【OP夢】泡沫人【シャンクス】
ここは偉大なる航路、ボーレル島。ラディアナという国のとある港町、テトリーにオーロ・ジャクソン号は停泊していた。船乗りがよく利用するこの港町は、海賊たちの休息所にもなっている。
「こんな世界政府加盟国に、ロジャー船長は何の用なんだ」
「なんでも、旧友に会っていきたいんだってさ。ロジャー船長の友達って一体どんな人なんだろうな」
オーロ・ジャクソン号の見習い海賊、シャンクスとバギーは積荷を甲板に運びながら話していた。船の主である、船長ゴール・D・ロジャーとその右腕シルバーズ・レイリーは寄港してすぐに船から降りて行ってしまった。大事な旧友に挨拶がある、とだけ聞かされていたシャンクスとバギーはその旧友に興味津々である。
「おーい、シャンクス!バギー!それ終わったらこっち来い!」
荷物の指示を飛ばしていたストッパーに二人は呼び止められる。荷物をそそくさと置いてシャンクスとバギーはストッパーの元へ駆け寄った。
「今から鑑定所に行く。勉強ついでについてこい」
「えーーーー!?この前しこたまゲットしたお宝、売っちまうのか!?」
金銀財宝、お宝大好きバギーは大きな声でストッパーに反論する。そんなバギーをストッパーは肘で小突いた。
「ここの鑑定士は腕が抜群にいいからな。今ウチは資金不足気味だし、換金できる時に頼れる奴らにやってもらった方がいい」
船の懐事情を話しながら、一段と賑わっている一軒にストッパーは入った。重厚な造りの一軒家は広いロビーにいくつものカウンター、換金目当てにやってきた客人たちでひしめき合っていた。客たちは厳しい目つきで、シャンクスとバギーをジロジロと見下ろしている。が、いかついストッパーの人睨みでスッと顔を逸らした。
「……なあ、ここって世界政府加盟国だろ。こんな海賊ばっかと取引してるところでいいのかよ」
隙を見てシャンクスはストッパーに耳打ちした。確かに客人はカタギとは思えないような輩たちばかりである。そんな奴らが世界政府加盟国のお膝元で取引をしているのがシャンクスには不思議でたまらなかった。
「あァ。世界政府やら関係なく、ここの鑑定所は魅力溢れるところだ。特に、財宝取引で稼いでいる奴らにとってはな」
「なんでそんな奴らがこぞってここにいるんだよ…!」
「鑑定士の腕さ。ここの鑑定士は世界屈指で腕がいい。例えばバギー、このルビーはいくらだと思う?」
ストッパーはおもむろに袋から出したルビーをバギーに見せた。ストッパーの親指ほどある宝石をじっと観察すると、バギーは難しいと言いたげな顔をストッパーに向けた。
「こんだけデカくて、傷もあんまりねェなら……おれ様なら五十万ベリーをつけるな」
「いい線だバギー。だが、これはあくまでもこのルビー“そのもの”の価値だけだ」
「そのもの、ってどういうことだ?」
まあこれも例えばだが、とストッパーはルビーを袋に仕舞いながら話を続ける。せっかくのルビーを売ることにバギーは少し涙目になっていた。
「このルビーが王族の冠に施されるような価値があったらどうだ。そしてその冠の出来は最上級にいいと上流階級でもてはやされたら?その冠につけられているルビーは確実に五十万ベリー以上の価値があると思わんか」
「確かにそうだけど、そんなこと分かるのか?」
「それが分かるんだよ。ここの鑑定所はそういうもっと宝石や財宝の価値をあげるところと太いパイプがある。だから状態のいいもの、それこそ貴族御用達になりえるものは破格の金額で買い取ってくれるんだ。他にも由緒ある財宝はもっといい値がつくこともあるしな」
「すっげぇ……!そんな世界があるんだな!」
だから海賊たちがこぞって来る鑑定所なんだ、とストッパーはシャンクスとバギーに話す。目の前で取引されている金銀宝石たちが一際輝いて見える。そんな光景にシャンクスとバギーは目を輝かせていると、ストッパーの順番になった。
「いらっしゃい、御用はなんで?」
「この宝石たちの買い取りを頼む」
ストッパーがカウンターに置いた袋から、鑑定士はひとつひとつ丁寧に宝石たちを取り出していく。小さなルーペで宝石をじっと覗き込むと、顔をあげてストッパーに話しかけた。
「少々お時間いただきますが、よろしいかな?」
「あァ、構わない。どれくらいかかる?」
「そうですね……一日半くらいは」
「分かった、よろしく頼む」
それではここにサインを、と鑑定士が書類を出した時だった。
「ふざけんじゃねェぞごらあ!!!」
耳を劈くような怒号と大きな物音がシャンクスたちの左隣から聞こえてきた。バッとその方向を見ると、二メートルはある巨漢が鑑定士の首根っこを掴み怒鳴り散らかしている。少々の静寂に包まれた鑑定所内に緊張が走った。
「なんで鑑定額が十万ベリーぽっちなんだよ!ここは百万ベリーで買い取ってくれるんじゃねェのか!」
「お、お客様がお持ちしたものは、ゆ、指輪一つで……わ、我々は見合う金額をご提示したの、ですが……」
「しらばっくれんじゃねェ!責任者を出せ!責任者!」
どうやら鑑定結果に不満があったらしく、無謀にも当たり散らかしているらしい。力任せに鑑定士を怒鳴るなど小者だな、とストッパーは呆れ、担当の鑑定士が出した書類を書き始めた。ぎゃんぎゃんと耳障りな声で喚いている男がとうとう煩わしくなってきた時だった。
「何事ですの」
幼いが凛とした声が鑑定所に響き渡った。声の主は店の奥から出てきた、白いワンピースを着た少女だった。年はシャンクスやバギーより少し下だろう。が、少女は臆することなく喚いている巨漢の方に向かって行った。
「ウチの従業員を締め上げるのはやめてくださいませ」
「あァ!?ガキが何の用だ!!」
「責任者、とおっしゃったから出てきましたの。もう一度言いますわ、お手を離してくださいませ」
責任者、と言葉を発した少女に騒めきが起きる。フロア中の客、鑑定士が二人に注目していた。
「お、お前が!?責任者ぁ!?冗談はよしてくれ!ガキが来るところじゃねェよ!」
「生憎上の者は大事な商談中ですの。拝聴しましたところ、お客様は取引金額がご不満で?」
自分の倍以上はある男に少女は怖気づくことなく、男が持ち込んだであろう指輪と鑑定書に目を通し始めた。どうやら男は少女に気が移ったらしく、締め上げていた鑑定士を解放した。
「なるほど、そういうことでしたか……お客様はこの指輪を『アナドロームの左中指』と検討し当店にお持ち込みしたのですね?」
アナドロームの左中指、という単語に店内の鑑定士がどよめいた。その宝物の名が、というよりも少女がその名を口にしたことに驚いているようだった。
「あァ、そうさ!ガキには分かんねェだろうが、昔の王がつけていた宝だ。ちゃんと紋章もナンバーも刻まれてる本物だろうが!」
男もそれなりに知識があるようで、むやみやたらにこの鑑定所に持ち込んだわけではないらしい。相変わらず不機嫌な男に少女は態度を変えることなく話し始めた。
「ええ、確かにお客様のおっしゃる通りこれは『アナドロームの左中指』の一品です。ですが、百万ベリーの値がつくことは残念ながらございませんわ」
「は、はあ!?!?!?!?!?本物なんだろうが!!!!!じゃあ百万ベリー寄越せ!!!!!」
「本物かどうかだけでは『アナドロームの左中指』の価値は決まりませんわ。この指輪の一番の価値づけはナンバーです」
冷静かつ響き渡る声で少女は宣言した。鑑定に出された指輪を取り、男の前に差し出す。他の者を圧倒する眼力はよく見てみろ、と言わんばかりの目力を秘めていた。
「お客様が鑑定をご依頼されたこちらのナンバーは543、ですが百万ベリーの価格帯で取引される『アナドロームの左中指』は250から325までの製造ナンバーです。同じ名がつく指輪でも、ものによって価値が違うのです」
そうですわよね?と少女は締め上げられていた鑑定士に話を振った。その言葉に同意するように鑑定士は首を縦に振った。しーんとその場が静まり返る。少女の言い分に男は下を向いてしまった。
「…………ば、馬鹿にしやがってこのクソガキ!!!」
男は怒りで顔を真っ赤にし、次は少女の首根っこを掴んだ。今度こそ、騒めきが大きくなり、鑑定士たちが大慌てで周囲に駆けつけた。
「そんな上から目線で勝手にしゃあしゃあとおれをコケにしやがって!!!そんなに偉いのかおめえはよお!!!」
宙に浮いた少女を男は揺さぶる。大声で怒鳴り散らされても少女は顔色一つ変えることなく、冷静だった。
「……鑑定の前に誓約書にサインは頂いていますわよね?では、規約通りにG-9に通報してください」
「は!?海軍に通報!?聞いてねェぞ!!」
「お客様が誓約書をお読みになって同意されたことです。従業員に不当な手出しをした場合には通報すると記していたはずです。今、手を離して取引に応じるか、辞退していただければ即通報はお止めしましょう」
それとも、と少女はさらに言葉を続けた。
「ここにいらっしゃる同業者様に恨まれてもよろしいでしょうか。もう恥は曝されているのも同然ですが」
男は再び黙りこくってしまった。少女を掴み怒鳴る男の背中にずっと痛々しい視線が刺さっている。それはこの場に鉢合わせた海賊やハンターから寄せられる侮蔑の視線だった。
「クソ……が!!!」
男は少女の首から手を離し、カウンターに用意してあった取引金を乱雑に掴んで店のドアを蹴って出ていった。その後ろ姿に少女は九十度のお辞儀で見送る。雑に扱われたドアが閉まるまで、少女は頭を下げていた。
「皆様、お怪我はありませ……っ!?」
少女が頭を上げると同時に拍手と喝采が店を包んだ。取引に来ていた客たちが声を上げ指笛を鳴らし、少女に拍手を送っている。無論、ストッパーも笑みを浮かべ手を叩いていた。
「よくやった嬢ちゃん!!!」
「度胸あんじゃねェか!!!見直したぞ!!!」
「流石ギルバート爺の孫だ!!!」
少女は一瞬ポカンとした顔をしたがすぐににっこりと笑ってみせ見事なカーテシーを披露した。鑑定士たちに心配そうに声をかけられて、すぐに裏に戻るように促されている。少女はそれに頷くと、促されるままにその場を去っていった。その様子をシャンクスは口を開けて見続けていた。
「かっけぇ……!」
思わず漏れ出た感想にバギーは呆れストッパーは噴き出した。
「かっけぇ、ってなんだシャンクス!あんなのただの命知らずだろうが!」
「でもかっけぇじゃねェかよ!誰か知らねェけどあんなでけェやつに張り合ってんだぞ!いいなあ、仲間にしてぇ……!」
「なんつーこと言い出すんだお前は!あんな奴仲間にいたらすーぐ面倒事引っ張ってくるに違ェねェだろうが!」
鑑定所での取引が終わり、やいやい言い合うシャンクスとバギーをストッパーはとても楽しそうに見守った。あの少女を仲間にしたい、と心底楽しそうな顔をするシャンクスにストッパーの口から思わず笑みが零れる。
「確かに仲間に出来たら心強いだろうが、あれを連れ込むには相当骨がいりそうだぞ?」
「え、ストッパーさんあの子知ってるのか!?」
推測だがな、とストッパーは笑いを含めた言い方で船に戻った。もう用はないから自由行動だ、と言われたシャンクスとバギーは再び町へ戻り散策を再開していた。
「おいシャンクス!この上の方に宝石工房があるらしいぞ!行こうぜ!」
「あァ、いいな!行こう!」
宝に目がないバギーはウキウキしているし、あの鑑定所で取引されたものがどうなるかは単純に気になる。そしてもしかしたらあの少女ともう一度会えるかもしれないという可能性。シャンクスも心躍らせて坂の上にある工房を目指して歩いていた。
海に近いテトリーは山に囲まれている土地柄、坂が多い。疲れ知らずの身体で工房目指し坂を登っている最中だった。
「あれは……!」
真っ白のワンピースに栗色の柔らかそうな髪を携えた少女がシャンクスの瞳の隅に写った。少しだけ自分より小さな背丈の少女が路地裏に入っていった。その少し後ろを数人のガタイのいい男たちがつけている。男たちの中心には、さっき鑑定所で少女に論破された男もいた。
「……バギー、先行っててくれ!」
「は!?おい待てシャンクス!!!」
すぐ追いつく!とバギーに言い残してシャンクスは少女と男たちの跡を追いかけた。あんな人目のつかない路地裏に入ってしまえば、少女が男たちに何をされるか――それくらいはシャンクスでも容易に想像が出来た。
複数回角を曲がり、男たちのすぐ後ろまで気配を消して迫った。少女はまだ男たちの十メートル先を一人で歩いている。この路地を知らないから先回りするのは不可能だ。ならば、とシャンクスは息を吸って麦わら帽子を深くかぶった。勢いよく走りだすと、わざと一番右脇の男にぶつかった。
「悪い、急いでんだ!」
「おいっ、クソガキが!止まれ!」
後ろで何か声をかけられたが無視をする。前方の少女まですぐ迫ると、降ろしていた少女の右腕を取り、そのまま右へぐっと曲がりそのまま全速力で走る。
「行くぞ!」
「きゃ、ちょっと!何して、」
「待ちあがれクソガキ共――!!!」
シャンクスに腕を引っ張られた少女は背後の男の怒号に気が付くと、シャンクスの手を握り返し、つられて走り出した。
狭い路地裏を何回も曲がり、時には坂を登ったり下ったり。少女の手を引いてシャンクスはテトリーを走り回った。ふと目を向けた角先に丁度子供二人、隠れられそうな茂みがある。シャンクスは少女に目配せすると、力強く頷いた。その茂みに飛び込み、荒れた息を抑えて一生懸命気配を消す。
「っ、たくどこ行きあがった……!」
「あの麦わらのクソガキめ、わざと狙ってぶつかりあがったな……!」
「まだ近くにいるはずだ、探せ!」
早く行け、早く――!走っていたせいで息は上がっているし、こんな近くにいたらすぐにバレてしまうだろう。早く立ち去れ、とシャンクス心の中で必死に願った。足音がシャンクスと少女のすぐ横を通り過ぎる。そのまま彼らの足音が帰ってくることはなかった。
「行った、か?」
「そう、みたいですね」
男たちが去ったことを確認し合うと、だらりと肩の力が抜けた。走り回ったせいか、少女はまだ息を切らしている。シャンクスは茂みから出ると、少女に立てるか?と手を伸ばした。少女は頷きシャンクスの手を取って茂みから出る。額の汗を拭ってから、少女はようやく正面からシャンクスを見た。
「ひとまず、ありがとうございましたわ。彼らがつけてきたのは分かってはいましたのですけれど、こんなに上手に巻けなかったと思いますわ」
「いやあ、分かってたならすまなかった。鑑定所でちょっと見かけたから放っておけなくてな」
ま、それは建前で、とシャンクスは笑って少女の両手を取った。
「おれはシャンクス!お前、おれの仲間にならねェか!?」
「……はあ?」
少女は訳が分からない、と心の底から呆れた声を出した。が、シャンクスはそれに構わず話を捲し立てた。
「鑑定所であんなデカいやつを目の前で!堂々と胸張って!正面から戦えるの、すっげえな!かっこよかったぜ!しかもいっぱいお宝や宝石のこと知ってんだろ?海に出たらもっとお宝と出会えるし、見たことねェ宝石が眠ってるかもしれねェぞ!だからおれと一緒に冒険しねェか!?」
少女はポカーンとシャンクスをまじまじと見つめた。が、当のシャンクスは本気である。どうだ!?と聞いてきたシャンクスに耐えられなくなって、思わず少女はぷっと吹き出した。
「ふふふふふっ、名前も知らないのに仲間に誘うだなんて……!ふ、あははははははっ!」
「な、何がおかしいんだ!別に名前くらい知らなくても、おれは本気でお前がかっこいいと思ってさ!」
「う、うん、それはありがとうございます。あははははっ、ごめんなさい、あまりにもおかしくって…!」
目の前で何故かツボに入っている少女のことがシャンクスには分からない。一通り少女は笑い終えた後、笑いながら話し始めた。
「名乗ってくれたから、私もご挨拶しなくてはなりませんね。私はダイアナ。助けてくれてありがとうございますわ、シャンクスさん」
「シャンクスでいいよ、あとその畏まった話し方もいいや。いい名前だな!」
「ありがとうございますわ。それでシャンクスは何故私を仲間にしたいのですの?」
名乗った少女――ダイアナは興味津々にシャンクスに聞く。理由なんて、と狼狽えたシャンクスは何とかこうにか理由を口にした。
「何故って……そりゃあ、ダイアナと冒険したら絶対楽しいからだ!」
「あら、冒険ってそんなに楽しいんですの?」
「めちゃくちゃ楽しいぞ!この前なんてバギーがさぁ……!」
ダイアナに促されるまま、シャンクスは冒険話を次々とダイアナに披露し始めた。雲の上にある島に行ったこと、巨人が住む島、それから海の底にある人魚がいる島のこと――楽しそうに話すシャンクスをダイアナは止めることなく、冒険話に聞き入っていた。
「確かに貴方のお話にあるように、冒険はとても魅力的ですわね」
「だろ!?だからダイアナも一緒に……!」
「でも、シャンクスはまだ見習いなのでしょう?自分の船もなくて、今の船長様を説得できるのですか?」
「う、それは……」
痛いところを突かれたシャンクスは、冷や汗を流しながら目を逸らす。狼狽えるシャンクスを見かねて、ダイアナはまたくすくす笑い始めた。
「ごめんなさい、少し意地悪でしたね」
ダイアナは素直に謝ると、さてと仕切りなおすように手を合わせた。
「こうして助けてくださったのですもの。お礼としてテトリーを案内しましょうか?」
「いいのか!?」
目をキラキラさせるシャンクスに、ええ、とダイアナは自信たっぷりに頷いた。
「私、これでもテトリーのことはよく知っているつもりですの。さあ、行きたいところにお連れしますわ」
「え、それじゃあ……あ――――――――――!!!」
ダイアナのお礼に目を輝かせていたシャンクスは、突然大声で叫んだ。やってしまった、というシャンクスを不思議そうにダイアナは覗き込む。
「どうかいたしましたの?」
「わ、悪ィ!すっかりバギー……仲間が宝石工房に行くって言ってたのを忘れてた!おれ、あいつを放ってきちまったんだよ!」
大慌てするシャンクスと対象にダイアナは冷静だった。なるほど、と顎に手を当てて何度か瞬きすると、またにっこりと笑顔を浮かべた。
「宝石工房でしたら、同じ区画内にありますわよ。お連れ様は先にそちらにいらしているのではなくて?」
「あ、確かに……先行っててくれってって言ったわ」
「ならば宝石工房に案内しますわ。すぐそこでしてよ」
さあ、とダイアナはスタスタと歩き始めた。少し遅れてシャンクスも歩き出し、ダイアナの隣に並ぶ。背丈は頭一つ分シャンクスの方が大きいくらいだろう。だが、小さくとも町を堂々と歩く少女にシャンクスは心の重りが一つ増えた気がした。
「あの、馬鹿野郎……!全ッ然来ねェじゃか!」
坂の上から一望出来る絶好の立地に立つ宝石工房で、バギーはぶつくさ文句を言っていた。面倒事に首を突っ込む性分であると理解していたが、いつも振り回され待たされる身にもなってほしい。そんな客人を見かねて工房にいる職人たちが茶を出して話し相手になっていた。
「まあ小僧、ここは目立つし連れもすぐ来るさ」
「ほら新作のジュエリーの図版だ、見るか?」
「見ていいのか!?」
いいさ、と職人はタバコを強く噛みながらバギーの前に図版を並べてみせる。まだ見ぬジュエリーに目を輝かせるバギーに職人たちも微笑ましそうに笑う。そんな昼時、コンコンと戸を叩く音が工房に響いた。
「ごめんくださいまし」
凛とした声と共に扉が開く。赤い髪に麦わら帽子を被った少年と、栗色の髪をなびかせた少女がひょこりと姿を見せた。
「わりぃ、バギー!遅くなっちまった!」
「ったく、いっつもお前は……ってええーーーーーーー!?!?!?なんでそのガ、子供と一緒なんだ!?!?!?」
出かけた言葉をグッと飲み込んでバギーはシャンクスの胸ぐらを掴む。その間に少女、ダイアナは職人たちに挨拶をしていた。
「ついそこで助けていただきましたの。お礼にここまでご案内したのですわ」
「あー……またダイアナ様、鑑定所で表に出ましたね?またターニャさんに叱られますよ?」
な、内緒にしておいてくださいまし!と悪戯がバレた子供のようにダイアナは慌てる。その隙にバギーはシャンクスにこっそり耳打ちした。
「おい、シャンクス。あの子に仲間になれとか言ってねェよな?」
「?言ったぞ?」
「なあーーーーんでそんな事を次から次へと引き起こすんだ!あんなァ、あの子は……!」
「私が、どうかいたしましたの?」
バギーが言いかけたところににゅっとダイアナが割って入る。バギーは目線をウロウロさせた後、「イヤ、ハイ……ナンデモナイデス……」と縮こまってしまった。
「別になんとおっしゃいましても構いませんが……それより、お目当てのものは見れまして?」
「あァ!すっごいのをおっさんたちに見せてもらったぜ!」
「え!?おれも見たい!」
シャンクスがバギーに釣られてジュエリーの図版に見入っている後ろ姿を、ダイアナはニコニコと嬉しそうに眺めていた。そんな彼女に職人がふっと声をかける。
「随分と嬉しそうですね、ダイアナ様」
「だって、お爺様の自慢の工房であんなに目を輝かせてくれるなら、嬉しいですわよ?」
「そこは《私の》って言ってくれや」
「わ、私にはまだ早すぎますわ……!それに」
「それに?」
「……私の、はじめてのお客様ですもの。ご案内してあんなに喜んでいただくなんて、とても光栄ですわ」
頬が落ちてしまいそうなほど緩ませ、柔らかな視線をシャンクスに送るダイアナ。その表情をみた職人たちは互いに顔を見合わせた。中には肩をすぼめて手をあげたり、声を殺して笑っている者もいた。
「どうかいたしましたの?」
「あァ、なんでもありませんよ。ダイアナ様のそのお顔に釣られて、ね?」
何か意味を含ませた言い方に、ダイアナは不思議そうに首を傾げる。またその様子を見て職人たちは慈愛に満ちた顔でダイアナを見つめた。困惑するダイアナのところへ、図面を一通り見終わったシャンクスがやってきた。
「ありがとうな、ダイアナ!いいもん見せてもらったぜ!」
「お礼を言うのであれば、彼らにおっしゃってくださいまし。彼らの腕あっての工房ですもの」
「なあに、俺らがこうして働けるのも領主様のお陰だ」
「それに、将来はダイアナ様のお世話になるしな!」
職人たちの言葉にシャンクスはん?と首を傾げてから、あ!っと声をあげた。
「ダイアナってもしかして、あの鑑定所の後継ぎなのか!?」
「なんでそっちなんだよ!!!」
「まあ、後継ぎといえば間違ってはいないのですけど……少し違う、というか……」
シャンクスの推測にバギーは思わず突っ込む。ダイアナは少し困った表情で眉を寄せると、周りの職人たちの顔を見渡した。職人たちはにこやかな表情を浮かべるだけで、特に助言はしてこない。ダイアナは目をきょろきょろさせてから、決心したようにシャンクスを正面から見つめた。
「改めて自己紹介した方がいいですわね。私は、ランカスター・ダイアナ。テトリーを治めるランカスター・ギルバートお爺様の孫にして、テトリーの辺境伯となる者ですわ」
「辺、境伯……って貴族じゃねェか!!!!!!」
「なんで今まで気付かなかったんだ、このバカチンが!!!!!!!」
目を飛び出させて驚くシャンクスと、再度大きな声でツッコミを入れるバギー、そしてその様子を見てくすくす笑うダイアナ。慌てふためくシャンクスが心底面白そうだ。
「じゃあ、ちゃんと話した方が、いいんですか?」
「別に態度を変える必要はありませんことよ?だって海賊は自由なんでしょう?」
「!あァ、そうだな!」
じゃあこのままで!とシャンクスは太陽のような笑顔で笑う。釣られてダイアナも笑みを零した。
「んじゃ、俺達の大事なダイアナ様が危ねェ目に合わねェよう、護衛を頼もうか」
「ええええええ!?!?!?そ、そんな責任重大なことを!?!?!?」
「何、任務は簡単だ。そこの下り坂を少し下って、左路地に入ったところでアイスを食べて、無事ギルバート様のお屋敷まで送り届けるだけだ」
「海賊だから腕っぷしはいいんだろ?ダイアナ様はすーぐ危ねェことに首を突っ込むからな」
「ほら、アイスの駄賃だ。頑張れよ、チビナイトども」
次々と決められていく様子をダイアナはポカンとして見つめていた。シャンクスはナイトって柄じゃねェけどいいか!と張り切っているし、バギーは泡を吹いて右往左往している。
「よし行こうぜ、ダイアナ!」
笑顔で差し出された手にまあいいか、とダイアナは納得してシャンクスの手を取った。バギーは相変わらずキョドっているが、不安はない。差し出された手を握ってよろしくお願いしますわ、とニコッと口角をあげた。
「それにしても将来の領主って、決まっちまってるのはなんか窮屈だな」
宝石工房の職人たちに言われた通り、シャンクスたちはアイス屋に立ち寄り、木陰のベンチでアイスを食べていた。シャンクスの問いにダイアナはそうかしら、と首を捻る。
「まーあ、おれたちは自由に生きてるからな。それに比べりゃあ、窮屈だろ。あんまなりたかないが羨ましい限りだ」
大方キョドらなくなったバギーもシャンクスに同意のようだ。それにもダイアナは首を傾げ、坂の下に伸びる海までの道を眺めた。道に面した美しい街並みを愛おしそうな目で追いながら、独り言のように話し始めた。
「自由はあまりないかもしれないけれど、私にとってテトリーは何事にも変えられない宝物ですわ。街の人たちに愛して、育てて頂いて、こうして将来領主になることも認められているのですもの。これほど、幸せなことはありませんわ」
ダイアナの独り言にバギーはそんなもんかね、とアイスを舐めた。だがシャンクスは、ダイアナの横顔をまじまじと見つめた。昼間の太陽光に照らされたその横顔は、幼いながらも未来をしっかりと見つめている目をしていた。まるで己が尊敬してやまない船長のような、そんな目線を既に持っている彼女に心底震わされた。そして幼いながらの横顔に、ほんのりと熱を帯びている頬に、吸い付くように見入ってしまった。
シャンクスの目線に気が付いたダイアナは、何かついていますの?とシャンクスに問いただす。見入ってしまっていたことに気が付いたシャンクスは、ブンブンと首を横に振り、なんでもねェ!と顔を背けてしまった。その様子をバギーは鬱陶しそうに見てため息をついた。ダイアナはよく分からずに、首を捻るだけだった。
「なァ、お屋敷ってこっちであってるか?」
「ええ、ですがそっちでなくていいですわよ」
ダイアナはこっちですわ、と屋敷とは別方向へ歩き出す。シャンクスとバギーは顔を見合わせダイアナについていった。ずんずんと坂を下っていくと、開けた石畳の平地へ出る。そのまま海に向かってダイアナは足を進めた。
「この先って確か……」
「ああ、港だ」
ダイアナが向かっていたのは、シャンクスたちが乗る船、オーロ・ジャクソン号が停泊している港だった。一段と騒がしい集団にダイアナは探しているものを見つけたようで、少し早足になる。シャンクスとバギーも気が付いたようで、その集団に向かって小走りした。
「なあ最後だって言ってんだ!一緒に行こうぜ、ギル!」
「お主と行きたいのは山々だが、如何せん儂も歳だ。長い航海には耐えられんし、テトリーのこともある」
「そこを何とか……!」
背の高い初老の男が、見る限り海賊だと分かる男に駄々を捏ねられている。その様子を丸眼鏡の男が仕方がないといった表情で見つめていた。
「お爺様!」
「「ロジャー船長!」」
わっと駆け寄ってくる少年少女に、子供のように戯れていた大人たちが手を止めた。
「おお、ダイアナ!よくここが分かったのう!」
「家の近くに行きましたら静かでしたので、お客様のお船におられるかと思いまして」
「そう、大当たりだお嬢さん」
「へえ、これがギルの世継ぎか?」
大柄な男たちに囲まれても表情を変えることなく対応するダイアナ。世継ぎ、とロジャーに呼ばれたダイアナは嬉しそうに微笑んでお辞儀をした。
「そうですわ。はじめましてロジャー船長、ギルバートお爺様からお話は聞いておりますわ」
シャンクスとバギーからも、と追加してダイアナは笑う。
「へえ、ウチの見習いを案内してくれていたのか。ありがとうな!」
「い、いつの間にロジャーのとこの小僧と仲良くな、なったんじゃ!ダイアナ!」
「まあまあ、そう慌てんなギル。こんな愛らしいお嬢さんが世継ぎなんてな。こんな大きな海賊船ははじめて見ただろう?よければ私が案内して回ろう」
儂の愛孫を口説くなレイリー!とギルバートはレイリーからダイアナを引き離す。そこにそうだぞレイさん!とシャンクスが駆け寄ってきた。
「ダイアナはおれが仲間になろうって誘ったんだ!なあ、おれに案内させてくれよ!」
「な!?」
「お??」
「ほう??」
シャンクスの爆弾発言にギルバートは口をあんぐり開け、ロジャーは少し気のいい顔をし、レイリーはニヤリと笑った。
「ああ、いいぞ。行ってこい」
「よっしゃ……!ダイアナ、行こうぜ!おれ達の船を見てくれよ!」
「ええ、楽しみですわ」
シャンクスは嬉しそうにダイアナと手を繋いでオーロ・ジャクソン号へ駆けていってしまった。
「中々見る目があるじゃないか、シャンクス」
ダイアナときゃいきゃいはしゃぐ後ろ姿を眺めてから、レイリーは耐えがたい覇気を発する後方に振り返った。そこには酷くショックを受けて項垂れるギルバートと、大口を開けて笑うロジャーがいた。
「わしの、わしのダイアナが……ロジャーの小童に取られて……うう……」
「ワッハッハッハッハッハッ!そう落ち込むなギル!孫離れの時期が少しばかり早まっただけじゃねェか!」
「ダイアナはまだ十歳じゃ!わしの目が黒いうちは男女の中は愚か、結婚は認めんぞ!」
「いやそれは認めてやれよ」
相変わらずの孫溺愛っぷりに思わずレイリーは突っ込んでしまった。落ち込むギルバートの背中がしおしおとしていてあまりにも不憫で、ロジャーが背中を摩るレベルである。そこに船内の探索を一通り終えたのか、楽しそうに話しながらシャンクスとダイアナが戻ってきた。
「な!凄かっただろ!?こんくらいでっけえ船ならダイアナが乗っても大丈夫だ!」
「ええ、ですけど私は航海に行くつもりはありませんわよ」
何度もそうお断りしているはずです、とダイアナははっきりと言い切った。その言葉で今までひしょげていたギルバートがみるみるうちに復活していく。萎れた花が再び咲いていくようだな、とレイリーは思った。
「私はテトリーの領主になるのですもの。海賊にはなれませんわ」
「ダイアナ……!」
「お爺様からそうお話をいただいたとき、本当に嬉しかったのです。私の目指す道がはっきりと見えましたの、だから、他の道を選ぶ気はありませんわ」
「……そうか」
シャンクスは少ししょんぼりするも、納得しきれていない表情で頷いた。その熱意が嘘偽りないことは分かるが、一緒に行きたい気持ちとせめぎ合っていた。
「そんな顔しないでくださいまし。出航まで日はあるのでしょう?暫くは町を案内したりできますわ」
ね?と宥めるダイアナに、シャンクスは首を縦に振るしかなかった。
雲一つなく晴れ渡った青空の下、オーロ・ジャクソン号はテトリーを経つ。新たな冒険、最後の航海に向けての旅路を始めるのだ。
「なァ、本当に来ないのか?」
シャンクスはしつこくダイアナに聞いていた。ギルバートと見送りにきているダイアナは首を横に振るばかりで、意思は揺るぎそうにない。だが、シャンクスも諦めきれない様子だった。
「あの日、助けてくれたことには感謝しておりますわ。それに、仲間になろうって言ってくれたことも嬉しかったのですの。またお客様としてテトリーにいらっしゃってくださいまし」
お待ちしておりますわ、とダイアナはシャンクスの手を取って握手した。シャンクスは握られた少女の小さな手をまじまじと見つめた後、にっと満開の笑顔で笑った。
「お客様もいいけどよ、今度は友達として会いに来ちゃ駄目か?」
シャンクスの提案に今度はダイアナが目を輝かせた。大きく首を縦に振りながら、握った手を上下にブンブンする。
「ええ!いいえ!また来てくださいまし!私の海のご友人として!」
そう返事したダイアナに満足したシャンクスは、おう!と返事をしてオーロ・ジャクソン号に乗り込んだ。
「錨を上げろ!帆を張れ!出航だ!!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
海の男たちの雄叫びと共に、オーロ・ジャクソン号は海へ戻っていく。シャンクスは甲板の一番後ろに行って、ダイアナに手を振り続けた。ダイアナもまた、船が見えなくなるまで手を振り続けたのだった。
「こんな世界政府加盟国に、ロジャー船長は何の用なんだ」
「なんでも、旧友に会っていきたいんだってさ。ロジャー船長の友達って一体どんな人なんだろうな」
オーロ・ジャクソン号の見習い海賊、シャンクスとバギーは積荷を甲板に運びながら話していた。船の主である、船長ゴール・D・ロジャーとその右腕シルバーズ・レイリーは寄港してすぐに船から降りて行ってしまった。大事な旧友に挨拶がある、とだけ聞かされていたシャンクスとバギーはその旧友に興味津々である。
「おーい、シャンクス!バギー!それ終わったらこっち来い!」
荷物の指示を飛ばしていたストッパーに二人は呼び止められる。荷物をそそくさと置いてシャンクスとバギーはストッパーの元へ駆け寄った。
「今から鑑定所に行く。勉強ついでについてこい」
「えーーーー!?この前しこたまゲットしたお宝、売っちまうのか!?」
金銀財宝、お宝大好きバギーは大きな声でストッパーに反論する。そんなバギーをストッパーは肘で小突いた。
「ここの鑑定士は腕が抜群にいいからな。今ウチは資金不足気味だし、換金できる時に頼れる奴らにやってもらった方がいい」
船の懐事情を話しながら、一段と賑わっている一軒にストッパーは入った。重厚な造りの一軒家は広いロビーにいくつものカウンター、換金目当てにやってきた客人たちでひしめき合っていた。客たちは厳しい目つきで、シャンクスとバギーをジロジロと見下ろしている。が、いかついストッパーの人睨みでスッと顔を逸らした。
「……なあ、ここって世界政府加盟国だろ。こんな海賊ばっかと取引してるところでいいのかよ」
隙を見てシャンクスはストッパーに耳打ちした。確かに客人はカタギとは思えないような輩たちばかりである。そんな奴らが世界政府加盟国のお膝元で取引をしているのがシャンクスには不思議でたまらなかった。
「あァ。世界政府やら関係なく、ここの鑑定所は魅力溢れるところだ。特に、財宝取引で稼いでいる奴らにとってはな」
「なんでそんな奴らがこぞってここにいるんだよ…!」
「鑑定士の腕さ。ここの鑑定士は世界屈指で腕がいい。例えばバギー、このルビーはいくらだと思う?」
ストッパーはおもむろに袋から出したルビーをバギーに見せた。ストッパーの親指ほどある宝石をじっと観察すると、バギーは難しいと言いたげな顔をストッパーに向けた。
「こんだけデカくて、傷もあんまりねェなら……おれ様なら五十万ベリーをつけるな」
「いい線だバギー。だが、これはあくまでもこのルビー“そのもの”の価値だけだ」
「そのもの、ってどういうことだ?」
まあこれも例えばだが、とストッパーはルビーを袋に仕舞いながら話を続ける。せっかくのルビーを売ることにバギーは少し涙目になっていた。
「このルビーが王族の冠に施されるような価値があったらどうだ。そしてその冠の出来は最上級にいいと上流階級でもてはやされたら?その冠につけられているルビーは確実に五十万ベリー以上の価値があると思わんか」
「確かにそうだけど、そんなこと分かるのか?」
「それが分かるんだよ。ここの鑑定所はそういうもっと宝石や財宝の価値をあげるところと太いパイプがある。だから状態のいいもの、それこそ貴族御用達になりえるものは破格の金額で買い取ってくれるんだ。他にも由緒ある財宝はもっといい値がつくこともあるしな」
「すっげぇ……!そんな世界があるんだな!」
だから海賊たちがこぞって来る鑑定所なんだ、とストッパーはシャンクスとバギーに話す。目の前で取引されている金銀宝石たちが一際輝いて見える。そんな光景にシャンクスとバギーは目を輝かせていると、ストッパーの順番になった。
「いらっしゃい、御用はなんで?」
「この宝石たちの買い取りを頼む」
ストッパーがカウンターに置いた袋から、鑑定士はひとつひとつ丁寧に宝石たちを取り出していく。小さなルーペで宝石をじっと覗き込むと、顔をあげてストッパーに話しかけた。
「少々お時間いただきますが、よろしいかな?」
「あァ、構わない。どれくらいかかる?」
「そうですね……一日半くらいは」
「分かった、よろしく頼む」
それではここにサインを、と鑑定士が書類を出した時だった。
「ふざけんじゃねェぞごらあ!!!」
耳を劈くような怒号と大きな物音がシャンクスたちの左隣から聞こえてきた。バッとその方向を見ると、二メートルはある巨漢が鑑定士の首根っこを掴み怒鳴り散らかしている。少々の静寂に包まれた鑑定所内に緊張が走った。
「なんで鑑定額が十万ベリーぽっちなんだよ!ここは百万ベリーで買い取ってくれるんじゃねェのか!」
「お、お客様がお持ちしたものは、ゆ、指輪一つで……わ、我々は見合う金額をご提示したの、ですが……」
「しらばっくれんじゃねェ!責任者を出せ!責任者!」
どうやら鑑定結果に不満があったらしく、無謀にも当たり散らかしているらしい。力任せに鑑定士を怒鳴るなど小者だな、とストッパーは呆れ、担当の鑑定士が出した書類を書き始めた。ぎゃんぎゃんと耳障りな声で喚いている男がとうとう煩わしくなってきた時だった。
「何事ですの」
幼いが凛とした声が鑑定所に響き渡った。声の主は店の奥から出てきた、白いワンピースを着た少女だった。年はシャンクスやバギーより少し下だろう。が、少女は臆することなく喚いている巨漢の方に向かって行った。
「ウチの従業員を締め上げるのはやめてくださいませ」
「あァ!?ガキが何の用だ!!」
「責任者、とおっしゃったから出てきましたの。もう一度言いますわ、お手を離してくださいませ」
責任者、と言葉を発した少女に騒めきが起きる。フロア中の客、鑑定士が二人に注目していた。
「お、お前が!?責任者ぁ!?冗談はよしてくれ!ガキが来るところじゃねェよ!」
「生憎上の者は大事な商談中ですの。拝聴しましたところ、お客様は取引金額がご不満で?」
自分の倍以上はある男に少女は怖気づくことなく、男が持ち込んだであろう指輪と鑑定書に目を通し始めた。どうやら男は少女に気が移ったらしく、締め上げていた鑑定士を解放した。
「なるほど、そういうことでしたか……お客様はこの指輪を『アナドロームの左中指』と検討し当店にお持ち込みしたのですね?」
アナドロームの左中指、という単語に店内の鑑定士がどよめいた。その宝物の名が、というよりも少女がその名を口にしたことに驚いているようだった。
「あァ、そうさ!ガキには分かんねェだろうが、昔の王がつけていた宝だ。ちゃんと紋章もナンバーも刻まれてる本物だろうが!」
男もそれなりに知識があるようで、むやみやたらにこの鑑定所に持ち込んだわけではないらしい。相変わらず不機嫌な男に少女は態度を変えることなく話し始めた。
「ええ、確かにお客様のおっしゃる通りこれは『アナドロームの左中指』の一品です。ですが、百万ベリーの値がつくことは残念ながらございませんわ」
「は、はあ!?!?!?!?!?本物なんだろうが!!!!!じゃあ百万ベリー寄越せ!!!!!」
「本物かどうかだけでは『アナドロームの左中指』の価値は決まりませんわ。この指輪の一番の価値づけはナンバーです」
冷静かつ響き渡る声で少女は宣言した。鑑定に出された指輪を取り、男の前に差し出す。他の者を圧倒する眼力はよく見てみろ、と言わんばかりの目力を秘めていた。
「お客様が鑑定をご依頼されたこちらのナンバーは543、ですが百万ベリーの価格帯で取引される『アナドロームの左中指』は250から325までの製造ナンバーです。同じ名がつく指輪でも、ものによって価値が違うのです」
そうですわよね?と少女は締め上げられていた鑑定士に話を振った。その言葉に同意するように鑑定士は首を縦に振った。しーんとその場が静まり返る。少女の言い分に男は下を向いてしまった。
「…………ば、馬鹿にしやがってこのクソガキ!!!」
男は怒りで顔を真っ赤にし、次は少女の首根っこを掴んだ。今度こそ、騒めきが大きくなり、鑑定士たちが大慌てで周囲に駆けつけた。
「そんな上から目線で勝手にしゃあしゃあとおれをコケにしやがって!!!そんなに偉いのかおめえはよお!!!」
宙に浮いた少女を男は揺さぶる。大声で怒鳴り散らされても少女は顔色一つ変えることなく、冷静だった。
「……鑑定の前に誓約書にサインは頂いていますわよね?では、規約通りにG-9に通報してください」
「は!?海軍に通報!?聞いてねェぞ!!」
「お客様が誓約書をお読みになって同意されたことです。従業員に不当な手出しをした場合には通報すると記していたはずです。今、手を離して取引に応じるか、辞退していただければ即通報はお止めしましょう」
それとも、と少女はさらに言葉を続けた。
「ここにいらっしゃる同業者様に恨まれてもよろしいでしょうか。もう恥は曝されているのも同然ですが」
男は再び黙りこくってしまった。少女を掴み怒鳴る男の背中にずっと痛々しい視線が刺さっている。それはこの場に鉢合わせた海賊やハンターから寄せられる侮蔑の視線だった。
「クソ……が!!!」
男は少女の首から手を離し、カウンターに用意してあった取引金を乱雑に掴んで店のドアを蹴って出ていった。その後ろ姿に少女は九十度のお辞儀で見送る。雑に扱われたドアが閉まるまで、少女は頭を下げていた。
「皆様、お怪我はありませ……っ!?」
少女が頭を上げると同時に拍手と喝采が店を包んだ。取引に来ていた客たちが声を上げ指笛を鳴らし、少女に拍手を送っている。無論、ストッパーも笑みを浮かべ手を叩いていた。
「よくやった嬢ちゃん!!!」
「度胸あんじゃねェか!!!見直したぞ!!!」
「流石ギルバート爺の孫だ!!!」
少女は一瞬ポカンとした顔をしたがすぐににっこりと笑ってみせ見事なカーテシーを披露した。鑑定士たちに心配そうに声をかけられて、すぐに裏に戻るように促されている。少女はそれに頷くと、促されるままにその場を去っていった。その様子をシャンクスは口を開けて見続けていた。
「かっけぇ……!」
思わず漏れ出た感想にバギーは呆れストッパーは噴き出した。
「かっけぇ、ってなんだシャンクス!あんなのただの命知らずだろうが!」
「でもかっけぇじゃねェかよ!誰か知らねェけどあんなでけェやつに張り合ってんだぞ!いいなあ、仲間にしてぇ……!」
「なんつーこと言い出すんだお前は!あんな奴仲間にいたらすーぐ面倒事引っ張ってくるに違ェねェだろうが!」
鑑定所での取引が終わり、やいやい言い合うシャンクスとバギーをストッパーはとても楽しそうに見守った。あの少女を仲間にしたい、と心底楽しそうな顔をするシャンクスにストッパーの口から思わず笑みが零れる。
「確かに仲間に出来たら心強いだろうが、あれを連れ込むには相当骨がいりそうだぞ?」
「え、ストッパーさんあの子知ってるのか!?」
推測だがな、とストッパーは笑いを含めた言い方で船に戻った。もう用はないから自由行動だ、と言われたシャンクスとバギーは再び町へ戻り散策を再開していた。
「おいシャンクス!この上の方に宝石工房があるらしいぞ!行こうぜ!」
「あァ、いいな!行こう!」
宝に目がないバギーはウキウキしているし、あの鑑定所で取引されたものがどうなるかは単純に気になる。そしてもしかしたらあの少女ともう一度会えるかもしれないという可能性。シャンクスも心躍らせて坂の上にある工房を目指して歩いていた。
海に近いテトリーは山に囲まれている土地柄、坂が多い。疲れ知らずの身体で工房目指し坂を登っている最中だった。
「あれは……!」
真っ白のワンピースに栗色の柔らかそうな髪を携えた少女がシャンクスの瞳の隅に写った。少しだけ自分より小さな背丈の少女が路地裏に入っていった。その少し後ろを数人のガタイのいい男たちがつけている。男たちの中心には、さっき鑑定所で少女に論破された男もいた。
「……バギー、先行っててくれ!」
「は!?おい待てシャンクス!!!」
すぐ追いつく!とバギーに言い残してシャンクスは少女と男たちの跡を追いかけた。あんな人目のつかない路地裏に入ってしまえば、少女が男たちに何をされるか――それくらいはシャンクスでも容易に想像が出来た。
複数回角を曲がり、男たちのすぐ後ろまで気配を消して迫った。少女はまだ男たちの十メートル先を一人で歩いている。この路地を知らないから先回りするのは不可能だ。ならば、とシャンクスは息を吸って麦わら帽子を深くかぶった。勢いよく走りだすと、わざと一番右脇の男にぶつかった。
「悪い、急いでんだ!」
「おいっ、クソガキが!止まれ!」
後ろで何か声をかけられたが無視をする。前方の少女まですぐ迫ると、降ろしていた少女の右腕を取り、そのまま右へぐっと曲がりそのまま全速力で走る。
「行くぞ!」
「きゃ、ちょっと!何して、」
「待ちあがれクソガキ共――!!!」
シャンクスに腕を引っ張られた少女は背後の男の怒号に気が付くと、シャンクスの手を握り返し、つられて走り出した。
狭い路地裏を何回も曲がり、時には坂を登ったり下ったり。少女の手を引いてシャンクスはテトリーを走り回った。ふと目を向けた角先に丁度子供二人、隠れられそうな茂みがある。シャンクスは少女に目配せすると、力強く頷いた。その茂みに飛び込み、荒れた息を抑えて一生懸命気配を消す。
「っ、たくどこ行きあがった……!」
「あの麦わらのクソガキめ、わざと狙ってぶつかりあがったな……!」
「まだ近くにいるはずだ、探せ!」
早く行け、早く――!走っていたせいで息は上がっているし、こんな近くにいたらすぐにバレてしまうだろう。早く立ち去れ、とシャンクス心の中で必死に願った。足音がシャンクスと少女のすぐ横を通り過ぎる。そのまま彼らの足音が帰ってくることはなかった。
「行った、か?」
「そう、みたいですね」
男たちが去ったことを確認し合うと、だらりと肩の力が抜けた。走り回ったせいか、少女はまだ息を切らしている。シャンクスは茂みから出ると、少女に立てるか?と手を伸ばした。少女は頷きシャンクスの手を取って茂みから出る。額の汗を拭ってから、少女はようやく正面からシャンクスを見た。
「ひとまず、ありがとうございましたわ。彼らがつけてきたのは分かってはいましたのですけれど、こんなに上手に巻けなかったと思いますわ」
「いやあ、分かってたならすまなかった。鑑定所でちょっと見かけたから放っておけなくてな」
ま、それは建前で、とシャンクスは笑って少女の両手を取った。
「おれはシャンクス!お前、おれの仲間にならねェか!?」
「……はあ?」
少女は訳が分からない、と心の底から呆れた声を出した。が、シャンクスはそれに構わず話を捲し立てた。
「鑑定所であんなデカいやつを目の前で!堂々と胸張って!正面から戦えるの、すっげえな!かっこよかったぜ!しかもいっぱいお宝や宝石のこと知ってんだろ?海に出たらもっとお宝と出会えるし、見たことねェ宝石が眠ってるかもしれねェぞ!だからおれと一緒に冒険しねェか!?」
少女はポカーンとシャンクスをまじまじと見つめた。が、当のシャンクスは本気である。どうだ!?と聞いてきたシャンクスに耐えられなくなって、思わず少女はぷっと吹き出した。
「ふふふふふっ、名前も知らないのに仲間に誘うだなんて……!ふ、あははははははっ!」
「な、何がおかしいんだ!別に名前くらい知らなくても、おれは本気でお前がかっこいいと思ってさ!」
「う、うん、それはありがとうございます。あははははっ、ごめんなさい、あまりにもおかしくって…!」
目の前で何故かツボに入っている少女のことがシャンクスには分からない。一通り少女は笑い終えた後、笑いながら話し始めた。
「名乗ってくれたから、私もご挨拶しなくてはなりませんね。私はダイアナ。助けてくれてありがとうございますわ、シャンクスさん」
「シャンクスでいいよ、あとその畏まった話し方もいいや。いい名前だな!」
「ありがとうございますわ。それでシャンクスは何故私を仲間にしたいのですの?」
名乗った少女――ダイアナは興味津々にシャンクスに聞く。理由なんて、と狼狽えたシャンクスは何とかこうにか理由を口にした。
「何故って……そりゃあ、ダイアナと冒険したら絶対楽しいからだ!」
「あら、冒険ってそんなに楽しいんですの?」
「めちゃくちゃ楽しいぞ!この前なんてバギーがさぁ……!」
ダイアナに促されるまま、シャンクスは冒険話を次々とダイアナに披露し始めた。雲の上にある島に行ったこと、巨人が住む島、それから海の底にある人魚がいる島のこと――楽しそうに話すシャンクスをダイアナは止めることなく、冒険話に聞き入っていた。
「確かに貴方のお話にあるように、冒険はとても魅力的ですわね」
「だろ!?だからダイアナも一緒に……!」
「でも、シャンクスはまだ見習いなのでしょう?自分の船もなくて、今の船長様を説得できるのですか?」
「う、それは……」
痛いところを突かれたシャンクスは、冷や汗を流しながら目を逸らす。狼狽えるシャンクスを見かねて、ダイアナはまたくすくす笑い始めた。
「ごめんなさい、少し意地悪でしたね」
ダイアナは素直に謝ると、さてと仕切りなおすように手を合わせた。
「こうして助けてくださったのですもの。お礼としてテトリーを案内しましょうか?」
「いいのか!?」
目をキラキラさせるシャンクスに、ええ、とダイアナは自信たっぷりに頷いた。
「私、これでもテトリーのことはよく知っているつもりですの。さあ、行きたいところにお連れしますわ」
「え、それじゃあ……あ――――――――――!!!」
ダイアナのお礼に目を輝かせていたシャンクスは、突然大声で叫んだ。やってしまった、というシャンクスを不思議そうにダイアナは覗き込む。
「どうかいたしましたの?」
「わ、悪ィ!すっかりバギー……仲間が宝石工房に行くって言ってたのを忘れてた!おれ、あいつを放ってきちまったんだよ!」
大慌てするシャンクスと対象にダイアナは冷静だった。なるほど、と顎に手を当てて何度か瞬きすると、またにっこりと笑顔を浮かべた。
「宝石工房でしたら、同じ区画内にありますわよ。お連れ様は先にそちらにいらしているのではなくて?」
「あ、確かに……先行っててくれってって言ったわ」
「ならば宝石工房に案内しますわ。すぐそこでしてよ」
さあ、とダイアナはスタスタと歩き始めた。少し遅れてシャンクスも歩き出し、ダイアナの隣に並ぶ。背丈は頭一つ分シャンクスの方が大きいくらいだろう。だが、小さくとも町を堂々と歩く少女にシャンクスは心の重りが一つ増えた気がした。
「あの、馬鹿野郎……!全ッ然来ねェじゃか!」
坂の上から一望出来る絶好の立地に立つ宝石工房で、バギーはぶつくさ文句を言っていた。面倒事に首を突っ込む性分であると理解していたが、いつも振り回され待たされる身にもなってほしい。そんな客人を見かねて工房にいる職人たちが茶を出して話し相手になっていた。
「まあ小僧、ここは目立つし連れもすぐ来るさ」
「ほら新作のジュエリーの図版だ、見るか?」
「見ていいのか!?」
いいさ、と職人はタバコを強く噛みながらバギーの前に図版を並べてみせる。まだ見ぬジュエリーに目を輝かせるバギーに職人たちも微笑ましそうに笑う。そんな昼時、コンコンと戸を叩く音が工房に響いた。
「ごめんくださいまし」
凛とした声と共に扉が開く。赤い髪に麦わら帽子を被った少年と、栗色の髪をなびかせた少女がひょこりと姿を見せた。
「わりぃ、バギー!遅くなっちまった!」
「ったく、いっつもお前は……ってええーーーーーーー!?!?!?なんでそのガ、子供と一緒なんだ!?!?!?」
出かけた言葉をグッと飲み込んでバギーはシャンクスの胸ぐらを掴む。その間に少女、ダイアナは職人たちに挨拶をしていた。
「ついそこで助けていただきましたの。お礼にここまでご案内したのですわ」
「あー……またダイアナ様、鑑定所で表に出ましたね?またターニャさんに叱られますよ?」
な、内緒にしておいてくださいまし!と悪戯がバレた子供のようにダイアナは慌てる。その隙にバギーはシャンクスにこっそり耳打ちした。
「おい、シャンクス。あの子に仲間になれとか言ってねェよな?」
「?言ったぞ?」
「なあーーーーんでそんな事を次から次へと引き起こすんだ!あんなァ、あの子は……!」
「私が、どうかいたしましたの?」
バギーが言いかけたところににゅっとダイアナが割って入る。バギーは目線をウロウロさせた後、「イヤ、ハイ……ナンデモナイデス……」と縮こまってしまった。
「別になんとおっしゃいましても構いませんが……それより、お目当てのものは見れまして?」
「あァ!すっごいのをおっさんたちに見せてもらったぜ!」
「え!?おれも見たい!」
シャンクスがバギーに釣られてジュエリーの図版に見入っている後ろ姿を、ダイアナはニコニコと嬉しそうに眺めていた。そんな彼女に職人がふっと声をかける。
「随分と嬉しそうですね、ダイアナ様」
「だって、お爺様の自慢の工房であんなに目を輝かせてくれるなら、嬉しいですわよ?」
「そこは《私の》って言ってくれや」
「わ、私にはまだ早すぎますわ……!それに」
「それに?」
「……私の、はじめてのお客様ですもの。ご案内してあんなに喜んでいただくなんて、とても光栄ですわ」
頬が落ちてしまいそうなほど緩ませ、柔らかな視線をシャンクスに送るダイアナ。その表情をみた職人たちは互いに顔を見合わせた。中には肩をすぼめて手をあげたり、声を殺して笑っている者もいた。
「どうかいたしましたの?」
「あァ、なんでもありませんよ。ダイアナ様のそのお顔に釣られて、ね?」
何か意味を含ませた言い方に、ダイアナは不思議そうに首を傾げる。またその様子を見て職人たちは慈愛に満ちた顔でダイアナを見つめた。困惑するダイアナのところへ、図面を一通り見終わったシャンクスがやってきた。
「ありがとうな、ダイアナ!いいもん見せてもらったぜ!」
「お礼を言うのであれば、彼らにおっしゃってくださいまし。彼らの腕あっての工房ですもの」
「なあに、俺らがこうして働けるのも領主様のお陰だ」
「それに、将来はダイアナ様のお世話になるしな!」
職人たちの言葉にシャンクスはん?と首を傾げてから、あ!っと声をあげた。
「ダイアナってもしかして、あの鑑定所の後継ぎなのか!?」
「なんでそっちなんだよ!!!」
「まあ、後継ぎといえば間違ってはいないのですけど……少し違う、というか……」
シャンクスの推測にバギーは思わず突っ込む。ダイアナは少し困った表情で眉を寄せると、周りの職人たちの顔を見渡した。職人たちはにこやかな表情を浮かべるだけで、特に助言はしてこない。ダイアナは目をきょろきょろさせてから、決心したようにシャンクスを正面から見つめた。
「改めて自己紹介した方がいいですわね。私は、ランカスター・ダイアナ。テトリーを治めるランカスター・ギルバートお爺様の孫にして、テトリーの辺境伯となる者ですわ」
「辺、境伯……って貴族じゃねェか!!!!!!」
「なんで今まで気付かなかったんだ、このバカチンが!!!!!!!」
目を飛び出させて驚くシャンクスと、再度大きな声でツッコミを入れるバギー、そしてその様子を見てくすくす笑うダイアナ。慌てふためくシャンクスが心底面白そうだ。
「じゃあ、ちゃんと話した方が、いいんですか?」
「別に態度を変える必要はありませんことよ?だって海賊は自由なんでしょう?」
「!あァ、そうだな!」
じゃあこのままで!とシャンクスは太陽のような笑顔で笑う。釣られてダイアナも笑みを零した。
「んじゃ、俺達の大事なダイアナ様が危ねェ目に合わねェよう、護衛を頼もうか」
「ええええええ!?!?!?そ、そんな責任重大なことを!?!?!?」
「何、任務は簡単だ。そこの下り坂を少し下って、左路地に入ったところでアイスを食べて、無事ギルバート様のお屋敷まで送り届けるだけだ」
「海賊だから腕っぷしはいいんだろ?ダイアナ様はすーぐ危ねェことに首を突っ込むからな」
「ほら、アイスの駄賃だ。頑張れよ、チビナイトども」
次々と決められていく様子をダイアナはポカンとして見つめていた。シャンクスはナイトって柄じゃねェけどいいか!と張り切っているし、バギーは泡を吹いて右往左往している。
「よし行こうぜ、ダイアナ!」
笑顔で差し出された手にまあいいか、とダイアナは納得してシャンクスの手を取った。バギーは相変わらずキョドっているが、不安はない。差し出された手を握ってよろしくお願いしますわ、とニコッと口角をあげた。
「それにしても将来の領主って、決まっちまってるのはなんか窮屈だな」
宝石工房の職人たちに言われた通り、シャンクスたちはアイス屋に立ち寄り、木陰のベンチでアイスを食べていた。シャンクスの問いにダイアナはそうかしら、と首を捻る。
「まーあ、おれたちは自由に生きてるからな。それに比べりゃあ、窮屈だろ。あんまなりたかないが羨ましい限りだ」
大方キョドらなくなったバギーもシャンクスに同意のようだ。それにもダイアナは首を傾げ、坂の下に伸びる海までの道を眺めた。道に面した美しい街並みを愛おしそうな目で追いながら、独り言のように話し始めた。
「自由はあまりないかもしれないけれど、私にとってテトリーは何事にも変えられない宝物ですわ。街の人たちに愛して、育てて頂いて、こうして将来領主になることも認められているのですもの。これほど、幸せなことはありませんわ」
ダイアナの独り言にバギーはそんなもんかね、とアイスを舐めた。だがシャンクスは、ダイアナの横顔をまじまじと見つめた。昼間の太陽光に照らされたその横顔は、幼いながらも未来をしっかりと見つめている目をしていた。まるで己が尊敬してやまない船長のような、そんな目線を既に持っている彼女に心底震わされた。そして幼いながらの横顔に、ほんのりと熱を帯びている頬に、吸い付くように見入ってしまった。
シャンクスの目線に気が付いたダイアナは、何かついていますの?とシャンクスに問いただす。見入ってしまっていたことに気が付いたシャンクスは、ブンブンと首を横に振り、なんでもねェ!と顔を背けてしまった。その様子をバギーは鬱陶しそうに見てため息をついた。ダイアナはよく分からずに、首を捻るだけだった。
「なァ、お屋敷ってこっちであってるか?」
「ええ、ですがそっちでなくていいですわよ」
ダイアナはこっちですわ、と屋敷とは別方向へ歩き出す。シャンクスとバギーは顔を見合わせダイアナについていった。ずんずんと坂を下っていくと、開けた石畳の平地へ出る。そのまま海に向かってダイアナは足を進めた。
「この先って確か……」
「ああ、港だ」
ダイアナが向かっていたのは、シャンクスたちが乗る船、オーロ・ジャクソン号が停泊している港だった。一段と騒がしい集団にダイアナは探しているものを見つけたようで、少し早足になる。シャンクスとバギーも気が付いたようで、その集団に向かって小走りした。
「なあ最後だって言ってんだ!一緒に行こうぜ、ギル!」
「お主と行きたいのは山々だが、如何せん儂も歳だ。長い航海には耐えられんし、テトリーのこともある」
「そこを何とか……!」
背の高い初老の男が、見る限り海賊だと分かる男に駄々を捏ねられている。その様子を丸眼鏡の男が仕方がないといった表情で見つめていた。
「お爺様!」
「「ロジャー船長!」」
わっと駆け寄ってくる少年少女に、子供のように戯れていた大人たちが手を止めた。
「おお、ダイアナ!よくここが分かったのう!」
「家の近くに行きましたら静かでしたので、お客様のお船におられるかと思いまして」
「そう、大当たりだお嬢さん」
「へえ、これがギルの世継ぎか?」
大柄な男たちに囲まれても表情を変えることなく対応するダイアナ。世継ぎ、とロジャーに呼ばれたダイアナは嬉しそうに微笑んでお辞儀をした。
「そうですわ。はじめましてロジャー船長、ギルバートお爺様からお話は聞いておりますわ」
シャンクスとバギーからも、と追加してダイアナは笑う。
「へえ、ウチの見習いを案内してくれていたのか。ありがとうな!」
「い、いつの間にロジャーのとこの小僧と仲良くな、なったんじゃ!ダイアナ!」
「まあまあ、そう慌てんなギル。こんな愛らしいお嬢さんが世継ぎなんてな。こんな大きな海賊船ははじめて見ただろう?よければ私が案内して回ろう」
儂の愛孫を口説くなレイリー!とギルバートはレイリーからダイアナを引き離す。そこにそうだぞレイさん!とシャンクスが駆け寄ってきた。
「ダイアナはおれが仲間になろうって誘ったんだ!なあ、おれに案内させてくれよ!」
「な!?」
「お??」
「ほう??」
シャンクスの爆弾発言にギルバートは口をあんぐり開け、ロジャーは少し気のいい顔をし、レイリーはニヤリと笑った。
「ああ、いいぞ。行ってこい」
「よっしゃ……!ダイアナ、行こうぜ!おれ達の船を見てくれよ!」
「ええ、楽しみですわ」
シャンクスは嬉しそうにダイアナと手を繋いでオーロ・ジャクソン号へ駆けていってしまった。
「中々見る目があるじゃないか、シャンクス」
ダイアナときゃいきゃいはしゃぐ後ろ姿を眺めてから、レイリーは耐えがたい覇気を発する後方に振り返った。そこには酷くショックを受けて項垂れるギルバートと、大口を開けて笑うロジャーがいた。
「わしの、わしのダイアナが……ロジャーの小童に取られて……うう……」
「ワッハッハッハッハッハッ!そう落ち込むなギル!孫離れの時期が少しばかり早まっただけじゃねェか!」
「ダイアナはまだ十歳じゃ!わしの目が黒いうちは男女の中は愚か、結婚は認めんぞ!」
「いやそれは認めてやれよ」
相変わらずの孫溺愛っぷりに思わずレイリーは突っ込んでしまった。落ち込むギルバートの背中がしおしおとしていてあまりにも不憫で、ロジャーが背中を摩るレベルである。そこに船内の探索を一通り終えたのか、楽しそうに話しながらシャンクスとダイアナが戻ってきた。
「な!凄かっただろ!?こんくらいでっけえ船ならダイアナが乗っても大丈夫だ!」
「ええ、ですけど私は航海に行くつもりはありませんわよ」
何度もそうお断りしているはずです、とダイアナははっきりと言い切った。その言葉で今までひしょげていたギルバートがみるみるうちに復活していく。萎れた花が再び咲いていくようだな、とレイリーは思った。
「私はテトリーの領主になるのですもの。海賊にはなれませんわ」
「ダイアナ……!」
「お爺様からそうお話をいただいたとき、本当に嬉しかったのです。私の目指す道がはっきりと見えましたの、だから、他の道を選ぶ気はありませんわ」
「……そうか」
シャンクスは少ししょんぼりするも、納得しきれていない表情で頷いた。その熱意が嘘偽りないことは分かるが、一緒に行きたい気持ちとせめぎ合っていた。
「そんな顔しないでくださいまし。出航まで日はあるのでしょう?暫くは町を案内したりできますわ」
ね?と宥めるダイアナに、シャンクスは首を縦に振るしかなかった。
雲一つなく晴れ渡った青空の下、オーロ・ジャクソン号はテトリーを経つ。新たな冒険、最後の航海に向けての旅路を始めるのだ。
「なァ、本当に来ないのか?」
シャンクスはしつこくダイアナに聞いていた。ギルバートと見送りにきているダイアナは首を横に振るばかりで、意思は揺るぎそうにない。だが、シャンクスも諦めきれない様子だった。
「あの日、助けてくれたことには感謝しておりますわ。それに、仲間になろうって言ってくれたことも嬉しかったのですの。またお客様としてテトリーにいらっしゃってくださいまし」
お待ちしておりますわ、とダイアナはシャンクスの手を取って握手した。シャンクスは握られた少女の小さな手をまじまじと見つめた後、にっと満開の笑顔で笑った。
「お客様もいいけどよ、今度は友達として会いに来ちゃ駄目か?」
シャンクスの提案に今度はダイアナが目を輝かせた。大きく首を縦に振りながら、握った手を上下にブンブンする。
「ええ!いいえ!また来てくださいまし!私の海のご友人として!」
そう返事したダイアナに満足したシャンクスは、おう!と返事をしてオーロ・ジャクソン号に乗り込んだ。
「錨を上げろ!帆を張れ!出航だ!!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
海の男たちの雄叫びと共に、オーロ・ジャクソン号は海へ戻っていく。シャンクスは甲板の一番後ろに行って、ダイアナに手を振り続けた。ダイアナもまた、船が見えなくなるまで手を振り続けたのだった。
