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第二幕 揺れる気概

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「さて、顔を洗っておいで。すぐそこに小さな湧き水があったから、すっきり出来るよ」

「うん、ありがとう」

「近くで周りを見張ってるから、安心して」

立ち上がり、ヨナ姫の手を引いて彼女をも立たせる。

岩かげの向こうを指差し「ほら」と促してやれば、ヨナ姫はほんの少し駆けるようにそちらへと向かった。

「やっぱり、アイツにはお前が必要みたいだな」

「なんだい急に、男の嫉妬は醜いぞ?」

「うるせえ」

「はは!」

腕を組み、難しい顔をしてこちらを見てくるハクに笑い転げる。

いつも単純バカなハクだから、こんな顔を見せてくれるのはヨナ姫が関わった時だけなのだ。

「お前が来て、やっとアイツが泣いた」

それまでは抜け殻の人形のように、表情ひとつ変えなかったという。

「頭の中で収拾がつかなかったんだろうね。一晩寝て、こんな山の中で起きたんだ。いやでも理解してしまったんだろうさ」

そう、自分が夢であってほしいと願い、目を覚まして、眼前に広がる景色がそれを現実だったと知らしめたように。

「お姫さんには時間が必要だよ。心傷を癒やす為にね。どれくらい掛かるかわからない。でも、必ず彼女が幸せだと笑って過ごせる日を取り戻してみせようじゃないか」

「……お前が居れば、可能かもな」

「バカをお言い。お姫さんが一番頼りにしてるのは、他でもない君だよ。絶対的な守護力、確かな忠誠。……それから、お姫さんと本気の口喧嘩が出来る人間は、今のところハクくらいのもんだろ」

心置きなく言い合える相手は、どんな屈強をも乗り越えられる力をくれる。

「ハクがいつも通り、ヨナ姫に全身全霊で関わってくれれば、あっという間に元気が戻るよ。保証する」

「……お前の保証なら、真実味があるかもな」

「ふふん。自分、嘘は言わない主義だから」

そうニヤリと笑って、ふと林の向こうから顔を洗ったヨナ姫が戻ってくるのを見つけた。

二人して彼女に異変がないか確認したのち、ややあってハクが「近くの川で魚を獲ってくる」と言ってこの場を離れた。

そうなると、静かな山内でヨナ姫と二人きりになる。

ぼうっと、焦点の合わない眼差しで遠くを見ているヨナ姫に、ツキリと胸が痛んだ。

まだ、現実を受け入れることが出来ないらしい。

あんなにも元気だった姫がこうまで気力を失わせている。

なんとかしてあげたい一方で、どう救ってやればいいのかという正解も見つけられないまま。

それでも、この姫を死なせる訳にはいかないのだ。

「お姫さん、ハクが魚を獲ってきたら、食欲がなくても少しでいいから食べるんだよ。山は冷えるし、道のりはまだ遠い。歩くための体力はどうしても必要だからね」

酷なことをいっているかも知れない。

肉親の死を目の前で見つめ、最も信頼していた者に完膚なきまでに裏切られたのだから。

だけど、生きてほしいと願う。

ヨナ姫の肩を両手で優しく掴み、ポンポンと叩けば小さな頷きが返ってきた。

まだ少しぎこちないものだが、及第点だ。

「それでこそ我らが姫だ。でも、辛いとか苦しいとか、そういう背負わなくていいことはしっかり言うんだよ、溜め込んじゃいけない。自分やハクに、いくらでも吐き出して軽くしていくこと!それも絶対だよ」

頭を撫でて、辛い時は泣いてもいいのだと笑う。

ヨナ姫はまた少しだけ頷いて、唇を噛み締めた。

言葉に、出来ないんだろう。

「……ゆっくりでいいよ。言葉に出来なくてもいいからさ。泣いたり怒ったり、それだけでもいい。どんな言葉でも、気持ちでも、いくらだって聞くからね」

「……うん」

「よし!それじゃあハクが魚を獲ってこれたみたいだし、焼いちゃおうか!焼きたての魚は美味しいよ」

城で毒味後の冷えたものばかりを食べて来た彼女が、暖かい食事で少しでも心を緩められたらいい。

そう願って、ハクの手柄である魚達を丁寧に処理して火にくべてやる。

けれども、ヨナ姫が食べれたのはやはりほんの少しの量だけだった。

それでも、約束した通り懸命に腹には入れてくれた。

これで倒れる心配はいくらか軽減される。

食事を終えたヨナ姫をスッキリさせるためにも近くの池へ水浴びに行かせ、その間に余った魚達の処理を行う。

日持ちさせるために干物と燻製にわけ、この先の旅の日数を念頭に入れる。

「うーん、二日は持つかなぁ」

「お前、そんなことも出来たんだな」

魚の保存処理をしている自分を側でじっと見ていたハクが、意外だとばかりにそう溢した。

だが、こちらからすればハクの方が問題だ。

「いや、ていうかむしろ。なんで君がこんなに家庭的じゃないのかがびっくりだよ、ハク。なんだよ焼くだけ調理って、どんだけ雑なの!?ヨナ姫が居るんだから、せめてもう少し工夫をこらすとかさぁ!」

「お前が居るんだから問題ないだろ」

「……この唐変木」

「いて!」

なんでもないようにケロっとそう言うハクの額を、拳で軽くコツンと弾く。

コイツ、確か同い年じゃなかったか?

どうしてこうも自給が出来ないんだ?

いや、出来てるけども、ガサツ過ぎる。

仮にも五部族の長の一人だろうに……。

「はあ、身体ばっか大きくなってもなぁ」

うろんな目で見てやれば、ハクはらしくもなく唇を少し尖らせた。

「るせぇ」とぼやき、大刀を肩に担ぎ直すその姿に苦笑する。

「お姫さんの前では大人ぶってるよな」

そう呟けば、ハクの拳が脳天めがけて振り下ろされた。

それを避けようと背中を逸らしたその時、背後からヨナ姫の小さな悲鳴が聞こえ、弾かれるように立ち上がる。

「ヨナ姫!?」

「まさか……!」

頭の中で嫌な想像が駆け巡り、一気に駆け出した。

並んで走るハクの顔は険しく歪み、恐怖を感じているように見える。

「(間に合え……───!)」

僅かしか離れていない池までの距離を全速力で駆け抜け、ヨナ姫の姿を見つけるなりハクの足を止めさせる。

「ハク、背中向けてそこで待ってろ!」

「はっ!?何言ってんだ、俺も……」

「お前にお姫さんの裸はまだ早い!いいから下がってて!」

「へ?」

気迫に押され、ヨナ姫がひとりであることを確認したハクは訳も分からず足を止めた。

言われた通りに背を向けて、訳がわからないながらも辺りを警戒し視線を巡らせているのを気配で知る。

「(こういうとこは妙に素直なんだよなぁ……ハク君は……)」

自分のことを兄として慕っているのか、昔からハクは妙に従ってくれるのだ。

まあ、今はそれが助かるとして。

「お姫さん、そのまま動かないでコッチに足を寄越して」

「ぁ……───」

戸惑いながらも、自身の足をこちらへと寄越したヨナ姫。

傷一つなかったはずのその足に擦り傷や痣を幾つか見付け、胸がチリリと痛んだ。

「蛭がいたのは予想外でした。申し訳ありません……ヨナ姫様」

白く細い足にいく数もまとわりつく蛭を、肌を傷付けないようにとゆっくり剥がしていく。

「ヒル……?」

問いかけてくるヨナ姫に、苦笑が漏れる。

「痛みを与えこそしませんが、こいつらは血を吸うんですよ。下手に取ると皮膚に吸い付いて痛みが伴うこともありますが、ほら、それは自分が許さないので」

にっこりと笑って、ヨナ姫の足に張り付いていた蛭を全て池に放り投げた。

相変わらず困惑した様子で「血……」とこぼした彼女に肩をすくめ、自分が着ていた衣を一枚被せてやる。

「着替えましょう。その格好じゃハクには刺激が強すぎる」

「……」

ヨナ姫の手を引きハクが待っているであろう場所まで戻れば、ハクがソワソワと落ち着かない様子でその場をうろうろしていた。

「おいそこの不審者、お姫さんのお着替え頂戴な」

スイ、何があった」

衣一枚のヨナ姫を背中に隠してハクに手を伸ばす自分に、ハクは飛びつくように駆けて来ようとする。

それを鋭く睨んで制止させ、木の根元に畳まれたヨナ姫の衣服を取るよう指示を出す。

「いいから早くそこのお姫さんの服を取ってってば姫馬鹿。風邪引かせる気?」

「なっ!……無事なのか」

「見ればわかるだろ。てゆうか見たら殴るけどね」

ハクがようやく服を取りに行ってくれるというわけで、ちらりとヨナ姫を振り返る。

ぼうっと相変わらず焦点の合わない目は、時間が経つごとに生気をなくしていっているように見えた。

しばらくして服を手に近くまで来たハクからヨナ姫の服を受け取り、自身で着るようにと彼女に自分から手渡す。

「向こう見てるんで、その間に着替えちゃってください。ご安心を、ハクは自分が見張ってますよ」

「誰が見るかアホ!」

「見たくて仕方ないくせに」

「黙れアホ!!」

なんて言い合っているうちにヨナ姫は着替えを済ませ、こちらへと戻ってきた。

「お姫さん、蛭に引っ付かれててさ」

「蛭?それに怖がってのか」

「っそ。城じゃ滅多に見れるもんじゃないし仕方ないんじゃないかな。自分だって、あんなのが大量にまとわりついてたら気絶出来る自信がある」

「そりゃ嫌な自信だな。で、もう落ち着きましたか?姫様」

「……」

黙って頷いたヨナ姫に、ため息がこぼれそうになる。

ハクも同じようで、必死に取り繕っている様子がうかがえた。

きっと、まだまだ受け入れられないんだ。

言われるがままに動いて、手を引かなきゃ歩けもしない……まるで人形のようだ。

スウォン……これが、お前が本当に望んだことか?

いや……多分スウォンは、ヨナ姫に全てを知られることなく成し遂げるつもりだったに違いない。

『起きているとは思わなかった』と、そう呟いたスウォンの目は明らかに動揺の色を見せていたのだから。

……だとしても、決して許されることじゃない。

許してやれることじゃ……ない。

だから黙らせろ、この胸に抱いていた陳腐な情など。

これから先の彼女について思い悩み、すっかり陽の登った空を木々の隙間から見上げてため息を飲み込んだ。



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─────────・・・・・・



険しい道をヨナ姫の手を引いて歩くハクと、その背後を警戒しながら進む自分。

だいぶ城から離れた気はすれど、まだまだ不十分だ。

それに、ハクが向かっているだろう場所は遠く、あとどれくらいでたどり着くのかが推し量れない。

地図で見たことがある程度の地理知識では、実際に足を運んで測る距離とは非なるものだ。

幾つかの岩場や小川を越えたというのに、ハクはいつまでも「もう少しだ」とは言わなかった。

これじゃ、あと数日は掛かるかもしれない。

「魚、足りないなぁ」

なんて小さくぼやいた自分に、ハクがチラリと草臥れたような視線を投げてきたのを見る。

「今日はここで休みましょう」

風をしのげそうな岩陰を見付け、日もとっぷり暮れていたということで、二度目の寝床を確保した。

燻製にしていた川魚を取り出してヨナ姫に与えてやりながら、道すがら拾ってきた薬草や香草で茶を煎じる。

疲労回復や気を落ち着かせる成分を含むこの茶で、少しでもヨナ姫の体力を保持したかった。

色や香りがで始めた頃、ハクとヨナ姫にふるまい二人を休ませる。

「だいぶ歩いたねぇ。お姫さん、大丈夫ですか?」

「……」

「そっか。明日もまだまだ歩くだろうから、しっかり休んでね」

「……」

黙ったまま、ただ頷くだけのヨナ姫。

本当に、人形みたいだ。

内心参ったなぁと思いつつも、今は無理に気持ちを切り替えさせるわけにもいかない。


 
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