第1話 馬と鬼と高嶺の花
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人生設計と言える程の大げさなものではないが、就職活動を始めた頃から決めている事はある。
まずは安定した仕事に就く。これは絶対条件だ。それなりに遊んで息抜きをしつつ、それなりの役職につき、そのうち美人の良くできた嫁さんを貰う。ここだけはそれなりではなく、高望みをしたい。もちろんいずれはマイホームも持つ。
そしてそこそこに貯蓄し、定年まで勤めあげたあとは子供と孫達に囲まれながらも何か趣味を見つけて、悠々自適の年金生活。最期は嫁さんよりも早く逝く。
そんな安定した人生を送るため入ったこの会社での日々も今年で3年目の春を迎えた。
──進撃商事。歴とした上場企業で毎年業績も向上しており、同業からも一目置かれる会社だ。
毎日求められた仕事を過不足なくこなし、役職こそまだないものの毎年ちゃんと昇給があり賞与もきちんと貰える。
順風満帆、予定通り。
息抜きの方も…まぁ悪くない。同期には馬面と言われるこの顔でも寄ってくる女はそれなりにいるらしい。次は美人な嫁さんだが、まだ結婚するつもりはない。同期で既に結婚している死に急ぎ野郎もいるが…。
やっと俺にもモテ期とやらがやってきた。あと5年、いや、10年は楽しんでもバチは当たらねぇだろう。
───と、考え事をしていたらいつの間にか会社に着いていたらしい。
いつものようにカードキーでセキュリティゲートをくぐりいつものようにエレベーターへ。
「おはよう、キルシュタインくん。」
少し高めの穏やかな声で名前を呼ばれる。
振り返るとその人はニコニコしながらこちらへ歩いて来ていた。
「おはようございます、ナマエさん。珍しいっすね。いつもならとっくに会社に着いてんのに。」
ナマエ・ミョウジさん。俺よりも5年ほど先輩で新人の頃、教育担当としていろいろ教えて貰った人だ。
俺との身長差は30センチ以上はあるだろうか、小柄で華奢な彼女を見下ろす形になり、そうなると自然と彼女も俺を見上げてくることになる。世間一般から見ても童顔といえるかわいらしいその姿はとても今年30になる大人の女性…には見えない。
「昨日ちょっと夜更かししちゃって…いつもの電車に間に合わなかったの。」
そういって長い睫毛に縁取られた大きな瞳が困ったように細められ、一瞬ドキリとする。
───いや、別にそんなんじゃねぇ。この人は新人の頃にすごくお世話になった先輩で。何より5つも年上だ。美人を前にすると心臓が跳ねるのは男なら仕方がないことで─と心の中で誰に言うでもない言い訳をしてみる。
彼女は同期のミカサと並んで社内で評判の美人だ。美人というより可愛いの方がしっくりくるか。そしてやはりと言うかモテるのだ。美人で気が利いて誰にでも優しくて、いつもニコニコしている彼女が、モテないわけがない。ナマエさんが教育担当として一緒に過ごした間でも何度男に誘われているところに遭遇したことか。でも彼女が誰かと付き合ったりしているところを見たことがない。デートならまだしも食事でさえ断られるのだ。それどころかこの人には全く浮いた噂がない。社外に恋人がいるらしいだの、実はもう結婚しているだの、そもそも男に興味がないだの、好き勝手言われている。それでも言い寄るバカな男達は絶えないのだ。本人はそんな噂をされてもどこ吹く風でニコニコしているだけだが。
他愛ない話をしている間にエレベーターが軽やかな電子音で到着を知らせる。
ナマエさんと部署に続く廊下を歩いていると、入り口付近で腕を組み壁にもたれ掛かってこちらを見ている小柄な鬼…もといリヴァイ課長がいた。
「遅ぇぞナマエ。いつもならとっくに着いてんだろうが。」
「おはようございますアッカーマン課長。すみません、電車に乗り遅れまして。何かありましたか?」
「朝イチ会議が入った。ついてこい。」
それだけ言ってリヴァイ課長は会議室の方へ向かって行ってしまった。遅刻をしたわけではない。むしろちょうどいい時間に出社したはずだ。
「…相変わらずっすね。俺、挨拶すらさせてもらえませんでしたよ。」
「ふふ…そうだね。」
「朝イチだったらそんなに時間ないし、俺も手伝いましょうか?」
「キルシュタインくんは今日は午後から商談でしょ?準備しなきゃだよ。大丈夫、アッカーマン課長のあの感じだとそこまで切羽詰まってなさそうだし。でもありがとうね。」
ニッコリと笑みを浮かべて、じゃあ、とナマエさんも会議室へ向けて歩いていった。
すれ違い様にフワリと石鹸のような花のような彼女らしい柔らかな香りが鼻をくすぐり、また不覚にも心臓が跳ねてしまった。
─ナマエさんは誰にでも優しくていつもニコニコしている。おまけに可愛い。社内でも有名な高嶺の花だ。更に仕事も早くて、主任として上司からも部下からも信頼の厚い人である。…この人に欠点はあるのだろうか。
───『キルシュタインくん』
「ジャンでいいっすよ」と何度も伝えたが変わらなかった。いや、俺だけではない。同期であるはずのリヴァイ課長に対してでさえあの様子だ。
それが何だか一線を引かれているようで…
踏み込まないでと言われているようで…
人懐こそうなあのニコニコとした笑顔の彼女の上辺しか知らないようで…
───なぜか少し胸が痛んだ。
まずは安定した仕事に就く。これは絶対条件だ。それなりに遊んで息抜きをしつつ、それなりの役職につき、そのうち美人の良くできた嫁さんを貰う。ここだけはそれなりではなく、高望みをしたい。もちろんいずれはマイホームも持つ。
そしてそこそこに貯蓄し、定年まで勤めあげたあとは子供と孫達に囲まれながらも何か趣味を見つけて、悠々自適の年金生活。最期は嫁さんよりも早く逝く。
そんな安定した人生を送るため入ったこの会社での日々も今年で3年目の春を迎えた。
──進撃商事。歴とした上場企業で毎年業績も向上しており、同業からも一目置かれる会社だ。
毎日求められた仕事を過不足なくこなし、役職こそまだないものの毎年ちゃんと昇給があり賞与もきちんと貰える。
順風満帆、予定通り。
息抜きの方も…まぁ悪くない。同期には馬面と言われるこの顔でも寄ってくる女はそれなりにいるらしい。次は美人な嫁さんだが、まだ結婚するつもりはない。同期で既に結婚している死に急ぎ野郎もいるが…。
やっと俺にもモテ期とやらがやってきた。あと5年、いや、10年は楽しんでもバチは当たらねぇだろう。
───と、考え事をしていたらいつの間にか会社に着いていたらしい。
いつものようにカードキーでセキュリティゲートをくぐりいつものようにエレベーターへ。
「おはよう、キルシュタインくん。」
少し高めの穏やかな声で名前を呼ばれる。
振り返るとその人はニコニコしながらこちらへ歩いて来ていた。
「おはようございます、ナマエさん。珍しいっすね。いつもならとっくに会社に着いてんのに。」
ナマエ・ミョウジさん。俺よりも5年ほど先輩で新人の頃、教育担当としていろいろ教えて貰った人だ。
俺との身長差は30センチ以上はあるだろうか、小柄で華奢な彼女を見下ろす形になり、そうなると自然と彼女も俺を見上げてくることになる。世間一般から見ても童顔といえるかわいらしいその姿はとても今年30になる大人の女性…には見えない。
「昨日ちょっと夜更かししちゃって…いつもの電車に間に合わなかったの。」
そういって長い睫毛に縁取られた大きな瞳が困ったように細められ、一瞬ドキリとする。
───いや、別にそんなんじゃねぇ。この人は新人の頃にすごくお世話になった先輩で。何より5つも年上だ。美人を前にすると心臓が跳ねるのは男なら仕方がないことで─と心の中で誰に言うでもない言い訳をしてみる。
彼女は同期のミカサと並んで社内で評判の美人だ。美人というより可愛いの方がしっくりくるか。そしてやはりと言うかモテるのだ。美人で気が利いて誰にでも優しくて、いつもニコニコしている彼女が、モテないわけがない。ナマエさんが教育担当として一緒に過ごした間でも何度男に誘われているところに遭遇したことか。でも彼女が誰かと付き合ったりしているところを見たことがない。デートならまだしも食事でさえ断られるのだ。それどころかこの人には全く浮いた噂がない。社外に恋人がいるらしいだの、実はもう結婚しているだの、そもそも男に興味がないだの、好き勝手言われている。それでも言い寄るバカな男達は絶えないのだ。本人はそんな噂をされてもどこ吹く風でニコニコしているだけだが。
他愛ない話をしている間にエレベーターが軽やかな電子音で到着を知らせる。
ナマエさんと部署に続く廊下を歩いていると、入り口付近で腕を組み壁にもたれ掛かってこちらを見ている小柄な鬼…もといリヴァイ課長がいた。
「遅ぇぞナマエ。いつもならとっくに着いてんだろうが。」
「おはようございますアッカーマン課長。すみません、電車に乗り遅れまして。何かありましたか?」
「朝イチ会議が入った。ついてこい。」
それだけ言ってリヴァイ課長は会議室の方へ向かって行ってしまった。遅刻をしたわけではない。むしろちょうどいい時間に出社したはずだ。
「…相変わらずっすね。俺、挨拶すらさせてもらえませんでしたよ。」
「ふふ…そうだね。」
「朝イチだったらそんなに時間ないし、俺も手伝いましょうか?」
「キルシュタインくんは今日は午後から商談でしょ?準備しなきゃだよ。大丈夫、アッカーマン課長のあの感じだとそこまで切羽詰まってなさそうだし。でもありがとうね。」
ニッコリと笑みを浮かべて、じゃあ、とナマエさんも会議室へ向けて歩いていった。
すれ違い様にフワリと石鹸のような花のような彼女らしい柔らかな香りが鼻をくすぐり、また不覚にも心臓が跳ねてしまった。
─ナマエさんは誰にでも優しくていつもニコニコしている。おまけに可愛い。社内でも有名な高嶺の花だ。更に仕事も早くて、主任として上司からも部下からも信頼の厚い人である。…この人に欠点はあるのだろうか。
───『キルシュタインくん』
「ジャンでいいっすよ」と何度も伝えたが変わらなかった。いや、俺だけではない。同期であるはずのリヴァイ課長に対してでさえあの様子だ。
それが何だか一線を引かれているようで…
踏み込まないでと言われているようで…
人懐こそうなあのニコニコとした笑顔の彼女の上辺しか知らないようで…
───なぜか少し胸が痛んだ。
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