第二幕 揺れる気概
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一刻も早く安心して眠れる場所、栄養のある食事のある場所へと連れて行かなくてはならないのに、旅路はままならないわけで。
先が思いやられるなぁ、と。
ひとり苦笑を溢さざるをえなかった。
ふと、辺りをぼうっと眺めたヨナ姫。
ハクがそれに気付き、茶を啜りながら一緒になって辺りを見渡した。
「ここの虫は害はないですよ。蛭はさっきの池にスイが落としましたし」
「……───ッ」
「??」
ハクがそう言った途端、ヨナ姫がハッと表情を変えた。
袖に帯に手を触れ、呆然と立ち尽くすその姿に眉をひそめる。
「どうしました? 何か落し物でも……?」
そう尋ねたハクの目がほんの少し冷えて見えて、それに黙ったまま首を振るヨナ姫にさらに眉根を寄せた。
それからだと思う。
二人がそれぞれ妙に空気をヒリヒリとさせていたのは。
焚き火を見つめ一層呆けるヨナ姫と、どこかよそよそしいハク。
そのまま夜を過ごそうと構えるものの、二人の雰囲気がやけに身にまとわりついて落ち着かない。
そうしてふいに、ヨナ姫が立ち上がった。
無意識下の行動のように、何をその目に映すこともなくフラフラと歩き出すヨナ姫の手をハクが捕まえる。
「どこへ?」
「あ……あの、私……ちょっと……」
戸惑った表情を浮かべる彼女に、ハクはひとり何かを得たように頷き「早く帰ってきてくださいよ」と手を放した。
お手水か何かだと思ったのだろう。
だが、自分にはそう見えず、緊張感を覚えていた。
「(お姫さん……何かを探しているのか?)」
袖や帯に慌てたように触れる理由など、何かを探している時の行動の他ない。
このままひとりで行かせれば、どこまで探しに行くのかわからないのでは?
「ハク、ちょっとここで待ってて。お姫さんの挙動が不審だった。覗くまではしないけど、様子を見てくるよ」
「……わかった」
ハクも思うところがあったらしく、立ち上がった自分をひとつ頷いて見送った。
茂みの向こう、ヨナ姫が進んだのはやはり、来た道の方向だった。
思っていたよりも足早く向こうへ進んでしまっていたヨナ姫を追いかけ、草木を音を立てずに掻き分け進んでいく。
ヨナ姫は明らかに何かを探している様子で地面を這うように歩き、辺りをキョロキョロと見渡していた。
けれども、羽ばたいたコウモリが立てた音に足を止め、頭を抱えて動きさえも止めてしまう。
何かに怯えきったその姿に、思わず駆け出していた。
が、ギョッとする。
「ヨナ姫!」
咄嗟に名を呼びその前へと躍り出る。
ヨナ姫の前に、大き過ぎるヘビが居たからだ。
ヘビに気付いたヨナ姫から、恐怖に染まった声が上がった。
「ぃ、やあ……!」
「捕まって!」
ヨナ姫を両腕で抱きかかえ、来た道を戻るべく駆け出す。
今ここに剣を持ってきていなかったことを、自分を殴りたくなるほど後悔した。
とにかく、ハクの居る所へ逃げなくては。
刺激を与えなければ向こうからの攻撃もないはずで、万が一追いかけてきたとしても、ヘビは焚き火を恐れ逃げていく。
問題があるとすれば、それまで自分の足や腕が持つかどうかだった。
そして迷っているうちに目の前に現れた危機に、思わず乾いた笑い声が漏れる。
地面を埋め尽くすように立ち並んだヘビの群れ。
無数の威嚇音が鳴り響き、絶望さえ覚えそうだった。
「まったく、悪夢じゃないのが嘆かれるよ」
とぐろを巻いて今にも飛びかかってきそうな彼らに、ぶわりと冷や汗が吹き出す。
一か八かでその中を駆け抜ける他、ハクの元へ行ける道はなく……。
足にグッと力を込め、その際に生じた痛みを唇を噛んで堪える。
ダンッ!と最初の一歩を踏み出せば、ヘビ達は一斉に飛びかかってきた。
人ひとりを抱えた重みが直に左足に伝い、悲鳴を上げ始める。
それでも痛みを無視してジグザグに走ることで、なんとかヘビ達の攻撃を避けられた。
だが、つま先がぐっちょりと濡れていく感覚に舌打ちを落としたくなる。
だんだんと力が入らなくなっていく足がガクガクと震え出す。
挫けそうになる気力に叱咤をかけた時、少し向こうに大刀を手に駆け寄ってくるハクの姿を見つけ、泣きそうになった。
「ハク!」
「……スイ!姫さん!」
こちらの状況に気付いたハクが目を見開き、慌てて駆け寄ってくる。
大刀を勢いよくと振り回し周囲にいた蛇たちを薙ぎ払い、限界を迎えそうな自分へ手を伸ばした。
「どうしてこんな所まで……!」
「ハク、悪いけど先にヨナをお願い」
ハクの持っている大刀を奪い取り、代わりにヨナ姫を託す。
ヨナ姫を抱きとめたハクを後ろに下がらせ、奪った大刀を構えそこらにいるヘビを睨み付ける。
「隙を作る!合図をしたら走れ!」
噛まれにくくする為に、低い姿勢を保って大刀を振り回す。
さすがはハクの大刀と言ったところか、周囲の蛇たちはあっさりと一網打尽に出来た。
「今だ!走れ!」
開けた空間を指差し二人を先に行かせ、自分も周りを警戒しながら後に続く。
蒼白に顔を染めているヨナ姫に、ハクが苛立ちと共に舌打ちを落とした。
「上等だ!俺らを道具だと思えばいい。陛下がいない今、俺の主はあんただ。あんたが生きるために、俺を使え」
走りながら、ハクが怒りやら悲しみやらを織り交ぜたような表情を見せ、続けられた声に胸が締め付けられる。
「俺は……俺たちは、その為にここにいる」
「……」
呆然と息を飲むヨナ姫と、なにも言ってやれない自分。
無事に焚き火を用意していた場所まで戻って来たというのに、気持ちは沈んだまま誰ひとりとして言葉を発せられなかった。
───────────────
─────────・・・・・・
「─────ッ」
気を抜いた時、忘れるよう努めていた痛みがここぞとばかりに戻って来た。
岩場に背を預けて崩れるように座り込めば、ヨナ姫を地面に降ろしたハクが何事かと駆けて来る。
心配するその顔に苦笑を漏らし、肩をすくめた。
「大丈夫、別に噛まれたわけじゃないよ。ただちょ〜っと、無理が祟ったってだけだから」
なんでもないと手を振りやり過ごそうとした自分に対し、ハクはおもむろにしゃがみ込み左足の裾を一気に捲り上げた。
「やだ!変態!ヨナ姫の前でこんなのいーけないんだー!」
「……やっぱり、怪我していやがったか」
「平気だよ。放っておけばすぐに治るから」
笑って手を振り、ヨナ姫の元へ戻るように促す。
ヨナ姫が顔を更に青ざめさせてこちらを見ていたからだ。
余計な心配を掛ける気は無かったのになぁ。と、不甲斐ない自分にため息が漏れる。
「矢傷か……よくもこの足で顔色ひとつ変えずに着いて来れたな……」
「いや、だから、平気なんだってば!薬も塗ってたし、固定もしてたし」
「それもさっきで全部ふいになったんだろ」
「あははは、イったぁああああ!?」
心配させまいと笑えば、重めのゲンコツを頭に落とされた。
「ちょっと!?怪我人相手に酷いんじゃない!?」
憤慨に頬を膨らませて睨みつければ、ハクは何処からか取り出した布で左足の止血を施してくれた。
よくよく見れば、足先まで伝っている鮮血がひどく痛々しい。
「悪かった……」
ボソリとこぼされた謝罪。
気にやむことなどないのに、やっぱりハクは気にしていたらしい。
「置いて行けと言ったのは自分だよ。覚悟あっての言葉だ。自分達は何より先に、ヨナ姫を守らなくてはならないはずだろ?」
「あぁ」
「じゃあ、誰も悪くない!ハクは正しかったよ」
「……」
微笑めば、なんとも神妙な顔を返された。
本当に、ハクは義理堅い。
「ハク、自分の願いを聞いてくれて……ヨナを、守ってくれて、ありがとね」
足に布を巻くハクの腕に手を重ね、口元を緩める。
ハッと息を飲んだハクは、ついで笑ってくれた。
「世話のかかるヤツらだよ」
「そりゃ間違いない!」
クスクスと笑って、ふとひとりで沈んだ顔をしているヨナ姫を見つける。
「おいで」と手招きをして、大人しく寄ってきたヨナ姫の腕を掴んで引き寄せる。
「あの……スイ、足……」
「大丈夫。ほら、平気だよ」
ポンポンとヨナ姫の頭を撫でてやり、笑ってみせる。
泣き出しそうに表情を歪めた彼女をさらに引き寄せて、しっかりと抱きしめ頭を撫で続ければ、ヨナ姫はやっぱり泣き出した。
「あはは!ヨナ姫は相変わらず泣き虫だなぁ」
「う……っ、スイ……ごめん……なさい……っ」
「うん。貴女に何もなくて良かった。もうあんな無茶はよしてくださいよ」
よしよし、と肩を叩いて離してやれば、涙まみれの顔で彼女は必死に頷いた。
こんなにも弱い彼女を、心底愛おしく思う。
この感情はきっと、ヨナ姫が自分にとって守るべく存在であり、近しい人間だからなのかもしれない。
一連を静かに見つめていたハクが、なんとも言えない表情を浮かべた。
また、何かつまらない嫉妬なんかを抱いてはいないだろうかと顔を覗き込めば、そうではないらしい色が伺える。
なにかこう、もっと、別の……戸惑い?
「ハク?」
「お前は……いや、なんでもねぇ。とにかく休もう。ああ、それから」
ハクはヨナ姫に向き合い、ジッとその顔を見つめ懐から何かを取り出した。
「姫様のお探しものはこれか?」
そう言ってハクの手に握られていたのは簪だった。
薄桃の花が鮮やかに咲き誇った簪。
「(それは……確かスウォンがヨナに……)」
ヨナ姫の誕生祝いの日、スウォンから彼女へ手渡された贈り物であったはずだ。
ヨナ姫は簪を見ると目を見開き、呆然とそれを受け取った。
じっと簪を見つめ、言葉を発しない。
その様子にハクが表情を険しくさせた。
「俺はスウォンを許さない。だがそれ以上に、あんたに生きて欲しい」
この山に入って、初めて自身から動いたのがこの簪の為ならば、それが繋ぎであっていい。
生きる繋ぎを持っていて欲しいのだと、ハクの想いが自分にも伝わってくる。
あんな目にあってもなお、ヨナ姫はスウォンを想っているのかと。
そう考えると、少し切なくなった……───
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────────────・・・・・・
休めていた身体に朝日が射して、岩壁にもたれて寝ていた自分の横で一緒になって寝ていたヨナ姫が目を覚ました。
幾らか前から先に起きていた自分だったが、目を開けるのが少し億劫だったためにそれを気配だけで感じ取る。
左足が熱を持っていて、少しでも休んでいたかったからだ。
蓄積された疲労と、傷と、解くことのできない緊張感。
それらが傷の治りを遅めている気がしてならなかった。
それでも、時間がくれば足を運ばなくてはならないわけで……先が思いやられるなと苦笑したくなる。
すると、気配が足元へと近付いた。
うっすらと目を開ければ、ヨナ姫が心配気にこちらへと手を伸ばしていた。
ぐるぐるに布を巻かれた足が気になったのだろう。
そんな風に労ってくれるヨナ姫に胸が熱くなり、思わず笑っていた。
「大丈夫ですよ。もうそんなに痛くないですし、自分はそんなにやわじゃないですから」
ヨナ姫の頭を撫でてやり、心配はいらないと笑う。
「というわけで、起きたならすぐ行きますか」
どこからかハクの声が聞こえ、振り向けばヨナ姫の向こうで寝ていたはずのハクがこちらを小さく笑いながら見ていた。
「あ……あの、ハク」
「はい?」
戸惑いの表情を浮かべるヨナ姫に、自分も先に立ち上がりながら「ん?」と顔を向ける。
理解し得ないといった様子で首を傾げたヨナ姫は、柔軟運動を行う自分を横目に見てハクに問うた。
「どうして……山を行くの?どこかの里に下りて食べ物とか薬を……」
その言葉に、目頭までもが熱くなる。
「(お姫さんってばなんて良い子なの!)」
柔軟運動に見せかけて悶絶する自分を無視して、ハクが淡々とヨナ姫に山道を通ってきた理由を説明する。
「人里は危険です。例え村人が俺らの顔を知らなくても、城の兵はどこにいるとも知れない。スウォンが人相書きなんぞ出してるかもしれませんしね」
「じゃあ、今どこへ向かっているの……?」
不安そうに訊ねたヨナ姫を見て、ハクが彼女にすら行き先を教えていなかったことが知れて呆れる。
ハクが少し向こうにそびえる集落を見つめ、ヨナ姫の質問に答えるべく言葉を紡ぐ。
「恐らく今、俺らにとって唯一頼れる場所・・・風の部族、風雅の都。俺の故郷です」
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