【OP夢】泡沫人【シャンクス】
「見事な授与式だったよ、ダイアナ。新聞の写りも最高、君の世論は鰻登りだね」
ダイアナがテトリーに帰還してから一週間が経った。彼女に取材を!とテトリーにやってくる記者は後を経たない。そんな中、ダイアナは王都スーニュエのグロスター家の邸宅に呼び出されていた。
「わざわざそれをおっしゃるためだけに、私をここまで呼び出したのですか?ハロルド公爵殿下」
ダイアナは冷ややかな目で、屋敷の主人――グロスター・ハロルドを凝視した。本来四公爵のランカスター家とグロスター家は対立が目立つ両家である。このように、敵地であるグロスター家に訪れることなど、世間が許してはくれないのだ。
「用があるのであれば、早くおっしゃってくださいまし。無駄話をしている時間はないのです」
「分かったよ。それにはもう一人役者が必要だ」
入ってきてくれ、とハロルドは扉に向かって呼んだ。重厚な扉が開かれ、一人の人物が入ってくる。その人物にダイアナは目を見開いた。
「どうして……ここにオスカーお兄様が?」
ダイアナの実兄で、ランカスター家次期当主であうランカスター・オスカーがそこにいた。
「さて、本題に入ろう。ダイアナ、君を今日ここに呼んだのは、八年前にあった君自身の誘拐事件についてだ」
僕からこの八年間を話そうとハロルドは口を開いた。
「君が行方不明と聞いてから、僕も個人的に調査を進めた。だが、君を攫ったと思われる山賊は、まるで泡のように蒸発し、何も手がかりを見つけることができなかった。当時のランカスター家に話を聞こうも、完全黙秘。行き詰まったところで、君の兄――オスカー殿から連絡があった」
「……何故お兄様がわざわざグロスター家に連絡を?」
「ここから先は私が話そう」
ダイアナの疑問に答えるように、オスカーが口を開いた。訝しむダイアナに、先に断っておくが、とオスカーは釘を刺すように口を開いた。
「私はあの離れの放火事件に何の関与もしていない。君が行方不明と聞いたのも、報道で知ったのだ」
「……続きを」
「君の事件の概要を聞いた時、私の頭にはもう一つの事件が頭を過った。私の母、ランカスター・リリメアの強姦事件だ」
「!」
急に母の名前が出てきたダイアナは、身を強張らせる。母のことは内密にギルバートから聞いていた。ダイアナが生まれる前、山賊に襲われ、心身負傷、そこから父との中が険悪になったと聞いている。
「母の事件の概要はこうだ。気分転換にと離れでキャンプをしていた夜、急に屋敷が炎に包まれた。その後王都に繋がる森で山賊に襲われ、翌朝見るも無惨な姿で発見された――あまりにも君の事件と似通っている部分が多すぎる」
ダイアナの背筋に悪寒が走った。ここまで似ているとなれば、偶然以上のものを感じる。オスカーは大きく頷いてから話を続けた。
「ここまで内容が酷似しているのと、犯行人物さえ見つからないのは可笑しい。捜索隊は父が指揮を取っていた。何度か捜索隊を指揮権を得ようと説得したが、父は断固として耳を貸さなかった」
「……」
「ここまで偶然が重なってしまった以上、もうランカスター家は信用できない。マンチェスター家であれど、父の息がかかっているかもしれない。そう考えた私は独自調査をしているハロルド殿に内密に連絡を取ったのだ」
「……正直、この話を聞かされたときはゾッとしたよ。ここまでの偶然は必然としか僕も思えなかった。だからこの事件に関してはオスカー殿と手を組むことにしたんだ。僕は君の捜索のため、オスカー殿はランカスター家の罪を明らかにするために」
ここまで話を聞いたダイアナは、なるほど、と深く頷いた。そのためなら二人が協力している意味も理解できる。
「さて、ここからが本題だ。君がこうして帰ってきてくれたことで、事件は解決したかのように思える。が、僕はまだここで調査を終わらせる気はない。仮にも公爵令嬢をここまでした罪を、もう時効だと終わらせるのは許されないことだ。君の傷に触れるようで悪いが、どうか事件解決のため、手を貸してくれないか」
「……正直、今までの対応を考えると虫のいい話過ぎると思う。それだけ君には……酷いことをした」
「……」
「事件解決まで漕ぎ着けることができれば、父ヘルマンは当主の座に座り続けることは不可能になるだろう。僕が当主になれば、君の汚名は全て払うと約束しよう」
オスカーは神妙な顔つきでダイアナに宣言した。ハロルドを見ると、君たちの問題だ、と目で訴えてくる。全ての判断は、ダイアナに任せられていた。
「……確かに、虫の良すぎる話ですわ。でも私もハロルド公爵殿下と同じく、真相を有耶無耶にするつもりはございません。然るべき罰はしっかりと受けていただきたいと思いますわ」
「ダイアナ嬢……!」
「よろしいですわ、出来る限り私も情報提供いたしましょう。真実解明のため、努力は惜しみませんわ」
ありがとう!とハロルドは立ち上がり、ダイアナの手をブンブンと握手した。オスカーは少し目を泳がせてから、感謝する、とだけ呟いた。
「それでは早速、情報交換といこうか」
「八年間で分かったことと言えば、ランカスター家には国を跨ぐマフィア組織、ルベルニアと繋がりがあることだ。最初は治安維持のための内密な繋がりでしかなかったが、だんだん大きくなり、ランカスター家の汚れ仕事も担当するようになった。先代のギルバート様で対立し、完全に途切れたと思っていたが、どうやら当代で関係は復活したらしい」
「……つまり、私とお母様の事件の実行犯はルベルニア、ということでしょうか」
「そう見て間違いないだろう。そしてそれを指示したのは間違いなくランカスター家の人間だ。だが、実行犯は本家ではなく下っ端と見た方がいい。それでないとこう簡単に切り捨てられるものではないからな。君が捕まり、囚われた組織もルベルニアの傘下だろう」
「私が囚われていた街はピアリスという港町。そこのギャングであるザグドリアが運営する貴族専門の風俗店に私はずっといました」
「ザグドリア……はじめて聞く名だ。今現在どうなっていうか、分かるか?」
「数ヶ月前までは、私の謝礼金を騙し取り豪遊を続けていたと思われます。逃したことが明るみに出た今は、分かりません。ですが、謝礼金を運んでいた運び屋はまだ線はあると思いますわ」
ダイアナとオスカーはどんどん話を進めていく。その話す風景を見て、ハロルドはやはり二人ともランカスター家の人だなと思った。
ハロルドとオスカーの事件解明に加入したダイアナは、度々二人から連絡が来るようになった。ダイアナの方でも、ターニャに話を聞いたりして、秘密裏に動いていた。時間と共に少しずつだが、事件の真相には近づいていく。
ダイアナがテトリーに帰ってきてから、二年が経とうといていた時のことだった。
「失礼、ここにランカスター・ダイアナ辺境伯殿はいらっしゃるか?」
とある日のこと、テトリーのダイアナの邸宅に大勢の公爵家の兵隊が訪れた。やましいことは何もしていない、オスカーとの関係も正しく修復し始めている。ダイアナは堂々と兵隊を迎え入れた。
「私が、ランカスター・ダイアナですわ。何様でして?」
「……貴方に国家転覆罪の疑いが出ている。悪いが、王都まで来ていただこう」
「は???」
「お嬢様が!?」
訳が分からない、とダイアナは困惑した。まだランカスター家の周りを探っている余罪なら分かる。だが、国家転覆罪だと?本当に身に覚えがないし、今頼みの綱のオスカーは海外出張中だ。ハロルドは民衆の前でダイアナを擁護することはできない。
「(間違いなく、お父様の刺客……!どうする、どうする?)」
ダイアナは必死に脳を回転させるも、答えは出てこない。ご一緒願おうか、と責めてくる兵隊にどうも対抗する手段はなかった。
「それではこれより、ランカスター・ダイアナ嬢の国家転覆罪について、裁判を始める!被告人は前へ!」
スーニュエの法廷に出頭したダイアナを一目見ようと、群衆は法廷に押し詰めていた。そんな群衆を忌々しくハロルドは見下ろす。
「少し前まで、我々の星だとか希望とか、祭り上げていた奴らだ。図々しいのもほどがある」
「……少しは言葉を慎んでください、ハロルド様」
「ゾラ」
「おっしゃろうとしていることは分かります。ただ、今の私たちに手札がないように、あちらも不完全なはずです。ダイアナ嬢に期待しましょう」
ゾラも不安な目で目下の法廷を見下げる。今まさに、ダイアナの運命を決める裁判が始まろうとしていた。
「まずは、ダイアナ嬢の罪について証拠と共に述べてもらう。被告人は意義があれば申し立てるように」
それでは検事は証拠を提示してください、と裁判長は神妙に述べる。それでは、と検事はダイアナの罪状を述べ始めた。
「ランカスター・ダイアナ嬢、貴方は八年前にランカスター家に火をつけ、火事だと言って逃げ出した。そうですね?」
「違いますわ。私は火事だとメイドのターニャに言われ逃げ出しましたの。その証拠は私付きのメイドであるターニャが証言してくださいますわ」
「……なら、この件は後日、そのターニャとやらに証言してもらうことにしよう」
いきなり関係ない罪を押し付けられ、ダイアナは心の中で困惑した。視界の隅で、ダイアナを睨みつけてくる実父ヘルマンの目線が痛い。ヘルマンはダイアナに関しての全ての不祥事を押し付ける気だと悟った。
「(お父様の好きにさせてたまるものですか……!)」
ダイアナは再び覚悟を決めて、真正面をを見つめた。
裁判はどんどんシナリオが決まっているように進んでいく。事あるごとにダイアナは反論し、だんだん気力が削られているように感じた。ダイアナが罪に問われたのは八年前の離れの放火、逃げ出したピアリスでの不法風俗の運営、そして海賊と協力してのテトリー転覆だった。
「私は何一つ身に覚えがございません!」
「それでは、やっていないという証拠を見せてみろ」
そんなものはない。大抵のしたという証拠はどこかに残るもの、だがしていないというアリバイは何も証明することができないのだ。
「……ございません。ですが、証拠人は嘘をついておりますわ!ピアリスで私に不法経営をさせられていた証拠人は、私を管理していた者です!その事実を根底からお調べくださいませ!」
「だから調査したのだ。調べたからこそ、このような証拠が出てきたのだ」
「違いますわ!」
あらゆる証拠に突っかかるダイアナを、裁判長も検事も鬱陶しそうな顔で見下げている。そんな目線にダイアナは屈せず、事実を調べさせるよう強く懇願していた。
「では、海賊を使ったテトリーの転覆は?それこそ、赤髪海賊団と共にテトリーへ帰港、当時テトリー辺境伯であったランカスター・オスカー殿と妻のユリア嬢を追いやっているではないか」
「私は先代テトリー辺境伯のギルバートお爺様の遺言に従ったのです。海賊を頼ったのは、ギャングに対抗できるのは彼らしかいなかったからですわ」
「だがその身体は純情を捨てた!テトリーを我が物にするために、この女は春を売ったのだ!」
「そのような事実はございません!!!」
「……裁判長」
ダイアナが声もガラガラになるほど叫んでいると、今まで一切口を開かなかったダイアナの弁護士が口を開いた。
「どうしましたか、弁護士殿」
「……彼女の言っていることは全て妄言です。彼女は王都学校時代、医師から精神障害の診断をされております。ですので、彼女の妄言には耳をお貸しになりませんよう。そして検事、貴方が持ってきた証拠は全て清く正しいものだと私は感じました。彼女は全ての罪を背負うべきでしょう」
「…………」
ダイアナは絶句するしかなかった。勿論、彼女が精神障害の診断を受けたことは一度もない。全てが嘘、偽りに塗れた裁判で、ダイアナが正論で勝つ道は何一つ残されていなかったのだ。
「――判決を言い渡します。ランカスター・ダイアナは全ての罪で有罪、国家転覆罪によって、一週間後ギロチンによっての死刑!」
法廷が騒めきに包まれ、シャッターが一斉にダイアナに向けられる。ダイアナは絶望しきった顔で俯いていた。
己は無力だ、テトリーの民だけではなく自分さえ守れない軟弱者。貶められた、がそれに反抗する手段を持ち合わせていなかった。こんなもの、価値がない。私は、私は――ランカスター失格だ。
「……一つ、お聞かせねがいますでしょうか」
「なんだ」
「……ランカスター・ヘルマンお父様。貴方にとって、私は一体なんなのでしょうか?」
傍聴席を立とうとしていたヘルマンは、被告人で俯くダイアナをゴミを見るような目で見た。
「……お前はランカスターの癌、欠陥品だ。もっと早く処分すればよかったと後悔している」
その言葉は何よりも強くダイアナの鼓膜に響いた。ぐわんぐわんと頭が揺れる。ダイアナは立っていられなくて、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。
翌朝、ニュース・クーの一面はランカスター・ダイアナの死刑決定が堂々と掲載された。数年前、希望の光と謳われた令嬢が、今度は悪魔と揶揄されるようになった。
薄暗い地下室の壁に、太い鎖が付けられている。その先には、少し瘦せたダイアナが冷たい床に転がっていた。
二十七年間、テトリーのため、ランカスターのために走り続けた令嬢は明日の朝命を落とす。死刑判決が決まってからというもの、ダイアナの喉は何も通すことができなかった。訪問人も制限されてるのだろう、ダイアナに会いに来る人物はいなかった。本来ならば、今後のテトリーのことを指示すべきなのに、何も思いつかない。毎日卑屈になり、空を見ることすら億劫になっていた。
「私は、ランカスターの癌、欠陥品……」
父ヘルマンの言葉が脳に刻みこまれて離れない。ランカスターの名に誇りを持って、何をされようと背筋を伸ばして生きてきた意味はなんだったのか。
最初から何も変わらないのであれば、運命が定まっていたのであれば……
「シャンクス……」
思い出すのは、最初で最後の恋をした男。太陽のように光り輝いて、仲間になってくれ!と船に誘われて、おれのせいにしろと甘やかしてくれたシャンクス。運命がこうなると決まっていたのであれば、全てを捨てて彼の元へいけば、どんなにダイアナは救われただろう。会いたい、今すぐ海へ連れ出してほしい。そんな叶いっこない願いがダイアナの心を埋め尽くした。
「――さま、お嬢様!」
月が高く登った頃、小さな聞き覚えのある安心する声がダイアナの耳に入った。ふと顔を上げると、暗がりの中に何度も支えてくれた人物が立っていた。
「ターニャ……ターニャ!?」
なぜここへ!?と動こうとするダイアナに、しーっとダイアナは静かにするようにジェスチャーをする。
「オスカー様とハロルド様の手配です。お嬢様の鍵は用意できませんでしたが、こうして最後お会いすることだけでも、と」
「…………そう、でしたの」
痩せたダイアナにターニャの心は傷み付けられる。食事も十分に喉を通らなかったのだろう。お嬢様、と泣き出しそうなターニャにいつものように強気で笑うことができなかった。
「ごめんなさい、ターニャ。ギルバートお爺様から受け継いだ全てを、私は全て無駄にしてしまいました」
「そんなことをおっしゃらないでください、お嬢様!お嬢様は」
「もういいのです。全て私の勘違い、無駄な一人芝居でしたの」
こんな卑屈になっているダイアナをターニャははじめて見た。無理もないだろうと思うのと同時に、どうしてこんな、とも思ってしまう。ターニャが見てきた限り、こんな優れて完璧主義で、信念を貫き通す人物はいない。そんな彼女が全ての希望を叩き折られてしまった。
「……私の墓は、どうかお爺様の隣に。もう合わせる顔などありませんのですけれど」
「…………」
目を伏せたダイアナにターニャは無言で小型電伝虫を差し出した。ダイアナが受け取るのを確認すると、スッと鉄格子から離れてしまった。
「《死んでもいねェのに、墓の話をすうなよダイアナ》」
「っ!?!?!?シャ、シャンクス!?」
電伝虫の相手にダイアナの目は見開かれた。ずっとダイアナの心を満たし続けた人物の声が聞こえてくる。大きな声が出そうになったダイアナは何とか声を抑えて、どうして?とシャンクスに聞いた。
「《どうしてってお前。あの新聞を見りゃあいてもたってもいられなくてな。船を飛ばしてきたんだ》」
「……じゃあ、もう全て知っておりますのね」
「《おう、大体はな。おれと組んで国家転覆か、どんな喜劇だ》」
気分が悪くて仕方がない、と吐き捨てるシャンクス。その何もかもが懐かしい。最後にこうして話せるだけでも幸運だと、ダイアナは少し微笑みことができた。
「シャンクス……最後に、私の最愛と最後に話すことができて、幸せですわ。あの時以来、私は一度も貴方を忘れることはありませんでしたわ。だから、シャンクスも、皆もどうか元気でいてくださいまし」
「《なんだ、お前……このまま大人しく死ぬつもりなのか?》」
「…………え?」
シャンクスも思ってもいなかった返答に、ダイアナは素っ頓狂な声が出た。この状態で?明日死刑なのに?ここからまだ生きる希望を持てとこの男は言うのか?
「《そりゃあこのまま逃げて、ランカスター・ダイアナとして生きるのは難しいだろうな。だが、おれと海に出て生きていくのはそれよりかは簡単じゃねェか?》」
「な、何をおっしゃっていますの?」
「《おれたちは今、テトリーにいる。お前の返答次第、明日の死刑どうにでもしてやるさ》」
「!!!」
さあどうする?と電伝虫の向こうからシャンクスは聞いてくる。信じられない、と数度目をパチパチさせてから、ゆっくりとターニャの方を見た。ターニャはそれでいいとゆっくりとダイアナを肯定するように頷いた。
「……ギルバート様の最後の遺言で、お嬢様が命の危機やどうしようもない事態になったときは、テトリーの全てを捨てさせるように、と託されております。海賊に全てを委ねてもいいとも」
ターニャの言葉に、ダイアナの心は決壊した。こんなときでも、ギルバートは彼女の身を案じてくれている。ダイアナは鼻を啜りながら、うんうんと何度も頷いた。
「《さあ、どうするダイアナ》」
「…………貴方の、シャンクスの船に乗せてください。そして遠く、どこまでも私を連れていってくださいまし!」
「《……よく言った》」
電伝虫の向こうから、野郎共聞こえてか?とシャンクスが別の誰かに問う。すると奥の方がうおおおおおおおおおおおおお!!!と雄叫びが聞こえた。その中には明らかに海賊ではない声も混じっている。テトリーの者たちだ、とすぐ分かったダイアナは、またほろりと涙を流した。
「《じゃあ明日の朝、断頭台で待っていろ》」
「ええ、ええ!お待ちしておりますわ!」
ダイアナは涙を流しながら笑顔で電伝虫を切った。その電伝虫を受け取ったターニャも同じく涙を浮かべていた。
「それでは、私はここまでです。お嬢様、どうかお元気で!」
「ターニャもどうかずっと幸せで。ずっと元気でいてくださいまし」
鉄格子越しで二人はぎゅっと握手を交わす。時間だ、と外から声をかけられてターニャは何度も何度もお辞儀をして出ていった。
ダイアナはその日、はじめて満足に眠ることができた。
空は広く、いつまでも青が澄み広がっている。スーニュエの大きな広場に、群衆が朝から押し寄せていた。二年前、テトリーに帰ってきた行方不明の令嬢が、今度は国家転覆罪で処刑される。その様子を一目見ようと、広場に人が押しかけてきた。かつて、ダイアナと共に学んだ商業科の面々も、神妙な顔つきで広場に集まっていた。
「うぐっ……まさか、まさか、あのダイアナ嬢が……えぐっ」
「そう、だよな……正直これが最後とか思いたくない」
「…………でも、最後くらいは、な」
彼女と親しかった者は嘆き、親交がなかった者は噂を口にしていた。やがて鐘が十二回鳴らされると、断頭台に処刑人とダイアナが登ってきた。ダイアナは何も反抗することなく、ギロチンに首を置いた。
「――最後に何か言うことは?」
処刑人に聞かれ、ダイアナはふっと空を見る。眩しすぎる太陽が丁度真上に登っていた。眼前に広がるは己の処刑を興行だと見る烏合の衆、見知った顔。何かを探すように目を泳がし、とある一点をまじまじと見つめた。
「そう、ですわね。まず、《ランカスター・ダイアナ》は今日で死にます。それは紛れもない事実となりますでしょう」
群衆は彼女の言葉に聞き入っていた。処刑前だというのに酷く落ち着いていて、その姿さえ美しいと思わせる。
「ですが、私が死ぬとは一言も申しておりませんわ」
は?と群衆の誰もがそう思ったときだった。海の方から、後ろから突き刺すほどの重圧がぐわん!と襲いかかる。その衝動に断頭台の上のダイアナは歓喜した。断頭台に続く道を潮風を纏った屈強な男たちがゆっくりと歩いてくる。誰も彼らの歩を止めることはなく、先頭の赤髪の男が一段一段ダイアナの元へ階段を上がっていった。
「――待たせたな、ダイアナ」
広場全員を気迫で黙らせたとは思えない、優しい声でシャンクスはダイアナに話しかける。久しぶりに聞いた声、何も変わらない姿にダイヤは安堵した。思わず涙が零れそうになるが、何とか堪える。シャンクスは屈んで、ダイヤに付けられた手足の枷を解放した。長らく付けていたせいで少し手足首が細くなっている。
「本当、本当に、来てくれましたのね……!」
「他でもないお前の願いだ。さぁ、ダイアナ」
片膝をついてシャンクスはダイアナと目線を合わせる。担いできた真紅の薔薇の花束をダイアナに差し出した。
「おれと一緒に来てくれるか?」
「――――!勿論ですわ!」
花束を受け取り、涙目で笑うダイアナをシャンクスは愛おしげに撫でる。小柄な彼女をひょいと抱いて、断頭台から飛び降りた。
「行くぞ、野郎共!!!」
「「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」」
逞しい雄叫びと共にシャンクスはダイアナを腕に担いで走り出す。
「な、何をやっている!!!あの海賊をひっ捕らえろ!!!」
ヘルマンの怒号が後ろから聞こえてくる。が、そんなものダイアナは無視して笑い出した。全てから解放され、自由になった。何もかもが輝いて見えて、心の底から何故か笑えてくるのに、涙も一緒に流れてくる。泣き笑うダイアナに釣られてシャンクスもガハハハハ!と笑い、テトリーまでの道を駆け抜けていった。
「ねぇ、重いでしょう?もう自分で走れますわ!」
「靴履いてねェんだろ?置いていってちまうから担がれとけ!」
シャンクスは楽しそうに街を駆ける。何かに気付いたのか、予定変更だと、全く違う道に走り出した。
「ちょっと、そっちは港じゃないですわよ!?」
「ちょっとばかり寄り道だ」
「追われていますのよ、そんな暇ないですわよね!?」
「まあまあ見とけって。しっかり捕まってろよ!」
シャンクスはダイヤが生まれ育ったテトリーの屋根を走り抜ける。バッとシャンクスが空を飛んだ瞬間、大歓声に包まれた。
「ダイアナ様ーー!!!」
「今までありがとう――!!!」
「おめでとう――!!!」
「幸せになってね――!!!」
待っていたのは祝福の言葉。彼女の門出を祝うものだった。まるで結婚したかのような祝いよう、歓声をぽかんと見つめるダイアナにシャンクスは笑った。
「おれたちがここについてから何を言われたと思う?」
「さ、さぁ……検討もつかないですわ」
「『ダイアナ様を誘拐して、そのまま連れて行ってくれ』だとよ」
「!」
「愛されてんな、ダイアナ様」
シャンクスは揶揄いながらも、テトリー中を駆け抜けていく。薔薇の花束にダイアナはぎゅっと顔を押し付けた。
「いつまで走り回ってるんだ!早く来いお頭!」
「悪い、悪い!じゃあ、行くぞダイアナ」
甲板にシャンクスは降り立つと、そっとダイアナを腕から降ろした。二年ぶりの船、見知った面々がおかえり!と口々に祝福してくれる。ありがとうございますわ、とダイアナは答えながら、船尾から離れていくテトリーを眺めた。
港にはたくさんの人々が押しかけ、ダイアナの船出を口々に祝福してくれている。こんな幸せことがあっていいのか、とダイアナはまた涙ぐんだ。
「皆様!!!今までありがとうございましたわ!!!それでは、いってまいります!!!!!!!」
「いってらっしゃーい!!!」
「どうかお元気で――!!!」
「おい海賊!!!ぜっっっったいダイアナ様泣かすんじゃないぞ――!!!」
野太い声にシャンクスは気が付いたのか、ダイアナをグッと引きつけて見せつけるようにキスをした。陸からも甲板からもヒュ――!と揶揄う声が飛んでくる。頬を赤らめて見上げてくるダイアナにシャンクスはニッと笑いかけた。
「そう言えば、聞いてなかったが、ダイアナ。お前、海賊の女になるんだぞ?これからはもっと大変だぜ?」
「あら、何をおっしゃっていますの」
そういうシャンクスにダイアナは満面の強気の笑みで笑いかけた。
「私は元テトリー辺境伯にして、オード・ジュエリー・ランセンダルの元総合運営役、そして、《赤髪のシャンクス》を最愛する者。何が来ようとも全て薙ぎ払う心積もりですので!シャンクス――いいえ、お頭!覚悟してくださいまし!」
ダイアナはそう宣言すると、シャンクスの襟元を掴んでグッと顔を寄せた。そのままチュッとリップ音と共にキスを落とせば、どよめきが広がる。シャンクスは一瞬ポカンとしたが、大声でダッハッハッハッと笑い始めた。それに釣られて、皆笑い、船中が笑い声で包まれたのだった。
ダイアナがテトリーに帰還してから一週間が経った。彼女に取材を!とテトリーにやってくる記者は後を経たない。そんな中、ダイアナは王都スーニュエのグロスター家の邸宅に呼び出されていた。
「わざわざそれをおっしゃるためだけに、私をここまで呼び出したのですか?ハロルド公爵殿下」
ダイアナは冷ややかな目で、屋敷の主人――グロスター・ハロルドを凝視した。本来四公爵のランカスター家とグロスター家は対立が目立つ両家である。このように、敵地であるグロスター家に訪れることなど、世間が許してはくれないのだ。
「用があるのであれば、早くおっしゃってくださいまし。無駄話をしている時間はないのです」
「分かったよ。それにはもう一人役者が必要だ」
入ってきてくれ、とハロルドは扉に向かって呼んだ。重厚な扉が開かれ、一人の人物が入ってくる。その人物にダイアナは目を見開いた。
「どうして……ここにオスカーお兄様が?」
ダイアナの実兄で、ランカスター家次期当主であうランカスター・オスカーがそこにいた。
「さて、本題に入ろう。ダイアナ、君を今日ここに呼んだのは、八年前にあった君自身の誘拐事件についてだ」
僕からこの八年間を話そうとハロルドは口を開いた。
「君が行方不明と聞いてから、僕も個人的に調査を進めた。だが、君を攫ったと思われる山賊は、まるで泡のように蒸発し、何も手がかりを見つけることができなかった。当時のランカスター家に話を聞こうも、完全黙秘。行き詰まったところで、君の兄――オスカー殿から連絡があった」
「……何故お兄様がわざわざグロスター家に連絡を?」
「ここから先は私が話そう」
ダイアナの疑問に答えるように、オスカーが口を開いた。訝しむダイアナに、先に断っておくが、とオスカーは釘を刺すように口を開いた。
「私はあの離れの放火事件に何の関与もしていない。君が行方不明と聞いたのも、報道で知ったのだ」
「……続きを」
「君の事件の概要を聞いた時、私の頭にはもう一つの事件が頭を過った。私の母、ランカスター・リリメアの強姦事件だ」
「!」
急に母の名前が出てきたダイアナは、身を強張らせる。母のことは内密にギルバートから聞いていた。ダイアナが生まれる前、山賊に襲われ、心身負傷、そこから父との中が険悪になったと聞いている。
「母の事件の概要はこうだ。気分転換にと離れでキャンプをしていた夜、急に屋敷が炎に包まれた。その後王都に繋がる森で山賊に襲われ、翌朝見るも無惨な姿で発見された――あまりにも君の事件と似通っている部分が多すぎる」
ダイアナの背筋に悪寒が走った。ここまで似ているとなれば、偶然以上のものを感じる。オスカーは大きく頷いてから話を続けた。
「ここまで内容が酷似しているのと、犯行人物さえ見つからないのは可笑しい。捜索隊は父が指揮を取っていた。何度か捜索隊を指揮権を得ようと説得したが、父は断固として耳を貸さなかった」
「……」
「ここまで偶然が重なってしまった以上、もうランカスター家は信用できない。マンチェスター家であれど、父の息がかかっているかもしれない。そう考えた私は独自調査をしているハロルド殿に内密に連絡を取ったのだ」
「……正直、この話を聞かされたときはゾッとしたよ。ここまでの偶然は必然としか僕も思えなかった。だからこの事件に関してはオスカー殿と手を組むことにしたんだ。僕は君の捜索のため、オスカー殿はランカスター家の罪を明らかにするために」
ここまで話を聞いたダイアナは、なるほど、と深く頷いた。そのためなら二人が協力している意味も理解できる。
「さて、ここからが本題だ。君がこうして帰ってきてくれたことで、事件は解決したかのように思える。が、僕はまだここで調査を終わらせる気はない。仮にも公爵令嬢をここまでした罪を、もう時効だと終わらせるのは許されないことだ。君の傷に触れるようで悪いが、どうか事件解決のため、手を貸してくれないか」
「……正直、今までの対応を考えると虫のいい話過ぎると思う。それだけ君には……酷いことをした」
「……」
「事件解決まで漕ぎ着けることができれば、父ヘルマンは当主の座に座り続けることは不可能になるだろう。僕が当主になれば、君の汚名は全て払うと約束しよう」
オスカーは神妙な顔つきでダイアナに宣言した。ハロルドを見ると、君たちの問題だ、と目で訴えてくる。全ての判断は、ダイアナに任せられていた。
「……確かに、虫の良すぎる話ですわ。でも私もハロルド公爵殿下と同じく、真相を有耶無耶にするつもりはございません。然るべき罰はしっかりと受けていただきたいと思いますわ」
「ダイアナ嬢……!」
「よろしいですわ、出来る限り私も情報提供いたしましょう。真実解明のため、努力は惜しみませんわ」
ありがとう!とハロルドは立ち上がり、ダイアナの手をブンブンと握手した。オスカーは少し目を泳がせてから、感謝する、とだけ呟いた。
「それでは早速、情報交換といこうか」
「八年間で分かったことと言えば、ランカスター家には国を跨ぐマフィア組織、ルベルニアと繋がりがあることだ。最初は治安維持のための内密な繋がりでしかなかったが、だんだん大きくなり、ランカスター家の汚れ仕事も担当するようになった。先代のギルバート様で対立し、完全に途切れたと思っていたが、どうやら当代で関係は復活したらしい」
「……つまり、私とお母様の事件の実行犯はルベルニア、ということでしょうか」
「そう見て間違いないだろう。そしてそれを指示したのは間違いなくランカスター家の人間だ。だが、実行犯は本家ではなく下っ端と見た方がいい。それでないとこう簡単に切り捨てられるものではないからな。君が捕まり、囚われた組織もルベルニアの傘下だろう」
「私が囚われていた街はピアリスという港町。そこのギャングであるザグドリアが運営する貴族専門の風俗店に私はずっといました」
「ザグドリア……はじめて聞く名だ。今現在どうなっていうか、分かるか?」
「数ヶ月前までは、私の謝礼金を騙し取り豪遊を続けていたと思われます。逃したことが明るみに出た今は、分かりません。ですが、謝礼金を運んでいた運び屋はまだ線はあると思いますわ」
ダイアナとオスカーはどんどん話を進めていく。その話す風景を見て、ハロルドはやはり二人ともランカスター家の人だなと思った。
ハロルドとオスカーの事件解明に加入したダイアナは、度々二人から連絡が来るようになった。ダイアナの方でも、ターニャに話を聞いたりして、秘密裏に動いていた。時間と共に少しずつだが、事件の真相には近づいていく。
ダイアナがテトリーに帰ってきてから、二年が経とうといていた時のことだった。
「失礼、ここにランカスター・ダイアナ辺境伯殿はいらっしゃるか?」
とある日のこと、テトリーのダイアナの邸宅に大勢の公爵家の兵隊が訪れた。やましいことは何もしていない、オスカーとの関係も正しく修復し始めている。ダイアナは堂々と兵隊を迎え入れた。
「私が、ランカスター・ダイアナですわ。何様でして?」
「……貴方に国家転覆罪の疑いが出ている。悪いが、王都まで来ていただこう」
「は???」
「お嬢様が!?」
訳が分からない、とダイアナは困惑した。まだランカスター家の周りを探っている余罪なら分かる。だが、国家転覆罪だと?本当に身に覚えがないし、今頼みの綱のオスカーは海外出張中だ。ハロルドは民衆の前でダイアナを擁護することはできない。
「(間違いなく、お父様の刺客……!どうする、どうする?)」
ダイアナは必死に脳を回転させるも、答えは出てこない。ご一緒願おうか、と責めてくる兵隊にどうも対抗する手段はなかった。
「それではこれより、ランカスター・ダイアナ嬢の国家転覆罪について、裁判を始める!被告人は前へ!」
スーニュエの法廷に出頭したダイアナを一目見ようと、群衆は法廷に押し詰めていた。そんな群衆を忌々しくハロルドは見下ろす。
「少し前まで、我々の星だとか希望とか、祭り上げていた奴らだ。図々しいのもほどがある」
「……少しは言葉を慎んでください、ハロルド様」
「ゾラ」
「おっしゃろうとしていることは分かります。ただ、今の私たちに手札がないように、あちらも不完全なはずです。ダイアナ嬢に期待しましょう」
ゾラも不安な目で目下の法廷を見下げる。今まさに、ダイアナの運命を決める裁判が始まろうとしていた。
「まずは、ダイアナ嬢の罪について証拠と共に述べてもらう。被告人は意義があれば申し立てるように」
それでは検事は証拠を提示してください、と裁判長は神妙に述べる。それでは、と検事はダイアナの罪状を述べ始めた。
「ランカスター・ダイアナ嬢、貴方は八年前にランカスター家に火をつけ、火事だと言って逃げ出した。そうですね?」
「違いますわ。私は火事だとメイドのターニャに言われ逃げ出しましたの。その証拠は私付きのメイドであるターニャが証言してくださいますわ」
「……なら、この件は後日、そのターニャとやらに証言してもらうことにしよう」
いきなり関係ない罪を押し付けられ、ダイアナは心の中で困惑した。視界の隅で、ダイアナを睨みつけてくる実父ヘルマンの目線が痛い。ヘルマンはダイアナに関しての全ての不祥事を押し付ける気だと悟った。
「(お父様の好きにさせてたまるものですか……!)」
ダイアナは再び覚悟を決めて、真正面をを見つめた。
裁判はどんどんシナリオが決まっているように進んでいく。事あるごとにダイアナは反論し、だんだん気力が削られているように感じた。ダイアナが罪に問われたのは八年前の離れの放火、逃げ出したピアリスでの不法風俗の運営、そして海賊と協力してのテトリー転覆だった。
「私は何一つ身に覚えがございません!」
「それでは、やっていないという証拠を見せてみろ」
そんなものはない。大抵のしたという証拠はどこかに残るもの、だがしていないというアリバイは何も証明することができないのだ。
「……ございません。ですが、証拠人は嘘をついておりますわ!ピアリスで私に不法経営をさせられていた証拠人は、私を管理していた者です!その事実を根底からお調べくださいませ!」
「だから調査したのだ。調べたからこそ、このような証拠が出てきたのだ」
「違いますわ!」
あらゆる証拠に突っかかるダイアナを、裁判長も検事も鬱陶しそうな顔で見下げている。そんな目線にダイアナは屈せず、事実を調べさせるよう強く懇願していた。
「では、海賊を使ったテトリーの転覆は?それこそ、赤髪海賊団と共にテトリーへ帰港、当時テトリー辺境伯であったランカスター・オスカー殿と妻のユリア嬢を追いやっているではないか」
「私は先代テトリー辺境伯のギルバートお爺様の遺言に従ったのです。海賊を頼ったのは、ギャングに対抗できるのは彼らしかいなかったからですわ」
「だがその身体は純情を捨てた!テトリーを我が物にするために、この女は春を売ったのだ!」
「そのような事実はございません!!!」
「……裁判長」
ダイアナが声もガラガラになるほど叫んでいると、今まで一切口を開かなかったダイアナの弁護士が口を開いた。
「どうしましたか、弁護士殿」
「……彼女の言っていることは全て妄言です。彼女は王都学校時代、医師から精神障害の診断をされております。ですので、彼女の妄言には耳をお貸しになりませんよう。そして検事、貴方が持ってきた証拠は全て清く正しいものだと私は感じました。彼女は全ての罪を背負うべきでしょう」
「…………」
ダイアナは絶句するしかなかった。勿論、彼女が精神障害の診断を受けたことは一度もない。全てが嘘、偽りに塗れた裁判で、ダイアナが正論で勝つ道は何一つ残されていなかったのだ。
「――判決を言い渡します。ランカスター・ダイアナは全ての罪で有罪、国家転覆罪によって、一週間後ギロチンによっての死刑!」
法廷が騒めきに包まれ、シャッターが一斉にダイアナに向けられる。ダイアナは絶望しきった顔で俯いていた。
己は無力だ、テトリーの民だけではなく自分さえ守れない軟弱者。貶められた、がそれに反抗する手段を持ち合わせていなかった。こんなもの、価値がない。私は、私は――ランカスター失格だ。
「……一つ、お聞かせねがいますでしょうか」
「なんだ」
「……ランカスター・ヘルマンお父様。貴方にとって、私は一体なんなのでしょうか?」
傍聴席を立とうとしていたヘルマンは、被告人で俯くダイアナをゴミを見るような目で見た。
「……お前はランカスターの癌、欠陥品だ。もっと早く処分すればよかったと後悔している」
その言葉は何よりも強くダイアナの鼓膜に響いた。ぐわんぐわんと頭が揺れる。ダイアナは立っていられなくて、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。
翌朝、ニュース・クーの一面はランカスター・ダイアナの死刑決定が堂々と掲載された。数年前、希望の光と謳われた令嬢が、今度は悪魔と揶揄されるようになった。
薄暗い地下室の壁に、太い鎖が付けられている。その先には、少し瘦せたダイアナが冷たい床に転がっていた。
二十七年間、テトリーのため、ランカスターのために走り続けた令嬢は明日の朝命を落とす。死刑判決が決まってからというもの、ダイアナの喉は何も通すことができなかった。訪問人も制限されてるのだろう、ダイアナに会いに来る人物はいなかった。本来ならば、今後のテトリーのことを指示すべきなのに、何も思いつかない。毎日卑屈になり、空を見ることすら億劫になっていた。
「私は、ランカスターの癌、欠陥品……」
父ヘルマンの言葉が脳に刻みこまれて離れない。ランカスターの名に誇りを持って、何をされようと背筋を伸ばして生きてきた意味はなんだったのか。
最初から何も変わらないのであれば、運命が定まっていたのであれば……
「シャンクス……」
思い出すのは、最初で最後の恋をした男。太陽のように光り輝いて、仲間になってくれ!と船に誘われて、おれのせいにしろと甘やかしてくれたシャンクス。運命がこうなると決まっていたのであれば、全てを捨てて彼の元へいけば、どんなにダイアナは救われただろう。会いたい、今すぐ海へ連れ出してほしい。そんな叶いっこない願いがダイアナの心を埋め尽くした。
「――さま、お嬢様!」
月が高く登った頃、小さな聞き覚えのある安心する声がダイアナの耳に入った。ふと顔を上げると、暗がりの中に何度も支えてくれた人物が立っていた。
「ターニャ……ターニャ!?」
なぜここへ!?と動こうとするダイアナに、しーっとダイアナは静かにするようにジェスチャーをする。
「オスカー様とハロルド様の手配です。お嬢様の鍵は用意できませんでしたが、こうして最後お会いすることだけでも、と」
「…………そう、でしたの」
痩せたダイアナにターニャの心は傷み付けられる。食事も十分に喉を通らなかったのだろう。お嬢様、と泣き出しそうなターニャにいつものように強気で笑うことができなかった。
「ごめんなさい、ターニャ。ギルバートお爺様から受け継いだ全てを、私は全て無駄にしてしまいました」
「そんなことをおっしゃらないでください、お嬢様!お嬢様は」
「もういいのです。全て私の勘違い、無駄な一人芝居でしたの」
こんな卑屈になっているダイアナをターニャははじめて見た。無理もないだろうと思うのと同時に、どうしてこんな、とも思ってしまう。ターニャが見てきた限り、こんな優れて完璧主義で、信念を貫き通す人物はいない。そんな彼女が全ての希望を叩き折られてしまった。
「……私の墓は、どうかお爺様の隣に。もう合わせる顔などありませんのですけれど」
「…………」
目を伏せたダイアナにターニャは無言で小型電伝虫を差し出した。ダイアナが受け取るのを確認すると、スッと鉄格子から離れてしまった。
「《死んでもいねェのに、墓の話をすうなよダイアナ》」
「っ!?!?!?シャ、シャンクス!?」
電伝虫の相手にダイアナの目は見開かれた。ずっとダイアナの心を満たし続けた人物の声が聞こえてくる。大きな声が出そうになったダイアナは何とか声を抑えて、どうして?とシャンクスに聞いた。
「《どうしてってお前。あの新聞を見りゃあいてもたってもいられなくてな。船を飛ばしてきたんだ》」
「……じゃあ、もう全て知っておりますのね」
「《おう、大体はな。おれと組んで国家転覆か、どんな喜劇だ》」
気分が悪くて仕方がない、と吐き捨てるシャンクス。その何もかもが懐かしい。最後にこうして話せるだけでも幸運だと、ダイアナは少し微笑みことができた。
「シャンクス……最後に、私の最愛と最後に話すことができて、幸せですわ。あの時以来、私は一度も貴方を忘れることはありませんでしたわ。だから、シャンクスも、皆もどうか元気でいてくださいまし」
「《なんだ、お前……このまま大人しく死ぬつもりなのか?》」
「…………え?」
シャンクスも思ってもいなかった返答に、ダイアナは素っ頓狂な声が出た。この状態で?明日死刑なのに?ここからまだ生きる希望を持てとこの男は言うのか?
「《そりゃあこのまま逃げて、ランカスター・ダイアナとして生きるのは難しいだろうな。だが、おれと海に出て生きていくのはそれよりかは簡単じゃねェか?》」
「な、何をおっしゃっていますの?」
「《おれたちは今、テトリーにいる。お前の返答次第、明日の死刑どうにでもしてやるさ》」
「!!!」
さあどうする?と電伝虫の向こうからシャンクスは聞いてくる。信じられない、と数度目をパチパチさせてから、ゆっくりとターニャの方を見た。ターニャはそれでいいとゆっくりとダイアナを肯定するように頷いた。
「……ギルバート様の最後の遺言で、お嬢様が命の危機やどうしようもない事態になったときは、テトリーの全てを捨てさせるように、と託されております。海賊に全てを委ねてもいいとも」
ターニャの言葉に、ダイアナの心は決壊した。こんなときでも、ギルバートは彼女の身を案じてくれている。ダイアナは鼻を啜りながら、うんうんと何度も頷いた。
「《さあ、どうするダイアナ》」
「…………貴方の、シャンクスの船に乗せてください。そして遠く、どこまでも私を連れていってくださいまし!」
「《……よく言った》」
電伝虫の向こうから、野郎共聞こえてか?とシャンクスが別の誰かに問う。すると奥の方がうおおおおおおおおおおおおお!!!と雄叫びが聞こえた。その中には明らかに海賊ではない声も混じっている。テトリーの者たちだ、とすぐ分かったダイアナは、またほろりと涙を流した。
「《じゃあ明日の朝、断頭台で待っていろ》」
「ええ、ええ!お待ちしておりますわ!」
ダイアナは涙を流しながら笑顔で電伝虫を切った。その電伝虫を受け取ったターニャも同じく涙を浮かべていた。
「それでは、私はここまでです。お嬢様、どうかお元気で!」
「ターニャもどうかずっと幸せで。ずっと元気でいてくださいまし」
鉄格子越しで二人はぎゅっと握手を交わす。時間だ、と外から声をかけられてターニャは何度も何度もお辞儀をして出ていった。
ダイアナはその日、はじめて満足に眠ることができた。
空は広く、いつまでも青が澄み広がっている。スーニュエの大きな広場に、群衆が朝から押し寄せていた。二年前、テトリーに帰ってきた行方不明の令嬢が、今度は国家転覆罪で処刑される。その様子を一目見ようと、広場に人が押しかけてきた。かつて、ダイアナと共に学んだ商業科の面々も、神妙な顔つきで広場に集まっていた。
「うぐっ……まさか、まさか、あのダイアナ嬢が……えぐっ」
「そう、だよな……正直これが最後とか思いたくない」
「…………でも、最後くらいは、な」
彼女と親しかった者は嘆き、親交がなかった者は噂を口にしていた。やがて鐘が十二回鳴らされると、断頭台に処刑人とダイアナが登ってきた。ダイアナは何も反抗することなく、ギロチンに首を置いた。
「――最後に何か言うことは?」
処刑人に聞かれ、ダイアナはふっと空を見る。眩しすぎる太陽が丁度真上に登っていた。眼前に広がるは己の処刑を興行だと見る烏合の衆、見知った顔。何かを探すように目を泳がし、とある一点をまじまじと見つめた。
「そう、ですわね。まず、《ランカスター・ダイアナ》は今日で死にます。それは紛れもない事実となりますでしょう」
群衆は彼女の言葉に聞き入っていた。処刑前だというのに酷く落ち着いていて、その姿さえ美しいと思わせる。
「ですが、私が死ぬとは一言も申しておりませんわ」
は?と群衆の誰もがそう思ったときだった。海の方から、後ろから突き刺すほどの重圧がぐわん!と襲いかかる。その衝動に断頭台の上のダイアナは歓喜した。断頭台に続く道を潮風を纏った屈強な男たちがゆっくりと歩いてくる。誰も彼らの歩を止めることはなく、先頭の赤髪の男が一段一段ダイアナの元へ階段を上がっていった。
「――待たせたな、ダイアナ」
広場全員を気迫で黙らせたとは思えない、優しい声でシャンクスはダイアナに話しかける。久しぶりに聞いた声、何も変わらない姿にダイヤは安堵した。思わず涙が零れそうになるが、何とか堪える。シャンクスは屈んで、ダイヤに付けられた手足の枷を解放した。長らく付けていたせいで少し手足首が細くなっている。
「本当、本当に、来てくれましたのね……!」
「他でもないお前の願いだ。さぁ、ダイアナ」
片膝をついてシャンクスはダイアナと目線を合わせる。担いできた真紅の薔薇の花束をダイアナに差し出した。
「おれと一緒に来てくれるか?」
「――――!勿論ですわ!」
花束を受け取り、涙目で笑うダイアナをシャンクスは愛おしげに撫でる。小柄な彼女をひょいと抱いて、断頭台から飛び降りた。
「行くぞ、野郎共!!!」
「「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」」
逞しい雄叫びと共にシャンクスはダイアナを腕に担いで走り出す。
「な、何をやっている!!!あの海賊をひっ捕らえろ!!!」
ヘルマンの怒号が後ろから聞こえてくる。が、そんなものダイアナは無視して笑い出した。全てから解放され、自由になった。何もかもが輝いて見えて、心の底から何故か笑えてくるのに、涙も一緒に流れてくる。泣き笑うダイアナに釣られてシャンクスもガハハハハ!と笑い、テトリーまでの道を駆け抜けていった。
「ねぇ、重いでしょう?もう自分で走れますわ!」
「靴履いてねェんだろ?置いていってちまうから担がれとけ!」
シャンクスは楽しそうに街を駆ける。何かに気付いたのか、予定変更だと、全く違う道に走り出した。
「ちょっと、そっちは港じゃないですわよ!?」
「ちょっとばかり寄り道だ」
「追われていますのよ、そんな暇ないですわよね!?」
「まあまあ見とけって。しっかり捕まってろよ!」
シャンクスはダイヤが生まれ育ったテトリーの屋根を走り抜ける。バッとシャンクスが空を飛んだ瞬間、大歓声に包まれた。
「ダイアナ様ーー!!!」
「今までありがとう――!!!」
「おめでとう――!!!」
「幸せになってね――!!!」
待っていたのは祝福の言葉。彼女の門出を祝うものだった。まるで結婚したかのような祝いよう、歓声をぽかんと見つめるダイアナにシャンクスは笑った。
「おれたちがここについてから何を言われたと思う?」
「さ、さぁ……検討もつかないですわ」
「『ダイアナ様を誘拐して、そのまま連れて行ってくれ』だとよ」
「!」
「愛されてんな、ダイアナ様」
シャンクスは揶揄いながらも、テトリー中を駆け抜けていく。薔薇の花束にダイアナはぎゅっと顔を押し付けた。
「いつまで走り回ってるんだ!早く来いお頭!」
「悪い、悪い!じゃあ、行くぞダイアナ」
甲板にシャンクスは降り立つと、そっとダイアナを腕から降ろした。二年ぶりの船、見知った面々がおかえり!と口々に祝福してくれる。ありがとうございますわ、とダイアナは答えながら、船尾から離れていくテトリーを眺めた。
港にはたくさんの人々が押しかけ、ダイアナの船出を口々に祝福してくれている。こんな幸せことがあっていいのか、とダイアナはまた涙ぐんだ。
「皆様!!!今までありがとうございましたわ!!!それでは、いってまいります!!!!!!!」
「いってらっしゃーい!!!」
「どうかお元気で――!!!」
「おい海賊!!!ぜっっっったいダイアナ様泣かすんじゃないぞ――!!!」
野太い声にシャンクスは気が付いたのか、ダイアナをグッと引きつけて見せつけるようにキスをした。陸からも甲板からもヒュ――!と揶揄う声が飛んでくる。頬を赤らめて見上げてくるダイアナにシャンクスはニッと笑いかけた。
「そう言えば、聞いてなかったが、ダイアナ。お前、海賊の女になるんだぞ?これからはもっと大変だぜ?」
「あら、何をおっしゃっていますの」
そういうシャンクスにダイアナは満面の強気の笑みで笑いかけた。
「私は元テトリー辺境伯にして、オード・ジュエリー・ランセンダルの元総合運営役、そして、《赤髪のシャンクス》を最愛する者。何が来ようとも全て薙ぎ払う心積もりですので!シャンクス――いいえ、お頭!覚悟してくださいまし!」
ダイアナはそう宣言すると、シャンクスの襟元を掴んでグッと顔を寄せた。そのままチュッとリップ音と共にキスを落とせば、どよめきが広がる。シャンクスは一瞬ポカンとしたが、大声でダッハッハッハッと笑い始めた。それに釣られて、皆笑い、船中が笑い声で包まれたのだった。
