【OP夢】これを運命と言わずして何と云う【マルコ】

 苦しい時、ヒートが来ている時、誰かに玩具のように弄ばれている時、必ず思い出す記憶があった。「レミィ」なんていう可愛い名前で呼ばれ、抱きしめられて優しい口づけをする。激しい行為も甘い台詞もなく、ただただ幸福に溢れた光景。この光景をレミリアは「前世」の記憶だと呼んでいた。前世のレミィは平凡でもたった一人に愛されていたのだろうという確信はあった。
 だが、今日は違った。急な発熱で孤児院で倒れてしまい、熱に浮かされ苦しいのに、目の前に見えるのは優しいものではなかった。
 暗くジメジメとした牢屋の中、両手足首に重い錠がつけられている。身体はこれ以上ないほど暑く、苦しい。頭をかち割るような頭痛がするのに、考えているのは全く違うこと。あの幸せな前世でレミィと名前を呼んでくれた人のことだった。
「あーあ……愛してるくらい言っておけばよかった」
 牢屋の中でレミィは一人後悔を吐露した。
「会いたい、なぁ……マルコ」
 レミィは静かに頬に涙を流しながら、一人ポツンと呟いた。

 重い身体に意識が徐々に戻っていく。寒気がする体温でぼんやりと目を開ければ、見慣れた白衣の後ろ姿があった。
「マ、ルコ……?」
「!レミリア!大丈夫か!?」
 掠れた声を出したレミリアにすぐ気づき、マルコはすぐに駆け寄った。
「無理に起きなくていいよい。苦しいなぁ、レミリア」
 マルコは焦りながらも、額の汗を拭ってくれる。弱々しく手を伸ばせば、大きな掌で優しく包み込んでこれた。
「(よ、かった……また、会えた)」
 手を握ってもらい、安心したレミリアはまた意識を失ってしまった。

 エイダからレミリアが高熱を出して倒れたと連絡が来た時、マルコの目の前は真っ暗になった。熱で魘され、ベッドで苦しそうに息をするレミリアは可哀そうで変わってやりたくなる。もう三時間以上熱が下がらない。今朝は何ともなかったのに、どこで見逃していた。己の不甲斐なさが情けない。弱々しく伸ばしてきた手は小さく熱く、頼ってきてくれたのが少し嬉しかった。
「ぅ、あ…」
 小さな呻き声をレミリアは上げる。探るように動かす手を強く握ってやると、指をそっと絡ませてきた。その晩マルコはその手を離すことなく、ずっと握り続けた。

 また夢を見た。どうやらここは海の上、大きな船に乗っているらしい。レミィは甲板から海を眺めていた。手足は相変わらず錠がつけられて、自由はない。身体がまだ元気なことを思えば、前に見た夢よりかは前の出来事ではありそうだ。
「もうこの海も見納めかぁ……」
「何を悠長なことを言っとるんじゃ」
 正義と達筆で書かれたマントを掲げた老人、ガープがレミィに重苦しそうに言う。彼としてもレミィを連行することは本意ではないらしい。
「幸せの青い鳥は飛んでこないかと思ったのよ」
 レミィはガープを揶揄うように笑った。ガープの心を見透かすような物言いは余計に彼の心に罪悪感を強める。
「その青い鳥は不死鳥じゃないのか?」
「……さあ、どうでしょうね」
 ガープの返しにレミィは少し言葉を詰まらせた。憂いを帯びた悲しい瞳が海の色と重なる。これから行く先はもう海が見えなくなる最も警備が厳しい場所。レミィの幼少期を知り、今まで見逃してきたガープにとってはそんなところ行かせたいものではなかった。辺りに自分以外の警備がいないことを確認してから、大きくため息をついた。二人の間に長い沈黙が続く。先に沈黙を破ったのはレミィだった。
「ねえ、ガープ。私を憂いてくれるなら、一つお願いがあるの」
「……なんじゃ」
 ガープから肯定の返事が返ってくると、耳につけていたピアスを外した。飾りっ気のないただのピアス。だが、唯一レミィがつけて続けていたアクセサリーでもあった。
「私の訃報があれば、このピアスと共にマルコに届けてほしいの」
 ガープの大きな手に小さなピアスを握らせた。ちっとも痛くない針がガープの掌を刺激する。
「海軍のわしに頼むのは角違いじゃないのか?」
「それもそうね。でも、約束は守るのが貴方でしょう?」
 レミィは笑って手を離した。ガープから目線を外し、また海を眺め始める。夕日が沈むまでレミィは海を眺め続けた。

 ハッと目を覚ますと、いつもの病室に寝かされていた。汗が全身から吹き出し、呼吸が荒い。怠い身体を起こし、自分の腕をマジマジと見つめる。
「(私は、私は……!)」
 頭がパンクするような記憶が次々と流れ込んでくる。動悸が激しくなり、視界が涙でぐにゃりと歪む。
「っ、あ、あっ――ああああああああ――!!!」
 全て、思い出したのだ。自分の前世である「レミィ」の記憶がどんどん溢れてくる。レミリアの身体はキャパオーバーで、耐えられなくなり、ワンワン泣き崩れてしまった。
「――リア!レミリア!!!しっかりしろ!!!」
 レミリアの泣き声を聞きつけ、マルコが病室に駆け込んできた。泣き崩れるレミリアの背中を摩り、大丈夫、大丈夫だと声をかけ続けた。

「落ち着いたかよい」
 泣き止んだレミリアにマルコは温かいコーヒーを渡す。レミリアはゆっくりと頷きながら、コーヒーを啜った。一晩中看病してくれたのか、マルコの目の下には黒いクマが出来ている。
「昨日から酷い熱だったんだよい。今は下がっているが、暫く安静だな」
「はい……」
 心配するマルコだったが、レミリアの心中はそれどころじゃなかった。前世レミィの記憶が流れ込み、レミリアの思考はレミィと同じになりつつあった。
「(この世界はどういうもの?なんでマルコが?私は今どうなっている?)」
 レミリアの情報もあるが、あまりにも知識が足りなすぎる。とりあえず「レミリア」のイメージは崩してはならない。肝の据わったレミリア、基レミィは動き出そうとしていた。
 
 マルコの意向により、数日ベッドで過ごして分かったのは思っていたより自分は病弱だと言うことだ。すぐ眩暈や頭痛が起こり、体力もないので疲れやすい。おまけに怪我が治るのもかなり遅い。いや、前世が神の血という特殊な身体だったからこれが当たり前なのだろうけど。これじゃ情報収集の話にならない、とにかく健康になることが第一目標だ。レミィは目標を決めるとさっそく行動に移すことにした。
「図書館に行きたい?」
「はい、ここからそう遠くないですし。私体力がないんでそこまで歩いていけば、ちょっとでもいい運動になるかと思いまして」
 熱が出て数日後、レミィは図書館へ行きたいとマルコに提案した。診療所から30分の場所にあるそこなら情報収集と体力づくりの両方にはもってこいだ。孤児院に行く日以外で、本を読みたい理由ならマルコも納得するだろう。
「随分勉強熱心だな。別にいいが、ちと遠いから車で送っていくよい」
 いや何でよ、とレミィは内心反論した。レミリアでなければ論理的な理由を幾つも開示して、はいいいですと言うまで反論するのだが、今は口を紡ぐしかない。
「で、でも!マルコさんも手間ですし、30分くらいなら……!」
「この前も高熱出しただろ、病み上がりなんだよい。それにまだ奴らに狙われる可能性はあるんだ」
 首にはめられた首輪を指さしながらマルコは否定する。ぐうの音も出ない正論パンチにレミィはうっとなる。何をそこまで過保護にしなくても、いや私オメガだったか、なんて一人考えていると、マルコが柔らかい表情でふっと笑った。
「ちょっとは守らせてくれよい」
「……分かりました」
 そんなこと優しく言われたら素直に返事するしかない。思ったより今の私はポンコツなのかもしれない。マルコに気づかれないよう、レミィはため息をついた。

 外部から情報を手に入れる手段は出来た。孤児院に行く日以外は図書館に入り浸り、知りたいことをリスト化して関連する本を読みまくった。その結果、かなり知識はついてきた様に思える。特に第二性とよばれるものにはかなり詳しくなった。己のことを自分が一番分かっていないと何も出来ない、それがレミィが生きていた世界で得た自論だった。まあ分かったところで今は何もすることがないのだが。
「(とりあえず今は気持ちを整理しよう)」
 冷静に、冷静に、と自分に言い聞かせて図書館から出る。マルコの迎えを待っていると、おーい!と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おーい!レミリアー!元気になったのか!」
「!エース、久しぶり。元気にしてた?」
 白ひげの切り込み隊長、エースが原チャリでレミィの前に止まった。歳が近いからタメでいこうと言われ、唯一レミリアが敬語無しで話していた。
「熱で倒れたって聞いたから心配してたんだぞ!もう大丈夫なのか?」
「えぇ、今は平気よ。エースは何してたの?」
「おれは買い出し行ってた。ていうか珍しいな、レミリアが孤児院以外にいるなんて」
 後ろに乗せた大きな袋を指さしながら原チャリから降りる。流暢に会話がするする流れていく。あの時から何も変わらないエースに、レミィはとても安心していた。
「そうね、最近は本読むようにしているの。学校もあんまり行けてなかったから、せめて常識くらいはと思って」
「へぇー、でもレミリアは頭良さそうだな」
「そうみえる?」
「見える見える。ていうか、何か変わったか?」
 急な指摘にレミィの心臓が跳ね上がる。相変わらず感が鋭すぎる男だ。
「何よそれ、どういうこと?」
「んー……なんかなぁ、雰囲気が変わった?今まで結構ほわほわ〜ってしてたのに、めちゃくちゃしっかりしだした?もしかしたら気のせいか?」
「そんなこと、ないと思うけどなぁ……今までガチガチに緊張してたから、それが取れたって感じじゃない?」
「え!お前緊張してたのかよ!」
「してたわよ。失礼ね」
 そんな覚えがない風を装っていたレミィだが、内心は冷や汗ダラダラだった。何とか自然になるよう、話を進めることが出来たようだ。エースと雑談と続けていると、向こうの方から見慣れた車がやってきた。
「おう、エース。こんなところでどうしたんだよい」
「買い出しの帰りだ。久しぶりにレミリアと会ったから話してたんだ」
「そりゃあご苦労さんだったな。レミリア、帰るよい」
「はい。またね、エース」
「おう、またな!」
 エースと軽い挨拶を交わし、レミィは助手席に乗り込んだ。大きく手を振るエースに照れながら、少し手を振り返した。
「エースとあんな仲よかったかよい?」
「そんな風に見えましたか?」
 少し不機嫌気味に尋ねるマルコに、レミィは逆に聞き返した。何で?と疑問に思うレミィにまあ、なとマルコは歯切れ悪そうに答える。
「誰にでも敬語だったのに、エースにはタメだったじゃねェかよい」
「年も近いので、敬語はなし!って最初に言われましたし。もしかして、敬語嫌でしたか?」
「……いや、そうじゃねェんだよい。変なこと聞いて悪かったな」
 優しい口調のマルコだったが、レミィには嫉妬心が丸見えだった。
「(なんでそんな感情を|私《レミリア》に向けるの……?)」
 心臓をわしづかみされたように心苦しくなりながら、こんなにも嫉妬するのかを考え始めた。幾つもの予測が生まれては否定するのを繰り返している内に、診療所に車は止まった。
「着いたよい」
「ありがとうございます、あ」
 荷物を持って降りようとした時、ひょいとトートバックを取られてしまう。
「これだけ借りたら重いだろうよい。ちょっとそこまで運ばせてくれや」
「あ……、はい」
 愛おしい人に優しく微笑むような笑みを見て、レミィは察してしまった。今マルコが見ているものはどこかしらから流れついた不幸なオメガの”レミリア”ではない。はるか遠くの過去に歪ながらも愛し合った”レミィ”だ。レミリアはただの被り物でしかなく、その内側にいない筈のレミィを見ているのだ。そりゃあエースに嫉妬するのも理解できる。
「どうした、レミリア」
 先に玄関の鍵を開けていたマルコが突っ立って動かないレミリアに声をかける。
「!なんでも、ないです。荷物、ありがとうございます」
 私は自然に答えることが出来ただろうか。少し顔を見えないようにして、レミィは顔を曇らせた。
 
 その後なるべく”レミィ”を見せないように振る舞っても、その目の奥で見ているものが分かってしまう。マルコも”前世”の記憶があるのではないかという憶測は確信に変わっていた。そうでなければ数々の過保護すぎる行動に説明がつかないのだ。そのどす黒いほどに執着な感情に答えるべきか、レミィはずっと悩まさせていた。頂上戦争後、ガープが届け物をしてくれたのか、世界がどう変わっていったのか、今その後を知る術はない。そして、マルコがどうなったのかも――
「(でも、それを知ってどうするの?)」
 そんなことを今知っても、レミィにはどうすることも出来ない。どうしようもないことを考えては、また一人ため息をつく時間が増えただけだった。
「なァ、そんなにため息ついてどうしたんだよ」
 幸せ逃げちまうぞー、とエースがラーメンをふーふー冷ましながらレミィに言う。エースに言われ、レミィはハッとしてラーメンに手を付けた。孤児院での昼ご飯、たまに遊びにきているエースと一緒に取るのだ。
「幸せって、何よ」
「幸せっつーか、平和?あんま良くないことが起きんぞってことだ」
「言葉の意味は知ってるわよ」
 馬鹿にしないでくれる?と弄ると、おれを馬鹿にしてんのか!とエースは憤慨した。
「してないわよ。まあ、悩みっていうか、何というか……私も色々あるのよ」
「ふーん……それ、おれが聞いていいやつか?」
「え……聞いてくれるの?」
 ふっと顔を上げるとエースは四玉目をかきこみながらおう、と答えた。
「まぁ、おれなんかがアドバイスできるとは思えねェけど、人に話してみるのはいいんじゃねェか?」
 なるほど、自分では考えつかなかった解決法だ。あの頃は力があったから、自分一人で全部何とか解決していた。力がない今、人に頼るのも一つの手なのかもしれない。
「ならちょっと、お願いしようかしら。この後、時間ある?」
「おういいぞ」
 エースは快く返事をし、五玉目を鍋に放り込んだ。

「それで、何をレミリアは悩んでるんだ?」
 夕方の公園でエースはレミィに尋ねた。茂美でチリチリチリとコオロギが鳴いている。レミィは暫く黙ってブランコを漕いでいた。エースもつられてゆらゆらと小さなブランコを揺らす。
「……エースはさ、前世って信じる?」
「前世ぇ?」
 唐突な質問にエースは拍子抜ける。てっきりマルコと喧嘩した、とかそういった類の悩みかと思っていたのだ。
「前世、前世かぁ……まあもしあったとしたら、相当なやり残しがあったんだとは思うぜ」
「やり残し、かぁ……」
 やり残しというか、無念というか。人生に悔いはなかったと断言できるが、少しの願望はあったから間違いではないのかもしれない。曇る表情を浮かべるレミィをエースはやっちまったか?という風に覗き込んだ。
「悪ぃ、おれ変なこと言ったか?」
「いいえ、言ってないわ。私、多分それがあるの」
「!」
 もっと変なことだったでしょ?とレミィはヘラリと笑う。あまりにも突拍子もない自白にエースは固まってしまった。そんなエースを置き去りにしてレミィは話を先へ続けた。
「ただの妄言だと思って聞いてほしいのだけど、ずっと誰かしらの記憶はあったの。明らかになったのは、この前熱出して寝込んだとき。魘されているとき、全部、全部思い出したの」
 言葉がとめどなく口から零れていく。こんな風に自分の内面を人に話すのは初めてだった。だからこそ、こんなにも素直に話せているのかもしれない。
「それで、私は……マルコとトクベツな関係だった。ちゃんと言い合ったことはなかったけど」
「え――っと、つまり?恋人とか夫婦とか、そんな感じだったのか?」
 エースの照れるような言い草に、レミィは義心地なく頷いた。身体を重ねたこともあった、だが愛を囁き合うことはなかった。名前のつけようのなかったヤジロベエのような関係だったのだ。
「あーーすまん。どう反応していいか、正直分かんねェ……」
「いいのよ。聞いてくれるだけで大分整理出来てるから。実は本題はここからっていうか……」
 ここからなのかよ!というツッコミにレミィは苦笑するしかなかった。どう反応していいか分からず仕舞いのエースに感謝しながら、言葉を選びつつ口を開いた。
「ずっと私は言いそびれたことがあったの。でもそれを伝えるには、もう遅すぎた。今、これをどうしていいのか正直分からない」
 ここまで話してレミィは大きく息を吐いた。今どうしていいか分からない、極端に言えばそれがレミィの悩みだった。
「……なるほどなァ。マッジでおれ役に立たねえよ」
「そんなことないわ。こんな突拍子もないこと、聞いてくれるだけでいいのよ」
 レミィが肯定するも、エースはうーんと頭を抱えた。どうにかして何かアドバイスできないかと考えている様子が見受けられる。これだけでレミィは十分だった。
「とりあえず前世とか全部抜きにして、今レミリアがどう思っているかが大事じゃねェのか?」
「今の、私?」
 そうだ、とエースは眉間に皺を寄せながら何とか話してみることにした。
「今のレミリアがどうなのかは知らねェけどよ、とにかく今だ。今マルコが好きなのかとか、今言いたいことがあるのかとか。やりたいならやってみたらいいし、怖いならおれとかエイダに相談するとかでもいいんじゃねェのか?」
 おれ上手く話せてるか?とエースは不安そうに聞いてくる。そのアドバイスはすとんとレミィの中に落ちてきた。
「なんでアドバイスするエースの方が不安そうなのよ」
「だ、だってよお!おれがアドバイスなんて柄じゃねェし!どれが答えなんかも分からねェからよお……」
 だんだん自信のなくなっていく声にレミィは思わず吹き出してしまう。レミィが吹き出したのを見て、何なんだよ!とエースはムキーっと怒った。
「ごめんなさい、でもエースに話してよかった」
「お、おう。おれでよけりゃあいつでも話は聞くぜ」
「うん…ありがとう。じゃあまたね」
 レミィはエースに礼を言い、診療所までの帰路についた。今の“自分”がどうしたいのか、か。前世の記憶に取りつかれていて、今何がしたいのかを蔑ろにしていた気がする。前世で言いたかったことは言うのか、またトクベツな関係を求めるのか、それともまた別の道を歩むのか。今のレミィには決断できるものではない。が、自然と気は楽で落ち着いていた。焦ることはない、冷静に判断していくのだ。少し前向きになった気持ちと共に、レミィは診療所に戻っていった。

 高熱を出して倒れたレミリアも大方回復し、目を離す時間が増えた。孤児院と図書館を行き来し、充実した毎日をレミリアは送っている。それがなんだか寂しく、これでいいんだと諦めが勝る心境を日々マルコは繰り返していた。最近エースとも仲がいいらしく、二人で話したりしてる姿をよく見かける。それに酷くモヤモヤしてる自分に、重症だよい、と自嘲するしかなかった。そんな時、久しぶりにサッチから飲みに誘われた。レミリアも夜一人にしても大丈夫になったことだし、話に乗った。
「それで、最近どうなんだレミリアちゃん」
 飲み始めてからしばらく経って、サッチが唐突に聞いてきた。急な質問でマルコは思わず吹き出しそうになる。エホエホ咽ながら、あ”ァ……と何とも言えない返事をした。
「まァ、最近はエースと仲良さそうだよい。身体の方もすこぶる良くなってきてるよい」
「いやそういうことじゃなくてな……惚れた腫れたとかの話はどうなったって聞いてんだ」
「…………」
 サッチが聞き返すとマルコは黙ってしまった。
「ますます、酷くなったもんだ。エースと一緒にいるだけで焼けちまうくらいにな」
「おーおー、かなり重症化してんじゃねェか。何にそんな惚れ込んでるんだ?」
「――ずっと前に惚れ込んだ女に似てる、というか、そっくりなんだよい」
 酒が入っているせいもあり、マルコは普段は絶対話さないであろうことを吐露し始めた。
「……?昔いきなり振った女とかか?」
「いんや、もっと前だ」
 長く一緒に居るサッチでも知らない話だった。遠くを見つめながら焦点の定まらない目でマルコは話す。心ここに非ず、といった様子で遠い昔を見ている様だった。
「そんないい女だったのか」
「あァ。誰よりも利口で、頭が切れた。人っ子一人寄せつけない芯が通っていた、強い女だったよい」
 今でも目を閉じれば、安易にその顔が浮かぶ。年齢の割に大人びた表情、その中に残るあどけなさ、耳まで真っ赤になった呆けた顔、その全てが愛おしく心の底から惚れ込んでいた。
「そんな大事な女と別れたのか?喧嘩か?」
「違う――死んだんだ」
「!」
「おれにも知らせないで、一人死なせちまった。それが後悔でしかならねェんだよい」
「そりゃあ、悔いは残るか……それがレミリアちゃんと似てるのか」
「あァ、名前まで同じときた。最近は何もかも同じに見えちまう」
 淡泊な訃報だけを届けて、目の前から煙のように消えてしまった最愛の人。本当に似てきた、というよりかは同一人物としか思えない。レミィと呼んでしまいような衝動をずっと心の中で抑えている。そう名前を呼んでしまったら、自分で引いている一線を軽々しく超えてしまいそうだった。
「本人なはずねェんだよい。レミリアはレミリアで、おれの中にいる人とは違うんだ。おれなんかが手ェ出しちゃいけねェんだよい」
「……複雑だな」
 別人だと頭では分かっているが、心が何度でも否定する。彼女は彼女の人生がある、色眼鏡をかけて漬け込むわけにはいかないのだ。
「そりゃあエースと番になってくれりゃあ、とは思ったりするが……はぁ……」
 アルコールのせいもあり、滅多には見られない情けない姿を披露する。苦しんでいるマルコに相槌を打ちながらサッチは彼の想い人のことを考える。一体彼女はこのどうしようもない未練たらたらの男をどう見ているんだろう。番のことは考えているのだろうか。サッチが気にすることではないのだが、今まで色恋を伏せていたこの男のことを考えれば、どうしても気になってしまう。
「よし、今日は付き合うぜマルコ。好きなだけ話して飲めよ」
 サッチは笑顔でそういうと、グラスを高く持ち上げた。

「付き合うとは言ったが、ここまで酔いつぶれるとは聞いてねェよ……」
 珍しく泥酔したマルコを抱え、サッチはタクシーを降りた。月明りに照らされた診療所まで運んできたはいいものの、女の子一人いる家に無断で入るのは気が引ける。出なかったらさっさと運んで出よう、そう考えながらサッチは裏口のインターホンを鳴らした。
「――はい」
「お、レミリアちゃんか。ちょっとマルコが寝ちまってな。部屋まで運んでいいか?」
「マルコさんが……?分かりました」
 ちょっと待ってください、とレミリアが返事するとすぐにガチャリと鍵が開けられた。パジャマ姿でブランケットを羽織っているレミリアに申し訳なくなりながら、マルコを自室のベッドまで運んだ。
「マルコさんってお酒弱いんですか?」
「いや、普段はボーダー分かって飲むタイプだ。今日は話し込んで羽目を外したんだろ」
 あんま見たことねェがな、とサッチが付け足すと意外だとレミリアは目を丸くした。
「こんな時間まで起きてたのか?マルコにどやされるぞ」
「本を読んでたらいつの間にかこんな時間になっていました。夜更かしは駄目ですね」
 ふわぁと小さい欠伸をしたレミリアはお送りしますね、と玄関までサッチを送った。
「そういや最近ウチのエースと仲良さげじゃねェか」
「はい、年も近いので仲良くさせてもらってます」
「こんなこと聞いちゃ野暮だろうけどよ、実際どうなんだエースは」
 どう、とはとレミリアは首を傾げる。それがもう答えな気がするが一応もう一段踏み込んでみることにした。
「色物になっちまうが、恋とか好きとかだよ。そうではねェか?」
「!……いえ、エースは友達です。特にそういった関係では、ないです……」
 ちょっとした照れ隠しにレミリアの声が少し大きくなる。照れたのはサッチが指摘したからであって、想い人ではないのだろう。ほーん……?とサッチは思いながら、もう少しだけ聞いてみることにした。
「じゃあマルコは?アイツのことはどう思ってるんだ?」
「マ、ルコさんですか?マルコさんは、私の恩人、です」
 途切れ途切れにレミリアは答える。中々面白い反応にお?と興味を示した。エースのことを聞いた時と明らかに反応が違う。
「マルコさんが居なかったら、私はこんなに元気じゃないでしょうし、知る世界ももっと狭かったと思います。本当に感謝しかないです」
 尊敬の念は見えるが、その奥に果てしない何かが見える。それが何なのかサッチには見抜けなかった。
「そうか、じゃあおやすみ」
「はい、おやすみなさい」
 サッチは診療所を後にして、タバコを一本取り出した。なんだおれが心配するまでもなかったじゃねェか。若干のすれ違いがあるが、気にしなくても良さそうだ。もう一軒一人で梯子するか、など考えながらサッチは一人夜の道を歩いた。

 まさかあのマルコが酔いつぶれるなんて……
 サッチを見送った後、レミィは予想外のことに驚きながらマルコが寝ている部屋に戻った。前世の記憶の中でもマルコが酔いつぶれるまで飲んでいた記憶はなく、アルコール耐性がそもそも変わっているのか?などと勘ぐってしまう。顔を赤くして寝ている姿を見れば、見たことない姿にきゅんとしてしまう。注意していればこんな姿をもっと見れたのかしら、と少し残念な気持ちになってしまう。
「――ィ」
「?」
 名前を呼ばれたような気がして、マルコの傍に思わず駆け寄る。思い違いか、と思えば呻き声が聞こえてきた。
「もう、もう…おれの隣から離れないでくれ…!どこにも…いかないで、くれ……レミィ………」
「……」
 私の名前を呼んで、行かないでと嘆くマルコ。そんな彼が壊れそうなほど繊細に思えて、離れてはいけない気がした。何も握っていない掌と自分の掌を重ね合わせる。自分よりずっと大きな掌にそっと指を絡ませる。
「……私はここにいるわよ、マルコ」
 生前でも言わなかった慈しむ優しい声色でレミィは呟く。このときばかりは”レミィ”に完全に戻っていた。声が聞こえたのかは分からない。だが、重ねた掌を大きな指が優しく握り返してきた。
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