Real Halloween

 ほんのりと、その場の空気が澄んでいく気がした。

 先に魅耶が合掌を解き、次の行動に移る。
 自分の持っていたカバンから、水筒や人数分の湯飲みを取り出す。
 こぽこぽと水筒の中身を注いだ。

「はい、華倉さん」

 にっこりと笑って、俺に湯飲みのひとつを手渡す魅耶。
 俺は頷いてその飲み物の香りに息を吐く。

「甘酒?」

 俺の手元を覗くように、紀久ちゃんが訊いてきた。
 そうだよ、と頷くと、紀久ちゃんはちょっと戸惑っていた。

「大丈夫ですよ、酒かすは使っていないものを用意しましたから」

 そんな紀久ちゃんにも、湯飲みを差し出しながら、魅耶は言った。
 そうなの、と紀久ちゃんはちょっと意外そうな声で呟いて、湯飲みを受け取る。
 気付くと、ときちゃんと灯吉くんは既に飲んでいた。

 社の前に腰を落ち着けて、みんなで甘酒を味わう。
 風の音や、葉のこすれる音などの他は、静かなものだった。
 うふふ、とにこにこ笑って、嬉しそうに社を見詰めるときちゃん。
 灯吉くんも興奮しているのか、社の周りをうろちょろしている。

「本当に良かったねぇおきくちゃん。わたしたち、幸せ者だね」
「……うん」

 俺の隣に座って、ときちゃんが告げる。
 そんなときちゃんに、俺越しに返事をする紀久ちゃん。
 紀久ちゃんの顔を見てみると、ちょっと口元が緩んでいた。
 もっと思いっ切り笑ってもいいのにな。

「良かった。本当に良かったよぉ、巫女様と鬼様がここに来てくれて」

 えへへ、と笑いながら、ときちゃんが俺を見上げる。
 この子も、10歳にも満たないうちに亡くなってしまうような時代に生きて。
 現代とはまるで異なる時を過ごして。
 それでも、今、こんなに笑って過ごしてる。

「??」

 気付いたときには、俺はときちゃんの頭をくしゃくしゃと撫でていた。
 きょとんとしたときちゃんの顔に、柔らかく微笑みながら。

 この手には、頑張ったねとか、凄いねとか、つらかったんだねとか色々籠っていたけど。
 別に、必ずしも伝わる必要はないなと思っていた。

 ときちゃんから手を離すと、今度は紀久ちゃんの頭を撫でる。
 ひゃあ、と真っ赤な顔で叫ぶ紀久ちゃん。
 でも、嫌ではないようで、照れたまま俺の手を受けている。
 そんな俺の目の前に、飛んでくる灯吉くん。

「み、巫女様! おれにもおれにも!」
「はい」

 ぐいっと身を乗り出して、頭を差し出す灯吉。
 俺は笑顔のまま頷いて、その坊主頭を数回撫でた。
 んー、と猫のように満足気に笑う灯吉。

「じゃあ最後は僕に……」
「魅耶は却下」

 ずい、と待ち兼ねたように詰め寄ってきた魅耶。
 でも、俺は冷静にスルーしておいた。
 むう、と膨れる魅耶だけど、大人しく退いた。

「寒くなって来ましたね」

 そんな魅耶の声。
 確かに、少しずつ日が傾いて来ていた。
 そろそろ戻るか、と俺が合図すると、魅耶が頷いて、全員の湯飲みを回収する。
 荷物をまとめると、一旦全員で目の前の社に向き直る。
 俺と魅耶が、軽く頭を下げる。

「暇が出来たら来ましょうね」
「えー、もっとたくさん来て! 鬼様!」

 魅耶のそんな呟きに、ときちゃんがちょっと怒ったように訴えた。
 そのまま、俺たちは社を後にする。
 日が陰ると、山の中は急激に暗くなる。
 もはや夜のように真っ暗だ。

 俺たちはあらかじめ持ってきていた懐中電灯を出して、足元を照らした。
 愉快そうに鼻歌を口ずさむときちゃん。
 行きよりも俺に近い位置にいる紀久ちゃん。
 帰り道は俺の後ろを歩いている魅耶に、先ほどの話の続きを始めた灯吉くん。
 確かに、こんな風に1年を締め括れたら、温かいのかも知れない。

 そろそろ俺たちが暮らしている居住区が見えて来た。
 しかしそんなときだった。

「あっ、そうだ鬼様!」

 ぽん、と手を叩いて、ときちゃんがひゅっと俺の横を通り抜け、魅耶の許へ。
 はい、と返事をする魅耶に、ときちゃんは揚々と喋る。

「ひとつ思い出したよ! そう言えばこの近くの集落にね! 昔山姥が住んでたの~!」
「ほう、本当ですか?」

 そんなときちゃんの言葉を聞くや否や、俺の心臓が飛び跳ねた。

 ……や、山姥……?

 歩みのペースを落として、ゆっくりと魅耶の方を振り向く俺。
 しかし魅耶は既にときちゃんの思い出した昔話――山姥の話に意識を持って行かれていた。
 ちょ、待て。

「その集落からちょっと離れた家なんだけどね、数日ごとに獣の骨が捨てられてたの」
「ふむ」

 まじでスタートしてるし。
 魅耶は仕事柄、日本の怪談話をベースに小説を書いているらしいので、ときちゃんたちの昔話は大変貴重なデータになるんだそうで。
 でも、だから、って……。

「でもね、ある日ね、その集落に泊まることになった寺の住職と丁稚がね、ただならぬ気配を感じてね」

 真剣な顔で聞き入る魅耶。
 しかし楽しそうに語るなぁ、ときちゃん……それリアルにホラーなんでしょ……?
 魅耶の肩に掴まっている灯吉くんは逃げようともしない。
 まぁ、怖くないんだろう……当然か。

 なんて動揺しながら俺はじりじりとその場から離れる姿勢に移る。
 巫女様、と俺の傍に残っていた紀久ちゃんが声を掛ける。

「その例の家からは、邪悪でおぞましい気が放たれていた……気分を害する臭い、不穏な笑い声。住職がその家を訪ねると……」

 やばい。
 この辺で逃げないと俺、今日寝られん。
 魅耶には悪いけど、そろそろ走――

「美味そうな坊主だなぁぁぁぁ!!」
「ぎゃあああああ!!?」

 踵を返して走り出そうと決めたそれと同時に、いやそれよりもちょっとだけ早く、ときちゃんがそう叫んで。
 俺の顔面を覆うかのように両腕を広げて、山姥の顔真似をしながら俺に迫ってきていた。
 瞬間的に、反射的に悲鳴を上げた俺。
 しかし。

「あ」

 その直後、俺の手から懐中電灯が滑り落ちて、俺は文字通りひっくり返っていた。
 いや、ほんと、心臓止まるから……そういうの禁止。

「巫女様……」
「巫女様また気絶しちゃったよぉ」
「とき~、お前はほんとに悪戯好きだなぁ」
「……取り敢えず家ももうすぐですし、運びますか」
「ごめんね鬼様~」
「巫女様にも謝るんだよ、とき」
「鬼様、おれたちも手伝います!」
「当然ですよー」


2017.10.14
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