【OP夢】泡沫人【シャンクス】

 宝石を見る度にとある少女のことを思い出す。
 昔見習いで乗っていた船で、テトリーという港町に訪れたときのことだ。自分よりも幾ばくも幼い少女が、巨漢を冷静に問い詰めて自分のものになるであろう店を守っていたこと。後から仲良くなって、宝石の話をしてくれた彼女は、間違いなく自分の初恋だった。それから長い間海を生活基盤としているが、彼女以上に宝石に詳しかった者はいない。もう彼女も立派なレディーの年齢になったであろう。あの幼いながらも美しい彼女がどう成長しているのか――そのことを考えるだけで頬が緩んだ。
「お頭、ピアリスには二時間後着く予定だ。波と風が予想以上に速い」
 長身で長い黒髪を額に垂らした屈強な男――ベン・ベックマンが声をかけてくる。目的地はすぐ近く、また一歩彼女の元に近づいてきている。
「あァ、分かった。野郎共!上陸の準備をしろ!」
 男は身体を起こすと、大きな声で仲間たちを鼓舞する。船長の声で甲板は熱気に包まれる。赤い髪が青空に良く映える片腕の男――赤髪海賊団船長、シャンクスは幸せそうに青空を見上げた。

「――前も口酸っぱく言ったが、ピアリスは欲望の町だ」
 上陸直前、航海士のスネイクが全員を甲板に集合させた。海賊が寄港できる港町で、問題がないわけがない。事前に分かっていることを共有しておくため、スネイクは全員を一人ずつ見て言った。
「最早隠すこともなくあの町の主戦力は娼館だ。何件も店があって、美女揃い。だが、その運営はギャングだってことは忘れるなよ」
「別に何するのも勝手だが、変なモンは持って帰ってくるなよ!」
 ホンゴウが追加で叫ぶ。彼らの船医であるホンゴウは戦闘での怪我ならいくらでも治してやれるが、自己責任で持って帰ってきたものに治療技術はなるべく使いたくない。そんなホンゴウの注意をまるで聞いていないかのように、クルーたちはギャハハハ!と笑っていた。
「だがこんな表道に娼館が立ち並ぶのも珍しいな。ギャングがやってるからってもう少し隠すだろ」
「奴らの本業はそこじゃねェ。世界中から欲を発散させにくるお貴族様たちが本当の客だ。中には本物の令嬢を攫ってきて貴族専用の娼婦にしてるとかしてないとか」
「なるほど、木を隠すなら森の中ってことか」
 ベックマンの回答に質問したライムジュースは納得した。マストの上から見える明らかに大きな豪華絢爛な建物。あれが本当の商売道具なのだな、とライムジュースは思った。

 ピアリスの港につき、桟橋に錨を降ろしたレッド・フォース号。夜が本番のはずのピアリスは、何故か真昼間から熱狂に包まれていた。町中を狩りをするように、屈強な男たちが駆け回っている。何事だとクルーたちは顔を見合わせた。
「妙だな」
「あァ、何か起こってるのかもしれねェ。おれとベックで様子を見てくる」
 それまでは船にいろよ、とシャンクスはクルーたちに釘を刺してテトリーに降り立った。活気溢れる町までベックマンと歩いていると、まるで捕物をしているかのように騒がしい。周囲を念入りに観察しながら、目についた酒場に立ち寄った。
「よおあんちゃん!いいときに来たな!今日はダイヤが逃げたんだ、もし捕まえれたなら今日一日は遊び放題だぜ!」
 酒場の店主らしき男は気前よくニコニコ笑顔で話しかけてきた。何か祭りのような催し物が開催されているようだ。シャンクスはベックマンと視線を合わせながら、カウンターで店主の話を深く聞いてみることにした。
「ダイヤ?宝石が逃げ出すことなんてあるのか?」
「本物の宝石じゃねェよ、女さ女。よくお貴族様専門の娼婦が逃げ出すんだ。おれたちはソイツが一日好き放題できるだからダイヤって呼んでんだ」
「だがなんで専門娼婦が逃げたからってこんなお祭り騒ぎになるんだ?」
「そりゃああんちゃん!捕まえた奴はその日一日ダイヤを好きにできんだ!貴族にしか相手しない、おれたちが一生涯かかっても相手されねェ女がその日だけは自分のモンにできんだからな!」
 町中の男共は熱狂するんだぜ!と店主は嬉しそうに目を輝かせて話す。そこまで居心地のよい話ではないと思いながらも、ベックマンは話を続けた。
「少し魅力的な話ではあるが、それにしてもここまでの騒ぎになるもんか?」
「まあ、よそのモンに言われちゃそうなんだが……ほとんどの目当てが翌日の副賞だ」
「副賞?」
 ベックマンが聞き返すと、店主は口に手を当てて声を潜めた。
「そうさ。ダイヤを捕まえてピアリスのトップギャング――ザグドリア組に引き渡せば、二百万ベリー貰えんだ」
「二百、万……」
「みんなそれが目当てなんだ。ただの女捕まえるだけで一夜にして大金を手に入れられるからな」
「しかしそんな大金をよくポッと出せるな。しかもただの娼婦に」
「……実はダイヤは、トクベツだって噂はある。だって二百万出して捕まえさせるんだからな。噂では、どっかの国の公爵家が大金をザグドリアに渡して、ピアリスに閉じ込めているとかいないとか」
 まあ色々だ、と店主はいい見世物だぜ、とウインクした。この祭り騒ぎにさえ関わらなければ、滞在は穏便に済むだろう。欲しい情報は大体聞けたし、もう用はない、とシャンクスが席を立った瞬間だった。
「ダイアナがいたぞ!東の裏路地に逃げていった!」
 店の外から屈強な男が他の仲間に伝わるよう、大声で叫んだ。シャンクスが反応したのは男の声量ではない。奴の口から発せられた名前に聞き覚えがあったからだ。
「ダイ、アナ……?」
「ん?あァ、ザグドリアの奴らは確かそう呼んでたな。確かラン、スター?そんな本名だった気がするぜ」
 店主の話がだんだん耳から遠ざかっていき、目がどんどん見開かれていく。シャンクスは愛刀グリフォンを持って店を飛び出していってしまった。
「あ!おいあんちゃん!酒代は!」
「まあ、焦んな。おれが出しとく。いくらだ?」
 飛び出していったシャンクスに仕方ない人だ、とベックマンは苦笑する。金を払って店を出たベックマンは、色々な可能性を思案しながら桟橋の方へ戻っていった。あの人が戻ってきたなら、少しは話は進むだろう。また一事件に巻き込まれそうだ、と若干呆れつつベックマンは煙草をふかした。

「クソ、どこ行きあがったあの女!」
「この近くにいるはずだ、探せ!」
「今回褒美をもらうのはおれたちだ!絶対見つけろ!」
 男たちの怒号を見下げながら、ダイアナは屋根の上から港の方を双眼鏡で観察した。小汚い布に身を包み、なるべく身を小さくして見つからないようにしながら、停泊している船の旗を確認し始める。
「商船が三、貴族船が六……あれは海賊船?予定になかったはずだから」
「おい!いたぞ!屋根の上だ!!!」
 隣の家のベランダから男が叫ぶ。いつの間にか上に回り込まれていたようだ。
「(まずい、もうバレたか――!)」
 ダイアナは身を翻して民家のベランダへ飛び降りると、そのまま排水管を伝って地面に降りた。なるべく薄暗い道を選んで背を低くし、小走りで港の方へ逃げていく。目指すは予定外の海賊船。上手くやれば、もしかしたら、ダイアナの計画が進むかもしれない。そのためには町のゴロツキ共に捕まるわけにはいかないのだ。
「あ!!!待てゴラア!!!」
 後ろからダイアナを見つけたのか、男たちの怒号と走ってくる足音がどんどん近づいてくる。ダイアナは小さな身を翻し、狭い路地をちょこちょこ走り回り、男たちを惑わせていく。が、そんな小細工虚しく男たちはダイアナにどんどん迫ってきた。
 もう一度……!とダイアナが思い切って裏路地に入ったとき、上空からドーン!と何かが落ちてきた。砂埃に目をやられ足を止めた瞬間、ダイアナはバッと黒いマントに包まれてしまった。
「やめて!!!、ってあな」
「しっ――――静かに」
 ダイアナはマントの人物に反抗しようとしたが、何かに気がついてもっと大きな声が出そうになった。そんなダイアナを宥めるようにマントの人物はマントの上から腰を掴みそのまま抱き上げる。マントにすっぽりと隠れて大人しくなったダイアナに良い子だ、とマントの人物は頷き、追ってきた男たちの前に姿を見せた。
「おいお前!女を見なかったか?」
「ああ、それならさっきあっちに逃げたぞ」
「クソ、すばしっこいやつめ!」
 マントの人物に礼も言わず、ダイアナの追っ手は去っていった。周囲に完全に人がいなくなったのを確信してから、マントの人物はダイアナを解放してくれた。
 地面に降ろされたダイアナは信じられない、といった目で穴が開くほどマントの人物を凝視する。海風に靡く真っ赤な髪に、いつの間にかできた左目の三本の傷。昔被っていた麦わら帽子はなくなり、代わりに左腕がゴッソリとなくなってしまっている。自分よりもひとまわり、ふたまわりも大きくなった、ダイアナの忘れられない海の友人。
「シャン、クス……ですの?どうしてここに?」
「そりゃあこっちの台詞だ、ダイアナ。なんでお前がこんなところにいるんだ?」
 十五年ぶりに思わぬ形で海の友人――シャンクスに再開したのだった。

 穴が開くほど見つめてくるダイアナに、シャンクスは思わず笑ってしまう。久しぶりに会うダイアナは喜ぶでもなく、こんな茫然と驚いているのだから。全て予想外すぎて、何を話すのかすら纏まっていない様子で、目が泳いでいる。
「えっと、その……私のことは今どれくらい知っておりますの?」
「貴族専用の娼婦してて、逃げ出したのを捕まえれば二百万ベリー貰えるって話はさっき聞いた」
 なるほど、とダイアナは呟き、顎に手を置いて何か考え始めた。暫し経ってから、今度は戸惑いの色がなくなった瞳でシャンクスを真っ直ぐ見上げた。
「私をザグドリアに引き渡すよりも、大金を手に入れる方法がありますわ。もしよろしければ、協力いたしませんこと?」
「ほう?」
 ダイアナの提案にシャンクスは目を細めた。威勢のいい言葉を吐いたダイアナだが、やはり瞳には隠し切れない恐怖が底に籠っている。詳しく聞こうか、と言いかけたとき、がさ、と物音が裏路地に響いた。
「!」
 ダイアナは驚いた猫のように身体を跳ねさせ、シャンクスの後ろに隠れる。洗濯物が風で揺れただけのことに気が付いたダイアナはホッと息をつくと、どうですか?と再びシャンクスに問いかけた。
「詳しく話を聞きたいが、場所を変えた方がよさそうだな」
「ええ、その方が私も助かりますわ」
 じゃあ、とシャンクスはマントを取り、ダイアナをすっぽりと覆い隠してしまった。じっとしていろ、とマントに隠れたダイアナに言うと、そのまま腕で抱えた。ダイアナはシャンクスに言われたままじっとしていると、だんだん耳に波の音が聞こえてきた。騒がしい人の声も増え、タンタンと階段を上っていく音も聞こえてくる。
「お頭、帰ったか。ダイヤのことは皆に伝えて、今は買い出しやらに行ってもらっている」
 渋い男の声がすぐ傍でした。ドキリとダイアナの心臓は跳ね上がるが、シャンクスの腕が大丈夫だ、というように力を込めて握ってくれる。
「あァ、ありがとうベック。夜になったら皆船に帰ってくるように伝えといてくれ」
「――分かった。ところで、それはなんだ?」
 シャンクスの親しいであろう男の声に指摘され、又もやダイアナの心臓が跳ね上がる。だがシャンクスは調子を崩さずニコリと笑い、夜にお披露目するさ、とダイアナを抱えて室内へ入っていった。
 足で器用に扉を開けると、そっと床にダイアナを下ろす。開きっぱなしのドアをしっかりと施錠してから、ダイアナに出てきていいぞ、と声をかけた。真っ黒なマントから這いずり出てきて一番最初に目についたのが、散らかり放題の部屋だった。服があらゆるところに散らばり、空の酒瓶も無数に転がっている。普段いる環境とは全く違う場所に固まったダイアナを見ながら、シャンクスはベッドに腰かけた。
「悪いな、お前を隠せるような場所がおれの部屋しか思いつかなかった。気分悪くなりそうか?」
「いいえ、平気ですわ」
「ならよかった。ここは基本誰も来ねェ、来るとすれば、ベック――さっき話してた奴くらいだ」
 ありがとうございますわ、とダイアナはシャンクスに頭を下げる。シャンクスは床に座りっぱなしのダイアナに、近くの椅子に座るようジェスチャーした。ダイアナは自分のすぐ近くにある衣類が積まれている椅子を見て、シャンクスにもう一度目線を寄越す。シャンクスは笑ってそこら辺に置いとけ、と新しい酒瓶の封を開けた。
「――洗濯した新しいものではないですか。衣装ケースはございますの?」
「ん?あァそこだ」
「入れておきますわね」
「そこら辺に置いとけって言っただろ?」
「私が気になりますの」
「――ベックみてェだ」
 シャンクスはぶつくさ呟くも、別にダイアナを止めようとはしなかった。ようやく物がなくなった椅子に腰掛けると、ダイアナはようやく本題を口にした。
「さて、そろそろ先程の話に戻りましょうか。実は」
「ん?あァ、その話は後にしよう。さっきベックに夜全員を船に戻ってこさせるよう言っといた。その時でいいだろ?」
 それより今は、とシャンクスは瓶を煽り、飲め、というようにダイアナに差し出した。
「互いの近況でものんびり話そうじゃねェか。聞きたいことは大体そこに詰まってるだろ?」
 ストップをかけられたダイアナは大人しく引っ込み、シャンクスから瓶を受け取った。器用にラッパ飲みした後、シャンクスに返す。慣れないラム酒の味が口の中に広がった。
「私の話は長くなりますわよ」
「時間はたっぷりある、日暮れまでいい暇つぶしをしようじゃねェか」
 シャンクスはそう言うと、二ッと酒瓶をまた煽った。

「いつからこの島にいるんだ?」
 話そう、と言ったシャンクスから話題は切り出された。勿論、ダイアナだってシャンクスに聞きたいことは山ほどある。が、今は自分のことについて話すことに集中することにした。
「八年前ですわ。十八歳になる直前に山賊に攫われ、船に乗せられてから暫くして、この地で過ごすことになりましたの」
「へえ、貴族が攫われることなんてあるんだな」
「計画と協力者さえ練ればだれでも攫えるものですわよ。またこの話の続きは夜にいたしますわね」
 この話はここまで、とダイアナはにこやかな笑顔で話を区切った。ふーん、と聞いた癖に興味あるのかないのか分からない声で返した。
「でもあの爺さんがいて、お前をよく攫えたな」
「……祖父はその一年前に亡くなりましたわ。後ろ盾がなくなったことも要因だったのでしょうね」
「ご愁傷様、だったな」
「いいんです、もう随分前のことですから」
 気にしないでくださいまし、と少し気分が落ちたシャンクスをフォローする。次はダイアナが質問する番だった。
「シャンクスは海賊を続けていたのですね。だからこそ、こうしてお会いすることができましたわ」
「そうだな、この先もずっとそのつもりだ。お前とここで会う前にテトリーに行かなくてよかった」
「あら、お越しになるつもりでしたの?」
「あァ、ダイアナに会いにな」
 シャンクスは二っと口角をあげて、気の良さそうな笑顔を向ける。だがダイアナは動揺するも照れるわけでもなく、ありがとうございますわ、と笑顔で返された。
「よい宝石でも手に入ったのですか?それなら今私が鑑定してみせますわ」
「そうでもあって、そうでもねェな。行くって決めたなら、いいものを持っていくつもりだったさ」
 そうですの、とダイアナはにっこり笑顔で返答した。手強いな、とシャンクスは心の中で思い、改めてダイアナを見回した。ボロボロの布切れを羽織っている隙間から、白く細い手足が見え隠れしている。その手足には、手荒に扱われた痕が無数に残っていた。彼女がどう扱われていたか想像したシャンクスは腹が立ちながらも、その横顔をじっと見つめる。手足と共に白い顔に、栗色のふんわりした髪、少しあどけなさが残る整った顔。昔の面影を残したまま成長したダイアナに、シャンクスは酷い渇望を覚えた。この仔が欲しい――仲間としても、自分のものとしても。思い出になっていた恋が、再び熱を持ち始めた。

 お頭からの伝令で、と日が暮れた頃には皆食堂に集合していた。折角のピアリスで遊びたかった者もいたのか、少し不満そうな表情をしている者もいる。皆揃ったな、とシャンクスは大きな袋を小脇に抱えて食堂に入ってきた。
「折角のピアリスだから遊びたかった奴もいるだろう。が、今日だけは我慢してくれ。それよりいい話を持ってきた奴がいてな」
 そう切り出したシャンクスにクルーたちは少し騒めく。シャンクスが話を持ってくるのは稀であり、ろくでもないことが多い。だが、今回に至っては真剣な顔をしていた。副船長のベックマンですら聞かされていないらしく、どんな話だ、とシャンクスに先を促している。
「その前に、例の逃げたダイヤについて誰か教えてくれ」
「町中で捕り物になってた奴だな。最初は盛り上がってたが、夕日が出始めてから妙な気配になり始めた。本気でダイヤが見つからないらしく、ギャングの奴らが血眼になって探してたぜ」
 シャンクスの問いにホンゴウが答える。ふんふんと頷いていたシャンクスは、ふと足元に置かれている袋に話しかけた。
「だそうだ。お前一人にギャングも大事だな」
「……」
「出てきていいぞ」
 シャンクスがそう促すと、黒い袋がガサゴソと動き始めた。封を自分で解くと、頭が見え始めた。袋から現れたのは、見目麗しい女性だった。服は貧相だが、動作から気品の良さが伺える。まずは挨拶しろ、と目線で言われた女性は、立ち上がり綺麗なお辞儀をした。
「――その町で逃げ回っていたダイヤが私、ランカスター・ダイアナですわ」
「「「「「「はあああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」」」」」」
 袋から出てきた女性――ダイアナに食堂は一気に阿鼻叫喚に包まれた。
 
「ちょっと待て、お頭。なんてもん連れてきてんだ!!!」
「しかもよりによって専門娼婦と来たか……」
 頭を抱える一同にダイアナは困惑しながらも、鋭い視線が突き刺さった。シャンクスのすぐ左脇にいる男、おそらくシャンクスがベックと呼んでいた人物から痛むような視線が送られる。怯んでは駄目だ、と思いなおしてからひとまず、とダイアナは息をついた。
「私がここにいる理由を説明した方がよろしくて?」
「あァ、頼む」
 では、とダイアナは咳払いしてから話し始めた。
「私を捕まえて、ザグドリア組に引き渡せば、二百万ベリー貰える――という話は皆様ご存知ですわよね?」
「あァ、お前ひとりに随分な大金と損失だな」
「それは私がザグドリアにとって、金のなる木だからです。簡単に言いますと、私が生きていると報告するだけで、月に千二百万ベリーは確定して得ることができますわ」
 千二百万!?とまた食堂は騒めく。だがダイアナはそれを無視して話を続けた。
「どういう経路や組織が関わっているかは分かりませんが、それくらい私が価値のある人間なのです。だから、逃げ出したときに町中を使って捕まえさせるのです」
「――その千二百万はお前さんの稼ぎじゃねェのか?」
 ベックマンの問いにダイアナはいいえ、と首を振る。
「私をお買い上げされる方は、もっと高額な金額をお出しされますわ。何しろ、私の一夜はオークションで競り落とされているらしいのです。この間は確か……二億五千万ベリーだったと聞いておりますわ」
 あまりにも文字通り桁違いの世界に、ベックマンの頭は考えるのをやめようとした。が、肝心の最初の答えにまだたどり着いていない。
「なんで一人の女に二億かける奴がいるんだよ……」
「……それは私がランカスターだからですわ」
 ライムジュースのぼやきに答えるように、ダイアナは話を続けた。
「ラディアナ国の四公爵の一家、ランカスター家。古くから続く貴族の娘をアレコレしたいと考える者は思ったより多いのですわ。また、オード・ジュエリー・ランセンダルの前責任者として会いたいとおっしゃる方も一定数いらっしゃいますわ」
「オード・ジュエリー・ランセンダル……ってあの貴族御用達のジュエリー店か?」
「ええ。八年前私はその責任者でしたわ。鑑定の腕をみたい、とおっしゃる方も多いのです」
 古くから続く名家の令嬢にして名店の責任者――なんとなく彼女に大金をかける者がいる理由が見えてきた。
「まあ、言うなれば私はかなり金になるのです。そんな私を明日ザグドリア組に引き渡せば二百万ベリー貰えますが、あまりにもはした金に見えてきませんこと?」
「まあ確かに今までの話を聞いちゃそう思えるが……」
「……もっといい話がある、と逃げる途中に会ったシャンクスに私は申しました。それからこの船内に連れてこられたのです」
 ダイアナがようやく最初の理由を話し終えた食堂は静けさに包まれていた。ここからが本番だ、とダイアナは息を吸い続きを話し始めた。
「私を引き渡して二百万ベリーよりも、私と協力して一千万ベリーを得ませんこと?」
「……どういうことだ」
 シャンクスの急に真剣になった声にダイアナは臆することはない。そのままの意味ですわ、と続けた。
「明日、この港に私の生存報告の謝礼である千二百万ベリーを積んだ船が到着します。それを狙えばいいのですわ」
「……至極簡単そうに言ってくれるが、襲撃しろってことだろ?おれたちに何のメリットがある?」
「メリットはありますわ。一つは二百万ベリー以上の大金を得られるチャンスがあること。計画・実行については、私が綿密に調査したものがございますのでご心配なく。二つ目は、私がテトリーの領主であることですわ。港町テトリーは勿論ご存知ですわよね?」
「あァ、目は厳しいが物によっちゃあとんでもねェ金額で取引してくれる鑑定所があるとこだな」
「テトリーの鑑定所はランセンダルの所属組織です。その責任者も私は長年勤めておりましたわ」
「……そこにも顔が利くから、協力して損はないってことか」
 スネイクの答えにそういうことですわ、とダイアナは頷いた。
「――確かにそれだけの条件を出されちゃいいもんだ。だが、そこまでするお前の目的はなんだ?」
 今までずっと黙ってダイアナの話を聞いていたシャンクスがようやく口を開いた。
「私の目的……ですか。それは、金ですわ」
「金ェ!?」
「お前、あんだけ稼いでるのにか!?」
「それはザグドリア組のシノギの話ですわ。私には一銭も入っていませんの」
「…………」
「目の先の目的は金ですが、その金を使ってピアリスを出て、テトリーへ帰る――言ってしまえばその第一段階で皆様と手を組みたいのです」
 よろしいでしょうか、とダイアナは締めくくった。クルーたちは皆お頭――シャンクスに目線を寄越す。どうするもなにも、全ての決定権は彼にあるのだ。
「明日来る千二百万ベリーを積んだ船の金をくすねて、おれたちで一千万、ダイアナで二百万得るって計画か」
「ええ、その通りですわ」
「……なら、おれたちが千二百万で、お前が船に乗るってのはどうだ?」
「「「「!?!?!?!?」」」」
 お頭から飛び出した突拍子もない発言に、クルーたちは一斉にシャンクスを見やる。その瞳からは彼女がほしい、と獣欲がにじみ出ていた。ならば仕方ない、とベックマンは被りを振った。シャンクスが欲しがったら最後、ずっとその目に付きまとわれることになるのだから。
「あら、偉く虫のいい話すぎませんこと?」
「おれは海賊だぞ?欲しいものはどんな手を使ってでも取りに行くさ」
「その話でしたら私にメリットはございませんわね。ですが、今私も逃がす気もないのでしょう?」
 シャンクスの獣欲を突き付けられても、ダイアナは一歩も引くことはなかった。その立ち振る舞いから数多の修羅場を潜ってきた背景が見えてくる。そうですわね、と暫し考えてからダイアナは真正面からシャンクスを捉えた。
「ならば、千二百万ベリーは貴方方の取り分でよろしいです。その代わり、私をテトリーまで連れていっていただけませんこと?」
「ほう?」
「私を船に乗せたい、そしてそのまま連れていきたいのでしたら、テトリーに着くまで落としてみてくださいまし。それでしたら私も納得がいきますわ」
 あまりにも別方向からの提案にシャンクスは呆然とした。あまりにもダイアナが堂々としていて、何故か笑いがこみあげてきた。
「フッ……クッ、ブッアッハッハッハッハッハ!!!あー最高だ、ダイアナ!いいぞ、それでいこう!」
 シャンクスがゲラゲラ笑い出したのを皮切りに、クルーたちも笑い始めた。よくよく考えたらあまりにも場違いで変な提案なのに、よく分からないといった顔をダイアナは浮かべている。
「契約成立、ということでよろしいのですね?」
「あァ、いい!計画はベックとスネイクと話してくれ」
「分かりましたわ。では早速」
「……アンタ、肝っ玉座りすぎだろ」
「そうでもないと、ここまでできませんわ」
「一理あるな」
 ベックマンとスネイクは、ぼやきながらダイアナの緻密に建てられた計画を聞いた。殆ど訂正を入れる隙間もなく、当日の人員配置とクルーたちへの伝達で終了した。
「では私はこれで……と言いたいところなのですが、どうすればいいでしょうか?」
「今は空き部屋がねェからな。野郎共と寝させる訳にはいかねェ。ホンゴウ、医療室のベッド貸してやれ」
「分かった。お嬢さん、こっちだ」
 食堂を出て医療室に案内しようとするホンゴウをシャンクスは一瞬引き留めた。何事かと身を屈める。
「手足に酷い痕があった。どうにか奇麗にしてやれねェか?」
「――分かった」
 ホンゴウは頷くと、待っていたダイアナと共に医療室へ向かった。薄暗い船内の廊下を歩き、奥まった場所に案内される。医薬品の匂いが充満した部屋にダイアナは通された。
「悪いな、また物置なり整理してちゃんとした部屋は作る。それまではここを使ってくれ」
「ありがとうございますわ、ホンゴウさん」
「いいさ。それより、ちょっと腕見せてくれねェか?」
 ホンゴウに言われ、ダイアナは腕を差し出した。無数の鬱血痕が散らばった腕に思わず顔をしかめる。
「……酷いな」
「もう、慣れましたわ」
「慣れていいもんじゃねェと思うが……お頭の前では絶対言うんじゃねェぞ」
「肝に銘じておきますわ」
 多少の注意喚起をしながら、ホンゴウは見えている範囲に包帯を巻いていく。その様子をダイアナはじっと見つめていた。
「そんなに物珍しいか?」
「そう、ですわね。後処理は殆ど自分でしておりましたから」
 そうか、とホンゴウは返してその後は無言で処置をした。本当ならば、服の下にも同様、いやそれ以上の痕があるかもしれないが今日のところはやめておくことにした。
「明日の朝、また起こしにくる」
「分かりましたわ。おやすみなさいませ」
「――おう」
 ホンゴウは短く返して、医療室を出た。

 ダイアナとホンゴウが去った後、自然にシャンクスの周りにクルーたちが集まった。
「アンタがアイツに惚れてる意味が分かったぜ」
「いい女だろ?あァ、欲しいなァ」
「だがお頭、あれを落とすのは簡単じゃねェぞ?」
「あのお嬢さんも落とされる気はなさそうだしな」
「テトリーまでに惚れさせちゃあ、おれの勝ちだ!」
「落とせる気でいるのか、お頭ァ!」
 皆がシャンクスを囲んでわいわいと騒いでいると、ホンゴウが医務室から帰ってきた。その顔は明るくなく、少し複雑だった。
「おお、ホンゴウ。どうだったか?」
「……あんまりよくなかったぜ。傷は新しかったし、自分で治してるって言ってた」
 ホンゴウの報告を聞いて、シャンクスの顔は曇った。美しい彼女が金を払ったからって傷つけていいという美学がシャンクスにはない。寧ろ、彼女が傷つけられたことに腹が立った。
「……ベック、予定変更だ。ザグドリアの奴ら、潰すぞ」
 シャンクスの静かなる怒りに触れたクルーたちは無言で頷くしかなかった。

「それでは、シャンクスたちが囮を、ホンゴウさんたちが奪取を、私とライムジュースさんが見張り、ということでよろしいですわね?」
「あァ、それでいこう」
 翌日、シャンクスと打ち合わせしたダイアナは、ライムジュースと一緒に屋根に登り、千二百万ベリーを積んだ船を見張っていた。自分より大きなライムジュースのマントに隠れてしまうので、ダイアナは安心して集中することができた。
「――なァ、聞くけどさ。お頭とお嬢さんの関係ってなんなんだ?」
「お嬢さん、って呼ぶのはやめてくださいまし」
「じゃあ、ダイアナ。随分と仲良い風に見えたんだが」
「そうですわね……昔シャンクスが見習いのとき、テトリーに来てくれましたの。そのときに仲間になってくれと言われまして……結局、お断りしましたけれど、お友達になってくれましたわ」
 少し照れながらダイアナが言うと、若干呆れながら息を吐いた。
「アンタ、お頭を舐めすぎだ。お頭はなァ、欲しいもんは是が非でも手に入れる生粋の海賊だぞ」
「……どういうことですの?」
 ダイアナがライムジュースに聞いた瞬間だった。
 ドガーーーーーン!!!
 耳を劈く様な爆発音が海岸と反対方向からした。何事かと思い、振り向くとダイアナの背後には、町一の建物から噴煙が上がっていた。
「なんで、どうして……?」
「おれたちのお頭を怒らせたからだ」
 ライムジュースは冷え切った声でダイアナに告げた。固まるダイアナの肩に手を置いて、警告するように続けた。
「お頭はなァ、昔っから友達を傷つける奴を許さねェ。今回のお前は特に、な」
「…………」
「気をつけろよ、ダイアナ。お前はそういう奴に惚れ込まれたんだ」
 びゅうびゅうと強い海風がダイアナたちに吹きつける。もくもくと空に立ち登る煙をただ呆然と見つめていた。

「おう、ダイアナ。ザグドリアってコイツのことか?」
 空に上がった噴煙を見て駆けつけたダイアナに、シャンクスはにこやかに話しかけた。 駆けつけたダイアナは若干呆れながら、シャンクスに詰め寄った。
「穏便に、と私は申しましたわよね?なんでザグドリアを壊滅させているんですか!」
「可愛い可愛いお前に傷つけたんだ。これくらいしないとお前には見合わないだろう?」
 シャンクスは何食わぬ顔でダイアナを見下ろした。その立派な体格には、傷ひとついていない。酷く優しく穏やかな顔で、ダイアナをあやすようにその頬を撫でた。
「……折角追っ手から逃れるために、穏便にしたかったのに。計画が狂いましたわ!」
「ゲホッ、ゲホッ……お、お前!」
 ピアリスを支配しているはずのザグドリアが、地面に無惨に転がっている。ダイアナは深くため息をついた後、ゴミを見るような目でザグドリアを見下ろした。
「まあ、いいですわ。こうとなれば、全て吐いていただきますわよ」
「お前、これがバレたらどうなるのか分かってんのか!」
「……どうなるかですって?何をご冗談を」
 ダイアナはザグドリアを小馬鹿にするように笑った。ザグドリアは気に障ったかのように、突っかかるように叫んだ。
「ご冗談を、だと!?おれたちのバックに誰がついてるのか」
「ランカスター家でしょう?よく分かっておりますわ。だって私もランカスターですもの」
 ダイアナはこれまでに見たことないくらい、にこやかで冷ややかな笑顔で答えた。その腹の底から込み上げてくる恐怖にザグドリアは震えた。
「厳格で、目的のためなら、手段・金を惜しまない。それならば私も、そうさせていただきますわ」
 さあお話くださいませ、とシャンクスをバックにダイアナは微笑んだ。

「――さてお話はここまでにしておきましょうか。互いのためにも、やるべきことは?」
「お、お前が赤髪と逃げ出したことは黙っておく!おれたちは黙っておいて、今後一切赤髪に近づかない!」
 よろしくてよ、とダイアナはにこやかに答える。じゃあもういいな、とシャンクスはザグドリアを踏みつけた。絶叫するザグドリアを気にする素振りもなく、ダイアナは早々と現場を後にした。
「意外だな、こういうのは苦手だと勝手に思っていた」
 ザグドリアを痛めつけ終えたシャンクスは、足早にダイアナに追いついた。ダイアナは一人ブツブツ呟きながらも、追いついてきたシャンクスに答えた。
「苦手というかなんというか、やらなくてはいけないことですので」
 ダイアナはシャンクスに淡々と答えた。苦手だからやらないという選択肢は彼女の中にないらしい。自分でも言っていた通り、目的のためなら手段を問わない。彼女の目的であるテトリーに帰るためには、尋問も恐喝も海賊船に乗ることも厭わないのだ。
「ふーん……まあ、いいさ。これで情報収集は出来たし、お前が船に乗る準備が整ったな!」
「そうですわね。あの建物に私の持ち物は殆どありませんし、さっきザグドリアからくすねたコレで準備は出来ますわ」
 いつの間にか幾ばくかの金銭がダイアナの手元にあった。抜かりねェな、とシャンクスは舌を巻きながら、ふと足を止めた。
「殆ど、か……何か一つだけでも残っているのか?」
「え?」
 ダイアナは足を止めたシャンクスの元に戻って、独り言を聞き返した。
「だから、何も残ってないわけではねェんだろう?折角なら取り返しにいこう」
「……いいの、ですか?」
 ダイアナの惚けた顔に満足し、シャンクスはニッと笑い返した。

 ピアリスの建物で一際目立つ大きなビルに、シャンクスたちは再び訪れていた。ダイアナが慣れた手つきで最上階に上がり、一番隅の奥まった部屋のドアを開ける。
「ここは私の仕事部屋件自室ですわ」
 ダイアナは部屋に入ると、他のものには目もくれず、壁の一際目立つルビーを手に取った。
「これがお前のものか?」
「ええ、そうですわ。これは私がテトリー領主である証……もう一度手に取ることができるなんて」
 ダイアナは感極まった様子でルビーを見つめていた。その熱烈な視線をシャンクスはつまらなそうに眺める。その視線が自分に向けられるのであれば、どれだけいいのやら。
「……ありがとうございますわ。これで私の憂いはなくなりました」
「そうか。じゃあ船に戻ろう、ダイアナ」
 シャンクスは片腕でダイアナを寄せると、そのまま港に直行した。
 出航の準備を終えたレッド・フォークス号は、海賊旗を掲げ海へ繰り出していく。
 苦節八年、ついにダイアナのテトリーへ戻るための旅路が始まった。
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