け込まれるんだろと、恵は眉をひそめた。
なんだかんだ彼女に甘い同級生と担任は、頼りないその姿でも許してしまうのだろう。かくいう自分も、彼女を前にしてその性分を叱責できる自信はないのだが。
頑なな心をいとも容易く溶かしてしまうような、柔和な人柄――――守りたいと思うのは、惹かれているからなのだろうか。恵は思案する。
揺蕩う意識を切り裂くように道場に朗らかな声が渡った。
「じゃあ次、悠仁VS野薔薇組でやってみようか」
担任がびし、と音が鳴る勢いで同級生たち三人を指差す。指名に自分が含まれていない事に疑問を抱いて立ち上がった。
「なんで虎杖達だけなんですか。俺はもう十分休みましたけど」
「恵さっき寝てたでしょ、疲れてるんじゃないの?ここのところ任務続きだったし」
「だから寝てませんって」
大体それほどの任務でもなかったでしょう、報告書出しているんだから分かりますよね―――言葉にしようと思ったが、担任はくねくねと身体を揺らしてふざけるばかりでまともな会話ができそうもない。
こうなるとどれだけ正論をぶつけても意味がないことは、長年の付き合いでよく分かっている―――とにかく、担任は自分を参加させる気がないということだ。
反発するだけ無駄だと再び床に座り直したところで、担任は理由らしい理由を話し始める。
「次の実践ではどれだけ身体が動けるかにかかってるからね。悠仁と恵は合格点だけど、この二人はそうじゃない。ついでに、任務成功の要は悠二になるだろうから、二人の強化込みで悠二にぶつかってもらうってワケ」
一石二鳥!僕って天才!語尾に音符でも付きそうな上機嫌な声色に、恵はますます眉間の皺を深くした。
その後ろで、力不足扱いされた釘崎が抗議の声を上げては虎杖に難癖をつけるいつもの光景が広がり、あっという間に道場は漫才劇場と化してしまった。
収拾のつかない光景にうんざりしつつも、ごねたところで真っ当な指示も得られなさそうだ―――恵はそう結論付け、ため息ひとつ立ち上がる。道場裏で自主練をすべく身を翻した。
途中、“彼女”が気遣う声色をしながら声をかけてきたのだが、微かな声はパンパン!と響く乾いた音にかき消される。
振り返れば、担任がこちらを向いてびし、と、再び音が鳴る勢いで指を差し示してきた。
「ちょうどいいや。恵、これから女子寮に行って愛を起こしてきてよ」
「は?」
「連勤明けで寝てると思うけど、愛も体術もう少し鍛えた方がいいしね。本人が参加するって言ったらでいいから。じゃ、頼んだよ」
「ちょっと待ってくださいよ、女子寮に行くなら俺より釘崎に頼んだ方がいいでしょ」
そうよそうよ!まずは私を休ませろ!と釘崎が同調する。休みたいという主張はさておき、いくら教師の指示とはいえ、適任者がいるのに自分が女子寮にわざわざ行く必要はない。
正論を唱えてみたが担任は意見を変える気はないようで、釘崎に組手に加わるよう促すとそのまま三人への指導を開始してしまった。
こちらに背を向けた後、ひらひらと手を振って「頼んだよ~」なんて呑気な声で突き放され、怒りを覚えるも―――再び、これ以上言い合っても意味がないことを悟ってしまう。
面倒な事になったと頭痛がするような心地で、けれども律義な恵は無下にもできず、担任の指示通りに女子寮へと向かうのだった。
“欠席しがちな昔馴染み”―――沢瀉 愛を連れ出すために。。
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思い出すのは、両親が蒸発し焦燥感に苛まれていた頃の話だ。
「どうしようもない生活をどうすることも出来ない」ということを受け入れ、少しずつ心身ともに平常を取り戻したその頃、突如現れた白髪の怪しい男。
父親のこと、その出自、御三家のひとつ禪院家、自分の引き継いだものの価値、そして、生活援助の話―――津美紀を救う手段の話。
男が一瞬にして恵に授けたのは、大の大人でも即答出来ないほどの重苦しい話の数々――小学生が正常な判断を以って選択できるような話では到底なかった。
それでも恵はその話を持ってきた白髪の男・五条悟に感謝した。自分の身の振り方より、“普通であること”より、気がかりなのは義姉の行く末だったからだ。
「禪院家に行けば津美紀は幸せになれるのか」
自分のこの不思議な力が彼女を平穏な世界へ連れ出す事ができるのならば、恵はなにをも構わなかった。
けれどそれは五条自身から激しくも的確に否定される。
これから訪れるであろう困難な生活も、どうすることも出来ない現実を受け入れた恵にとっては大したこととは思えなかった。
ただ願うのは津美紀の幸せ。この願いを叶えたいと思えども、恵には正解へと導く経験も知識も実力も何もかもが足りない。
だからこそ「禪院家に行くことは絶対に幸せにはなれない」と五条が示した“正解”は、恵を酷く安堵させたのだった。本人にその意図はなかったのだとしても。
―――初めて沢瀉 愛に接触したのは、その後すぐの事だった。
ひとしきりの話と意思確認を終えた頃だった。目が溶けそうな程に輝いていた夕日は、藍色の空を引き連れて地へ潜っていく。深さを増す住宅の影からゆらりと現れた一つの人影。
それはどことなく遠慮がちに距離を詰めてくる。視線が外れたことに気付いたらしい五条は、くるりと振り返って、恵の視線の先を追った。
「愛。もう終わったからおいで」
影にかけたそれは、先程まで自分に向けていたものとは異なる声色だと恵は思った。自分へは小馬鹿にするような微かな嫌悪を滲ませていたのに、まるで猫を愛でるような甘い響きが耳に残る。
五条の声を聞き近寄る速度を上げたその影は、あっという間に男の横までやって来てその腰に捕まる。男の手が影の頭を包むと、くしゃりとたわんだ細い髪が夕日に透けて輝いていた。
男は影を“愛”と呼んだ。背の丈を見るに、年の頃同じくらいの女子か―――視線を髪から顔へと下げれば、恵の宵色の瞳が黄昏を捉える。
背負った夕日で顔にか影が落ちているにも関わらず、それらが霞むほど鮮烈な―――黄昏色の彼女の瞳。
「…悟くん、この子は?」
黄昏色が微かに震えて、声を紡いだ。
縫い留められたかのように動かせない視線に気を取られ、恵は自分の名を伝えることさえままならない。
代わりに男が恵の名前を伝えると、黄昏色は一度だけ瞬き、その後、ゆっくりと細められた。
至上と呼んでも惜しくない程、美しく形取るその造形は、恵の「美」というものへの意識を一瞬にして塗り替えてしまった。
男のサングラスから覗くガラス玉のような瞳も酷く美しかったが、それとはまったく質が違う。
まるで自分の胸の何かを根こそぎ奪われ、支配されてしまったかのような、逆らいようのない情動が鼓動となって、けたたましく鳴り響いている。恵は思わず胸を押さえた。
心臓は奪われてなどいない。煩いくらいに主張し、ここにある。
「伏黒恵くん………。………また、きっと…会える?」
「あ、ああ……多分」
多分じゃなくてちょこちょこ会うと思うよ。
こちらの気も知らないで、五条は対恵用の声色で飄々と答え、再び彼女の頭を撫でる。
くすぐったいのか、その手から逃れるように彼女は完全に五条の足の裏に隠れてしまった。ふっと縛りが解けたかのように恵は視線が自由になる。
何度か瞬きをし、現実であることを認識させると、詰まった息を逃がすように大きく深呼吸をした。心臓も元通りの鼓動に戻り、ようやく心地が戻る。
「(………変なやつ)」
嫌な心地ではない。むしろ胸を掴んで離さないものであるのだが。当時の恵はそれを形容する言葉を持たなかった。
そして、ちょくちょく会うと言った五条の言葉とは異なり、この日以降で恵と愛が会う機会は訪れることなく、数カ月前の呪術高専での顔合わせが二人の再会の時となったのであった。。
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「(………事務室…は、寄っておいた方がいいだろうな。……つうか部屋知らねえ)」
道場から女子寮へと着いた時、恵は彼女の部屋番号を知らない事に気が付いた。
授業中である今の時間、寮に生徒がいる可能性は少ないが、誰かと鉢合わせた時に面倒だろうと事務室へと立ち寄る事を決める。
御用口のガラス戸を引けば、立て付けの悪いそれは大げさに音を立てて開き、中の人物と目が合う。名前は知らないが、いつも敷地内を掃除している人だった。
事情を説明して同級生の部屋番号を訊ねると、特に不審がられる事もなくあっさりと明かされる。
五条先生というワードが効いたのだろうか。だとしたらこんなところにまで傍若無人さ(という名の権力)が伝わっているのだと思うと恵は呆れる外なかった。
女子寮は男子寮の構造と大差はなく、古めかしい木造の廊下が恵を出迎えた。
アルミサッシは元々は木枠であったことを思わせる溝の段差があり、滅多に使用されない位置にある窓ガラスは、視点を変えるとゆらゆらと波打つ歪みが浮かんで見える。
いくらかはリフォームしているとは言うものの、全体としては古い時代のものをそのまま利用しているらしい。
一歩足を踏み出す毎に悲鳴を上げる床板も、侵入者を知らせる意味では防犯性が高いのかもしれないなどと考えたところで、恵はその考えを打ち消した。
正直、呪術が使える人間ばかりのここに於いて、建物の耐久性などあってないようなものだ。
その気になれば誰とて破壊して侵入するなど容易いことなのだから。
恵の足はと職員に聞いた部屋番号の前で止まる。案の定、そのドアには居住者を知らせる目印はどこにもなかった。
こんこんと数回ドアを叩き、反応を待つ。職員の話では夜明け頃に戻ってきて、そのまま外出した様子は無いとのことだった。担任の話とも一致する。
「(授業より任務ばかり受けてるなら、そりゃ疲弊するだろ)」
担任から今年の一年生は五名だと聞かされていたにも関わらず、その全員が揃って授業を受けたことはこれまで一度もなかった。
四月を待たず活動をしていた恵、次に小柄な彼女、続いて虎杖、釘崎の順に級友らは増えて行ったのだが、
聞いたところによると恵が活動をするより少し前には、沢瀉愛は任務に就いて動いていたらしい。
幼少期から五条悟について育てられたということだから、呪術に係る経験値も能力も申し分ないのだろう。
自分が二級で、彼女がその上を与えられていても不思議ではない。
とはいえ、身分が学生である以上、授業そっちのけで任務に充てられるのも不条理だとは思うのだが、担任ならやりかねないと、恵は心の中で同情した。
反応がないドアにもう一度ノックをする。五条は「連勤明け」だと言った。
普段の担任の所業を思えば、無理な任務続きで寝込んでいてもおかしくはない。
疲れて眠っているのなら尚更、必須でない体術の授業の為だけに起こす事もないのではないか―――そう結論付けて、恵は道場へ帰る事を決めた。
ただ、その前に最終確認にと、恵は持ち前の律義さで、愛の部屋のノブを回す。
するとそれは何の抵抗もなくするりと回転し、容易く開いた。
その無防備なまでの軽さに呆気にとられながらもドアを引けば、内側からの強い風がドアを押し開けてくる。
蝶番が外れそうなほどの風量に、恵は慌てて閉めようと押し戻したが、内と外からの抵抗に悲鳴を上げるドアから破壊の二文字を察し、力を緩めざるを得ない。
壊れないようにそっと力を抜いて扉を開かせ、落ち着いたところで閉めるべく画策したが、外側から押し出せば再びギイギイと軋む音が聞こえ、致し方なく部屋に入り、内側から風の盾になり閉めることとなる。
「(本当、立て付けどうなってんだよ…)」
なんとかドアを閉めて悪態をつく。不可抗力とはいえ恵は今、さして親しくもない異性の部屋に無断侵入している状況だ。
あまりにも喜ばしくない状況に、恵は深く眉間に皺を寄せる。
男子寮は、玄関の扉を開ければその先はワンルーム。扉の横にはキッチン、奥に向かって部屋が広がり、南側には大きなガラス窓がある。
すなわち、玄関を抜ければその先のプライベート空間が丸見えな構造だった。
その間取りを想像していた恵は、自分の部屋のそれとは異なる、キッチンと部屋とが区切られている女子寮の構造にほっと胸をなでおろした。
しかし改めて部屋を見渡せば、その不可解な光景に思考が陰る。
殆ど使われていないキッチン周り、空の洗濯籠、どことなく部屋の角に滞留する籠った空気から、日常的にこの部屋が利用されていないことが想像された。
一方で足元―――玄関入ってすぐに脱ぎ捨てられたらしき、呪術高専の制服の上着とスカートがあり、風呂場へと続く導線には下履きの一部が落ちている。
先程の強い風に煽られて飛んできたにしても、どこか雑然としすぎていると恵は思った。
キッチンと部屋とを隔てる襖戸から、眩い程の光が漏れている。カタカタと襖戸は風に揺れ、奥の部屋の窓が開けられている事が予想された。
おそらく、彼女は向こうの部屋にいる―――恵はそう確信して、声をかけるかを迷った。
任務明けで所かまわず服を脱ぎ捨ててまで―――疲れて、休んでいるんじゃないのか。この状況を鑑みればそれ以外の答えは無い。
それに、住人の許可なく侵入しているこの状況を上手く説明できる自信もなかった。
その一方で、散乱する服を見るに、任務明けのしんどさを知っているからこそ心配する気持ちもゼロではない。
「(まあ……ここまで入ったらもう一緒か……)」
恵としては真希ら関係者に運悪く出会うなどして揶揄われる事を危惧していたのだが、それ以上の面倒ごとに発展したと大きくため息を吐く。
その一方で弱っている人間を切り捨てきれない自分の性分にも、呆れざるを得ない状況だった。
「悪い沢瀉、入るぞ」
最早返事など必要ないと、思い切って光零れる襖戸を開けた。
やはり立て付けの悪いそれは少し溝に躓きながらも右へと開き、恵の全身に光を浴びせる。暗い部屋からの照度差に思わず目を細めた。
初夏の鮮やかな光に目を凝らし―――その根本、真っ白いベットの脇に横たわっていた、彼女を見つけた。
陶器のように白い肌に髪を散らせ、薄手のワンピースと共に床に転がってる。
眠っているなどと悠長な言葉では表現できないそれに、恵は次の瞬間駆け寄っていた。
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このあとえっちしちゃう展開でした(25.12.18公開)