手無し娘
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
年を重ねて、衰えて、飽きたら捨てられて。
消耗品なのだと言い聞かせた。
01.出会い
梅雨。
降り続く雨日は早5日連続を更新し、飽きもせず黒い雲を空に敷いている。
近く訪れる初夏に向けて控えめながらも上がり始める気温は、雨のそれと相まって肌にじわりと纏わりついてくる。
不快。そう言わんばかりに眉間に皺を寄せ、落ち着かぬ様子で髪をいじる体格のいい男が一人、
対照的に、気温も落ち着かぬ男も気にならぬ様子で、本を読み続ける、これまた体格のいい男が一人、
テーブルに向かい合い、座っていた。
美丈夫という言葉が相応しいであろう二人の男は、店中の好奇の視線に晒されながらも
ただひたすら時が過ぎるのを待っている様子で静かにそこに佇んでいた。
「っせーし」
「いつもの事だろう、気にしたって仕方ないよ」
気安い様子の男二人でぽつり、と会話が紡がれたが、しかしそれもすぐにまた静寂を迎える。
ここら周囲の区内で最近話題となっている、小洒落たレストランの一角で、
美丈夫が待ち合わせをしているとなれば、店内の客がその待ち人を気にしないということはありえない。
知る人が見れば、その待ち人は一目瞭然であっただろう。
なぜなら、美丈夫二人は“その世界”では有名なカリスマであったのだから。
落ち着きのない男―――サニーは、酷く「美」に拘る男であった。
そんな彼からしたら机に頬杖をつくことなど到底許される行為ではないし、
それより何より、待ち合わせ時間に平然と、連絡もよこさず遅れてくることなど考えられない。
そんなものは美しくない。唾棄して然るべきものだ。
そんな彼が頬杖をつきながら、盛大にため息を吐いた。
ああ、今日は早めに切り上げてエステに行くつもりだったのに!
なんて、ここにいない待ち人に怒りをぶつけ、視線をテーブルへ戻そうと顔を動かしたとき、
ふと、一人の女が視界に入った。
「(…つくしい)」
女は一人だった。その視線は雨降り付ける窓へと向けられているため、表情の全てを見ることは出来ないが、
後方から確認できるその造形が整った顔立ちである事を証明している。
女のテーブルは2人用の掛け席で、彼女の前には食器とナフキンが揃えられていることから、
女も恐らく待ち合わせ中なのだ。待たされている。それも、長時間。
カラン、と水滴だらけのグラスが音を立てたのが合図だったか、
サニーは女のテーブルへと足を進めていた。
「つくしいな」
突如かけられた声に、弾かれたように顔を上げた。
思考が明けた目の前には、カラフルな長髪をなびかせた不思議な男が立っている。
なんと言われたのか、リンは聞き逃した言葉を思い出していた。確か、…つくし、と言われたのだろうか。
「…つくし、ですか?」
つくしといえば春の草だ。この梅雨時期に姿を見ることは叶わないだろう。
というか、つくしって何だ、急に何なんだ。咄嗟に聞き返してはみたものの、会話の糸口がまったくもって見えない。
怪訝な表情をしていた自覚はあったが、男はそんなリンの顔を見ても気にした様子もなく、言葉を続けた。
「つくしい、って言ったんだ。もちろん前の事だ」
「…まあ、それはそれは、」
どうやら褒められていたらしい。
しかし、リンはその言葉に喜ぶよりも疑問が晴れたことに思考が支配されている。
よく分からないが目の前の男は少々独特な言葉回しをするらしい。
きちんと話を聞かなくては、とリンは窓から視線をはずし、男にしっかりと向き合う形に姿勢を正した。
「前も待ち合わせか?もう結構待っているんだろ、その様子じゃ」
「そうです、ね。時間をあまり気にしていなかったので…ああ、でもいつもこのような感じなので」
「女を待たせるなんて、つくしくねーヤツだな。付き合う相手選んだ方がいいんじゃね?」
「…本当、そうですね」
ふふふ、と困ったようにリンは笑う。
初対面の、しかも面識のない男にここまで言われる筋合いは欠片ほどもなかったが、不思議と悪い気はしなかった。
普段、極端に人と話す機会が少ないからだろうか。思っていた以上に会話に飢えていたのかもしれない。
「ええと、あなたも待ち合わせですか?」
「サニーだし」
「あ、はい、サニーさん、サニーさんも待ち合わせでこちらに?」
「そ。知り合いに呼び出されたってのに、その当人がちっとも来やしねーんだ」
「それはそれは…散々ですね」
「まー慣れっこっちゃ慣れっこだけどな。前、良かったら互いの待ち人来るまで話でもしね?どうせ俺らの待ち人もまだ来そうもねーし」
「俺ら、ですか」
複数系に疑問を覚え投げかければ、男、サニーが離れたテーブルを指している。
その指に従い、顔を向けた先には一人の男が座っている。男が不意に顔をあげ、こちらを見る。
視線が、重なった。
「…サニーさんも綺麗ですが、お知り合いの方も綺麗な方なのですね」
艶やかな目元に笑みを湛えたまさに“優男”といった感じのその男は軽く会釈をした。つられてこちらも会釈を返す。
そしてすぐに男は視線を手元の本へと落としてしまった。
そんな、ふとした仕草にどこか名残惜しさを感じつつも、視線をサニーへと戻す。
サニーはというと、先ほどのこちらの発言に思うところがあったのか、何か言いたげな顔だ。
それでも、不服を目にいっぱい含ませながらも、流れるようなエスコートで私を彼らのテーブルへと導いてくれた。
右にサニー、左に先ほどの優男。これほど贅沢な席はないのだろう。
周囲の女性客のあからさまな敵意が背中に突き刺さってくるような気がする。
そんなことを考えながら、自分が待っていた席へと視線を送る。
どうせ、あの人はまだ来ない。
「何かドリンクでも頼もうぜ、どうせみんな手持ち無沙汰だし」
サニーの声を皮切りに、不思議なお茶会が幕を開けたのだった。
メニュー表の端から端まで慎重に見渡すサニーは真剣そのものだ。思わず、引いてしまうほどに。
引きつっていた右口元に気づいたらしい優男は、いつもの事だと言わんばかりに肩をすくめ言う。
「サニーは美容に執着だからね…いつもの事だよ、気にしないでね」
「そうなのですね…身だしなみを見ていれば…そうです、ね、なんとなく」
分かります。そう言うのと同時にオーダーが決まったらしいサニーが店員を呼んだ。
慌てて優男がメニューを広げ手渡すが、丁寧にそれを断った。
男は少し驚いた表情でこちらを見たが、すぐに視線はメニュー表に落とされた。
「お前らは?」
「僕はコーヒー、ああ、温かいので。えっと…」
「アイスコーヒーで。あ、いえ、ミルクも砂糖も結構です」
かしこまりました。店員が深々と頭を下げ去っていく。3人はそれを見送り視線を互いへと戻した。
ふと、優男がこちらを向いた。
「ごめんね、自己紹介がまだだったよね。僕はココだよ。よろしくね」
「ココさんですね。こちらこそ遅くなってごめんなさい。リンと申します」
「ちょ、俺が先に名乗ったのに!」
じたばたと文句を垂れるサニーは見た目からは想像しにくい…いや、そんなこともない。奇抜な色合いの長髪が物語っている。
とにかく色鮮やかな男だ。くるくると表情を変え楽しませてくれる。無論、本人は無自覚のようであったが。
一方、ココと名乗った男は物静かだ、と感じた。
見た感じ、年齢がサニーよりも幾分か上だからだろうか、最初に感じた優しい目が年長者の余裕を感じさせる。
二人とも文句の付け所のない美丈夫、しかもかなり体格のいい男達なのだ。
この、小洒落たカフェには…申し訳ないが馴染んでいるようには見えない。
近くに医療専攻の大学があるこのカフェには、連日若い女学生客が集まる。
中でもここはも若い女性の好みそうな、流木などをそのまま使ったナチュラル系を売りにした内装に、
オーガニックとやらにやたらと気合の入ったいわゆる“カフェごはん”を堪能できる店だ。
男が、いや、男だけで利用するには少々違和感を感じざるを得ない。
物思いに耽っていると、ココが言った。
「サニーが来たいって言ったんだ。まあ、正確に言うと僕らは連れに呼び出されて、サニーがお店を選んだ。そんなところだよ」
脳内で揉んでいた疑問の答えをぴたり言い当てられ、瞬間、思考が停止した。
余程、不審な表情で様子を伺っていたらしい。ココは苦笑しながら続けた。
「ごめんね、気持ち悪かったよね。僕は占いが得意でね、君の考えを少し読ませてもらったんだよ」
「占い、ですか」
ココによると、彼は視力が極めて優れており、電磁波を見る事が出来るらしい。
相手の体の波長を見てこの先の運勢を見たりすることができるのだそうだ。
この超視力と自身の経験より「占い」として答えを導き出しているのだとか。
不思議な男だ。もちろん彼の才あってこそ成り立つものであるのは分かるのだが、どこかその姿に違和感を覚える。
本当は、本当はもっと別の何かを追い求めているような、僅かに感じる渇望。
そう感じたのは、どこか自分と通ずるところがあるように感じたからだろうか、そこまで考えてリンは考えることをやめた。
自分と同じだなどと、失礼にも程があるし、何より占えるらしい彼に知られるのは気が引ける。
自分は、酷く価値の低い人間なのだから。
「でもどうして私に声をかけて下さったのです?」
他に若くて可愛らしい子など沢山いる、先に挙げたとおりここら周辺は医学を専攻する女学生の多い街だ。
若く、美しく、かつ、才に溢れた女などよりどりみどりなのだ。
リンは自分の容姿に絶対なる自信を持っている。
決して驕るわけではないのだが、これは生まれもった瞬間に持ち生まれた自分の才能であり、
そして決して誰に貶されたとて濁るような安いものではない。
けれども、周囲を彩る彼女達に適わないのは若さ、その点だけは誤魔化しようのない真実であった。
「他に、若くて可愛らしい女の子がたくさんいたでしょう。
…ほら、あのテーブルの子達なんて、私がここに座る前からあなた達のことを見ていました」
そう問いかけると、サニーは一瞬考え込むように顎に手をやった。
しかしすぐにそれは放される。
「んー、強いて言うなら?ってか、前がつくしいから。そんだけだな」
けろり、と当たり前のように投げられた言葉。
あまりにもあっけらかんと悪びれず言うその姿に、リンは言葉を失ってしまった。
もちろん悪い気はしない、しないが、胸につっかえたようなこの疑問が晴れるわけではない。
「なんか、しゃべってみてーなって、思ったんだよ。それじゃ理由になんね?」
「…いえ、そんな、」
そんなことはない。そんなことは、ないのだが。
「…まあ、僕らも暇を持て余していたし、言っちゃ何だけどただの暇つぶしの一環だよ」
先ほどからしばしば感じてはいたが、ココという男はどうやらチクリと胸を刺す一言が多いらしい。
所詮は、気まぐれ。暇つぶしの、ひととき。
聞きなれた言葉を耳にし、ようやく思考が平常へと戻ろうとしたその時であった。
「リン!!」
突如響いた怒号に、しん、と店中が静まり返る。
リンの両脇の男達は音源を見つめて怪訝そうな表情を浮かべていた。理由は問わずとも明白だ。
華やかな乙女のさざめきで溢れていた店内は好奇の視線と訝しげな視線で塗り替えられている。
「…ごめんなさいサニーさん、ココさん、タイムリミットです」
決して来客に悟られぬように。リンは静かに告げた。
がんがんと床を叩くように進んでくる来客は、リンらが座るテーブルの前でぴたりと足を止めた。
先ほどの怒号で一目瞭然ではあったが、来客の初老の男は相当頭に血が上っているらしい。
高そうなスーツから伸びる皺々の手が震えている。
尋常ではない初老の男の様子に、牽制を込めて声をかけようと声を膨らませた瞬間、テーブルに数枚の紙幣が叩きつけられた。
衝撃で、机上のシュガーポットが落ち、床が白く染まる。幸い、中身がこぼれただけで容器は無事なようだ。
しかし度を過ぎる不躾なその行為を見過ごすわけにはいかない。
諌めるべく再度声を膨らませた二人であったが、初老の男は二人など視界にも入っていない様子で
リンの腕をつかみ、強引に席から引き剥がした。
「…っ!」
「身の程を知らん若造が誰の許可を得てこいつに近づいた!!二度とこいつに近づくんじゃない!!殺してやる!!」
「…ぁ、っ…つ…!」
「リン!」
「気安く呼ぶな!」
男の爪がリンの腕に食い込むのを見かね、止めに入るが事態は悪化する一方であった。
腕っ節は明らかにこちらに利がある誰が見ても瞭然、力ずくで止めさせることは容易いが、
しかしこの初老の男は仮にもリンの待ち合わせの相手らしい。下手に手を出して後々彼女に矛先が向くのは避けてやりたい。
しばし両者の睨み合いが続いたが、やがて初老の男はリンを強引に引き、店から出て行こうとつばを返した。
力任せに引きずられ、痛みで顔を歪ませるリンであったが、ドアから出るたった一瞬のこと。
彼女はサニーとココを振り返り、笑った。
「…!」
「…!」
血を湧き立たす妖艶な笑み。そこには先ほどまで談笑をした美しい女の姿は欠片ほども存在せず、
ドアに掛けられたベルが鳴り終わるまで、サニーもココも、何一つ言葉を発することが出来なかった。
しばらくして店内が以前の賑やかさを取り戻した頃、二人の待ち人が来たのは別の話になる。
テーブルの上には飲み干されたグラス、半分ほど量の減ったカップ、そして
手の付けられていないアイスグラスが行き場なく残されていた。