ドルあんlog
◆◆◆
「あんずちゃん? その特大なぬいぐるみは何?」
日和センパイが指したそれは、可愛らしいイルカのぬいぐるみ。
特大サイズなだけあって、私の身長とほとんど変わらないサイズだ。
「あぁ、これですか? 深海先輩が水族館に来て欲しいので、お裾分けだと……」
水族館の経営もしている日和センパイと同室のアイドル、深海先輩からの贈り物。
さすがにこの大きさを持ち歩いて通勤は出来ないので、宅配を使って届けてもらったのだけど。
「へぇ? それにしても、随分と気に入ってるようだね?」
日和センパイは完全にぬいぐるみを抱きしめている私を見て言う。
「ふわふわでほどよい感触で、逃げられないんです」
その感触はまさに雲の上に居るかのような感覚。
ふわふわで、撫でると気持ちの良い感覚が掌をくすぐる。
「……確かに、悪くない感触だけどね」
端っこからセンパイはつん、と人差し指で感触を確かめる。
何だか、少し機嫌が悪いみたい。仕事で嫌なことでもあったのかな。
「仕事終わりに部屋にこの子がいると思うと、楽しみでならないですね」
「ぼくだって、仕事終わりのあんずちゃんの傍に居るもんね」
「つぶらな瞳がまた癒やしに癒やしを呼んで……」
「ぼ、ぼくだってこの目が綺麗だってよく言われるね!」
あれ、この機嫌の悪さ。
仕事じゃなくて、私に向いている?
「……日和センパイ。もしかしてですけど」
ぬいぐるみにヤキモチ、妬いてますか?
核心を突かれたかのように、目を見開く日和センパイ。
「そ、そんなことないね! ちょっとそのふわふわ感触に気持ちを惑わされただけだね!」
「本当ですかぁ?」
私はじと目でセンパイを見つめる。
「あ、あんずちゃん! その目は絶対信用してないね⁉」
「してますよぉ。一応は、ですけど」
言いながら、私はぬいぐるみに頬ずりをする。
その様子を見た日和センパイが「あぁ!」と大声をあげる。
「今すぐ、そのぬいぐるみから離れるんだね! そこはぼくの定位置だね⁉」
「ほら、やっぱりヤキモチ妬いてるじゃないですか」
「むぅ!」
子供のように、日和センパイは片頬を膨らませる。
それから間髪を入れずに、特大ぬいぐるみを私から取り上げた。
「あぁっ! 何するんですか!?」
私も突然のことで、思わず声をあげてしまう。
「あんずちゃんはこんなのより、ぼくを愛でてくれれば、それでいいの!」
「何を言ってるんですか……相手はただのぬいぐるみですよ?」
私は子供っぽい日和センパイを冷静にすべく、事実を述べる。
相手はかわいい、ただのぬいぐるみ。
日和センパイのような、人を魅了するアイドルが相手にする必要もないような。
しかしセンパイの嫉妬心は止まらず、勢いよく私の肩を掴む。
「ぬいぐるみでも何でも! あんずちゃんのかわいい笑顔は渡せないね!」
「っ……!」
そのふざけているようで真剣な言葉に、私は胸を締め付けられた。
言っていることは正直、滅茶苦茶だけど。
センパイが、どれだけ私を大切に想ってくれているかが伝わってきた。
それがものすごく恥ずかしくて、でも嬉しくて。
「……じゃあ、センパイ」
私は大きく両手を広げる。正直、めっちゃ恥ずかしい。
今の私、きっと茹で蛸みたいに顔が真っ赤だ。
「あんずちゃん」
きょとんとした表情で私を見る日和センパイ。
だけど、すぐに私の意図を理解してくれたらしい。
すっと懐に入ってきては、優しく抱きしめてくれる。
「このポジションは、誰にも渡せないんですよね」
「当然だね。ここはぼくの特等席だからね」
小さくお互いに笑い合うと、日和センパイが額にキスを落とした。
いつもなら何か言うところなんだけど、ここはセンパイの愛に免じて。
どうかこの愛が永遠に続くものだと、祈らせて。