呪限夢(じゅげむ)

「……鳳凰様は基本的には聡明な方だ。判断を誤ることはないし、後悔なども殆どしない」

 そう、永く生き続けてきたからこそ、それが出来るようになったのだ。

 人が変わるということは、世の中が変わるということ。
 世の中が変わるということは、生き方が変わるとも言える。
 いつまでも過去を懐かしんでばかりではいられないのだ。
 昨日まで通用していたものが、明日には消失するであろう感覚。

 私も同じなのだが、鳳凰様もまた、それを幾度のなく繰り返し、痛感し、学んだ。
 だから、なるべく手放すように努めた。
 忘れてしまうように、避けることもあった。

「鳳凰様はそれがご自身で出来る方なんだ。本来私のブレーキ役としての立場は必要ない」
「じゃー何ですか今のこの状態は。何で頻繁に華倉さんに会いに来るんですか」

 私からの一通りの説明を受けて、逢坂魅耶は案の定噛み付いた。
 正直なところ、私にもよく分からず、困惑しているのだ。

 砂蔵殿が亡くなり、鳳凰様はいつになく哀しまれていた。
 当時も珍しいな、と思ってはいた。
 けれど、今まで通り、何とか自分の感情と折り合いを付け、鳳凰様は日常に戻って来た。
 そう、少なくとも、私にはそう見えた。

 その後、篠宮華倉として憂神子が産まれてくる間に、憂巫女は二度転生した。
 鳳凰様もその事実は把握していた。

 けれど、関わろうとする素振りは見せなかった。
 ああ、片が付いたのだな、と、私は思ったんだ。
 この先も続く「命」と「時」を過ごすために、砂蔵殿の居場所を決め直したのだと。

 なのに。

「吃驚したんだよ私も。篠宮華倉と接触すると言い出した時には」

 はぁ、と溜め息を吐き、私は目を瞑った。
 本当に想定外だった。

 私の勤務する高校に、別の中高一貫校に通っていたはずの篠宮が入学してくるし。
 何故か逢坂魅耶もいるし。

 これはひょっとしたらまずいんじゃねーか、とは感じていた。
 そうしたら案の定、だ。

「信じられなかったよ。鳳凰様にとって、砂蔵殿がそれほどまでに大切な存在だとは知らなかったからな」

 どうしても、手放すことが出来なかった。
 忘れたくても、もう一方の自分が「そんなことはしたくない」と叫ぶ。
 鳳凰様が人知れず、ひとり葛藤していたことを、私は知らなかった。

 鳳凰様にとって、砂蔵殿は、「唯一無二の世界」だった。
 だから、篠宮華倉との接触を試みたんだろう。
 出来ることなら、また、共に生きてゆきたいと。

「その頃既にお前がいたからな、結局鳳凰様の願いは叶わず、だ」

 ポーン、とカウンターの呼び出し表示板の数字が変わる。
 しかしまだ私の番号も、逢坂の番号も呼ばれない。

 本日、所用で区役所に来ているのだが、何故か逢坂魅耶と鉢合わせてしまった。
 待ち時間もそれほどなさそうだし、下手に外出して順番を逃すのも嫌なので、こうして待つことにしたのだ。

 現在、逢坂は篠宮家と養子縁組をし、篠宮家の人間として、篠宮華倉と共に生活をしているらしい。
 戸籍上家族ということで、逢坂は諸々の手続きをしに来るのだそうだ。

 そんなお互いの近況報告のような雑談から始まり、逢坂の愚痴を聞くような流れになっていたわけだが。
 ふと、逢坂が、冒頭の疑問を投げかけて来たのだ。

「実際のところはよく知りませんが、あのアホ鳥は不死鳥の類なのでしょう? 推奨しているわけではありませんが、砂蔵を死なせない、ということも出来たのでは?」

 逢坂の言うことは、尤もだった。
 鳳凰様も本来、そのような力は所有している。
 流石に「永遠の命」などはくれることは出来ないが、不老長寿にすることは出来る。
 少なくとも、鳳凰様自身と同じくらい生き続けることが出来る程度には。

 けれど。

「……砂蔵殿が、それを望まなかった」

 声のトーンを二段階ほど下げて、私は静かに告げる。
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