06…天女か白夜叉か
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【06.天女か白夜叉か】
尾浜 side
陽が落ちて辺りがほんのり橙色に染まる頃、水色と青に混じる場違いな深緑。
風に靡く白い髪は橙色で染まり、血を浴びた様に朱く色付いている。頭巾をしていない所為か、よりいっそう不気味に感じる。
「――…何時までそこで俺を見ているつもりなんだ?」
水色と青…一、二年と別れた白髪の深緑は俺に背を向けたままそう口にする。そう、“背を向けたまま”、だ。
俺だって五年だ。例え相手が最高学年だろうと、見つかる様なへまはしない。気付かれる筈がない。
伊達にい組で五年間も学級委員長をしてきた訳じゃない。勉学だけじゃなく忍術だって自身がある。
だから眼の前の男が口にした言葉が自分に向けられて云っているものではない、と思った。
けれどそれも、俺が身を潜めている樹上を男が見詰めた事によって俺の自信は音をたてて崩れてゆく…。
別に四年の滝と田村みたいな自惚れって訳じゃない。ただ、関わりが無いこの男に、俺の気配が判る筈がないだろうと思っただけ。
それなのに、この男は的確に俺の場所を探り当てた。葉と枝で判る筈もない俺の眼を、まるで眼の前にいるかの様に真っ直ぐに見詰めたのだ。
曇りのない真っ紅な、どこまでも真っ直ぐな瞳。
俺の心の奥深くを見られている様で、俺は舌打ちを一つして樹上から降りた。
「…よく俺がアナタを盗み見ているって判りましたね。ご丁寧に場所まで…」
苛立ちを含んだ俺の言葉に男はニコリ、と微笑を浮かべ「気配を探るのは得意なんだ」とこたえる。
それに俺は露骨に顔を歪めた。相手が先輩だとかは知らない。気に食わないんだから、仕方がないじゃん。
「…自分は気配を消して過ごしてるクセに…」
「まぁ、そうだね。けど…“約束”だから…」
先輩にする言葉使いじゃないのに、眼の前の男はそんな事気にしたふうでもなく、返事を返してきた。
苛立ちをぶつけたのに、その反応にまた苛立つ。
けど、男の言った“約束”という単語が気になり、思わず「約束…?」と俺が呟くと、男は一瞬悲し気に微笑んだ。
「約束って…」
「君は、あの女の虜にはなっていないんだね」
俺の言葉が言い終わる前に、男が違う話題で言葉を発する。
それに更に苛立つが、此方を見る男の紅い瞳が「これ以上聞くな」と訴えかける。
真剣な、けれど悲し気に揺れる瞳…。
こんな表情を見たのは初めてで…。
「どうしてそう思うんですか?」
俺は喉元に出かけた言葉を飲み込んで新たな言葉を口にする。
言っておくけど、男の表情に心が揺らいだ訳じゃない。只、このまま聞いても答えてくれそうにないから。俺が諦めただけだ。
だから男の問に返した。
だって、俺が態々この人に会いに来たのも、“あの女”関連だもの。
そう思っていると、男の言葉に俺は眼を見開いた…。
「どうして、か…まぁ、単なる勘だよ。強いて言うなら……
君が今…一、二年の子等と同じ、凄く辛そうな表情をしているから、かな?」
俺が、辛そうな表情を…?
内心はこんなにも苛立っているのに…。そんな表情をする筈がない。
そんな俺の心を察してか、男は「表情、っていうより…瞳が、と言った方がいいね」と言い直す。
…顔なのか眼なのか、どっちなんだと普段の俺なら思うが、この時は只、男の言葉に…拳を強く握って内から溢れる感情を堪えるしかなかった。
「辛いなら“辛い”と、云ってしまえばいい。悲しいなら“悲しい”と、涙すればいい。お前はまだ〝忍たま〟だ。
忍術学園にいる間は、護られてていいんだよ…」
あの女の様に、俺の心の奥底に仕舞い込んだ想いを口にする。
まるで見透かした様に…的を射ているその言葉に…。
不快感からか苛立ちか。俺は唇を噛み締める。
ああ、どうして…どうしてアナタが、そんな辛そうな表情をするの?どうしてそんな悲しそうな瞳をするの?
自分の事でそんな表情をした事ないクセに、なんで俺達の時だけ…そんな表情をするんだよ…っ
―…嗚呼、だから俺はこの人が嫌いなんだ…。
この学園は平和だ。何時も笑が溢れている。
そりゃぁ、敵が攻めて来る時だってある。四年になれば人を殺める忍務だってある。
けれどそれでも、学園に居る間は、とても平和だと。幸せだと、感じていた。
優しい先輩や可愛い後輩達。厳しくも優しく、暖かく俺達を見守って下さる先生方…。
手を引いて、背を押してくれる。笑い合える大事な友たち、頼れる仲間。
幸せだと…コレが一生続けばいいのに、なんて…ちょっと思ってた。けどそれも、あの日、突然来た女に…。
全てを壊されたんだ…。
空から落ちてきた怪しい女。誰なんだって尋ねたら「天女様」なんて笑って言った。
頭イカレてんの?俺達は忍。たまごと言えど、忍を目指す俺達に通用するとでも思ってるの?
って、最初思っていた俺なんだけど、後から考えるとその発想が馬鹿みたいに思えてならない。
何故なら、忍びを目指す俺達…主に上級生が簡単にイカレ女の戯言を信じたからだ―。
自分では可愛いと思ってやっているのか、態とらしく悲鳴をあげたり、語尾を態と伸ばしたり。
上目使い+涙眼で見上げてきたり。態とドジを踏んだり。
見ていてそれが演技だと直ぐに気付いた。横にいる兵助を見れば何とも言えない表情をしていたし…。
そりゃそうだ。あれなら俺達がやった方が数百倍可愛いい。女装に関しては忍務でもあるから、仕草だって完璧。
三郎に至っては露骨に顔に出ていたしね。
変装名人の三郎に、演技なんてしても無駄。直ぐに化けの皮を剥がされる。
三郎の傍らにいる雷蔵に視線をやると、口と鼻を手で覆った顔面真っ青な八の背を撫でていてそれどころじゃなかった模様。
ま、八の反応は仕方がない。あの女から甘ったるい匂いがするのだ。香でもつけているのかは知らないけど、あれは無理。
匂いが強すぎて逆に臭い。女が天女天女と連呼する度に臭いが増して、吐き気がするよ。
俺でこうなるのだから、五年の中で五感がずば抜けていい八にとっては毒を飲まされた様な状態なのだろう。
誰が見ても“偽り”だと判るソレらに、まさかの最高学年が騙された。
逢って間もない女に六年(何時もの六人)が頬を染めたのだ。
終いには誰が女を横抱きして保健室に連れて行くんだ、とか口論おっぱじめるし。
敵を欺くなら先ず見方から、だろうかと矢羽根で会話していた俺達だったけど、学園長に「天女様を学園に置いてください!!」と詰め寄っていた六年に。
天井裏で盗み見ていたら「あぁ、マジかよ…」って、八が涙を浮かべて呟いた。
そんな先輩方の変貌っぷりに笑い合っていた俺達だけど、次の日になればあーら不思議。
俺を抜かした五年が六年の先輩方と一緒に女に熱い愛の告白とやらをしていた。
女の臭いにオエぇ…ってしていた八は満面の笑みで、生物委員会で育てていた花をあげているし。
雷蔵は頬をうっすらと染めて「好きです」って、はにかみながら云っているし。
女の雑な演技に苛立っていた筈の三郎は雷蔵の隣で「私もですよ」って口にしてるし。
兵助なんて真顔でド直球な愛の告白してるし。豆腐以外にマジな告白してるの、初めてみた。
寝坊して兵助達を先に行かせたのが悪かったのか、食堂で行われている愛の告白大会。
深緑に群青。
眼に光がない彼等にか、女のキツイ臭いにか。目眩がするのを堪えて天女の輪から少し離れていた兵助に近寄った。
離れてるって言っても、あまり距離は変わらないんだけど…。
「…ねぇ、兵助」
肩に手を置いて名を呼ぶと、兵助はビクッと身体を跳ねさせて勢いよく顔を半歩後ろにいる俺に向けた。
大きな眼をガン開きにして振り向くもんだから、俺は思わず肩に置いた手を離して顔を後ろに引いた。
だって眼力半端ないんだもん。恐かったよ、あれ。
「勘ちゃん、気配もなく行き成り声をかけるなっ!ビックリするだろ!?」
「ぇっ?…あ、ご、ごめん…??」
気配もなく…?俺は何時も通りにしていた。食堂に行くだけで気配は消さない。俺をからかっているのかと思ったけど、兵助の反応は素からだったし…。
兵助の言葉に疑問を抱きながら、俺は反射的に謝り、食堂で御飯も食べないで何をしているのかと尋ねる。
「何って、天女様のお話を聞いていたのだ」
「お話…?」
「何でも、天女様は来世から来たお方で天女様のいた時代では争いがない平和な世だそうだ。だから“戦いはいけない”と…俺達が傷付くのは嫌なのだと仰って下さったのだ。
ああ、なんて慈悲深いお方なんだ…」
「え、え、え…ちょっと待って、何?何て言ったって??」
「だからぁ、天女様は俺達が任務で傷付くのが嫌なんだそうだ。プロの忍になったとしても戦場で死ぬだけ…“そんな無駄な事を目指さないで、私と学園にいて”と涙ながらに仰って下さったのだ」
兵助の言葉が本当なのかと聞き返したつもりなんだけど、兵助の口から新たな女の話しが出てくる。
えっ、何それ。自己中過ぎるんだけど。
自分の考えを押し付けてるだけじゃん…。
そもそも何、俺達が傷付くのは嫌って。
俺達はたまごと言えど忍。任務に出て生傷をつくるなんて今更じゃん。
それは四年に上がる時に覚悟したよ。それなのに、昨日突然来たクセに全て判ってますぅ、みたいな事言って。
俺達はアンタの所有物じゃないっつーの。
それに何。
プロの忍になったとしても戦場で死ぬだけ…?“そんな無駄な事を目指さないで、私と学園にいて”?
…俺達を馬鹿にしてるの?忍を目指してこの学園で学んできたものが、無駄な事??俺達が日々夢見て目指していたものが、“無駄な事”…??
…あんな女に、俺達の何が判る。争いも知らない平和な世で育ってきたお前なんかに、何が判る…っ
兵助の口から聞いた言葉でこれほど苛立つのだから、あの女本人の口から聞いたらその首に苦無を突き刺してしまうかもしれない。
「…あんな戯言、兵助信じたんじゃないよね?」
兵助だけじゃない、三郎に雷蔵、八だって…六年の先輩方だって…。
俺と想いは同じ筈だ。
だから俺は兵助の肩を掴んで光のないその瞳を真っ直ぐに見詰めて聞いた。
「信じる訳ない」その言葉を口にしてほしくて…。
だけど俺の願いは早々に打ち壊される。
「…戯言?そんな訳ないだろ。天女様の仰ったお言葉だぞ!?例え勘ちゃんでも、冗談じゃ赦さないのだ!!」
兵助の怒号に殺気に、演技じゃないんだと。本気で信じているんだと理解する。
目眩が増して、涙が出そうになる…。
俺は兵助から距離をとり、そのまま食堂を後にした。
大声でやっと俺に“気付いた”雷蔵達の姿が見えたけど、今そんなの気にしてられない…。
友と思っていた相手からの本気の殺気に、俺は涙するしかなかった―…。
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