ドルあんlog
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紅葉の秋も刹那に別離を告げ、今は十二月の初頭。
今にも、雪が降り出しそうな灰色の天候が続いている。
気温も一気に下がり、先日まで二十度以上あったとは信じがたい。
街路樹が均等に置かれた大通り。
クリスマスの季節という事もあり、木々には赤と緑の煌びやかな装飾が施されている。
私と日和先輩はその間をゆっくりと歩いていた。
「ひぇっくし!」
あんずは小さなくしゃみをすると、身体を小刻みに震わせた。
「あんずちゃん、大丈夫? 風邪?」
「はい、残念ながら」
反射的に鼻をすすって、私は答えた。
「こないだ風の冷たい日があったじゃないですか。それが原因、かと」
「あぁ。確かにあの日のあんずちゃん、かなり薄手だったもんね」
日和先輩はそういえば、とその日の私の服装を振り返った。
「マフラーじゃなくても、せめてストールは用意しておくべきだったね?」
彼のアドバイスも、今となっては後の祭りだ。
他のアイドルたちにもこのように心配されるから、プロデューサーとしての自覚が甘かったと、今は猛省している。体調管理も仕事のうち、とはよく言ったもので。
「正直、今も熱っぽくて……」
言って、私は右の手の甲を熱くなった額にあてる。
加えて、ほんの少し息苦しい。
まぶたにも、あまり力が入らない。
「どれどれ?」
ピタリ、と日和先輩の冷えた手が、額にあてた手に触れる。
程よい冷たさで、気持ちいい。
「ふぅん。手も熱いね」
続けて、私のその手を優しく下ろし、額に先輩の手をあてる。
触れられている現状と風邪の症状が、私の体温をさらに上昇させていく。
「うん。これは、立派に風邪だね!」
日和先輩に言われ、改めて自分の体調を思い知る。
「はぁ、まさかの初冬から風邪……」
「買い出しもさっさと済ませて、早く家に帰ろうね」
「はい」
日和先輩は、私に無理をさせないようにスローペースで歩み寄ってくれた。
買い出しも最低限に済ませ、私たちは家路に就いた。
「先輩、すみません。本当はもっと買い物したかっただろうに」
「気にしなくていいね。あんずちゃんの体調が何よりも最優先だから」
「ありがとうございます」
普段は明るく自由奔放な印象のある日和先輩だけど、二人の時は特に優しい。
出会って間もない時は、こんなに気遣いが上手い人とは思いもしなかった。
こんな彼の側面を知っているのは、ほんの一握りの人間だけだろう。
そのうちの一人に入っているだけでも、私はすごく幸せだ。
「あんずちゃん」
日和先輩の柔らかな声に引き寄せられて、彼の方を向く。
「何です──⁉」
振り向くと、先輩の綺麗な顔が間近にあって。
顎を優しく持たれたと思ったら、軽く触れる程度のキスをされた。
私は何が何だかよく分からなくて、目を白黒させる。
先輩はそんな私を楽しんでいるのか、なかなか離れてくれない。
嬉しい。けれど、それ以上にこの状況が恥ずかしくて。
私は、先輩の胸を両手で軽く押して離れさせる。
「どうしたの?」
「だ、だめですよ。私、風邪引いてるのに」
「承知しているね?」
「いやいや、うつっちゃいますから」
「ぼくがこの程度の風邪で仕事に穴を開けるとでも?」
「思いませんが、でも」
「おうちで、じっくり愛されたい?」
「……それは」
ちょっぴり惹かれてしまう質問をされ、黙る私。
日和先輩はそんな私を見て、嬉しそうに微笑む。
「そこは拒まないんだ? 嬉しいね」
「先輩が、嫌いなワケじゃありませんから」
「じゃあ、おうちに帰ったら、いっぱい触れさせてね?」
そういう小っ恥ずかしい事を平気で言えるのがすごい。
でも、嫌いじゃない。むしろ……。
秘めたる愛情を胸に、私は揺れる身体を前に進めていくのだった。