Real Halloween
どうどう、とその子たちを宥めていると、ふとロングヘアの子が魅耶に笑い掛けた。
「鬼様もありがとう! 巫女様とわたしたちのきっかけを作ってくれて!」
え?
なんて言葉に、俺は魅耶を振り向く。
魅耶は口元に指を当てて、こら、と優しく、ロングヘアの子を諌めた。
どうやら、秘密、だったみたいだな。
そうなんだ、と俺が男の子に訊くと、おうよ、と男の子は元気よく返事をする。
「鬼様は、巫女様が幽霊の類が苦手だって教えてくれたし、でもおれたちの願いを叶えてくれるように今回のきっかけも与えてくださったんだぜ!」
そう、嬉しそうな男の子。
その背中に隠れて、おかっぱの子も頷いている。
でも何でまた、と俺が首を傾げていると、そこでようやく、魅耶が本題を告げた。
「……この子たちの、慰霊を、してあげたいと思いまして」
ロングヘアの女の子の名前が、「とき」ちゃん。
おかっぱの女の子が、「紀久(きく)」ちゃん。
そして唯一の男の子が、「灯吉(とうきち)」くんと言うらしい。
それぞれ生きていた年代が、ときちゃんは500年前、紀久ちゃんは350年前、灯吉くんは150年くらい前とのこと。
ときちゃんが一番ここにいるの長いんだな、と俺は隣のときちゃんに話し掛けていた。
ときちゃんは俺の肩に座るような近さの辺りにふわふわと浮かびながら、うん、とにっこり返事をした。
生前のことはもうあまり覚えていないらしいけれど、身なりから推測すると、多分それなりの家の娘だったんじゃないかな。
着ている着物も綺麗だし、何となく育ちの良さを感じ取れるし。
俺の偏見だけど、髪型がもう、そのまま「お嬢様」って感じがする……。
何て呼ぶのかは知らないんだけど、こう、頭の上の方の髪だけをまとめて、後ろでひとつに結わえてある……やつ。
でも顔付きは結構はっきりしていて、全身のイメージを言葉するなら、「顔の造形を現代風にアレンジした市松人形」って感じ。
なんて考えながら、俺は山の中を歩いていた。
俺の肩にはときちゃん、その斜め後ろに控え目に付いてくる紀久ちゃん。
そんな俺たちの前を、魅耶と灯吉くんが歩いている。
「えっと、その場所はまだ先なの?」
ときちゃんのいる方とは逆の右肩に掛けたカバンを掛け直しながら、俺はときちゃんに訊ねた。
昼間とはいえ、山の中は樹々が鬱蒼と生い茂っている。
日の光は葉と葉の隙間から、たまに差し込む程度。
それに今歩いている場所は、行政と提携して市民に一般開放している区域ではないので、そんなに整備されていないのだ。
要するに手付かずの森の中である。
俺の問い掛けに、ときちゃんは「もうちょっとー」と明るく答えた。
結構荷物が多かったので、歩くのつらいんだよな。
そう心の中では訴えたけど、ときちゃんのこの笑顔を見ていると、文句など引っ込んでしまう。
「でも久し振りだねぇ、みんなであそこに行けるの。ね、おきくちゃん!」
「わっ……う、うん」
ときちゃんが唐突に紀久ちゃんを振り向き、話し掛けたので、油断していたのか紀久ちゃんは吃驚して手短に返事をした。
紀久ちゃん、は見たところ、町娘と言った装いである。
歳はときちゃんよりも下なのかな、小柄でまだあどけなさが残った顔付き。
そういう性格なんだろうけど、両手をもじもじさせて、何だか常にそわそわしている。
そんな紀久ちゃんが、ちらり、と俺に視線を寄越してきた。
ので、俺は「大丈夫」という気持ちを込めて、にっこりと笑い掛ける。
しかし、紀久ちゃんは吃驚してしまったのか、顔を赤くして、あわわ、と顔を逸らしてしまった。
……人間に慣れていないのか?
「もー、おきくちゃんってば緊張し過ぎだよ! 巫女様は優しい人だから大丈夫なのに」
「……う、うん。わかってる……」
なんて、ふたりは内輪話を始めた。
まぁ、俺の知らないそれぞれの過去があるのは分かってるし、そしてそれは進んで訊くようなものでもない。
俺は一旦ふたりから顔を逸らして前を向いた。
魅耶の背中が、薄暗い中に浮かんで見える。
「と、いうことなんだ! 鬼様! おれたちがもっと剣の稽古を積めば、黒船の異人も追い返せる!」
「……そうですかねぇ」
「そうだよ! この国は清にも欧州各国にも負けねぇんだ! 時代は富国強兵だ! 天皇陛下のために飛ぶんだ!」
「全部混ざっちゃってますよ、灯吉くん」
灯吉くんの、この国への熱い想いを、魅耶は涼しい顔で聞いている。
確かに時代が混ざっちゃってるなぁ。
彼が生きていたのは、幕末なんだな。
清とか、学校の授業でしか聴いたことないわ。
「……灯吉くん、やたらと魅耶に懐いてるな」
よく見ると、灯吉くんはときちゃんたちと違って、がっしりと魅耶の肩に掴まっている。
勿論重たさはないだろうけど、灯吉くん、身を乗り出して魅耶に訴える……。
魅耶の受け答えにはさほど熱はないけど。
なんて観察していると、うふふ、と笑うときちゃんの声。
「それはね巫女様。鬼様がわたしたちの話を全部聴いてくれるからだよ」
「?」
ときちゃんのその言葉に、俺はすぐには反応を返せなかった。
俺にとっては当たり前の魅耶の態度に、俺は気付いてなかったためだ。
ときちゃんはにこにこと嬉しそうに鞠で口元を隠しながら続ける。
「鬼様は、どんなお話でもちゃんと聴いてくれるの。わたしたち、長い間話し相手がいなかったせいもあるけど、鬼様はそれだけじゃないの。ちゃんと理解して、頷いてくれるの」
……。
ああ。
そう言えば、と俺は魅耶の背中を見詰めた。
俺は、魅耶にとっては特別だから、余計にそういう姿勢で接してもらっているのだろうけど。
でも、そう言われれば魅耶は、どんな相手でも、どんなに興味のない話でも、途中で遮ることなく聞いてたっけ。
それが、幼くして亡くなって、座敷童としてここに留まることになってしまった彼らにとっては、本当に嬉しいことなんだろう。
特に灯吉くんは、きっと頭が良かったんだろうな。
なんて、ふたりの会話を盗み聞きしていた。
そんなときだった。
あ、と小さな紀久ちゃんの声。
その声に、ときちゃんも声を上げる。
「巫女様、鬼様! ここです!」
ときちゃんに呼び止められ、少しばかり通り過ぎた魅耶と灯吉くんが戻ってくる。
俺はほぼ真正面で立ち止まっていた。
それは、一本の樹の根元。
大きさがバラバラの小石が、無造作に幾つか積まれている。
これが、と魅耶がときちゃんに確認を取る。
ときちゃんはふわりと移動して、小石の近くで頷く。
「これが、わたしたちのお墓だよ」
……その時ばかりは、ときちゃんの表情にも、影が落ちた。
何でも、明治の初期、当時の総本山の山守だった先祖が、ときちゃんたち座敷童の存在を知り、簡単だけど墓標を建ててくれたらしい。
けれど、その後は特別手入れもされず、存在も知られず、戦争などもあって、放置されてしまっていたと。
そうですか、と呟く魅耶の声も、暗く低いものだった。
沈黙する俺たち。
真っ先に俺が息を吐き、よし、と声を掛ける。
そして、肩に掛けていたカバンを降ろして、中身を出した。
「魅耶、やるよ」
俺は積まれている小石の前でしゃがむと、振り向いて魅耶を呼んだ。
魅耶も我に返って、はい、と返事をする。
実は今日は、魅耶がときちゃんたち座敷童の慰霊をしたいと言い出した日から、2日が過ぎている。
その間に、俺たちは備蓄している薪を加工したり、簡単な食事を用意していた。
まず、薪を加工して、小屋のように組み立てた木材を、小石を囲うように建てる。
簡単な熨斗紙も吊るし、周りの雑草を抜いて、綺麗に整える。
そして、風などでこの社が壊されないように、しっかりと固定した。
その間に、魅耶が線香や湯飲みを取り出す。
湯飲みに汲んできていた水を注ぎ、社の前に供える。
それから、俺と線香を半数分け合い、火を点けた。
「ごめんね、お盆の残りなんだけど」
線香の火を手扇で消して、香りを立たせる。
俺のそんな謝罪に、ううん、とときちゃんと紀久ちゃんは首を横に振る。
受け皿を湯飲みの隣に置いて、そこへ線香を寝かせるように供えた。
魅耶と一緒に、静かに合掌する。
線香の香りが、風に吹かれて、辺りに散っていく。
「鬼様もありがとう! 巫女様とわたしたちのきっかけを作ってくれて!」
え?
なんて言葉に、俺は魅耶を振り向く。
魅耶は口元に指を当てて、こら、と優しく、ロングヘアの子を諌めた。
どうやら、秘密、だったみたいだな。
そうなんだ、と俺が男の子に訊くと、おうよ、と男の子は元気よく返事をする。
「鬼様は、巫女様が幽霊の類が苦手だって教えてくれたし、でもおれたちの願いを叶えてくれるように今回のきっかけも与えてくださったんだぜ!」
そう、嬉しそうな男の子。
その背中に隠れて、おかっぱの子も頷いている。
でも何でまた、と俺が首を傾げていると、そこでようやく、魅耶が本題を告げた。
「……この子たちの、慰霊を、してあげたいと思いまして」
ロングヘアの女の子の名前が、「とき」ちゃん。
おかっぱの女の子が、「紀久(きく)」ちゃん。
そして唯一の男の子が、「灯吉(とうきち)」くんと言うらしい。
それぞれ生きていた年代が、ときちゃんは500年前、紀久ちゃんは350年前、灯吉くんは150年くらい前とのこと。
ときちゃんが一番ここにいるの長いんだな、と俺は隣のときちゃんに話し掛けていた。
ときちゃんは俺の肩に座るような近さの辺りにふわふわと浮かびながら、うん、とにっこり返事をした。
生前のことはもうあまり覚えていないらしいけれど、身なりから推測すると、多分それなりの家の娘だったんじゃないかな。
着ている着物も綺麗だし、何となく育ちの良さを感じ取れるし。
俺の偏見だけど、髪型がもう、そのまま「お嬢様」って感じがする……。
何て呼ぶのかは知らないんだけど、こう、頭の上の方の髪だけをまとめて、後ろでひとつに結わえてある……やつ。
でも顔付きは結構はっきりしていて、全身のイメージを言葉するなら、「顔の造形を現代風にアレンジした市松人形」って感じ。
なんて考えながら、俺は山の中を歩いていた。
俺の肩にはときちゃん、その斜め後ろに控え目に付いてくる紀久ちゃん。
そんな俺たちの前を、魅耶と灯吉くんが歩いている。
「えっと、その場所はまだ先なの?」
ときちゃんのいる方とは逆の右肩に掛けたカバンを掛け直しながら、俺はときちゃんに訊ねた。
昼間とはいえ、山の中は樹々が鬱蒼と生い茂っている。
日の光は葉と葉の隙間から、たまに差し込む程度。
それに今歩いている場所は、行政と提携して市民に一般開放している区域ではないので、そんなに整備されていないのだ。
要するに手付かずの森の中である。
俺の問い掛けに、ときちゃんは「もうちょっとー」と明るく答えた。
結構荷物が多かったので、歩くのつらいんだよな。
そう心の中では訴えたけど、ときちゃんのこの笑顔を見ていると、文句など引っ込んでしまう。
「でも久し振りだねぇ、みんなであそこに行けるの。ね、おきくちゃん!」
「わっ……う、うん」
ときちゃんが唐突に紀久ちゃんを振り向き、話し掛けたので、油断していたのか紀久ちゃんは吃驚して手短に返事をした。
紀久ちゃん、は見たところ、町娘と言った装いである。
歳はときちゃんよりも下なのかな、小柄でまだあどけなさが残った顔付き。
そういう性格なんだろうけど、両手をもじもじさせて、何だか常にそわそわしている。
そんな紀久ちゃんが、ちらり、と俺に視線を寄越してきた。
ので、俺は「大丈夫」という気持ちを込めて、にっこりと笑い掛ける。
しかし、紀久ちゃんは吃驚してしまったのか、顔を赤くして、あわわ、と顔を逸らしてしまった。
……人間に慣れていないのか?
「もー、おきくちゃんってば緊張し過ぎだよ! 巫女様は優しい人だから大丈夫なのに」
「……う、うん。わかってる……」
なんて、ふたりは内輪話を始めた。
まぁ、俺の知らないそれぞれの過去があるのは分かってるし、そしてそれは進んで訊くようなものでもない。
俺は一旦ふたりから顔を逸らして前を向いた。
魅耶の背中が、薄暗い中に浮かんで見える。
「と、いうことなんだ! 鬼様! おれたちがもっと剣の稽古を積めば、黒船の異人も追い返せる!」
「……そうですかねぇ」
「そうだよ! この国は清にも欧州各国にも負けねぇんだ! 時代は富国強兵だ! 天皇陛下のために飛ぶんだ!」
「全部混ざっちゃってますよ、灯吉くん」
灯吉くんの、この国への熱い想いを、魅耶は涼しい顔で聞いている。
確かに時代が混ざっちゃってるなぁ。
彼が生きていたのは、幕末なんだな。
清とか、学校の授業でしか聴いたことないわ。
「……灯吉くん、やたらと魅耶に懐いてるな」
よく見ると、灯吉くんはときちゃんたちと違って、がっしりと魅耶の肩に掴まっている。
勿論重たさはないだろうけど、灯吉くん、身を乗り出して魅耶に訴える……。
魅耶の受け答えにはさほど熱はないけど。
なんて観察していると、うふふ、と笑うときちゃんの声。
「それはね巫女様。鬼様がわたしたちの話を全部聴いてくれるからだよ」
「?」
ときちゃんのその言葉に、俺はすぐには反応を返せなかった。
俺にとっては当たり前の魅耶の態度に、俺は気付いてなかったためだ。
ときちゃんはにこにこと嬉しそうに鞠で口元を隠しながら続ける。
「鬼様は、どんなお話でもちゃんと聴いてくれるの。わたしたち、長い間話し相手がいなかったせいもあるけど、鬼様はそれだけじゃないの。ちゃんと理解して、頷いてくれるの」
……。
ああ。
そう言えば、と俺は魅耶の背中を見詰めた。
俺は、魅耶にとっては特別だから、余計にそういう姿勢で接してもらっているのだろうけど。
でも、そう言われれば魅耶は、どんな相手でも、どんなに興味のない話でも、途中で遮ることなく聞いてたっけ。
それが、幼くして亡くなって、座敷童としてここに留まることになってしまった彼らにとっては、本当に嬉しいことなんだろう。
特に灯吉くんは、きっと頭が良かったんだろうな。
なんて、ふたりの会話を盗み聞きしていた。
そんなときだった。
あ、と小さな紀久ちゃんの声。
その声に、ときちゃんも声を上げる。
「巫女様、鬼様! ここです!」
ときちゃんに呼び止められ、少しばかり通り過ぎた魅耶と灯吉くんが戻ってくる。
俺はほぼ真正面で立ち止まっていた。
それは、一本の樹の根元。
大きさがバラバラの小石が、無造作に幾つか積まれている。
これが、と魅耶がときちゃんに確認を取る。
ときちゃんはふわりと移動して、小石の近くで頷く。
「これが、わたしたちのお墓だよ」
……その時ばかりは、ときちゃんの表情にも、影が落ちた。
何でも、明治の初期、当時の総本山の山守だった先祖が、ときちゃんたち座敷童の存在を知り、簡単だけど墓標を建ててくれたらしい。
けれど、その後は特別手入れもされず、存在も知られず、戦争などもあって、放置されてしまっていたと。
そうですか、と呟く魅耶の声も、暗く低いものだった。
沈黙する俺たち。
真っ先に俺が息を吐き、よし、と声を掛ける。
そして、肩に掛けていたカバンを降ろして、中身を出した。
「魅耶、やるよ」
俺は積まれている小石の前でしゃがむと、振り向いて魅耶を呼んだ。
魅耶も我に返って、はい、と返事をする。
実は今日は、魅耶がときちゃんたち座敷童の慰霊をしたいと言い出した日から、2日が過ぎている。
その間に、俺たちは備蓄している薪を加工したり、簡単な食事を用意していた。
まず、薪を加工して、小屋のように組み立てた木材を、小石を囲うように建てる。
簡単な熨斗紙も吊るし、周りの雑草を抜いて、綺麗に整える。
そして、風などでこの社が壊されないように、しっかりと固定した。
その間に、魅耶が線香や湯飲みを取り出す。
湯飲みに汲んできていた水を注ぎ、社の前に供える。
それから、俺と線香を半数分け合い、火を点けた。
「ごめんね、お盆の残りなんだけど」
線香の火を手扇で消して、香りを立たせる。
俺のそんな謝罪に、ううん、とときちゃんと紀久ちゃんは首を横に振る。
受け皿を湯飲みの隣に置いて、そこへ線香を寝かせるように供えた。
魅耶と一緒に、静かに合掌する。
線香の香りが、風に吹かれて、辺りに散っていく。