愛されて来た君へ

「……だから、しょんない、か」

 ん、と自分の頬を軽く、両手でぺちぺち叩いて、自分に言い聞かせた。
 何、と龍一の不思議そうな声。
 わたしはお父さんと梛月に向けて手を合わせて、ひとりで頷く。

「幾らわたしが自分を責め続けても、それじゃ梛月もつらいだけだし。だったらわたしは生きる。それだけが自分のためにも、梛月のためにもなるだろうから」

 そう、その「ただ生きるだけ」が、わたしに残された供養の方法だ。

 この先もきっと罪悪感に襲われるだろうし、生きていることすら忘れる多忙な日もあるだろう。
 それでも、生きてみようと、今日改めて思えた。

「……来て正解だったな」

 龍一が呟く。
 うん、とわたしは強く頷いた。

 さむい、と肩を縮こませるわたし。
 そろそろ行くか、と龍一がわたしの手を取った。

「あんたの手も冷たい! 氷掴んだみたい!!」
「結希も大体一緒だぞ」

 つべたい、と龍一が苦笑した。
 お互い手袋をして来ないという強気のスタイルである。

 車に乗り込み、龍一が暖房を付ける。
 わたしはそれすら待ち切れず、息を吹き掛けて、とにかく自分の手を温めた。

「あ~急に思い出した~。実習始まる~」
「いきなりだな」

 ほんといきなり、思考が現実に戻って来てしまった。
 今大学自体は受験シーズンってこともあって講義はないんだけど、その分実習が盛り沢山なのだ。
 分かっていたつもりだったけど、無意識に逃避してたのかも。

「まぁ避けては通れないよな。アドバイスがてら言っておこう、予想の3倍ハードだ」
「ナチュラルに脅かされた!」

 龍一も医学部生であり、今4年生なので、わたしよりもだいぶ実習もこなしてきている。
 そんな龍一からの言葉のせいか、妙な重たさがあった。

「うーん、でも外科の龍一とは違って……わたしのは産科だからなぁ……」

 科が違うことが、必ずしもラクなわけじゃない。
 他人の健康、命に関わっていることに変わりはない。
 でも、科が違うってことは、多少使う技術や知識は異なる。
 産科は果たして、外科よりもハードか否か……。

「まぁそれは現場行かなきゃ分からないなぁ。医院にもよるし」

 わたしの通っていた女子校の方向へ走りながら、龍一が告げる。
 そりゃそうだ、と理解はしているんだけど、やっぱり不安は抱えてしまう。

 この2年間、バイトとの両立だってギリギリだったしなぁ……。
 正直なところ、今はまだ「1年目よりは慣れた」ってだけで、平気なわけではない。
 今後は卒業まで、バイトすら出来なくなるかも。

「自分で決めた進路とは言え、かなりの難易度」
「結希さん今更~」

 隣で龍一が茶化してくる。
 てめぇー、とちょっと怒って見せるわたしに、龍一が続けた。

「どこまでも楽しめるって意味でしょ」

 かなりの難易度、って。
 ……こいつは。

「天才ってこんなに考え方違うもんなの?」

 何でそんな気楽に構えてられるの、とわたしはちょっと嫌味っぽさを出して呟く。
 能天気だな、なんて思っていたわたしに、龍一は淡々と答える。

「余計な力を入れないためだよ」

 ……まぁ、それは、何となく分かるわ。

 女子校が近付くにつれ、周囲には、同じように振袖を着た女の子がちらほら見える。
 懐かしさと同時に、緊張感と高揚感。

 今日までよく生きたな、わたし。
 出来れば今後も、よりよく生きていこうね、わたし。


2019.01.10
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