ドルあんlog



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「あんずちゃん? その特大なぬいぐるみは何?」

 日和センパイが指したそれは、可愛らしいイルカのぬいぐるみ。
 特大サイズなだけあって、私の身長とほとんど変わらないサイズだ。

「あぁ、これですか? 深海先輩が水族館に来て欲しいので、お裾分けだと……」

 水族館の経営もしている日和センパイと同室のアイドル、深海先輩からの贈り物。
 さすがにこの大きさを持ち歩いて通勤は出来ないので、宅配を使って届けてもらったのだけど。

「へぇ? それにしても、随分と気に入ってるようだね?」

 日和センパイは完全にぬいぐるみを抱きしめている私を見て言う。

「ふわふわでほどよい感触で、逃げられないんです」

 その感触はまさに雲の上に居るかのような感覚。
 ふわふわで、撫でると気持ちの良い感覚が掌をくすぐる。

「……確かに、悪くない感触だけどね」

 端っこからセンパイはつん、と人差し指で感触を確かめる。
 何だか、少し機嫌が悪いみたい。仕事で嫌なことでもあったのかな。

「仕事終わりに部屋にこの子がいると思うと、楽しみでならないですね」
「ぼくだって、仕事終わりのあんずちゃんの傍に居るもんね」
「つぶらな瞳がまた癒やしに癒やしを呼んで……」
「ぼ、ぼくだってこの目が綺麗だってよく言われるね!」

 あれ、この機嫌の悪さ。
 仕事じゃなくて、私に向いている?

「……日和センパイ。もしかしてですけど」

 ぬいぐるみにヤキモチ、妬いてますか?
 核心を突かれたかのように、目を見開く日和センパイ。

「そ、そんなことないね! ちょっとそのふわふわ感触に気持ちを惑わされただけだね!」
「本当ですかぁ?」

 私はじと目でセンパイを見つめる。

「あ、あんずちゃん! その目は絶対信用してないね⁉」
「してますよぉ。一応は、ですけど」

 言いながら、私はぬいぐるみに頬ずりをする。
 その様子を見た日和センパイが「あぁ!」と大声をあげる。

「今すぐ、そのぬいぐるみから離れるんだね! そこはぼくの定位置だね⁉」
「ほら、やっぱりヤキモチ妬いてるじゃないですか」
「むぅ!」

 子供のように、日和センパイは片頬を膨らませる。
 それから間髪を入れずに、特大ぬいぐるみを私から取り上げた。

「あぁっ! 何するんですか!?」

 私も突然のことで、思わず声をあげてしまう。

「あんずちゃんはこんなのより、ぼくを愛でてくれれば、それでいいの!」
「何を言ってるんですか……相手はただのぬいぐるみですよ?」

 私は子供っぽい日和センパイを冷静にすべく、事実を述べる。
 相手はかわいい、ただのぬいぐるみ。
 日和センパイのような、人を魅了するアイドルが相手にする必要もないような。
 しかしセンパイの嫉妬心は止まらず、勢いよく私の肩を掴む。

「ぬいぐるみでも何でも! あんずちゃんのかわいい笑顔は渡せないね!」
「っ……!」

 そのふざけているようで真剣な言葉に、私は胸を締め付けられた。

 言っていることは正直、滅茶苦茶だけど。
 センパイが、どれだけ私を大切に想ってくれているかが伝わってきた。
 それがものすごく恥ずかしくて、でも嬉しくて。

「……じゃあ、センパイ」

 私は大きく両手を広げる。正直、めっちゃ恥ずかしい。
 今の私、きっと茹で蛸みたいに顔が真っ赤だ。

「あんずちゃん」

 きょとんとした表情で私を見る日和センパイ。
 だけど、すぐに私の意図を理解してくれたらしい。
 すっと懐に入ってきては、優しく抱きしめてくれる。

「このポジションは、誰にも渡せないんですよね」
「当然だね。ここはぼくの特等席だからね」

 小さくお互いに笑い合うと、日和センパイが額にキスを落とした。
 いつもなら何か言うところなんだけど、ここはセンパイの愛に免じて。
 
 どうかこの愛が永遠に続くものだと、祈らせて。


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