【OP夢】これを運命と言わずして何と云う【マルコ】

 頂上戦争から数年が経った頃だった。いつものように村を見回り、穏やかな時間が流れる昼下がり。村の子供たちがマルコの元にやってきた。
「マルコー!マルコ宛に手紙だよー!」
「おれ宛か?」
 走ってきた子供たちから真っ白い封筒を受け取る。差出人も受取人すらも書いていない真っ新な封筒だ。
「これ、誰から受け取ったんよい」
「えっとねー!おじいちゃんだよ!」
「大きいおじいちゃん!マルコに渡してくれって言ってた!」
 そんな人物マルコには心当たりがないのだが。紙一枚くらいしか入ってない厚さなら大した物ではないのだろう。
「わざわざありがとうな、ほれ駄賃だ」
「わーい!マルコありがとう!」
「ありがとう!」
 元気に返事をし、子供たちは去っていく。その様子をほほえましく見守ってから、マルコは届けられた封筒を手にした。
「――は?」
 無機質な封筒はマルコに残酷な真実を突き付けた。身体の震えが止まらなく、手から一枚の紙がひらりと落ちた。
『ホリィ・レミリア 死去』
 それだけが書かれた紙がマルコの元に届いた。
 嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。あのレミィが、死んだのか?マルコの疑問を裏付けるように封筒からもう1つ何かが転がり出た。なんの装飾もないシンプルな片方だけのピアス、レミィがいつも付けていたピアスだった。物的証拠がこれは真実だと単調にマルコに告げる。
 今は動けないというのはいつか逃げ出すという意味ではなかったのか?どうして助けに行かなかった、大丈夫だろうと頼ってしまったのか。レミィ1人で世界政府にかなうはずないのだ。よく考えれば分かる話じゃないか。
 後悔と己の不甲斐なさが洪水のように押し寄せる。
「っあ、ぅ……レミィ、レミィ、レミィ――!!!」
 マルコは膝から崩れ落ち、救えなかった人の名を何度も呼んで泣き叫んだ。

「……最悪だ」
 また夢でマルコは目が覚めた。よりにもよってこの夢だ。そして一番最初に見た前世の夢でもあった。何もかも同じひとに再会してからの夢ではないだろう、と一人悪態をつく。レミリアはどうしているかと病室を覗けば、身体を起こしてまた窓の外を見ていた。
「おはようさん、レミリア」
「!……おはようございます」
 レミリアはたどたどしくもマルコに挨拶した。減ってきた点滴の量を確認しながら、レミリアを観察する。一昨日運び込まれたときよりかは顔色は良くなり、回復に向かっていることが分かった。
「昨日はよく眠れたかよい?」
「はい、とても」
「そりゃあよかった。なんか食えそうかい?」
「……はい」
 相変わらずレミリアは「はい」としか返事をしない。そう教えこまれ染み付いたものが抜けないのだろう。1日2日で取れるものではないとは分かっているが、違和感が強い。
「よかった、じゃあ朝飯にしよう。歩けるかよい?」
 レミリアは頷くと、ベッドから降りた。立ち上がって歩こうとするが、フラリとよろけてしまう。
「!」
「大丈夫か?」
 即座にマルコがレミリアの肩を支えた。レミリアはしばらく呆然とし、支えられた手をマジマジと見つめた。
「病み上がりなんだ、無理しないでくれよい」
 レミリアが両足で立ったことを確認し、マルコは手を離した。点滴が下がったスタンドを動かし、レミリアに渡す。レミリアはスタンドを受け取り、杖替わりにしてマルコの後に続いて歩いた。直線の廊下を進み、日が当たるダイニングにレミリアを案内する。二人掛けの小さなダイニングテーブルにレミリアを座らせた。
「男一人だから何にもなくてすまないよい。コーヒーは飲めるか?」
「はい」
 マルコは手際よくインスタントコーヒーを淹れ、トースターにパンを入れる。何かしなければ、と立ち上がったレミリアだが、またフラリと眩暈がした。
「まだ手伝おうとしなくていいよい。そうだな、その点滴が取れるまでは無理して動こうとしないでいい」
「……はい、ごめんなさい」
「わざわざ謝ることではないよい。取りあえずゆっくり食って落ち着いたらいい」
 マルコは焼けたトーストと淹れたてのコーヒーを自分とレミリアの前に置く。
「いただきます」
「……いただきます」
 マルコが食事に手を付けるのを待ってから、レミリアも食べ始めた。小さな口で食パンを頬張ると、パッと目が見開かれた。
「美味いかよい」
「はい、美味しいです」
 少しだけ明るい返事で食べ進めるレミリアは食欲はある様でひとまず安心した。美味しそうに食パンを頬張り、コーヒーに息を吹きかけ冷ます様は見ていて微笑ましい。可愛いなァと思わず素直に思ってしまう。早く食べ終わったマルコを見て、焦ったレミリアにゆっくりでいいとストップをかけながら、残ったコーヒーを飲み干した。
「昼は何食べたい。夜は?」
 そう聞くマルコにレミリアはさらにきょとんとした顔をした。少し戸惑っているのが明らかに分かる。
「気になったことがあれば何でも聞いていいよい。怒ることは絶対しねェからな」
「はい……あの、ご飯は一回じゃないんでしょうか」
 それを聞いてマルコは思わず固まってしまった。なるほどな、そりゃあ栄養失調にもなるわけだ。マルコの反応に戸惑うレミリアに、大丈夫だと声をかける。
「三食食べてもらわねェと悪くなる一方だ。今まではそうだったのか?」
「はい、そうでした」
「……そうか」
 環境は最悪のところだったらしい。親父やエースが知ったら激怒だろうな、と思いながらマルコは片付けに取り掛かった。
「大抵午前中は診察で、午後からは出かけてる。ここにあるものは好きに使っていいし、本はいくら読んでも構わねェ」
「はい」
「何か欲しいものあるか?あれば買ってくるよい」
「いえ、充分です。ありがとうございます、お医者様」
 お医者様、とはじめて言われマルコは皿を洗う手を止めた。やっぱりか、と現実を突きつけられる。なるべく優しい笑みを浮かべてから、マルコはレミリアの方へ顔を向けた。
「マルコでいいよい、レミリア」
「……分かりました、マルコ、さん」
 敬称略は難しいようだ。だがこれでいい、これでいいんだ、とマルコは自分に言い聞かせた。

「昼になったらまた呼びに来る。それまでベッドから動かなかったら好きにしていいよい」
「分かりました」
「よかったら暇つぶしに。置いておくよい」
 マルコは文庫本を数冊置いて、部屋を後にした。一人になったレミリアはベッドに寝転び、窓の外に目を向けた。数日前の自分に今の状態を話しても信じてはくれないだろう。柔らかいベッドでぐっすり寝て、ご飯が三食食べることができ、殴られることも罵声を浴びせられることもない。まるで天国のようだ、とレミリアは本心で感じていた。
「(でも、なんであの人は私によくしてくれるのだろう)」
 世話を焼いてくれる医者の存在がレミリアの中でずっと引っかかっていた。まだ売れる年齢のオメガだが、マルコは売る気がないらしい。それどころか解放して、自由になれとまで言うのだ。そこまでオメガに世話を焼くものなのか?それとも別の思惑が、いやそうは思えない。一体何故――
 太陽の陽気に照らされて、だんだんとうとうとしてきた。これ以上、考えることに脳のリソースは裂けそうにない。レミリアは諦めて、惰眠に明け暮れることにした。

 マルコに世話され過ごし始め、二週間が経った。病室とダイニングを行き来する生活だが、ゴミ溜での生活を思えば天と地の差だ。心に余裕が出来れば、考えることも増える。爽やかな風が吹く外を見れば、元気な子供の声が聞こえてくる。平和な風景にレミリアはずっと見とれていた。今、ここはどこなのだろう。あそこは何の施設なんだろう。ふと湧いた疑問は留まることを知らない。
「外見るの好きだな」
 じっと外を見ていれば、マルコが診察にやってきた。快晴の空を二人して見上げる。心地よい空気が病室に満ち溢れた。
「……あそこは何ですか?」
 レミリアは近くの建物を指さして聞いた。段々レミリアも気を許したのか、マルコと話すようになってきた。
「あそこは孤児院だよい。モビーディックって言ってな、おれもあそこの育ちだ」
「マルコさんも?」
「あァ、そうだよい。せっかくなら行ってみるか?」
「え?」
 レミリアは急な提案に思わず声が出る。いいんだよい、とマルコは優しくレミリアに笑いかけた。
「せっかく点滴も今朝取れたんだ。リハビリがてら散歩行くのもいいよい」
「あ、えっと……その」
「あァ、服か。流石に病院服じゃマズいな」
 レミリアの戸惑う声を完全無視して、マルコは待ってろと部屋を去ってしまった。しばらくして、紙袋を二つほど抱えて戻ってきた。
「洗濯はしてあるが、生憎これしかなくてな。行けそうか?」
 マルコが渡してきたのは真っ白いワンピースと少し大きめのサンダルだった。ここまでされてはレミリアも断ることは出来ない。黙って頷くと、着替えたら出てくるように言ってマルコは廊下に出た。少しガサガサと音がしてから、横開きの扉が開かれる。少し恥ずかしそうにレミリアが出てきた。思わずその姿にマルコは見惚れてしまう。ひざを少し覆うようなスカート丈に、細い生足。肩まで伸びた空色の髪が白いワンピースと素肌に綺麗に映えている。彼女を褒めつくす大量の言葉が漏れそうになるが、グッと堪えて似合ってると笑いかけた。
「なら、行こうか。杖は必要かい?」
「大丈夫そうです。歩けます」
 若干照れながら受け答えするレミリアが可愛くてしょうがない。快晴の下、孤児院までの道をゆっくり歩く。歩幅に合わせて歩くことなんてなかったな、とどうしてもマルコは思い出してしまう。レミリアはキョロキョロと辺りを見ながら、マルコの少し後を歩いていた。普段五分で行くを十分かけて歩き、モビーディックと掲げられた看板まで来た。門には可愛らしい鯨が二頭あしらわれ、賑やかな声が一段大きくなる。
「マルコだー!先生、マルコが来たよー!」
「ほんとだ!おーいマルコー!」
 子供たちがわっと窓から身を乗り出し、きゃいきゃいと騒ぐ。おーと手を振ってから、緊張で固まっているレミリアに入っていいよいと手招きした。レミリアはペコリとお辞儀をしてから先へ進むマルコの後に続いた。
「何だい、久しぶりじゃあないかマルコ」
「リハビリついでの散歩で来たんだよい」
 賑やかな園内で子供たちに囲まれた女性が出てきた。健康そうな黒い肌にがっしりとしたいい体格、真っ赤なリップがとても似合う女性だ。
「へぇ、その子が例の……!」
 女性はレミリアを見ると嬉しそうに頬をほころばせた。
「紹介するよい、レミリア。この人はエイダ、モビーディックの園長だよい」
「アンタがレミリアだね?私はエイダ。へぇ、偉いべっぴんさんじゃないか!」
「レ、レミリア…です」
 カチコチに固まってぺこりと頭を下げるレミリアを見て、エイダはハッハッハ!と豪快に笑う。
「恥ずかしがり屋さんだね?いいんだよ、そんなに畏まらなくても。久しぶりに外出て疲れただろ?今お茶を入れるよ」
 エイダはマルコとレミリアを残してお茶をいれに行ってしまった。勢いのある人に圧倒され、固まっているレミリアにマルコは声をかける。
「大丈夫だ、いい人だよい」
「は、はい……」
「ねーねー!お姉ちゃんはマルコの恋人?」
「こ、こいびとっ!?!?!?」
 急に子供に尋ねられ、レミリアの声は裏返る。顔が急に赤くなっていき、ショートしてしまいそうだ。
「違うよい。いつそんなませたこと覚えてきた」
「えー違うのかー」
「残念ー」
「なぁなぁ、そんなことより遊ぼうぜ!おれいっぱい玩具持ってんだ!」
 レミリアの回りにも子供が集まり始める。えっと、あの、と答えようとするが子供たちは言うことを聞かない。手をグイグイと引っ張られ、思わず転びそうになってしまう。
「きゃ…!」
 前のめりになったとき、ガシッと肩を掴まれる。転けそうなレミリアをマルコが支えてくれた。
「まだ本調子じゃねェんだよい。悪いな」
「はーい……」
 レミリアと遊びたかった子はしょげて大人しく返事をした。その様子を見ていたエイダが笑いながらお茶を持ってきた。
「なるほどねぇ…独占欲が強い男は嫌われるよ、マルコ」
 なんの事だか、とマルコは肩を竦めた。何も分からないレミリアは首を傾げ、エイダは笑いながら椅子を進めた。
「それで、親父はどうなんだい?最近電話もくれやしないのさ」
「あっちも色々立て込んでるみたいだよい。掘ったら色んなの出てきたそうだ」
 エイダとマルコの会話に参加せず、レミリアはお茶に口をつけた。庭でキャーキャーと遊ぶ子供たちを見ながら、何故か心がほっとした。
「それで、レミリアはどこか行く宛はあるのかい?」
「わ、私ですか?」
 急に話を振られたレミリアは驚き、エイダはそうさ、と頷いた。
「な、ないです。両親は昔亡くなりましたし、いた孤児院には、売られちゃいました、ので……」
「なんだって?」
 急にエイダは厳しい口調になる。突然飛び出したレミリアの過去にマルコも顔を顰める。
「13歳のときにオメガと分かって売られたんです。それなりの値段で売れたので、今更戻ってもいらないかと……」
 そこまで話して厳しい顔をするマルコとエイダにレミリアはハッとした。不味いことを話してしまった、今度こそ怒られる。顔から血の気が引いていった。
「ご、ごめんなさい……!」
「いや、謝ることは何一つないよ。辛いことを話させてすまなかったね」
 エイダは優しい口調でレミリアに謝った。レミリアはそんなことないと首を横にブンブン振った。マルコは相変わらず厳しい表情で、どこかに電話をかけ始めた。
「ねぇ、行く宛がないならウチに来ないかい?」
「この孤児院に、ですか?」
「そうさ、レミリアみたいにマルコに世話になってからウチにいる奴は沢山いる。親父のとこにいく奴もいれば、別のとこに行く奴もいるさ」
「エイダさんのお父様……」
 お父様、と言ったのがツボだったらしく、エイダはガハハハハ!と豪快に笑った。
「私の実の父親じゃないよ。孤児院の院長さ。ここの子供はみんなあの人の子供だ」
 私もマルコもね、とエイダはウインクして付け加えた。
「まぁシノギの金で運営出来てる場所だから、健全とは言えないけどさ。普通ならこぼれ落ちちまうものを拾ってくれるんが親父なんだ」
「……いい、方なのですね」
 どうだかね、とエイダは苦笑した。確かに褒められたものではないのだろうけど、これだけ子供たちが笑って幸せそうなら一つの正解なのではないか。
「カタギから外れてそっちの道に行く奴もいるが、大概はカタギだよ。私もマルコもグレーではあるけどね」
「そうなんですね」
「ウチの孤児院に来るにしろ、マルコのところで働くもレミリアの自由さ。時間はいっぱいある、ゆっくり考えな」
 エイダがそう言うと、マルコが電話から戻ってきた。どうだったんだい?と尋ねるエイダにビンゴだったよい、とマルコは答えた。何のことか分からないレミリアは相変わらず厳しい顔をしているマルコにオロオロした。
「マルコ、眉間に皺がよってるよ」
「!、すまねぇ。いつもの考え事だ」
「だとよ。レミリアもそんな強ばらなくていい。マルコは聞きたいこと聞いても怒らないよ」
 時間も時間だったので、またおいでとエイダはマルコとレミリアを送り出した。帰り道は少し早足で、無言の時間が長いこと続いていた。
「今日は一人にして悪かったな。エイダとは話せたかい?」
「はい、とてもいい人でした。あの孤児院はとても、素敵だと思います」
「そうかい」
 レミリアはふと足を止めた。夕焼けの先を見て、じっと動かない。マルコは少し戻ってレミリアの隣に立つ。しばらく無言で夕日を見つめていたが、ポツリとレミリアは吐露し始めた。
「私のいた孤児院は、皆商品価値が付けられていました。バース性も強く関係あったんです。ベータよりも、アルファ。アルファよりもオメガがランクは上でした」
「レミリア、話さなくていい」
「成績も、運動能力も対象でした。ある程度の年齢になれば、ランクごとに競りが始まって、みんなバラバラになっていきました」
「レミリア」
 マルコの言葉を遮ってレミリアはまだツラツラと話し続けた。
「……私は、私は、売られた人、そこで出来た友人、職員の顔、名前、関わった団体――全て覚えています」
「!」
「もし、役に立つならと思ったんです。そういうことを察するのは昔から、得意だったので」
 レミリアははじめてマルコの目をまっすぐ見つめた。瑠璃色の瞳は真剣で、レミィと何一つ変わらない覚悟を灯していた。
「使えるなら、使ってください。いつもお世話になってるので、これしか持ってるものがないんですけど……」
「……そっちの奴らと要相談する。お前はカタギだ、わざわざこっちに足突っ込む義理はないよい」
「分かりました」
 少し強めに釘を刺し、その日はそのまま帰った。夕日に照らされたレミリアの顔が脳からこびりついて離れない。この二週間で別人だと言い聞かせていたものが簡単に無駄になった。あの人に何一つ変わらない覚悟の仕方、瞳さえも同じだった。性格は若干違うが、もし正当に生きていればそうであったかもしれないと思わせられる。一人になった途端、ため息が止まらない。惚れてしまった重さと後悔の積年がどっと心臓に押し寄せた。その時、脈略なく携帯が鳴る。誰かと思えば昼間話していたサッチからだった。
「あァ、サッチか。どうした」
「おう、マルコ。遅い時間に悪いな」
 電話先からドタバタと忙しそうな音が聞こえる。あちらもかなり立て込んでいるらしい、真夜中に電話してきたのも相当急ぎの様があった様だ。
「早速本題だが、お前が昼間教えてくれた悪徳孤児院はすぐ見つかった。ウチとしてもかなり助かった案件だ」
「そりゃあ、よかった。で、本題はその先だろ?」
「あァ、売買してた連中が勘づいて逃げやがった。もしかしたらレミリアちゃんを狙ってくるから気をつけとけ」
 了解、とマルコが答えると、サッチはふーっと一息ついた。ライターでタバコに火をつける音が聞こえる。缶詰で働いているであろうサッチにお疲れさんと声をかけた。
「名前さえ分かりゃあ話は早いんだがなァ、仕方ねェから虱潰しに探すしか」
「……分かるぞ」
「え?」
 愚痴を零した相手から急に欲しかったものが降ってきて、間抜けな声が出る。
「それどういうことだ、マルコ!」
「レミリアだ。関わってきた人物の名前、顔、全部覚えている」
「マジか……ワンチャン教えてくれたりしねェか?」
 マルコは一旦深く考え込んだ。本人的には教えてもいいんだろう、だがマルコの中の罪悪感が足を引っ張っていた。
「明日、本人に聞いてみるよい。それでよかったらな」
「おお、ありがとう!」
「教えたからと言って絶対漏らすんじゃねェぞ」
「おう、当たり前だ!」
 一通りやり取りが終わって、サッチは大きくタバコを吸いこんだ。
「やけに今回は長引いているな」
「まあな。攻めたところがここ最近じゃ一番デカくてな……今はエースが最前線はってくれる」
「喧嘩事になりゃあ頼りになるな、アイツ」
 だろう?とサッチは嬉しそうに笑う。目をかけている新人の活躍が嬉しいのだろう。
「それに、今回の子はえらく気に入ってるんだなマルコ。いつもならここまで世話しねェだろ」
「普段は、な。今回は酷く体調が悪いだろ、それも考慮してだ」
「それも踏まえてだよ。女やオメガにびた一文動かなかったお前がここまでやるんだ。なァ、惚れちまったのか?」
 サッチはニヤニヤした口調で聞いてきた。同じ場所で育ったサッチは会ってはいないのに鋭く察してくる。マルコは諦めたようにため息をつき、惚れたってもんじゃねェ、と返した。
「言うのは難しいが、執念が生まれちまった。酷ェもんだよい」
「よく分からねェが、運命ってやつか?アルファとオメガにはそういうのあるんだろ?」
 運命の番、かとマルコは繰り返し呟く。世界の何処かに、自分だけのアルファ、オメガがいるというものであり、他の人と番っていても本能で運命の方を選んでしまう、というのだ。そんな御伽話を信じたことはないが、前世の記憶があるならばもしかしたら、なんて無駄に考えてしまう。
「さあな、どうなんだろうよい。おれの問題だから、気にしてもらわなくて大丈夫だよい」
「そうきたか。ま、いつでも相談には乗るからよ」
 こういうところでサッチは優しいのだ。その優しさに甘えて、マルコはありがとうよいと礼を言った。
 翌朝レミリアに許可を求めると快く返事をもらい、手際が良すぎるぐらい事がとんとん拍子に進んだのだった。

 そんなこんなでレミリアが診療所に来て二か月が経った。レミリアの体調はしっかりと回復し、日常生活に支障がないまでになった。そのレミリアは毎日孤児院に通い、エイダの手伝いをしている。あまりにも手際よく仕事が出来るものだから、少ないながらお小遣いをもらっているようだ。孤児院の方に生活拠点を移す話も進んでおり、着々と離れていく準備が進んでいた。
「そういえば、最近マルコとはどうなんだい?」
「マルコさん、ですか?至って普通、だとは思いますが」
 エイダにマルコはどうだと聞かれ、レミリアは迷った末そう答えた。なるほどねえ、とエイダは苦笑した。レミリアには何のこかさっぱり分からず、首を軽く捻った。
「大丈夫さ、仲良けりゃあいいんだよ。ところでここに来てから随分立つが、ヒートはどうなんだい?」
 エイダに言われ、自分の首につけられた首輪をそっと撫でる。三か月に一回自分の意志とは関係なく起こるオメガの発情期。一週間は動けない、何よりも辛い時期だ。
「かなり不定期なんで、分かりません……でも、抑制剤は貰っているんで、何とかなりそうです」
「そうかい、じゃあ楽になりそうなんだね」
 よかったとエイダは笑い、それが終わったら帰っていいよとレミリアに告げた。一人部屋に残されたレミリアは着々と仕事を片付けていく。もうすぐあの診療所を離れ、ここで生活することになる。それが少し寂しくなりつつあった。ご飯を向かい合って食べる日も、残り少なくなりつつある。今日は何を作ろうかと考えながら、立ち上がったときだった。
 バタン!!!
 フラリと視界が歪み、両手もつく余裕もなく床に倒れ込んだ。倒れた瞬間身体が焼けるように暑くなり、指先一つ動かせなくなった。
「な、、んで……」
 考える間もなく意識がぐらつき、声を上げることもままならない。
「――レミリア、レミリア!!!」
 最後に聞こえたのは駆け込んで自分を抱えるエイダの声だった。
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