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俺、仙道彰はひたすら南へと車を走らせていた。
とくに宛もなく、ただ気の赴くままドライブ……こういう事はよくオフの日にしていたのだが、今日だけは違う。きちんと目的地があるのだ。
暫くすると、目前に青い湘南の海が広がった。ここから数キロに渡って海沿いを走る道が続く。海の青さに刺激された俺は、無性に外の空気を吸いたくなった。
ハンドルの脇にあるボタンを押すと愛車の屋根はパタパタと折り畳まれ、瞬く間にオープンカーへと変身した。1月というのに季節はずれのポカポカ陽気で、まったく寒さは気にならない。深く息を吸い込むと、微かに潮のにおいがした。
暫くこのまま走ろう……
対向車から注がれる視線も気にせず、俺は少し強めにアクセルを踏み込んだ。
江ノ電の踏切を渡って坂を上り終えると、
目的地――陵南高校。
さすがに校内でオープンカーは不味いなと、車の屋根を元に戻した。
校内へソロソロと入り込むと、ちょうど下校時刻と重なってしまったのか沢山の学生達が歩いており、オープンカーでなくともバッチリ目立ってしまった。
「まずい時間帯に来ちまった……」
まいったな、と俺は頭をかきながら苦笑した。
駐車場が分からなかったので、昇降口の近くに停まっている軽トラックの後方に勝手に車を駐車させる。
その珍しい光景を、生徒達が遠くから興味津々に見つめていた。
「すげー、フェラーリだ」
「誰が来たのかな?」
「ただ者じゃないんじゃない?」
物珍しそうに集まってきた群集の中へ、俺は車から降り立つ。
「きゃあっ」
「かっこいい~」
女子高生がこちらに向かって手を振ってきたので、すかさず営業スマイルで返してやると、途端に黄色い奇声が上がった。
俺は足早に目的の場所へと向かう。
体育館へ辿り着くと、急に懐かしさがこみ上げてくる。
ボールの弾む音、バッシュの擦れる音……。
高鳴る鼓動を感じながら入り口へ近付く。すると、開け放たれたドアの向こうに、教え子達に激をとばす恩師が立っていた。
ふっ、相変わらずだな。
「田岡先生!」
自分でも驚くような甲高い声で背後から呼びかける。
先生は勢いよく振り返り、俺の姿を捉えると、一瞬目を見張った。
「せ、仙道……??」
その顔は直ぐに緩み、途端に笑顔へと変わる。
「仙道じゃないか!!」
「はい、先生。お久しぶりです」
もう5年以上は会っていないだろうか。恩師は少しばかり顔のシワが増えただけで、当時とまったく変わってはいなかった。
「はっはっは、あの同窓会以来か。いやー、よく来たなあ」
上機嫌になった田岡先生は部員達に自主練するよう指示し、体育館の隅にあったパイプ椅子に腰掛けた途端、昔話を始めた。
こうなると先生の話は長い。欠伸をしないで聞いていられるかどうかが心配になってきた。
俺は先生の長話に適当に相づちを打ちながら、先程からコート内の部員達を目で追い、アイツを探す。
そう、つい一週間前俺の家に転がり込んだ野良犬、越野宏明だ。
だが、どこにも姿は見えない。どうしたのだろう、今日は練習をサボっているのだろうか。って、昔の俺じゃあるまいし……。風邪でもひいて休んでるだけかもしれねぇな。
すると向こうから、小柄な部員が慣れない手つきで御盆に乗せたお茶を運んできた。茶碗に注ぎすぎこぼれたのか、御盆の上はビシャビシャに濡れている。
「失礼します~ようこそ、お越しくださいました~」
彼は威勢の良い関西弁でお茶を出してくれた。
「おお、彦一。気が利くじゃないか」
はっはっはと、先生は更に上機嫌になった。
「ヒコイチくん、ありがとう」
「はっ、はい~~」
ヒコイチはものすごい速さで退散すると、隅でぶつぶつと「要チェックや~」とか言いながらノートに何やらメモしている。
変わったマネージャーだな。でもああいうの、俺が高校んときもいたっけ……
それから数分間、茶をすすりながら先生と談笑していると、突然どでかい声が体育館に響き渡った。
「ちゅーーっすっ!すみません、遅れましたぁ!!」
聞き覚えのある声……
つい先程まで笑っていた田岡茂一の顔に、瞬時に青筋が浮かび上がった。
「こらぁ越野!遅れて来るとは何事だ!」
はは、ほら怒られた。これじゃ昔の俺だ。
「すみません!生徒会の集まりがあって遅れましたぁ」
なんだか、こういうやり取りよくやってたな……
「むっ、何だそうか。……それじゃ、他の部員に伝えとかんか~!」
「はいっ!すみませんでしたぁ………って、ああーーーー!!!!」
あ、見つかっちまったか。
満面の笑みで走ってくるのは、まるで食い物を見つけて嬉しそうな、
野良犬……。
「あきら~~!」
ブーーッ!
勢い良くお茶を吹き出してしまった。
な、何だと!?あきら?呼ばれたことねぇぞっ。
「来てくれたんだ!なんだ、連絡してくれれば良かったのに」
おいおい、お前の連絡先なんて知らないけど?
「お前達、知り合いだったのか?」
驚いて尋ねる先生へ、越野宏明はハキハキと答える。
「はいっ!一週間前に出会って、あきらの家で一緒に過ごして、帰りは真夜中だったんで東京からこっちまで送ってくれたんです」
「お、おい宏明。なんか色々と省いてねぇか?」
「む……"宏明"??」
今度は怪訝そうな表情で、先生は俺の顔を覗き込んだ。
「えっ?」
「仙道、お前……越野に……」
何やら誤解があるようなので、俺は一週間前に起きた出来事を先生に説明した。
「ほう、そうだったか。それは越野が世話になったな。ほら、お前はそのう……プレイボーイと評判だったから、てっきり」
「先生……?」
てっきり、俺が何をしたと思ったのだろうか。
コート内へ駆けて行く宏明を見送りながら、田岡先生はゆっくりと口を開く。
「越野は昔のお前のようなバスケセンスはない。が、人一倍負けん気が強い故に、誰よりも練習してきた。何事にも積極的に取り組む、熱心な男だ。陵南にとって欠かすことの出来ない副キャプテンなんだよ。……仙道、これから何かあれば、あいつの相談にのってやってほしい」
「はい、分かりました。先生」
先生の言葉通り、宏明は人一倍身体を動かしていた。
話では、3年の引退後直ぐに副キャプテンになったそうだが、見ている限りでは殆どキャプテン並みに仕切っているようだ。声も大きく張り上げ、彼がいるだけで活気が生まれる。
チーム内にこういうムードメーカーがいてくれるだけで、試合中どれだけ助けになるか、俺は知っている。
まさに、宏明はガードに打ってつけの性格だろう。
シュート練習が始まると、宏明は鮮やかなランニングシュートを何本も決めていく。
俺と目が合うとピースサインをし、白い歯をみせて笑った。
まったく、ガキめ……
知らず知らずのうちに宏明だけを目で追っている自分に、その時の俺はまだ気付いてはいなかった。
それから一時間ほど練習風景を眺めた俺は、陽も暮れ始めた所でそろそろ退散することにした。
何でも一週間後に練習試合を控えているのだそうだ。先生は名残惜しそうにしていたが、これ以上練習の邪魔をするわけにはいかない。部員達に挨拶させようという先生の言葉も断り、俺は体育館を後にした。幸い、宏明は練習に打ち込んでいて気付いていないようだった。
そうだ、帰り際にうるさくされてはたまらない……また来てやるよ。今度は練習試合でのお前の活躍を見にな。
夕陽に染まった校舎をぐるりと一周してから、昇降口の前に停めた車に乗り込んだ。校門を抜けて坂を下っていくと紅く染まった海が顔を覗かせている。
「ほう、絶景だな……」
ここの学生は毎日こんな贅沢な景色を拝めるのかと思うと、少し悔しくなってしまう。
アイツも毎日この海を……
バスケに熱中している、先程の宏明の姿が頭に浮かんだ。
「ふっ、あいつめ。威勢のいいことだ」
俺は微笑みながらサングラスを手に取った。
「そりゃどうもっ!」
………っ!?
その声に驚いて、即座にバックミラーへ目を移すと、後部座席から顔を覗かせている宏明の姿があった。
「なななな、なんでお前がここにっ!?」
「さっきから乗ってたぜ?全然気付いてくれないんだもんな」
するりと座席の隙間から助手席へ移った宏明は、また白い歯をみせて笑っている。
まったく、何て奴だ!
「おい、何のつもりだ!早く降りろっ」
「あっ、何かここに変なボタンある」
「あっバカ、それは!」
瞬く間にフェラーリの屋根が畳まれ、オープンカーに早変わりしてしまった。
「寒いだろうが~~」
「うわっ、すげえ、この車」
ボタンがあると見境なく押したがる。やはりガキだ。
「ったく。シートベルトして大人しく座ってろ!」
「へへっ。東京までレッツゴー!」
宏明が拳を突き上げて叫ぶと、「それ古いぞ」と俺は笑った。
この非常識な犬にはほとほと呆れるが、隣にいる事に何だか嬉しくなっている自分がいた。
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