ティナさんと
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ティナさんと
ココという男は存外、嫉妬深い男である。そう彼の恋人は評す。
他人が見ればよくあるカップルの痴話喧嘩のそれだと言いきるのだろうが、当の本人たちはそうはいかない。
今日も今日とて虚しい探り合いが行われていた。
最も、この恋人達の不和が長引く原因は双方が思った事を口にせず己が内であれやこれや悩むせいなのだが。
彼の恋人も大概嫉妬深いのだ。所詮似た者同士のなんとやらなのである。
今回の不和はふとした1日がきっかけであった。
その日は久方ぶりに外出を決めた二人が行く先に困り、訪れたココの仕事場での出来事である。
ココという男は存外、もてる男である。
歯に衣着せぬ物言いに恐れながらもくせになる女性が多いのか、はたまたそれが男らしいと思われるのか。
世間の流行は分析し難いがとにかく、ココはもてる男なのである。
キッスから降り街を歩けば黄色い声を浴び、足止めを食らう。
恋人、リンとの衝突を経てから己の毒に関してやや肯定的になったココは、以前ほど極端に人を避ける事をしない。
一言二言、近づくなという種の言葉を口にはするが、あからさまに払い除けたりということはしないのだ。
甘いマスクに男らしい思考、以前に比べ丸くなった精神。
十二分に魅力に溢れているわけで――――一生を誓った仲であるとはいうものの、不安になるのは世の女の性であろう。
かくいうリンも例外ではないわけで、少し前を行くココの更に前、わらわらと群がる女たちのまあそれは可愛らしい姿に、先程から胸がちくちくと痛んでいる。
季節に溶け込む、流行のおしゃれに身を彩った彼女たちは恋する乙女の眼差しを、その熱を隠しもせずにココへと迫っている。
ふんわりと巻かれた髪、甘く香ばしい香りのするキャラメルのような艶やかな色彩がまぶしい。
春らしい陽気を纏っているかのような軽やかな洋服はそんな可愛らしい彼女たちのイメージにもぴったりで……と、そこまで考えてリンは己の姿を見やった。
ココと出かける事に若干の“だれ”があったというのを自覚せざるを得ない、この瞬間である。
最低限の身だしなみはきちんと整えられてはいる。だが、それだけだ。
唯一少しばかり女子らしいと言えるのであれば、纏っている白色のシフォンのワンピースはココが好きだと言ったものである。…そのくらいである。
「(……不安? 私が…?)」
容姿には絶対の、揺るぎない自信を持っている。
それは以前からそうであったし、あえて言葉にせずともすでに体に刷り込まれているものだ。
けれども急に、急にである。どうも心もとないと言うか、異様な焦燥感がリンの胸に走っていた。
手を伸ばさなければいけないような、どこか頼りない自分の心の置き場である。
ココの周囲を取り囲む彼女たちの誰よりも美しく、上を行く肉体を持っている自負は揺るがないのに、けれどもなぜか心が揺さぶられた。歩む足が重くなる。
鈍足ながら先を進んでいくココを、追う事が出来なくなるほどに。
後でこっぴどく叱られるのだろう事を想像して、自分で姿をくらましたとはいうものの、気が重くなる。
重くなるのは足だけで十分だと自分勝手な言い分を心中で吐き捨て、近くに備え付けられたベンチへと腰を下ろした。
ふう、と大きな溜息を吐き出して空を見上げる。
春らしく霞んだ空の向こうには形をとどめない煙のような雲が浮かんでおり、この何ともいえない憂鬱な気持ちをそのまま表したかのように感じられた。
そんな下らないあて付けとも思える言い分と、この淀んだ気持ちに蓋をするように、目頭を押さえて仰け反った。憂鬱である。ひたすら憂鬱である。
「あー………、もう、嫌になっちゃう」
全てを遮断した暗い視界の中で考えるのはココの事と、自分の行いを振り返ることだけだった。
ぐだぐだといつも言葉を浮かべては納得したようなふりをするのだが、結局は意地を張っているだけなのだということもどこか気付いてはいる。
素直に、言えばいいのだ。“他の女の子を見ないで”と。
自分で導き出した言葉だとて、それは酷くリンを赤面させた。耳まで熱い。
そんな恥ずかしい言葉、言えるはずがないのだ。
赤くなる顔を見られるまいと慌てるリンは、背に立つ人間の存在に気がつかない。
それはリンを視界に収めたと思った瞬間、走り出していた。
芝生を踏みしめる音が近くなり、慌てて後ろを振り返る。近づく人物が声をかけるよりも前に、リンはそれを視界に捉えた。
「…やっぱり…!!あなた、以前ライフまで連れて行って欲しいって言ってた人よね!!」
きぃん、と耳鳴りがするような大声を浴びせられたことに一瞬気が逸れてしまった。
目の前にはぴしりと糊のついたスーツを身に纏った、可愛らしい女性がマイク片手に立っている。
目が合ったと思った瞬間、彼女はそう叫んだが当のリンにその記憶は薄い…覚えているような、いないような。
ライフに行った事は間違いないのだが、そこに至った経緯に関しては記憶になかった。
けれども目の前の女性は目を輝かせてこちらの反応を待っている。心なしか頬が赤いようにも見えた。
リンはしばし返事に迷った後、彼女を傷つけないように返事を返す。
「えっと、ごめんなさい、多分そうだと思うのですが…その、あの時かなり気が動転していて、あまり記憶になくって」
「え、ええ、そうよね…!あたしったらごめんなさい、慣れ慣れしくて…」
身振り手振り、オーバーリアクションでこちらを立てようとする彼女に申し訳なく感じたが、リンの気遣いをよそに、女の表情は明るくなり、会話を続け始める。
あの後どうだった、とか、デスク?に怒られたとか、なんとか。
美食屋四天王の自宅突撃だか、何かのテレビ局の取材に来ていた彼女――ティナに懇願し、テレビ局のヘリコプターを借りてライフへと向かったということ。
そしてそのティナ自身はテレビ局のリポーターで、ココら美食屋四天王とは顔見知りの関係であること。
一方的なティナの話でいくつかの情報を得た。
切羽詰っていたとはいえ、なんて迷惑をかけたのだろう。
きちんと謝罪と礼をしなくては、とリンが身を正したのだが、その畏まるリンとの隙間を埋めるように、ティナが近づく。
なんだろう、とリンは違和感を感じずにはいられない。
何がこんなに違和感を感じるきっかけとなっているのか―――と、考えたのだがすぐに結論が出る。
―――近い。
何がって、彼女と自分との肉体的な距離だ。親しい友人にしか許さないような距離でティナの体があるのである。
近い上にその表情はどこか色を含んでいて悩ましげなのである。
まるで、好きな相手を目の前にした女性のような……ココの、取り巻きのような…。
「リンさん」
「な、なぜ私の名前を?」
至近距離で名を呼ばれ思わず震える。ティナが指差した先にはネームプレートがあった。
先ほどベンチへ腰掛けたときに鞄から出てきたらしいそれを見て、リンは密かに溜息をついた。
何から何までなんだかうまくいっていない…こう、人に付け入る隙を与える自分が、いつもであればココの力で変わっているのだと前向きに考えられるのだが落ち込んだ気分の時では儘ならない。
うんざりしながらも納得し、ティナへと向き直したのだが…やっぱり近い距離に疲労感が募っていくばかりなのである。
「…ね、リンさん、これから暇だったら私と一緒にお茶でもしましょうよ!グルメフォーチュンにお気に入りのカフェがあるの!きっとリンさんも気に入るわ!」
結局強い押しに逆らう事は出来ず、ティナと共にカフェに入る羽目になったのであった。