Family's Birthday

 取り敢えず聞いた予定を簡単にカレンダーに書き込む。
 それでねそれでねー、と話を続けていた蒔哉に相槌を打っていた浅海が、俺に訊ねる。

「何? 何かあったの?」

 きょとんとしている浅海に、俺も首を傾げながら答える。

「……何か、親父、紫綬褒章(しじゅほうしょう)貰ったから、今度の土曜祝賀会やるから来いって」
「……ん?」

 しじゅ、と浅海も怪訝そうな顔付き。
 そりゃそうだ。
 紫綬褒章は、国から貰える文化勲章のひとつだ。

 ……親父!!?

「えっ、あの親父さんそんな凄いところまでいっちゃったの!?」

 浅海も理解したらしい、吃驚して叫ぶ。
 浅海のお膝に座っていた蒔哉がきょとんと浅海を見上げるほどに。
 みたい、と俺も頷きながら驚いていた。
 だって……全然そんな凄い人には見えないもんな……。

「なに? おじいちゃん、何かのコンクールで賞でも獲ったの?」

 李依にはまだ紫綬褒章の意味が分からないなりに、自分なりにそういう内容だとは把握したらしい。
 李依は冴えてるよな。
 うんそう、そんな感じ、と俺が答えると、おおー、と目を見開く李依。

 まじかよ。
 しかもいきなり紫綬褒章って。
 取り敢えず自分を落ち着かせながら、母親からの伝言を伝える。

「なので、次の土曜に実家に行きます。多分泊まりです」
「わぁーい! お泊まり~!」

 はーい、と返事をする浅海と蒔哉、そして喜ぶ李依。
 一応女の子の孫ってことで、うちの母親が結構李依を可愛がってくれているので仲良しなのである。
 明らかにわくわくし始めた李依が、楽しそうに漢字ドリルに移った。
 この子……将来が楽しみ。

 じゃあ蒔哉も頑張るぞー、と浅海は蒔哉を抱っこして、李依の隣まで連れて行く。
 むむむ、と嫌だという表情を全面に顔に出しながらも、大好きなパパと一緒に居られるため、渋々机に向かう。

「そうそう、蒔哉の大好きな醤油せんべいを、パパとお姉ちゃんと分けたいんだ」
「えっと、じゃあパパにいちばん大きなのあげるね」
「うーん、嬉しいけど出来れば同じ大きさにしてみようか」

 何このほんわかっぷり。
 可愛いなぁ、とほのぼのしながら浅海と蒔哉を見ていると、不意に李依に呼ばれる。

「ねぇ、おじいちゃんは何の賞を獲ったの?」

 李依のその質問に、俺は曖昧に笑う。
 実を言うと、今でもよく分かっていないんだ。

 親父は大学教授で、とにかく研究第一、解析分析大好きな学者だ。
 本人曰く、没頭すると時間の概念が吹っ飛ぶらしく、気付くと3日経っていたなんてましな方らしい。
 それくらいのめり込んでしまう、一種のヲタクである。

 そんなわけで、母親と結婚するまでは、大学の研究室に籠もりっきりなんて生活をしていて。
 俺が産まれたときは、流石に家にいてと言われて、夜は帰って来たのだが。
 俺が今の李依と同じ10歳になる頃には、また以前の研究生活に逆戻り。
 月曜の朝に出て、金曜の夜に帰って来る日々が定番となった。

 一方の母親は学校を出てから看護師一筋で、今も現役で勤めているベテランさん。
 なので日勤、夜勤、朝勤とシフトはバラバラで、結果、俺はひとりで家にいることが多かった。
 だから、俺は同性愛者だけど、こうやって楽しく過ごせる家族というものに、漠然とした憧れは抱いていた。

 母親としては、夜勤のときくらいは親父に家に居て欲しいという希望もあったんだろう。
 何だかんだ俺はまだ子供だったし、母親は出来る限りの面倒は見てくれたけれど、やっぱり手が回らないところもあった。
 その所為かお陰か、俺も何と無く家事が出来るくらいにはなったので、まぁ結果オーライなんだけど。

 だから、俺の日常の中に、親父の存在感ってあまりなくて。
 親父はあんなに研究大好きなヲタクなのに、家ではその手の話は全くしない。
 俺が見ている「北斗の拳」なんかを、黙って一緒に見ていたことはあるけど。
 この人は一体何なのだろう、と不思議に思えてならなかった。

 しかし、まぁ、そんな奇特な人間だったため、だろうか。

「今回おじいちゃんが貰ったのは、紫綬褒章って言ってな、国家がくれる文化勲章のひとつだ。『貴方は立派な功績を残し、文化の発展に影響を与えましたことを表彰します』って」
「……おおおおお~~~!!!」

 すごぉぉぉぉい! と大はしゃぎの李依。
 ほんとだよ、息子の俺だって未だに信じられないよ。
 俺の説明を横で聞いていた蒔哉も、そうなの、と浅海に訊いている。
 浅海も頷いて、「立派なおじいちゃんなんだぞ」と笑う。

「だから、次会った時は元気よく『おめでとう』って言ってあげような」
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