呪限夢(じゅげむ)
砂蔵殿は肺を患い、鳳凰様に看取られながら息を引き取った。
勿論、鳳凰様は食い下がった。
そう易々と諦めないでくれと、生に執着して欲しいと。
けれど、砂蔵殿は穏やかだった。
「砂蔵殿は確かに鳳凰様を愛していた。喜びも悲しみも、鳳凰様と生きてこそとも言えるほどに。けれど、砂蔵殿には誇りがあった」
「誇り?」
一旦言葉を切った私に、逢坂がその言葉を繰り返す。
それは、とても些細な、でも温かく、やり切れない誇り。
「……あの人は、人間として命を全うしたいと言ったんだ」
それだけは、鳳凰様にも触れさせない領域だった。
あの人は鳳凰様と共に生きることと、同じように生き続けることは別物だと知っていた。
愛することも、暮らすことも、同じ方向を向いて生きることは出来た。
けれど、それは総て、「人間」という砂蔵殿の誇りがあってこその願いだった。
「決して鳳凰様と生きてゆくことが嫌なわけではない。それも砂蔵殿の信念のひとつだったのだろうな」
「……それも推測なんですね」
私の話が終わるとほぼ同時に、ふうん、と頷いて、逢坂はそう呟く。
しかしその反応の仕方は素直な感じが読み取れた。
やはりそこが、人間と聖獣との違いなのだろうか。
正直、私には今も理解が出来なかった。
何故あんなにも穏やかに、最期の最後まで、砂蔵殿は笑っていることが出来たのか。
……もしかしたら、あれは、鳳凰様への気遣い、だったのだろうか。
「でもあの鳥なら、無理矢理にでも延命させてしまいそうではありますけど」
腕を組んで、ふむ、と首を傾げて逢坂が呟く。
失うことへの恐怖と絶望が、相手の願いを無下にすることもある。
でも、それはやはり、無理だったと思う。
「したくても出来なかったんだろう」
小声で私がぽつりと零す。
ん、と逢坂が反応した。
私はその時、自分がどういうつもりだったのか、いまいち判断が付かない。
もしかしたら、救いを求めていたのかも分からない。
「片翼の状態では、命を分け与えることが出来ないんだ」
今の鳳凰様……いや、もう遥か以前からのこと。
砂蔵殿すら救うに救えなかった、原因。
片翼、と逢坂の声が聞こえた。
「鳳凰様は現在、聖獣としてのその力を半分殺(そ)がれているんだ。その状態を片翼と呼んでいる」
私が従者をしているのも、それが原因だ。
そんな弱っている状態の鳳凰様をひとりにさせておけないのだ。
何故、と不思議そうな逢坂。
私はそのまま、言葉を続けようとした。
「……もう覚えていないほど前だが……はく――」
ポーン、という機械音と共に、私の持っている受付表の番号が呼び出される。
同時に、その音で我に返った。
何ですか、と続きを急かすような口振りの逢坂。
しかし私は小さく深呼吸をして、気持ちを切り替えた。
「……お喋りが過ぎた。ここまでだ」
荷物を持って椅子から立ち上がった。
私が突然話を切り上げたので、真面目に聞いていたらしい逢坂は、はァ、と驚いていた。
「ちょっと! そこまで話したなら最後まで言えよコラァ!」
そんな風に怒鳴ってはいたけれど、逢坂も番号が回って来たらしい、私の席から離れたカウンターに呼び出される。
受付の女性と用件を話しながら、反省した。
私が勝手に喋っていい話ではなかったな、と。
幸い、私の用件の方が先に終わったらしい、逢坂の背中を確認して、さっさと区役所を後にした。
2018.4.30
勿論、鳳凰様は食い下がった。
そう易々と諦めないでくれと、生に執着して欲しいと。
けれど、砂蔵殿は穏やかだった。
「砂蔵殿は確かに鳳凰様を愛していた。喜びも悲しみも、鳳凰様と生きてこそとも言えるほどに。けれど、砂蔵殿には誇りがあった」
「誇り?」
一旦言葉を切った私に、逢坂がその言葉を繰り返す。
それは、とても些細な、でも温かく、やり切れない誇り。
「……あの人は、人間として命を全うしたいと言ったんだ」
それだけは、鳳凰様にも触れさせない領域だった。
あの人は鳳凰様と共に生きることと、同じように生き続けることは別物だと知っていた。
愛することも、暮らすことも、同じ方向を向いて生きることは出来た。
けれど、それは総て、「人間」という砂蔵殿の誇りがあってこその願いだった。
「決して鳳凰様と生きてゆくことが嫌なわけではない。それも砂蔵殿の信念のひとつだったのだろうな」
「……それも推測なんですね」
私の話が終わるとほぼ同時に、ふうん、と頷いて、逢坂はそう呟く。
しかしその反応の仕方は素直な感じが読み取れた。
やはりそこが、人間と聖獣との違いなのだろうか。
正直、私には今も理解が出来なかった。
何故あんなにも穏やかに、最期の最後まで、砂蔵殿は笑っていることが出来たのか。
……もしかしたら、あれは、鳳凰様への気遣い、だったのだろうか。
「でもあの鳥なら、無理矢理にでも延命させてしまいそうではありますけど」
腕を組んで、ふむ、と首を傾げて逢坂が呟く。
失うことへの恐怖と絶望が、相手の願いを無下にすることもある。
でも、それはやはり、無理だったと思う。
「したくても出来なかったんだろう」
小声で私がぽつりと零す。
ん、と逢坂が反応した。
私はその時、自分がどういうつもりだったのか、いまいち判断が付かない。
もしかしたら、救いを求めていたのかも分からない。
「片翼の状態では、命を分け与えることが出来ないんだ」
今の鳳凰様……いや、もう遥か以前からのこと。
砂蔵殿すら救うに救えなかった、原因。
片翼、と逢坂の声が聞こえた。
「鳳凰様は現在、聖獣としてのその力を半分殺(そ)がれているんだ。その状態を片翼と呼んでいる」
私が従者をしているのも、それが原因だ。
そんな弱っている状態の鳳凰様をひとりにさせておけないのだ。
何故、と不思議そうな逢坂。
私はそのまま、言葉を続けようとした。
「……もう覚えていないほど前だが……はく――」
ポーン、という機械音と共に、私の持っている受付表の番号が呼び出される。
同時に、その音で我に返った。
何ですか、と続きを急かすような口振りの逢坂。
しかし私は小さく深呼吸をして、気持ちを切り替えた。
「……お喋りが過ぎた。ここまでだ」
荷物を持って椅子から立ち上がった。
私が突然話を切り上げたので、真面目に聞いていたらしい逢坂は、はァ、と驚いていた。
「ちょっと! そこまで話したなら最後まで言えよコラァ!」
そんな風に怒鳴ってはいたけれど、逢坂も番号が回って来たらしい、私の席から離れたカウンターに呼び出される。
受付の女性と用件を話しながら、反省した。
私が勝手に喋っていい話ではなかったな、と。
幸い、私の用件の方が先に終わったらしい、逢坂の背中を確認して、さっさと区役所を後にした。
2018.4.30