丞とその彼女(11話/未完)
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08.仮面舞踏会 ※未完
振り回されるに等しい、強引な腕に為されるがまま、つま先で踏んだのはたどたどしいステップだった。
右へ左へ忙しなくひねる腰につられて翻るドレスの裾は、粗雑な動きと相反して可憐な軌跡をホールに描いていく。
お世辞にも上手いと言えない動きでさえ、目の前の男には満足なのだろう。殊更に褒めて、満足そうに微笑んだ。
肌を滑る上辺の誉め言葉など、自分が最も苦手とする社交辞令そのものでしかないはずであるのに、
その男の声色に嘘の気配を感じなかったからだったろうか、はたまた男の直情的な烈しさに飲まれたのだろうか、
気付いたころには、舞台の花形、ダンスホールの中央に躍り出るほどに緊張が解れているのに気付いた。
男の絶妙なエスコートで交わし続けた各ペアの脇。まるで自分が風になったかのような心地になる。
あるいは、かつて、まだちっぽけな子供だった頃―――醜く太ってしまう前の日を思い出す。
交差点を行き交う大人達の、足の隙間を縫って進むような、小気味良い遊び心。それによく似ていた。
少しはしゃぎ過ぎただろうか。
男のエスコートから外れて、自らの足でステップを踏んだ時―――どん、と大きな影とぶつかってしまった。
謝罪を告げるべく開いた唇は、ほどなく、言葉を発することなく空回りすることとなる。
こちらの衝突に気付かない“大きな影”の、熱っぽい声にかき消されて。
「仮面をつけていても、監督の姿を真っ先にみつけることができたんだ。説明がつかない…どうしてだろうな」
―――仮面があってよかった。エリカは心の底からそう思った。
「ケガはない?」
「は、い、ありません。大丈夫です」
男の声で我に返る。すっかり白けてしまった気持ちをひた隠して、再びステップを踏んでダンスホールを舞った。
ただし足先は円の外へ、舞台の端へ――――本来の居場所へ帰るかのようにひっそりと。
仮面があってよかった。
ひと時でも少なくとも、目の前の甘くたおやかな男に、みっともない顔を見せずに済んだのだから。
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話は数週間前に遡る。
所属している事務所にイベントの依頼や撮影の依頼が殺到し、休日返上でそれらの依頼に応えるべく仕事に精を出していた。
稀にしか来ない恋人からの連絡にも二三言の短い返信を添えるのが精いっぱいの日々が続き、心身共に疲弊していたエリカの元に突如届いた手紙。
恋人が現在の劇団に移ったばかりの頃は公演の度に、同じような形でチケットが送られてきていたのだが、
ここ最近は以前よりも共に過ごす時間が増えたこともあってか、すっかりご無沙汰となっていた。
疲れていたこともあり、ひどく懐かしく感じられたその封筒を開けると、中には短い手紙と、予想通りチケットが一枚入っていた。
『Masquerade Invitation ticket』
「(マスカレード……仮面舞踏会?)」
聞き馴染みの無い言葉に一瞬思考が停止したが、手紙に重なっていた別のリーフレットに詳細が書かれていた。
どうやら結婚式場オープンの催しの一環として、劇団の小規模公演とパーティとを開催するのだという。
将来を誓う二人を祝う結婚式場という場所で、素性を隠した男女が一晩の邂逅を楽しむ…というイベントを開催するという趣旨が
理解しがたかったが、恋人はあくまで式場に雇われた側だ。疑問を投げかけたところで意味は無いだろう。
恋人が所属しているMANKAIカンパニーの公演をメインに据え、他劇団のミニ公演、そして劇団員らによるマスカレードパーティ。
…が催しの大部分だと理解した。
昨今、シンプルな内装の結婚式場が増えている中で、今回オープンするそこは、
昔ながらの式場をリニューアルオープンさせた場所のようで、いわばバブル時代の豪奢な作りを生かした内装になっているのだろう。
浮世離れした蠱惑的な装飾を思えば、妖しさの一言に尽きる今回のイベントとはベストマッチであるとは思うのだが。
結婚を控えた恋人たちをターゲットにしているというよりは、未婚の女性の結婚への意識を高めてもらうための催し――のような意図を感じ、
エリカは内心ため息をついた。
「(劇団員と接近できるってことをメインにしてるんだろうなあ…)」
公演をメインイベントに持ってきているとはいえ、参加者の多くは二部のパーティが目当てだろう。
普段、壇上で輝く劇団員と実際に触れ合い、話やコミュニケーションが取れるということほどファンにとって嬉しいイベントはあるまい。
普段、自分が抱いている熱意や思い、感想を直接本人へと伝える機会なのだから。
まして、そういったイベントに惹かれるファンこそ、劇団員への想いが強い事は容易に想像がつく。
しばし考え込んだところで、どんどんと気が滅入っていく自分に気付いた。
恋人に――――丞に、女性から熱い眼差しを向けられることが嫌なわけではない。
自分ではない女性と密着するであろうことを憂いているわけでもない。
ただただ、面倒ごとを避けたいという気持ちが何よりも強かった。
エリカは、以前、丞の熱心なファンから嫌がらせを受けた経験がある。
当時諍いが起こった際、彼女たちの情報網は凄まじく、とても恐ろしかった事を思い出す。
発行部数も少ない雑誌のモデルをしていただけの自分の情報でさえ事細かに調べ上げられ、SNSで流され批判の対象となったりした。
それ以降、必要以上に会場に長居するような事は避け、隠れるように入場し、逃げるように退場することを心掛けている。
とはいえ、自身の顔も姿かたちも、熱心なファンにはよく知られてしまっている。
どんなに変装しようともちょっとした仕草、習慣でエリカである事は見抜かれてしまうだろう。
たとえ仮面で顔を隠そうとも安心はできない。
それに、一ファンとしての気持ちを察するに、劇団員と交流ができるイベントで実際の恋人がいたとなれば興醒めだろう。
もちろん純粋に役者としての丞を応援してくれるファンがいるのも理解しているが、自身の安全を思えば全てを信じる事は出来ない。
それに、あくまで大切なのは結婚式場のイベント成功である。関係者優待などの配慮は二の次でいいはずだ。
主催側の知り合いを呼ばなければならないほど、集客を見込めないようなイベントでは決してない。
――――故に、エリカは自身が参加しない方がよいのではないかという思考を払拭できずにいたのである。
あらかたメリット、デメリットを考え出しても、折角の好意を無駄にしたくないという気持ち、そして自分自身、丞の舞台を見たいという気持ちは胸にある。
多忙な日々が続き、恋人とも全然会う事も出来ていない。
パーティまで参加したいなどと我儘は言わないまでも、せめて公演だけでもという願いは許されてもいいのではないかと…そんな気持ちがエリカの決断を鈍らせていた。
公演だけ見てパーティには参加せずに帰る。その選択なら可能かもしれない。そう思っていたのだが―――――。
丞からの手紙とは別に届いていたハガキには、見覚えのある可愛い丸字でこう綴られていた。
『〇日、マスカレードパーティ用の衣装の採寸するからMANKAI寮の201号室に来ること』
圧は強いが善意しかないその申し出を断る意気も理由も、エリカには用意できそうもなかった。
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街で出会ったあの日から、可愛い丸文字の主―――瑠璃川幸とは個人的に付き合いが続いていた。
中学生と、若いながら劇団の衣装係を引き受けているだけある、彼の被服への知識も縫製の技術もプロ顔負けのものであったため、
モデルを生業としているエリカとは話がよく弾んだのだった。
彼の被服への熱意は「好き」という、何よりも強い思いから湧き出るものであり、情熱的な彼の若い感性に飾られる話は、エリカにとって刺激的なものとなっている。
生地一枚、糸一片、裁断一つで変化を遂げる被服の奥深さは、携わる者にしか分からない領域なのかもしれない。
「今日の服は及第点って感じ」
「す、すみません…」
彼の情熱が高すぎて胸を抉る事もあるが、その言葉に嘘偽りがないため、客観的視点での勉強と思いエリカも日々吸収を続けている。
今では、仕事でも被服に対する視野が広がったと感じる事がある。すべては幸のおかげだと思っていた。
「あの、幸くん。今日は…どうして?」
服を贈られたあの日から、しばしば手作りの服を受け取っていた事もあり、彼は私のサイズを知り尽くしているのだ。
全体的なシルエットや各パーツからの流れこそ、試着してみないと見えてこない部分だろうとは思うが、ハガキに「採寸」と書かれていたことが引っかかっていた。
実際に衣装らしいドレスはトルソーに飾られている。光が当たると薄っすらと光沢を浮かび上がらせる、ホワイトのドレスだった。
「飾りをどこまでつけるかピンとこなくて。だからあれ着てくれる?それから考えるから」
確かに彼の作ったホワイトのドレスはきれいに縫い目が処理された控えめなデザインのものだった。
仮面舞踏会と聞くと頭に肩に首に、大量のフリルや羽、宝石が散りばめられているイメージだったため、想像以上にシンプルなそれに違和感を感じたのだ。
着たらドア叩いて。そう言い残して部屋を出る幸を見送り、ドレスに手を掛ける。
思ったよりも滑らかで柔らかい質感のそのドレスは素肌に直接触れても布の質感が薄い。
皮膚のようにぴったりと張り付く仕上がりの正確さには、何度触れても飽きることなく、賞賛を贈らずにはいられない。
脇の下から胸のあたり、腰のくびれなど立体的なところであっても、無駄な皺ひとつなく縫い上げられているのに息苦しさはない。
首から肩、胸にかけて大きく露出したデザインなのは、これからここに飾りをつけるからなのだろう。どんな仕上がりになるのかと胸が高鳴った。
コンコン、ノックを二度鳴らせば幸が部屋へと戻ってきた。ドレス姿のエリカを見るなり、口角をにっと釣り上げて微笑む。
「ぴったりじゃん。さすが俺」
「うん、いつもだけれどすごいね。腰も胸回りも腕を動かしても変な皺が入らないし、ずれたりしない…すごいね」
でもこれだけ正確に作れるのなら、飾りとかもある程度は予測できるのではないか。
そう続ければ幸は小さく首を振りそれを否定する。何か考えがあるようだが言葉を選んでいるようなしぐさを見せた。
しばし間を置いて彼は言う。
エリカは胸元にボリュームがあるから、デコルテをどう飾るかで悩むんだよね。と。
手足はそれなりに長く、腰の位置も高い。モデルらしく細身ですらりとしたラインを持っているが、対照的に胸元は確かにふくよかである。
学生時代に太っており、その時に培った胸のサイズだ。
丞と同じ世界を目指すにあたってダイエットに取り組んだ時、なるべく胸のサイズを落とさないようにした成果でもあったのだが。
上半身の豊かさに腰の細さと、メリハリはあるのだが、海外モデルのようなグラマラスと呼ぶにはヒップのボリュームが足りない。
これはもう自分の個性だとエリカ自身は割り切っているが、服を着る上で障害になる事もしばしばある。
―――例えば、今のように。
「俺としてはもっと羽とかフリルを盛りたいんだけど、そうすると上半身がゴツくなりすぎるんだよね」
「うん…仕事場でもよく言われるの。細いんだけどここが出てるから、華奢なラインがあまり出せなかったりして、肩と首元のラインは選ぶのが難しくて…」
「まあ今回は、華奢さはいいんだけどさ…。盛ってもくどくならないようにあえて白を選んでみたけど、思った以上に胸部に迫力があるから飾りが邪魔だし…でも飾りがないとウェディングドレスみたくなるし…悩むな」
それからしばらく幸は飾りを添えては離し、変えては添えてを繰り返していた。
彼にしては珍しく決めかねているようで、眉間に皺を寄せ長考する姿になんだか申し訳なさを感じ始める。
とはいえ肉体改造など出来るわけでもないので、せめて彼の思考を邪魔しないようマネキンに徹することしかできなかった。
結局小一時間悩みつくした結果、胸元はこのまま見せる方向で飾りを避け、代わりに首をやや大振りのスカーフで飾るという方法で決着がついた。
考えすぎて疲れたらしい幸は、同室の皇天馬のスペースへ踏み込み、ソファへと思い切り身を投げた。
一見するとやや硬そうにも見えるそのソファは、身軽な幸の体でも柔らかく沈み、受け止める。質の良さが見て取れた。
「まさか恋人ともども、胸の事で悩まされるとは思わなかったし…」
あの筋肉ダルマに言っといてよ、胸筋鍛えるのやめろって。本気とも冗談とも分かりにくい幸の言葉が胸に刺さる。
なんだか居たたまれない気持ちになるエリカは、半笑いを浮かべつつ、とりあえず幸の言葉をかわしていく。
ドレスの仕上がりに気持ちは前向きになってきている。
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しなやかな動きだと思った。
付け慣れない仮面越しの視界の先で、不意に声をかけてきたその男は、糸のように柔らかな髪を肩に垂らしてゆるりと微笑んでいた。
一見すると女性にも見えてしまいそうな華奢な体格の男は、けれども細身のスーツを華麗に着こなしている。
無駄な皺ひとつ寄せないスタイリングに、思わず目が釘付けになり―――そんな不躾な視線を察したらしいその男は
唇に浮かべた緩やかな弧を一層しならせ、甘い声で「踊らないかい?」と囁いた。
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夢主にダンスを申し込んだ男性を
誰を想定していたのかもう忘れてしまった…東さんかな…?
丞が夢主を会場で見つけることができないのは、
夢主が過去の経験から気配を薄くするのが得意なので
スポットライトに浴び慣れておりかつ
鈍感な彼には見つけるのが至難の業…という裏設定(25.12.18公開)