「分からない」だけ


 現在は強引に登校させるようなことはしていないというのだが、このまま完全に不登校になってしまっても困るだろう。
 そろそろ菱人が痺れを切らすかも知れない。

 華倉は自分の中学時代を思い出し、そのことが気掛かりになる。
 菱人は劣等生だった華倉に対しても厳しかった。
 それが今度は自分の子どもともなると。

「容子さん」

 華倉が急須を持ち上げながら、容子を呼ぶ。
 なぁに、と応える容子に、華倉は視線を向けずに伝える。

 これは完全に、俺個人の意見つうか……お願いなんですけど、と前置きして。

「原因はきっとあると思うんですけど、今は広政にもそれが何なのか分からないんだと思うんです。だから何を伝えたくても何も出て来ない」

 ゆっくり、湯飲みに少しずつお茶を注ぐ。

 容子は黙って華倉の言葉を待ってくれていた。

「怖いのは本人も同じです。必死に訴えようとしているのもそうですから……その」

 急須を深く傾けて、最後の一滴まで出し切る。
 ぽた、と落ちた滴を見届けて、華倉は告げた。

 きっと、ここで容子に頼んでおかなければ、広政は菱人に潰されてしまうだろう。
 そんなことはないと信じてはいるが、悪い妄想は勝手に浮かんでしまった。

「だから、追い詰めることだけは……やめてください」

 いつか言葉に出来ることもあるかも知れない。
 逆に、一生分からないままの可能性もある。

 でもだからと言って、責めることはやめて欲しい。
 責めても余計に混乱させるだけだから。

 華倉は静かに急須を置いた。
 それから茶葉を片付けようと流しを振り向く。

 けれど、その急須を持つ手を、容子が止める。
 わたしがやっておきます、と容子が言ってくれた。

 大丈夫ですとやんわり断ろうとした華倉だったが、不意に容子のその目に気付いて、引き下がる。

「……ありがとね」

 容子はただ一言、そう告げた。

 華倉もその言葉の真意を理解して、頷くと、急須から手を離す。
 お願いします、と後片付けを任せて、お盆を持った。


2020.6.8
3/3ページ
スキ