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【OP夢】泡沫人【シャンクス】

「ダイアナを学校に行かせてみようと考えとる」
「また急にどうしたんですか、ギルバート様」
 ダイアナがテトリー領に来て一か月が経った頃、唐突にギルバートはターニャに打ち明けた。最初は何をするにもカチコチに固まっていたダイアナだが、だんだん打ち解けてきて今ではターニャやルベルなどの屋敷の使用人には敬称なしで呼ぶようになった。相変わらずギルバートだけは『おじいちゃん』と呼んでくれないが。
 新たな政策を考えるときのように、ギルバートは超真剣な顔で考え込んでいた。ターニャはその真剣さに若干引きながら助言する。
「正直、お嬢様は民間学校よりで習う内容は出来ていると思います。私もたまに勉学をみておりますが、とても優秀です。今民間学校に行かせる必要はなく、ギルバート様が家庭教師を雇う方がよろしいかと」
「じゃがどれだけ勉学が出来ようと、ダイアナには同年代の友人がおらん。民間学校であれば同年代の子どもが多くいるじゃろう」
「確かにそうですが、ギルバート様の本音は?」
 本音?とギルバートはターニャを見る。ターニャは呆れながらも、ギルバートのカップに追加のコーヒーを注いだ。
「そう思うのであれば、もうとっくの前に行かせているでしょう。一か月も家に置いた理由は何ですか」
「………………ダイアナが家にいないのが寂しいんじゃ!」
 やはりそうでしたか、とターニャは呆れた。この孫馬鹿爺、孫と離れるのが寂しくて一か月間モダモダしていたらしい。あまりの溺愛っぷりにターニャは呆れながらも少し同情できた。なにせダイアナは最初こそ堅苦しい少女だったが、一緒に過ごすうちに年相応の愛らしい側面もみせるようになった。その愛らしい孫と離れたくない気持ちも、まあ何となく分かってしまう。
「それはギルバート様の問題です。学校のことはダイアナお嬢様に話したのですか?」
「…………いや、まだじゃ」
「だったら今晩夕飯の後、お話してみてはどうでしょうか。ダイアナお嬢様が嫌がるのであれば、それまでです」
 ターニャの正論にギルバートは頷くしかなかった。

「……学校、ですか」
「そうじゃ、興味はあるかダイアナ」
 一緒に食事を取ることが恒例となった夕飯の後、ギルバートが学校に行ってみないかと提案された。この一か月間、ダイアナは何不自由なく暮らしていた。屋敷内のどの部屋に居ろうとも咎められることはないし、どんな本を読んでいても怒られない。そして、ターニャやルベル、ギルバートなど常に誰かが傍にいてくれる。ダイアナにとってこれが何よりも幸福でありがたかった。
「興味はあります。でも、同じくらいの子たちと話したこともないので、少し不安です」
 来たばかりのときと比べて、大分自分のことを話すようになったダイアナ。これがギルバートにとって、何より嬉しい孫の成長だった。
「それは心配せんでもよい。ダイアナならすぐ親しくなれるはずじゃ」
 ギルバートはダイアナを諭すが、まだ彼女は不安げな表情を浮かべている。そんなダイアナのカップにターニャは新しい紅茶を注いだ。
「不安でしたら見学してみるのはどうでしょうか。通う決心はなくとも、一度感じてみるのもいい体験になると思いますよ」
「そうじゃな、ターニャの言うことも一理ある。どうじゃ、ダイアナ」
 ギルバートはターニャの意見を肯定し、ダイアナの答えを促す。答えを待つ二人の目線にダイアナは少し固まってしまった。意見を求められたときは相手の気に入ることを迅速に。そう教えられたのに、テトリーに来てからはそんなことは一つも言われない。ダイアナ自身がどう思うか、それだけが求められているのだ。まだ慣れていないダイアナはすぐ答えられないし、緊張して固まってしまう。
「私、は……い、行ってみたい、です。学校がどんなものなのか、見てみたいです」
 ダイアナの答えにギルバートとターニャは微笑んで頷いた。二人の笑顔を見て安心したのか、ダイアナもほっと一息つく。
「では、エイミーに予定を明日聞いてみますね。一週間以内には必ず返事を」
「ありがとう、ターニャ」
 話はとんとん拍子に進んでいく。その光景をダイアナは何だか擽ったい気持ちで見ていた。

「あの学校は領地の資金で運営しておるものじゃ。授業料は取っとらんし、七歳から十歳の子なら誰でも通ってよいことにしておる」
 三日後、見学の許可が降りたので、ダイアナはギルバートと共に学校に向かっていた。学校までの道を歩きながら、ギルバートは学校のことをダイアナに教えてくれた。ダイアナもギルバートの話を熱心に聞き入っている。本当に素直な子じゃ、とギルバートはまじまじとダイアナを見つめた。
「誰でも、自由に……」
「そうじゃ。ダイアナの知らんこともよく知っておる子もおるじゃろう。一度話してみるのがよい。いい体験になるじゃろう」
 ほら、あそこじゃと話を区切ってギルバートは少し大きな建物を指差した。周りの家よりも少し大きい一軒家に、フェンスのついた広い庭。正門らしきところには、眼鏡をかけた女性が立っていた。
「おお、エイミー。待っておったのか」
「そ、そりゃあそうでしょう!ランカスター家のお嬢様ですよ!?」
 不敬になります、不敬!とエイミーと呼ばれた女性は憤っている。ギルバートは慣れた様子で笑いながら、半歩後ろに下がっていたダイアナの背中を押す。
「今日見学する儂の孫じゃ、ダイアナという」
 背中を押されたダイアナは少し戸惑うように、ギルバートを見上げた。不安そうなダイアナに、ギルバートは大きく頷いた。大丈夫だ、と声をかけられた気がして、ダイアナの背筋がピッと伸びる。
「は、はじめまして。エイミーさ……先生。ギルバート様の孫になります、ダイアナです」
「!はじめまして、ダイアナ様。教師のエイミーと申します。今日は一日よろしくお願いいたします」
 エイミーに挨拶したダイアナを見てギルバートはほくほく笑顔になる。民間学校に来る前にダイアナに教えたことは二つ、まずテトリーにいる間はランカスターを名乗らなくていいこと、そして名乗るのであればギルバートの孫と名乗ること。それでいいのか、と不安げになっていたダイアナが上手に挨拶できていたので、ギルバートは嬉しくなった。
「エイミー、ダイアナを特別扱いしないでよい。今日は見学に来ているただの一生徒じゃ」
「で、ですが……!」
「ここでは身分も職種も関係ないと最初に言ったはずじゃ。ダイアナとて例外ではない」
「わ、わかりました。では、行きましょうダイアナさん」
「はい」
 ダイアナは丁寧に返事をして、エイミーの後に続く。その小さな後ろ姿にギルバートは声をかけた。
「いってらっしゃい、ダイアナ」
「行ってきます、ギルバート様」
 少し照れくさそうに笑ったダイアナを少し寂しそうにギルバートは見送った。

 綺麗に整えられた室内を案内されるままダイアナは連れられて歩く。住んでいるギルバートの邸宅とは違う整えられた空間は慣れない。寧ろ一か月ほぼ屋敷から出ずに生活していたのだから当たり前なのだが。大きな応接間のような扉の前でエイミーは立ち止まる。
「それでは、ここで待っていてください。合図があれば入ってきてください」
 ダイアナがこくりと頷くと、エイミーは慣れたように扉を開けて中に入っていった。
「おはようございます」
「おっはよー!エイミー先生!」
「遅かったわね、どうしたの?」
「先生-、もしかして遅刻?」
 違います!とエイミーは子どもたちらしき声に反論する。同世代の子どもたちの声がこんな近くで聞こえるなんて――ダイアナの心臓はドクンと一段大きく跳ね上がった。
「今日は見学の子が来ています。どうぞ、入ってきてください」
 エイミーに扉越しに呼ばれ、ピクリと肩が震えた。酷く緊張しているのが、自分でも分かる。どうしよう、どうすればいい?はじめての事に身体が固まり、動けない。その時、ふっと頭の中にギルバートの顔が浮かんだ。さきほどエイミーに挨拶する前、大きく頷いてくれた、優しい、背中を押してくれる顔だ。途端、ダイアナの肩からふっと力が抜けた。大丈夫だ、と頷いたギルバートの顔に励まされ、思い扉をゆっくり開けた。
 そこは小綺麗に片付けられていて、十個前後の子ども用の椅子と机が用意された部屋だった。並んだ椅子にダイアナと同じくらいの子どもたちが座って、物珍しそうにダイアナを覗き込んでいる。少し小高くなっている台の上に立っているエイミーに手招きされ、同じように台に上がる。
「ダ、ダイアナ、です。先月、引っ越してきました、よろしくお願いします」
 カーテシーではなく軽い会釈でダイアナは挨拶した。ギルバートからは学校では自分の孫だと己から言う必要はないと言われた。
「引っ越してきたばかりなので、皆さん仲良くしてくださいね。ダイアナさん、今日は見学ですので、後ろの席に座ってください」
「はい」
 ダイアナは素直にそう返し、一つ空いている席に座った。目の前の栗色のポニーテールの少女がさっそく振り返り、ニッと笑いかけてきた。
「私クララ!よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします……」
「そんなけーごじゃなくていいよー」
 クララはアハハと大きく口を開けて笑う。こんな風に笑う子を見るのははじめてだ。クララはダイアナに興味津々で、どんどん質問を投げかけてきた。
「ねえ、ダイアナはどこから引っ越して来たの?」
「お、王都から来た、の」
「王都!?」
 ダイアナの答えにクララの隣に座っていた少年がぐるんと振り向いた。目をキラキラさせて、これまた興味津々にダイアナを見つめた。
「王都って大都会だろ!?騎士様とか見たことあんの!?」
「見たことは、あるわ」
「すっげええええええ!!!じゃ、じゃあ貴族様とかも!?」
「こらテオさん!質問は授業が終わってからにしなさい!」
 テオ、と呼ばれた少年ははーいせんせー、と返事をして前を向いた。少し答えにくいことを聞かれていたので、ダイアナはほっと胸を撫でおろした。
「それでは皆さん、教科書の三十四ページを開いて……」
 少し騒がしかった部屋も落ち着きを取り戻し、授業がスタートした。ダイアナにとっては簡単すぎるものであったが、この同年代の子たちと同じ部屋で時を過ごすのがとても新鮮で、何だか嬉しかった。ずっと一人で学んでいた王都とは違う、とても暖かい場所。太陽の光が存分に入る部屋でたくさん人がいる空間。心地の良い喧噪と、人が笑っている場所。ダイアナが密かに望んだものが、そこにはあった。
「(ここに、もっといたい)」
 授業が終わるころにはそう思うほど、ダイアナにとってこの部屋は心地の良いものだった。
「さて、授業はここまでにしましょう。それでは、休憩です」
 エイミーがそう宣言すると、わっと歓声があがる。少し前まで話していたクララ、テオの他にも子どもたちがわっとダイアナのまわりに集まった。
「王都に住んでたの?貴族様とかいた!?」
「ねえ、何が好き?私はクッキー!」
「お洋服すっごく可愛い!どこで買ったの?」
「あ、あの、ええっと……」
 生徒からの質問攻めにダイアナはあたふたした。ひとつひとつしっかりと答えたいのに、どうすべきか混乱して分からない。
「こーら、みんなして一気に話しかけちゃ駄目じゃない。ダイアナ困ってるでしょ!」
 頭をぐるぐる回していたダイアナの元へ、鶴の一声が届く。クララやテオよりもひとまわり年上の少女が放ったようだ。ほら順番順番!と仕切り始めた少女はダイアナに向かってにっと笑った。
「緊張してるよね、ごめんね。みんな悪気があってしてるわけじゃないの」
「それは、存じております」
「きっちりした喋り方じゃなくていいよ。私はノーラ、十歳よ」
 仕切りたがりの少女はダイアナよりも年上だった。はじめまして、とダイアナはペコリとお辞儀をする。助け船を出してくれたノーラがとても有難かった。
「それで、ええっと……貴族、だったっけ?」
「そう!見たことある?」
 テオはきらっきらの笑顔でダイアナを見つめてくる。元はと言えばダイアナも王都に住んでいた貴族様、と言われるやつだが、何となく黙っていることにした。
「え、ええ、見たことあるわ」
「すっげええええええ!!!やっぱ王都ってスゲーな!!!」
「じゃあ何でテトリーに引っ越してきたの?」
「!」
 クララの意表を突いた質問にダイアナは固まる。何故ここに引っ越してきたか、本当の理由をギルバートに聞いたことはない。そして、彼らに自分の考えている引っ越してきた要因を言っても、引かれてしまうだろう。それは嫌だ、とダイアナの心が訴えた。こんな風に好意的に見てくれる彼らを失望させたくなかった。
「お、お爺様の仕事で、テトリーに来たの。お爺様は、テトリーでも仕事がしたいっておっしゃっていたから」
「ふーん、そうなんだ」
 クララは然程疑いなく、次の話題に流れていく。その後も質問は続いたが、滞りなく進んだ。だが、ダイアナの心臓はずっと緊張したときのように変な音を立てていた。

「みなさんー、お父さん、お母さんが迎えに来てますよー」
 わいわい話していると、エイミーが皆に声をかけた。はーい、とクララやノーラは返事をし、荷物を持って帰る準備を始めた。その様子をダイアナは不思議そうに見つめていた。
「じゃあねー!ダイアナ!」
「またなー!」
「ダイアナ、また来てねー!」
「は、はい!ではまた……!」
 ダイアナはバイバーイと手を振るクララたちに手を振り返す。部屋に一人取り残されたダイアナはよく状況を飲み込めていない表情をしていた。
「授業は午前中までで、その後は皆家に帰ったり、工房や店で修行しに行ったりするのです。家族に迎えに来てもらうことは必須とギルバート様が決められました」
「そう、なのですね」
 ダイアナは腑に落ちたように頷いたが、少しだけ俯く。ギルバートが来ていないことで状況を理解したのだろう。そんなダイアナの心を察して、エイミーはふっと笑みが零れた。どんな四公爵の娘でも、学校の子らと何ら変わらない表情を見せるのだから。
「大丈夫ですよ、ギルバート様は必ずいらっしゃいます。噂をすれば、ほら」
 エイミーは窓の外に目配せする。ダイアナもつられて目を向けるとのんびりと一人歩いてくるギルバートがいた。
「待たせたな、ダイアナ。遅くなってすまんかったの」
「い、いいえ!来てくださったのですね」
 当然じゃ、とギルバートは優しく微笑みかける。その瞬間、ダイアナの目が子供らしく光り輝いた。やはり、とエイミーは口角が上がる。少し照れくさいように顔を下に向けたダイアナに問いかけた。
「ダイアナさん。学校は楽しかったですか?」
「!」
 俯いていたダイアナはエイミーに問われバッと顔を上げる。優しく笑って問いかけるエイミーにダイアナは少し迷っている様子だった。
「た、楽しかった、です……ただ、」
「ただ?」
 もう一度問いかけたエイミーに罰悪そうにダイアナはまた俯いてしまった。はっきりと言えないあたり、迷いが生じているのだろう。そんなダイアナの心境を察して、ギルバートとエイミーは顔を見合わせて頷いた。
「ダイアナさん、今思っていることを口にする必要はありません。言いにくいことは少し時間を置いてみましょう」
「!」
「エイミーの言う通りじゃダイアナ。無理に答えを今出す必要はない。ゆっくり考えるとよい」
「は、はい。ありがとうございます」
 ダイアナは素直に頷いて、エイミーに会釈した。ではまた、と挨拶をして、屋敷への帰り道をギルバートと共に歩き出した。

「そうか、学校は楽しかったか。よかったの」
「はい……」
 楽しかった、と言った割にダイアナの表情は浮かない。何かあったのだろうと察することは出来たが、ギルバートから無下にダイアナに聞く気はなかった。ダイアナが行きたくなければそれでいい。まだ時間はある、とギルバートは考えていた。
「ん、どうした?ダイアナ」
 急にダイアナが立ち止まった。何か思いつめた表情で下をぎゅっと向いている。ギルバートはゆっくりと引き返し、ダイアナの前に膝をついた。ギルバートの行動にびっくりしたダイアナは少し後ろに下がる。元はといえ、四公爵の一角を担った人物が自分の前で膝をついている。驚いているダイアナを落ち着かせるために、ギルバートはもう一度微笑んだ。
「ギ、ギルバート様……」
「うん、どうした?」
「私、皆に嘘をついてしまいました……テトリーに来た理由を知らないのに、お爺様の仕事で来たとクララたちに嘘を言ってしまいました……!」
 申し訳ございません、とダイアナは絞り出すような声でギルバートに謝罪する。震えているダイアナにギルバートは心を打たれた。時間をかけて解きほぐしたダイアナの性格は、とても健気で忠誠心が高いものだった。嘘を言ってしまったことに心を痛め、ずっと俯いていたのだ。
「……ダイアナ」
「は、はい」
「触れて、よいか?」
 おそるおそるギルバートはダイアナに問うた。義心地なくダイアナが頷くと、皺が増えた大きな手でダイアナを丸ごと包み込む。大丈夫だ、と伝えるかのようにゆっくりとダイアナの小さな背中を撫で上げた。
「よく、話してくれたなダイアナ。皆に嘘をついたのが、怖かったのじゃな?」
「……はい」
「儂が最初に孫であることを明かさなくてよい、と言ってしまったからの。確かに儂も悪かった」
「!」
「彼らに己のことを話すのは難しい、確かに嘘をつくのは誤りでもある。でも、大丈夫じゃ。全てを皆に公にせんでもよい。分からなければ分からない。嘘に逃げてしまったときは、時間をかけて誤解を解けばよい」
 ギルバートの言葉が、ダイアナの心にストンと沁みていく。抱きしめられ、励まされ、時間をかけて解されて。たくさんの温かさで胸いっぱいになったダイアナは胸の奥がぎゅんと貫かれた。ダイアナの震えが止まったところで、ギルバートはゆっくりと立ち上がる。ギルバートを目線を追いかけるダイアナの先にゆっくりと手を差し出した。
「さて、帰ろうかダイアナ」
 差し出された手をダイアナはじっと見つめている。おそるおそる小さな手を伸ばし、ギルバートの指先をぎゅっと握った。
「……はい、お爺様」
 ようやく、ようやくダイアナはその敬称を口にした。瞳が震えながらも手を取ったダイアナは、しっかりとギルバートを見つめていた。やっと呼んでくれた敬称に、ギルバートは何度も何度も頷く。一ヶ月かけてやっと彼女が「家族」と認めてくれた、それが何よりもギルバートにとって嬉しかった。

「お帰りなさいませ、ギルバート様、ダイアナお嬢様。もう昼飯は出来てますよ」
「只今、ターニャ。ダイアナ、すぐ食事にしよう。腹はすいておるか」
 ギルバートの問いかけにダイアナは頷いた。ダイアナの返事にターニャも嬉しそうに微笑み、今日は庭でご飯にしましょう、と提案した。そのままギルバートとダイアナは庭に移動し、ターニャが敷いてくれたレジャーシートの上に座る。穏やかな日差しがダイアナを照らし、身体中がポカポカと暖かい。フッと吹いた風に合わせて、ギルバートの方を見ると、ギルバートは目を細めてダイアナを見つめていた。
「お爺様」
 もう一度、ダイアナはギルバートを呼んでみる。するとギルバートは、ん?と首を傾け、もっと口角を上げてダイアナと目線を合わせた。それが何だか嬉しくて、くすぐったくて、幸せで。一か月前まではこんなことになるなんて思ってもみなかった。ダイアナは今一番の幸せを嚙み締めていた。
「なんでも、ないです。ただ、呼んでみたかっただけで……きゃ!」
 ダイアナが恥ずかしそうに笑いながら答えると、ギルバートはこれでもかというくらいダイアナを力強く抱きしめた。
「そうか、そうか!いいんじゃ、好きなだけ呼んでくれ!」
「……ギルバート様、嬉しいのは分かりますが、ダイアナお嬢様の首を絞めないでください」
 その様子を見守っていたターニャが、呆れてはいるが微笑ましそうにバスケットを持ってきた。
「ターニャ。今日ダイアナが儂をお爺様と呼んでくれたから、テトリーの祝日にせんか?」
「馬鹿真面目な顔でそんなこと言わないでください。そんな記念日を量産していたら、将来は祝日だらけになってしまいます」
 ギルバートが頓珍漢なことを言っているのは分かったが、愛されていることもしっかりとダイアナに伝わった。
「……ふふふ、嬉しいなあ」
 ダイアナは子供らしく、ぎゃあぎゃあとターニャと言い合うギルバートの腕の中で呟いた。
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