14…信じてた(尾浜side)
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【14.信じてた】
尾浜 side
「こーら、先輩相手に殺気を出すんじゃない」
「…だって、あの女の隣に居た人ですよ?それに凛桜さんを嫌っていましたし…何より凛桜さんと僕の涙の再会を見られました…」
頬を膨らませて拗ねる綾部だけど、警戒している事は明らかで視線を俺から逸らすことはない。俺が何か仕掛け様ものなら、綾部は本気で迎え撃つつもりだろう。
まぁ、綾部が俺にここまで殺気立つのも判る。綾部にとって俺は、“自分たちを見捨てた天女信者”なんだから。
自分から弁解しても警戒心が強い今の綾部は信じないだろう。
取り敢えず敵ではない事を示すために俺はぎこちなく笑みを浮かべた。
そんな俺と綾部の微妙な空気を察し困った様に笑う心綺先輩は、綾部の泥だらけの髪を梳く様に撫でた。
遠目からでも判るその優しい手付き。それが気持いのか、綾部は眼を細め心綺先輩を抱き締める手に力を込める。
余程心綺先輩に逢えた事が嬉しいらしい。俺に向けられていた殺気は何時の間にか消えていた…。
綾部を見付けた後、俺達は火薬委員会の委員会室に移動した。
先輩の『久し振りに来るなぁ…』なんて独り言に委員長がそれでいいのか…と密かに思いながらも、座布団をもって来た先輩に座る様云われ素直に従い腰を下ろした。
そんな俺を見届けた後、先輩は俺の眼の前に座った。勿論、抱き着いて離れない綾部も共に。
そして冒頭に繋がる訳だ。
半刻前の事を思い返していると先輩は綾部を離して、湯呑の乗った御盆を持って来た。
『茶を出すのが遅くなったね』と苦笑しながら。
湯気のたつ湯呑を眼の前に置かれ、視線を湯呑から先輩へと向けると『あの子みたいには美味しくないけど』と口にする。
あの子、とは兵助の事だろう。恐らく。
何故名前を呼ばないのか不思議に思うも、俺達がしてきた仕打ちを思い返せばまぁ、納得する。
それ程の事を俺達は心綺先輩にしてきたのだから―。
目の前の湯呑を手に持ち、口付ける。…美味しい…。口の中に広がる茶の渋みが丁度いい。
綾部との再会に緊張していた所為か、渇いた喉は素直に茶を欲する。
そんな俺を見て、心綺先輩は静かに微笑み手に持った湯呑に口付けていた。
空になった湯呑から口を離し「はぁー…」なんて、年寄り臭い吐息を吐いた綾部。
こんなのでよく作法委員四年間も続けられたな、と眉間に皺を寄せた俺とは対照的に心綺先輩は柔らかな笑みを浮かべる。
『……さて、喜八郎も落ち着いたようだし。話を始めようか』
こと、っと音をたてながら湯呑を傍らに置いた心綺先輩の言葉に、俺も湯呑から口を離して聞く態勢になる。
『今の現状を整理すると…一週間前、突然空から“天女”を名乗る小娘が落ちてきた。その小娘を警戒する様に現れた六年だったが…不思議なことに小娘を“天女”と信じた。
四,五年もまた同じ…小娘の術中。術に掛かっていないのは事務を含めた教職員の方々、下級生、そして俺達三人。
…ここで問題が二つ。
一つ、小娘が現れた事で学園が正常に機能していない今、何時敵が攻めて来ても可笑しくないという事。
二つ、上級生が下級生に手を出すかもしれないという事…。小娘があの子等に“下級生の子達が…”と泣き付けば、上級生は問答無用で小さなあの子等を始末仕様とするだろう。それは何も下級生達だけじゃない。俺達も標的になるだろうな…』
『覚悟しといた方が良いだろね…』そう静かに呟く心綺先輩。
その言葉に、俺と綾部は静かに頷いた…。
『さて、ここで疑問が二つ出てくる。
一つ、小娘の術は一体何なのか。催眠術なのか、またそれは何時掛かるのか。
二つ…これが今の段階で一番気になる事なのだけど…』
心綺先輩は一度俺から視線を外して何かを考える素振りをした後、紅い瞳を伏せた。
そして『作兵衛達に聴いたが、小娘は上級生が好みの様だ…』と告げる。
確かにそれは当たっている。
最初は美形好きなのかと思ったけど、失礼な話し、あの潮江先輩や中在家先輩にも媚売っているから…その線は消えた。
下級生や教職員は眼中にないところをみると、四年~六年の上級生が好みだと、俺も理解した。
けれどそれは、あの女の行動を暫く見ていれば直ぐに気付く事。先輩には悪いけど、今さらそれがどうしたというのか…。
黙り混んだ心綺先輩に視線をやると、す…と紅い瞳が開かれる。
『…では何故、君達は術に掛けられていない?』
心綺先輩のその言葉に、俺と綾部は自然と視線を合わせた。
何故、と云われても…俺達も判らない。だからこうやって話し合っている訳であって…。
今度は俺達が黙り混んでいると、心綺先輩は『すまない、言葉を言い替えよう』と口にする。
『そうだな…先ず、あの小娘の術に掛かるのにはある“条件”があるのだろうね』
「条件、と…云うと?」
『憶測でしかないけれど、他者を虜にするには掛ける相手と面と向かわなければいけないんじゃないか?』
憶測とは言いつつも何処か確信を射ている心綺先輩の言葉。
「何故、そう思うんですか?」
綾部の問いに心綺先輩は一度綾部に視線をやった後、再び俺に視線を戻した。
『君は確かこう云ったね。
“空から落ちて来た怪しい女を警戒して、六年生がその女を取り囲んだ”、と』
「はい」
『その時の五年、四年は離れた場所にいた…その時は敵意剥き出しだったんだよね?』
「はい、その時は皆正気でした」
『しかし次の日になると、君の友人達は小娘の虜となっていた…』
「…はい」
心綺先輩の言葉に、俺は小さく頷く。
膝の上に乗せた拳に自然と力が籠る。
俺が一緒に居たら、皆があの女の虜になんかならなかったのに…なんて、今更後悔しても遅いんだけど…。
『五年が術中になった時、四年はまだ正気だった。そうだね、喜八郎』
「…はい、その時は滝や三木、タカ丸さん達は何時も通りでした。五,六年の先輩方の変わり様に“自分達は正気で居よう”、と…。
その後の事は判りません。何時も通り蛸壺を掘って帰って来てみれば、皆はもう…あの状態でしたから」
綾部も俺同様、ずっと自分を責めていたのだろう。何故あの時、一緒に居なかったのか…と。
顔を伏せたから綾部の表情は判らない。けれど、膝に乗った手に力が籠められているところを見ると、余程悔いているのだろう。
そんな綾部を見て、俺は自然と唇を噛みしめていた。
俺は自分の事ばかりを考えて…悲しんでいる後輩の事を見て見ぬふりをしていた。“今は仕方がない…堪えるしかないんだ”と…。
俺があの女の近くに居る事で、後輩達を護っている気でいた。だけど、違ったんだよね…。本当は、後輩達の隣に居るべきだったんだ。
そしたら、綾部だって…一人で抱え込まずにすんだのに…。三年だって、殺意を抱かなくてすんだのに…。
『…君達は――…』
何か言葉を告げ様とした心綺先輩だけど、言葉の途中で口を閉じてしまった。
どうしたのかと綾部から心綺先輩に視線をやれば紅い瞳を鋭くさせ障子の向こうを睨み付けていた。
誰か居るのだろうかと気配を探るも、誰も居ない。
俺に判らない相手…、曲者…?
戸に意識を集中させたまま懐に手を忍ばせ苦無に触れる。
情報がこんなにも早く漏れるなんて…。
「凛桜さん、どうかしたんですか?」
間延びした独特の口調で綾部は心綺先輩にそう訪ねる。
けれどそれは演技。綾部も心綺先輩と俺の異変に気付いている。勿論障子の向こうに何者かが居る事にも。
空いた左手は湯飲みの代わりに、傍らに置かれていた踏鋤を握っている。
「……心綺せんぱ、」
綾部と視線で合図した後、心綺先輩の名を呼んだ瞬間。
心綺先輩は勢いよくその場から立ち、目にも止まらぬ速さで部屋から出て行ってしまった。
何が起きたのか理解出来ず、開け放たれた障子を暫く呆然と見詰めてハッ!と我に返る。
「綾部っ!」
「判ってますよ」
綾部には俺の言いたい事が伝わっている様で、皆まで言わずとも踏鋤を持ち今にでも部屋を飛び出さんとしている。
流石は四年だ。
「よし、じゃぁ心綺先輩を――…」
「キャァァアアアアッッ」
綾部に指示を出そうとした時、俺の言葉を遮る様にしたあの女の金切り声。
……嫌な予感がする。
勢いよく綾部の方に視線をやれば、恐らく綾部も同じ事を考えたのだろう。
俺が静かに頷くと、綾部も頷き返す。
そして言葉を交わす事無く、俺達は部屋を後にした。
女の金切り声がしたであろう方向に全速力で駆ける。
徐々に近付く毎に女の嫌な気配と臭いがハッキリしてくる。と、同時に…女がいるであろうその場所と、複数の小さな気配に。
よく知る、心地良かった筈の三つの気配に…駆ける脚が自然と速くなる。
何かの間違いだと、信じたくなくて…。
彼奴等が、そんな事をする筈ないって、信じたくなくて…。
けれど、目的の場所に着いた時。それは間違いなどではないのだと。彼奴等は変わってしまったのだと。…思い知らされたんだ。
信じてた
(信じて…いたかった…っ)
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