第二幕 揺れる気概
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「なっ、も、もう!スイったら、口が上手いんだから!」
「ふふふ」
予想通り顔を赤く染めたヨナ姫にまた笑って、よっこらしょと立ち上がればハクに肩を抱かれた。
「今日からまぁた宮中追い掛け回されるなぁ?スイ殿?」
「まあ君ほどじゃないとは思うけどね?ハク殿」
いつだったか最初に剣舞を披露した日のことをハクは言っている。
剣舞を見ていた宮付きの娘たちが、その日から用もないのに声をかけてくるようになったのだ。
「……あの期間、なかなか辛かったんだからな?部屋に入ったら知らない女の子が待っていたりしてさ、完全武装で閨の中で受け入れ態勢」
それが毎夜のように起こるのだ。
「あー、それな。追い返すの疲れるんだよな。んで、逆恨みされたりとか」
「さらにあることないこと吹聴されたり、始末には襲い込みとかな」
「……」
「……」
思い出しながら言い合って、互いに互いの苦労を知って無言になる。
「ハク、女性というものは怖いな」
「肉食は嫌いじゃないが、獰猛なのは受け付けがたいな」
「つまり、明日からまた恐怖の日々が始まるわけだな?自分は」
「まあ、頑張れ」
「でも君もこの後演習試合があるよね」
「……」
「……」
互いに目を合わせニコリと笑い合い、ついで、ほぼ同時に遠い目をする。
彼もまた、今日から再来する恐怖を思い出したようだった。
ハクほど目立たないはずの自分は、武将と言えどよほどのことがない限り女の子が寄ってきたりなどしないのだが、今日みたいに目立つことをすればしばらく酷い目に遭わされるのだ。
ヨナ姫のお願いだからと快く引き受けたが、終わってから思い出される地獄にハクとふたり頭を抱える。
「なんか……色々と大変なのね、スイ」
「ああ、いや。気にしないでよお姫さん。対処にはだいぶ慣れて来てるから」
「さすがスイですね、今回はいつまで続くんでしょう?」
「おいそこ、楽しまないでくれませんかね、スウォン様よい。こっちは結構な深刻な話なんですからね」
「はっはっは。実にいいことではないか。その調子なら、すぐに子も授かるんじゃないか?スイよ」
「おかしなこと言わないでくださいよ、陛下。自分、まだ成人したてですよ。そしてそこの隠れきれてない爆笑男。今すぐ正座しろ、打首にしてやる」
飾り刄と言えど、勢いを付ければ斬首くらい出来る。
そう言って、スウォンや陛下の言葉に腹を抱えて笑い転げているハクに剣を向ければ、ヨナ姫が「やっておしまい!」と乗り気になり、陛下がオロオロしだした。
こんな、馬鹿げた時間がたまらなく楽しいと思えるのは、きっと、仲間や家族、友人という関係に恵まれているからだろう。
こんな時間がいつまでも続くのかと思えば味気なく、けれどそれこそが幸せだと感じた。
願わくは、この平穏が永遠に続くことを。
赤く染まって来た黄昏の空を見付け、煌びやかに瞬くこの場所にただ目を細めていた。
───────────────
─────────・・・・・・
宴が終わり、夜にどっぷりと浸かった緋龍城はやけに静かだった。
宮中が闇に溶け込んだかのように、何者の気配も感じない。
そんなはず、あるわけがないのに……。
「(なんだ、この胸騒ぎ……───)」
異常なほどの静けさに、胸のあたりでドクドクと嫌な脈を感じる。
何故こんなにも胸騒ぎがするのかなんてわからない。
それが気持ち悪くて仕方なかった。
ここ数日ずっと感じ続けていた違和感や疑問が、今この時に一気に溢れ出てきたかのような……。
不安から、警備は一層力を入れてきた。
ハクも嫌な気配がすると言って見回りを強化している。
ヨナ姫のことは昼間、スウォンに任せた。
あと心配なのは、心配なのは……───
「なんでこんなにイル陛下が気になるんだ?こんな夜更け、もう陛下も休んでいるはずで、護衛もいつも以上に付けた。問題なんか無いはずだろ……」
自分に言い聞かせるように呟いて、安心しようと必死に警護の配置を頭の中で確認した。
だが、自然と足が向かうのはやはり陛下の休んでいるはずの部屋で。
気付けば駆けるように足を動かしていた。
昼間、剣舞の待機中にうたた寝をした。
その時に見た夢があまりにも気持ち悪くて、思わず椅子を倒すように飛び起きた。
その時と同じ気持ち悪さが全身にまとわりつき、御し難い不安感が心を支配していく。
そして、気付いてしまう。
「(なぜ、護衛がひとりも居ない……?)」
ここに来るまでの道すがら、護衛がひとりも存在して居なかった。
深夜こそ居るはずの陛下の寝屋を護る衛兵達が、ここまで来る道中にひとりも居なかったのだ。
配置した場所には闇ばかりが広がっていて、薄気味悪さが漂っていた。
寒気がするほどの静けさに、文字どおり身震いする。
たどり着いた目的の場所。
何故か少し開いている陛下の寝屋の扉に、心臓がギシギシと悲鳴を立て始めた。
違ってくれ……頼む、頼む……やめてくれ……。
そう、思考が警鐘を鳴らす。
ドクドクと喉のあたりが波を打ち、まるでそこに心臓があるみたいに、呼吸が苦しくて仕方がなかった。
扉に手を掛け、作法も身分も何もかもを忘れて無我夢中で開け放った。
「陛下!」
無事であってくれ、何事もあってくれるな……!
そう、願ったのに。
部屋に足を踏み入れた途端に、月明かりを背に二つの影を見た。
そして影を見たのとそれは同時だった。
グチャリ。
と、嫌な音が外耳を刺激し、ついで錆臭さが鼻腔を突いた。
赤く飛び散ったのは鮮血。
聞こえてきた呻き声は……その声の主は……───
その人を突き刺した殺人者は……。
……ねえ、どうしてそんな目で私を見るの───?
「っダメだ!! ───………………ぁ」
ハッと口元を押さえ、息を止める。
パチリと、目を覚ました。
世界は一転、風が騒がしく音を立てていたし、目の前には焚き火が小さく灯されている。
夢……───?
いや、違う。
全部、現実にあったことだ。
全部、自分の持つ記憶と一致している。
夢であって欲しかったと、震える肩が告げていた。
心臓が痛くて、苦しくて仕方ない。
ハァ……ッと息を吐いて、必死で呼吸を整える。
少し離れた木の根ではヨナ姫が痛々しい姿で眠っていた。
そのすぐ側でハクが立てた片膝に頭を埋めるようにして寝ていて、空は薄っすらと明るみを帯びていることから一晩過ぎたのだとうかがい知る。
朝特有の冷たい風が頬を撫でて行き、喉が痛くなった。
こんな場所では疲労なんか取れもしないだろうヨナ姫を思えば、泣きたくなる。
「……っ必ず、守り抜く……───」
例えこの身にどんな痛みが降り注ごうとも、ヨナ姫だけは、必ず守り通すと。
誓いを立てずにはいられない。
自分を責めずにはいられない。
焚き火に枝を増やしてやり、そっと立ち上がる。
胸が騒いで落ち着かないのを、なんとか鎮めたかった。
ついでに傷を癒せそうな薬草がないかと探し回り、また思考に溺れる。
あの時、もっと早くにあの場所へたどり着いてれば……。
そしたら、陛下は助かったのではないだろうか?
もっと早くにスウォンの動きに気付いていれば、止められたのではないだろうか?
もっと、なにか、やれることがあったんじゃないか?
他にも自分が取るべき行動があったのでは?
陛下の側を離れなければ……。
最初から疑っていれば……───
どんどんと深く落ちていく思考に気持ち悪さを覚えるが、止める事ができなかった。
ぐるぐると同じ事を何度も考える。
あの時。
自分が……。
どうして。
もっと。
他に、何故……。
陛下……、陛下……。
自分が間に合っていれば、あの時、どうしたら……。
いやだ、夢だと言って、違う、悪いのは……───
「いつまで戻ってこないつもりだ?」
「!」
ぐるぐる、ぐるぐると回る思考に、突然に舞い込んできた声。
ハッとして振り返ればハクがそこに居て、目を細めてこちらを見ていた。
「ハク、起きたんだ。……ごめん、ちょっと考え事をしてた」
肩をすくめて笑って見せて、手のひらに握っていた数本の草花を振ってみせる。
「ついでに、この辺りに薬草でもないかなぁって散策もね。心配かけたなら謝るよ、ゴメン。もう戻るからさ」
不安気に目を揺らすハクに微笑んで、来た道を引き返す。
が、ふと気づく。
「ていうか、お姫さんは?」
こんなところにハクだけで迎えに来て、ヨナ姫をひとり置き去りで良いのかと眉をひそめた。
ハクが後をついてきながら、まるで自分を真似るように肩をすくめて見せて小さく息を吐いた。
「まだ寝てる。もうしばらくは起きないだろうから、お前を迎えに来た」
「そっか。なんか悪いね、ありがとう」
迷子になりそうな子供扱いを受けている気がしないでもないが、素直に礼を言えばハクが少し苦笑した。
「俺ひとりでアイツのお守りは重すぎる」
「嘘おっしゃい。本当は二人きりで熱いひと時を過ごしたいくらいのくせに」
「……なわけ」
「わかりやすい反応をどうもありがとう、ハク君。……でも本当に、こうなった今は、あの子を守れるのはアンタだけだと自分は思ってる」
「……」
自分の言葉に目を見開いたハクに、にっこりと笑い返す。
「さあて、お姫さんが起きる前に戻りますか、と!」
すっかり陽が昇り始め、朝日が木々の間から顔を覗かせていた。
道中何か果物でもあれば良いと辺りを見渡しながら、ハクがこちらをじっと見ていることには気付かないフリをした。
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─────────・・・・・・
朝陽が瞼にしみたのか、ヨナ姫は眉を寄せて目を覚ました。
「ん……」
「あ、起きた?おはようお姫さん。お水飲める?」
ここに来る前に川へ立ち寄り、水筒にひたひたに汲んできた水を蓋に注いで手渡してやる。
静かにそれを受け取ったヨナ姫は、しばらく自らの手元を見ていたがふとこちらを見上げ声を上げた。
「ッスイ!!」
「はい、お姫さん。ちゃんと追い付いたよ」
にっこりと笑って、目を丸めるヨナ姫の頭を撫でてやる。
すると一気に瞳を潤ませるものだから、少し慌てた。
「おおっと!泣いたら美人が台無しだって!ほら、喉も乾燥してて痛いでしょ、早いとこお水飲んじゃいなよ」
息を詰めて泣きそうにしているヨナ姫の手を支え、その口元に水を運んでいってやる。
黙って従い、コクリと小さく水を啜った彼女に苦笑をこぼす。
まだまだ精神は回復しそうにないな、と。
身体の傷こそないものの、彼女が心に負った傷は如何なものなのだろうと、計り知れない痛みに胸が締め付けられる。
「スイ……もう、会えないのかと思ってた……みんな……───」
みんな、スウォンに殺されたと思っていたと、ヨナ姫は喉の奥で声にならない音でこぼした。
「ヨナ姫を護るって約束したじゃん。約束を違えるようなバカなことはしないよ。ご覧の通り、ちゃんと貴女の元へ帰って来たでしょう?」
微笑めば、やはりヨナ姫は泣き出してしまった。
声を上げて、子供みたいに。
その様子にハクが眉をひそめたのを尻目に見て、よしよしと彼女を抱き寄せ、もう一度頭を撫でる。
「不安にさせてゴメンね。もう離れたりしないから。大丈夫、ちゃんと側に居るよ」
「……っうん」
肩を震わせて強く頷いたヨナ姫にまた笑って、よっこらしょと彼女を引き離す。