慎太郎とその妻(25話/未完)
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25.あなたがすきです ※未完
脱藩後 長州三田尻で再会した後の話
慎太郎と共に居たい一心で、中岡の家を守る女であることを捨て、彼を追い脱藩を決意した。
これよりは一人の志士であることを誓い、死ぬ気で脱藩したリンは長州藩に匿われ、三田尻、京都の長州藩邸を往復する日々を送っていた。
その中で高杉の手が空いている日には鍛錬を依頼し、龍馬の仲介を経て高杉がこれを承諾。
志士として扱う事を条件に、高杉が藩邸にいる時には剣の訓練をつけてもらっていた。
脱藩し、京の街へ訪れてから耳にしたのは龍神の神子の話。
龍脈が汚れ、この世が危機に瀕する時、異世界より召喚される龍神の神子。
その龍神の神子が、ある日京の街に舞い降りたという。世界を救う事ができる龍の加護を受けた聖なる存在。
そして高杉、龍馬共に、龍神の神子を守る存在「八葉」に選出され、その証として彼らが扱う獲物には龍の宝玉が埋め込まれている。
リンはただの女だ。志士を名乗ったところで腕は非力で、女を捨てたところでその肉体はまごう事なき女体でしかない。
高杉の気まぐれで剣の稽古をつけてもらっているが、慎太郎の望むこの国の夜明けを見るには力になれるとも言えないようなものでしかない。
それでも、中岡を捨て、土佐の国を捨てた以上はその決意に走るしかない。
気まぐれであっても、鼻で笑われていたとしても、無意味と思われていたとしても、
その道をひた走ることだけが、リンにとって慎太郎と共にあることを赦されるたった一つの道であった。
その帰り道の事だった。
手加減のない高杉の稽古に身と衣服を汚しながら、宿へと戻るその帰り道。後ろから声をかけたのは龍馬だった。
晋作に絞られたのかとけらけら笑うそのわき腹に一発ぶちこみたい衝動を抑え、坂本様と呼びかければ、お決まりの「龍馬でいいって」の言葉が返ってくる。
それを軽く聞き流しながら、横腹を抑えた。高杉の全力の竹刀が食い込んだわき腹が傷むからだ。
龍馬の腰の銃に目をやれば、美しい青い宝玉が光る。
龍神の神子の八葉である証。この世界を救う事ができるただ一人の…龍神の力を受けた証。
「坂本様にはまた大きく離されてしまいました」
「リンは本当に慎太郎が好きだなあ」
慎太郎はいい奴だがあの堅物だぞ?軽口を聞き流して歩みを再開する。
あなたがなんてことないと笑うその力が、立場が、私は何よりも欲しくて仕方がないのに。
私の嫉妬など知りもしないその男は続ける。
「これから慎太郎のところか?」
「埃だらけですから、汚れを落とします。坂本様はどうぞお気になさらず」
「おいおいどうせ目的地は一緒だろ?連れないこと言わず一緒に行こう」
「………」
これ以上断る理由もなく、坂本を後ろに従えるような形で目的地へと向かう。
ふと道の先に見慣れた茶色の外套が目に入る。夫、慎太郎の外套だ。
すぐに龍馬も気が付き、振り向かせようと息を吸い込んだ、その瞬間、慎太郎の背から不意に覗いた淡い桃色の髪。
舞い降りた雪のような美しい娘が、花がほころぶような笑顔を慎太郎に向けている。慎太郎を呼ぶはずだった龍馬の息は、吐息に変えられ、リンへと降り注いだ。
「…お嬢」
―――ああ、彼女が、龍神の神子。
瞬間にリンの体は停止した。視界にとらえた彼女の姿が目から離れない。
景色は霞み、神子に焦点が当たる。白い羽織に淡い黄と薄青の着物、濃紺の不思議な形の袴から覗く白い足は同じく白く丈のあるブーツで覆われ、雪の妖精のような風貌を醸し出している。
なんて可愛らしい少女なのだろうか。ふわりと顔を傾け、揺れる桃色の髪は柔らかく、陽の光を受けて美しく輝いている。
蕩けるように優しい瞳は品を携え細められて、小さな口元を隠しながら微笑む顔が可愛らしい。
夫は、慎太郎は、見目だけで、性格だけで、人を選ぶ男でないことは、自分が一番知っている。
誰よりも自分が愛されている自覚も自信もある。龍神の神子がどれだけ美しくても、私を選んでくれる自信はある。
でも。
でも………
彼が一番欲しいものは、名声でも、家でも、器量のいい妻でもない。
彼が一番欲しいものは、
「リンはいい」
思考を遮って龍馬の言葉がひとつ、肩を軽く叩きながら渡された。
視界に横入る白い外套は、夫の外套と神子を覆い隠す。すたすたと一人でかの二人へ近づいていく龍馬の背を、追うなと言われても、
龍馬の存在に気付いた二人はこちらを見ている。龍馬の奥に立つ私を、視界にとらえた。夫がわたしを見ている。
こんな顔で、会えるはずなんかない。
龍馬が二人に追いつくと、いつもしているらしいやり取りを行っていた。
慎太郎に小言を言われ、神子がそれをほほえましく見ている。龍馬はおどけてそれをかわすと、二人の肩を抱いて道の先へと促す。
まるでリンから隠すように。
ああ、そういうところも憎らしい。何から何まで見透かされている。
「待ってくれ龍馬さん」
慎太郎が龍馬の腕を振り切り、リンともう一度視線を合わせる。その距離10メートルほどか、リンは慌てて顔を作って、彼が言葉を発する前に首を振る。
「汚れているので着替えてから合流します」
慎太郎の返事を待たず、身をひるがえした。
これ以上近付かれたら、目を見られたら、
この醜い感情に、弱い私に、志士になれない私を暴かれてしまう。
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遠くから見てもわき腹を痛めていることは分かった。体が一方に傾き、歩みが遅い。
おっとりしているように見えて、あの人はいつも俺に歩幅を合わせようとてきぱきと歩く人だった。
それに、どこか様子がおかしい。高杉さんとの稽古があると聞いていたが、何かあったのかもしれない。
力を入れる龍馬のそれが、いつもよりも強い。何を隠しているんだと勘繰る。
身を翻し離れていくあの人の背中が、あまりにも小さく見えて、俺は咄嗟に足を踏み出していた。
…が、
「慎太郎 今じゃない」
龍馬にきっぱりと制止される。肩を掴む手の力が強まった。
一連で言いたい事はすぐに分かった。女でなくひとりの志士として扱えと釘を刺される。
彼女の異変は彼女の問題であって、解決に手を課すべきじゃないと。女に戻すなと、龍馬が制止する。
「チナミ君に教えてもらったおいしいお団子屋さんがあるんです。中岡さんも行きませんか」
神子の声が慎太郎を誘う。龍馬が嬉しそうに同調する。
龍馬の言う事はその通りなのだろう、けれど…
あんなに悲しい、背中を放っておけるのなら、俺はあの人を抱きしめたりなどするはずがなかったんだ
龍馬の制止を振り払い、慎太郎はリンの背中を追った。
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「リンさん」
「…どうして追ってきたのですか」
龍馬さんが止めてくれたのに。
男にしては大きすぎる瞳に大粒の涙を浮かべて、リンは慎太郎を見た。
「これは私の問題です、慎太郎さんのせいでは一つもない」
私に力が足りない事も、あなたの夜明けに何の力にもなれないことも、志士になれない事も、
…神子のように、夜明けを見せてあげる力がないことも。
ただ美しい娘というだけなら、何という事もない。
けれど、あの娘は美しく、そしてあなたの夢をかなえる力を持っているのだ。
あなたが、あの子を選ばない理由がありますか。家を捨てた私はあなたの女として生きることももうできない。
志士として生きるしかないのに、あなたの夢をかなえる力を持たない。
その無力さは私の問題であり、あなたの問題ではない。
私が傷つく事を赦す分だけ傷ついているだけ
どうしてあなたがそんな顔をするの…
どうして追ってくるの、
どうして、もう何でもない私を女として抱きしめるの
「俺はあなたが可愛くて仕方がない……それなのに、あなただけを選べない 不誠実なのは俺だ」
同じ方向を向いて、俺を追って、すべてを捨てて縋りついてくることを、嬉しいと思うほどに、
俺は愚かなただの男なんだ……
そんな淋しい背中をさせたいわけじゃない、見たいわけじゃない
こうして腕に閉じ込められるだけで、俺はどうしようもなく幸せなんです。
…本当に、嫌になります。
どれもあなたのためになんてならないのに。