このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

【OP夢】これを運命と言わずして何と云う【マルコ】

 冷たい風が頬を撫でる。重たい門が閉まって、今までいた戦場は見えなくなった。大丈夫だ、あの情報屋なら必ず上手くやる。今だけだと言っていた、彼女を信じよう。そう何度も何度も自分に言い聞かせる。また、波が派手に飛んだ。
 
「また同じ夢かよい」
 マルコはため息をつき、身体を起こす。夢のせいで目覚めは悪い。ぼんやりと明るくなりつつある空を見ながら、目を擦った。
「全部思い出したから、夢にまで出る必要はねェと思うんだよい」
 思い出した、という言葉はマルコにとっては違和感を感じる。窓から見る景色は海ではない。今いる場所も船ではない。ここは命を削る戦争も、悪魔の実も、海賊も海軍もいない時代。かつて戦いに明け暮れた前世とは全くの別世界だった。

 前世の記憶があると気づいたのはもう30年以上も前のことだ。蒸し暑い日の夜、夏風邪を引いた時、最悪の悪夢を見た。それからは芋ずる式に記憶がフラッシュバックし、その記憶が前世のものであると理解した。
 だからと言って特段変わったことはない。目指す道も、心構えも、生き方も変わることはなかった。ただ大きな後悔を背負い込むことになってしまったが。
 紫色に揺蕩う朝焼け雲が段々と消えていく。アイツもこんな朝焼けを見たことがあるのだろうか。前世で恋人のような特別な存在のことが頭にこびりついて忘れられない。彼女のことを悪夢を見た日から思わなかった日はない。淹れたてのコーヒーを啜りながら、マルコは遠くを見つめていた。

「お、マルコ!おはよう!」
「おはようさん、エース」
「今日は親父の診察かー?」
「そんなとこだよい」
 普段個人医を営むマルコだが、直接出向くこともある。そんな彼が必ず出向くのが孤児院モビーディックを運営する白ひげ組の本拠地だ。何を隠そうマルコもこの孤児院出身である。院長である70を過ぎた大男、エドワード・ニューゲート、通称白ひげの診察に訪れるのだ。
「おう、親父元気か?」
「1週間前に見ただろ?てめぇにまだ心配される歳じゃねェよ」
 酒をぐびぐび飲みながら、グララララ!と豪快に笑う。その酒をやめてくれればかなり良くなるはずなのだが、マルコは止めることはしない。
「まあ変わりはねェよい。大丈夫そうだ」
「だろう?お前こそどうなんだ、マルコ」
 ぼちぼちだとマルコはヘラヘラと笑い、勝手にグラスを持ってくる。そこら辺に散乱する瓶を手に取り、飲み始めた。
「早く結婚でもしてくれりゃあいいんだがな。ウチの奴らはどうもそうはいかねェ……」
「そりゃあご生憎様だ。おれはその気がねェもんでな」
「え!?マルコ、結婚願望ねェのか!?」
 部屋を通りかかったエースがどデカい声で会話に入ってきた。うるせぇのが来たとマルコは顔を顰めるが、白ひげは楽しそうに笑う。
「まあ、ねェよい。急にどうしたんだ」
「いやぁ、最近バー行ったろ?そん時に女の子みーんなマルコのこと良いって言ってたから」
 またもや通りかかったサッチがエースの話に補足を入れる。なるほどな、とマルコは頷いた。
「かなーりモテてるご様子だから嫉妬したんだろ、エース」
「違ェよ!断ってたから番でもいるとは思ったんだ!」
「あー……そういう事かよい」
 この世界にはもう1つ性がある。α・β・Ωの三種に分けられ、生殖に直結するものだ。アルファは最上位の性であり、オメガを番に出来る。優秀な遺伝子を持つとされるアルファはそういう面でもモテるのだ。
「アルファだからと言って必ず番がいるとは限らねェよい。オメガの方が希少だから大抵はベータだ」
 オメガはアルファより断然数が少なく、アルファと番になるものは少ない。発情期があるオメガは不出来と見なされ、犯罪組織間で売買される者、アンダーグラウンドで働く者がいることは少なくないのだ。
「親父、いるか!」
「どうしたんだ、イゾウ。急用か?」
 そんな雑談をしている時、イゾウが忙しなく飛び込んできた。緩かった空気とは真反対の張り詰めた空気に変わる。
「あァ、抗争先で奴隷が大量に出てきた。奴ら人身売買のディーラーの大元だった」
「なるほどな。命はあるか?」
「8割は健康だ。1人ヤバいオメガがいるが」
「……マルコ」
「あァ、いいよい。イゾウ、ウチに運んでくれ」
 白ひげの一言でマルコはすぐ動いた。助けられる命なら、出来るだけ救ってやりたい。それが拾ってくれた白ひげへの恩返しでもあった。
 診療所に着くと、イゾウの車がもう止まっていた。早く診てやらねェと、と気持ちが急ぎ自然に早足になる。
「イゾウ、患者はどこだ?」
「いつもの病室だ。止血はしたが、意識がない。ゴミ溜に埋もれていた子だ」
「……最悪だな」
 胸糞悪い話を聞きながら、オメガが寝かされているベッドに近づく。運び込まれたオメガの顔を見た瞬間、マルコは固まってしまった。
「どうした、マルコ?」
「――嘘、だろ」
 大きく目は見開かれ、指先は震える。信じられなかった、現実だと思いたくなかった。
 前世でマルコが心底惚れ、関係を築いた女――レミィとそっくりな容姿の人物が寝かされていたのだ。頬には大きな傷、腕には幾つもの根性焼きがされ、細い首には似つかない首輪、顔色は悪く痩せ細っている。ヒューヒューと微かな呼吸音しか耳に入ってこなかった。
「――コ!!!マルコ!!!」
「っ!あァ、すまねぇ」
 イゾウの声でマルコは現実に引き戻された。
「大丈夫か?お前がそんな動揺したの、はじめて見たぞ」
 もしかして、知り合いだったか?とイゾウは心配そうに聞いてくる。
「あァ……悪かった。もう大丈夫だよい」
 マルコは大きく頭を振ると、治療に取り掛かった。まずはこの仔を治してやろう、健康に、可憐に美しく、傷1つ残さない身体に。それが今出来るマルコの精一杯の償いであった。

 どれくらい時間が経ったのだろう。オメガの仔は意識こそ戻らないが、体調は回復しつつあった。幾つも付けられた傷はすぐ消えることはないだろうが、時間とともに消えていくだろう。それくらい丁寧に治療した。
 少女が眠っているベッドの側に突っ立ち、その顔を穴が空くほどマジマジと見つめる。本当にそっくりだ。透き通るような肌の白さも、長いまつ毛も、柔らかそうな唇も、別人とは思えないほどだ。痩せこけて骨ばっているところが唯一の違いだと思わせるくらいに似ていた。
「……どうして、どうしてまたお前はこんなことに……!」
 マルコは唇をギュッと噛み締めた。前世での忘れられない強い後悔がどっと波のように押し寄せる。思いに溺れて、電話が鳴ったことにさえ気づいていなかった。
「……もしもし」
「あァ、ようやく出たかマルコ。大丈夫か?」
 電話をしたのはサッチだった。
「イゾウがお前の様子がおかしいって言ってたからな。かけても出ねェし、親父も心配してたぞ」
「それは…悪かったよい」
「いいんだ。それで、例の子はどうだ?」
「命はある。意識はまだ戻ってねェ」
 預かったオメガの子の状態をマルコは伝える。そうか、とサッチは言い、家業の話を始めた。
「その子は今回のウチの抗争先で数ヶ月前に買われた子だ。オメガで重宝されていたらしいが、対応は見ての通りだな。希少価値が、とか市場値段とかとやかく言ってたが、まあ大丈夫だ」
 つまり少女の縁は気にしなくていいということだろう。もう売買されることはないことにマルコはほっと一息ついた。
「これからどうしたいかはあの子次第だが、その前に親父がお前と話したいと言ってる」
「親父が?おれと直接?」
 そうだ、とサッチは念を押した。動揺の報告は白ひげにもいっているのだろう。その上での話だ。
「その子の体調次第だが……こっちに来れそうか?」
「あァ、容態も大分安定している。明日行くよい」
 明日の予定をサッチと話し、マルコは電話を切った。少女は静かに寝ていて、目を開けることはない。様々な思いがマルコの中でぐるぐる煮詰まっていた。

「よお、マルコ。寝れたか?」
「いや、あんまりだ。それで、何の用だ親父」
 呼び出されたマルコは白ひげと2人部屋で話していた。
「昨日えらく動揺したらしいじゃねェか。知った顔だったか?」
「……いや」
「それとも、お前の“前世”ってやつか」
 やはり白ひげは分かっていた。唯一、マルコが前世のことを話したのも白ひげだった。ティーンのときはそれで少し荒れた時期もあったが、ここ20年は何事もなかったかの様に過ごしていたのである。
「あァ、その通りだよい」
「お前の女だったのか」
「まぁ、そんな感じだ。互いに言ったことはなかったよい」
 マルコは遠くを見つめながら懐かしそうに話す。遠い過去が鮮明に昨日の出来事のように思い出された。
「言っちゃあ悪いが、嬉しいものではなさそうだな。随分なことがあったんじゃねェか?」
 暗い顔のマルコに白ひげは尋ねる。ずっと思いつめたような表情のマルコは水を一杯飲み、息を吐きだした。
「……前世での唯一の後悔だよい。おれが信用しすぎたのが悪かった」
「……」
 辛そうに話す息子に白ひげは何も言うことはなかった。苦悶しているマルコの頭を大きな手で撫でる。
「何があったかはお前にしか分からんが、お前の好きにしたらいい。こっちに預けたいなら文句は言わねェ」
「……あァ、ありがとう親父」
 話が一段落したところで、マルコの携帯が鳴る。失礼、と一言断って電話に出た。
「おう、どうしたんだよい」
「あ、マルコさん!例のガキが目ェ覚ましました!」
「!すぐ行く。まだ寝かせといてくれ」
 電話を切ると会話の内容から要件を察した白ひげは行ってこいと頷いた。少し焦った様子で出ていくマルコを見つめながら、一升瓶に口をつける。
「もしかしたら、孫の顔は思ったよりも早く見れるかもしれねェな」
 もしかしたらのイフの運命。誰もがそれを予期させるような事態だった。

「お疲れ様です!マルコさん!」
 診療所に戻ると、見張りにおいた者がマルコを出迎えた。ありがとう、と礼を言ってマルコは足早に病室に向かった。少女がいる病室の前で深呼吸してから扉を開ける。少女はベッドの上で上半身を起こし、窓の外を見ていた。扉を開けた音に気が付くと、マルコの方に首を向ける。澄んだ瑠璃色の眼は緩く開かれ、不安そうにマルコを見つめていた。
「レ――」
 思わずあの人の名前が口から洩れそうになる。かつて惚れ込んで愛した女と生き写しの人物がそこにいた。
「――目が覚めたかよい」
 違う、この仔は彼女じゃない。無理くり頭で理解すると、マルコは少女に声をかけた。ビクッと肩を震わせて俯く少女の隣に腰かけ、マルコはゆっくりと話を始めた。
「身体にあった傷は出来る限り治療した。危害を加えるつもりはねェから安心していいよい」
 少女は自分にまかれている包帯を触り、微かに頷いた。警戒心は解かれてはいないだろうが、話は聞いてくれそうだ。
「自己紹介が遅れたな。おれはマルコ、医者をやっている」
「………」
「よかったら、名前を教えてくれねェか?」
「………」
 なるべく優しい口調で話しかけるが、少女は話そうとしない。先程の頷いた反応からコミュニケーションが取れないわけではなさそうだ。となれば別の要因で口を開かないのだろう。経験筋からいくつか予想は出来たマルコは一つ試してみることにした。
「話していいんだよい」
「……はい。私は…レミリア。女です、オメガです」
 ようやく少女は口を開いた。やはり、話すなという指示がされていたのだ。それを解いてやらないと話さない奴隷は悲しくとも一定数いる。レミリア、とマルコは繰り返し、レミリアを見て頷いた。
「そうか。悪いが暫くここにいてもらうことになる。身体の損傷と栄養失調が激しいからな」
「はい」
「元気になればここから出ていっていいよい。おれの身内が経営する孤児院があるから、そこから仕事を探してもいいし、やりたいことなけりゃそっちで暮らしてもいい。家族の元に帰りたきゃその手伝いもする」
「……」
「ここまでで何か気になることあるか?」
 レミリアは考え込んでしまったように固まってしまった。暫くそっとしておくと、何か聞きたそうな素振りを見せる。
「聞きたいことあれば聞いていいよい」
「はい。私は次どこに売られるのでしょうか?」
「……」
 そう来たか。酷く重いものがマルコの心臓に押しかかる。奴隷生活が長い者は、度々こうした質問をしてくる。自分は売られて当然だと信じて疑わないのだ。だが、マルコには別の意味で苦しくなった。
「どこにも売らねェよい。誰にも縛られないで、自由になるんだよい」
「……」
 どうも腑に落ちてないレミリアだが、首を縦に振った。
「無理に頷かなくていいよい。毎日診察に来る、今日はもうゆっくりしておけ」
「…はい」
 背をベッドにつけたレミリアを確認してから、マルコは病室を後にした。自分の部屋に戻ってから、深い深いため息をついた。
「名前まで同じ、か」
 前世のレミィはあだ名で、本名はレミリアだった。ずっとレミィと呼んでと言われ続けたから、思わず呼んでしまいそうになる。酷く自分を警戒した様子、また奴隷だったこと、痩せこけて弱々しいこと。あんなに強かった彼女からは考えられないほど弱っていた。もしかしたら、と可能性を考えてさらにため息は大きくなる。しばらく健康になるまで様子見するしかない。これからを決めるのはレミリアだ、おれではない。そう頭では分かっていても、今度こそ失いたくない、手放したくないという思いが増幅していく。どんどん膨らんでいく独占欲は制御できない。カルテを作る手を止めて、何度も何度もため息をついた。
2/10ページ
スキ