消える初恋

 取り敢えず加藤くんを落ち着かせて、席に座らせる。

「済みません……嬉しくてつい」

 あんた犬かい。
 そわそわする加藤くんに、俺は早速本題に入る。

「えっと、これ、なんだけど。くれたのは加藤くんで合ってる?」

 そう訊きながら、俺は加藤くんのくれたプレゼントの包装紙を見せた。
 それを見て、加藤くんは頷く。
 俺はそっか、と呟いて笑った。

「ありがとう。美味しかったよ」
「……そんな、滅相もない……」

 何かやたらと下からなんだよなぁ、この子。
 それが不思議で仕方なかった。
 そわそわしている加藤くんに、それでさ、と俺は続ける。

「一応、何かお返ししようと思うんだけど」
「えっ!! そ、そんなこと!」

 何となく予想はしていたけど、凄い吃驚して断られる。
 いいの、と俺はちょっと食い下がってみた。
 ら、何か思うところがあったのか、加藤くんは言葉を詰まらせた。
 俺から視線を外し、黙り込む加藤くん。
 華倉さん、と魅耶の呼び掛けに、俺は一旦話を切り上げる。

「……分かった。ごめんね、困らせて」

 そう、俺が告げると、加藤くんも困惑しながら俺を見る。
 篠宮さん、と俺を引き留めるかのような、震える声で俺を呼んで。
 俺はそれに気付かない振りをして、もう一度お礼を述べる。

「ほんとに有り難う」

 それだけ伝えると、魅耶を連れて教室を出て行った。

「で、結局彼は何だったんですかね」

 生徒会室までの帰り道で、魅耶が呟く。
 確かに、その辺がまだ気になっていた。
 彼は確実に俺に何らかの好意は持っている、とは思う。
 加藤くんが一方的に俺のことを知っていることも、別に可笑しくはない。
 でも、それだけで、あんなに慌てるほどの態度を取るだろうか。

「華倉さん、どこかで関わりあるんじゃないですか?」

 魅耶のそんな質問に、俺は首を傾げる。
 いや、記憶にない。
 そう答えて、もう一度深く考える。
 でも、あの顔にも、加藤祥吾の名前にも、心当たりはない。
 うーん、と考えていた俺に、魅耶の溜め息が聞こえてくる。

「どうした?」

 一旦考えることを止めて、俺は魅耶を見る。
 魅耶は不機嫌そうな顔をして、全く、と呟く。

「見ず知らずの子まで惚れさせてるだなんて。全く天性のたらしですよね華倉さんは」
「……いや、そんなまさか」

 ははは、と真顔で笑って見せる俺。
 しかし魅耶の嫉妬は収まらず。

「一体何人たぶらかせば気が済むんですか?」

 むすー、と不貞腐れる魅耶。
 俺は本当にそんなつもりないし、そんな実感もない。
 機嫌直して、と魅耶の頭を撫でてみた。
 これが結構効くのである。
 嬉しいけど怒りたい、そんな複雑な魅耶の横顔を見ながら、俺は既に今回の一件を忘れようとしていた。



 しかし。

「華倉さん。お客さんです」

 翌日の放課後だった。
 生徒会室に、加藤くんが見えたのは。
 俺は手にしていた書類から顔を上げて、じっと加藤くんを見詰めた。
 加藤くんはド緊張していたみたいだった。
 固まって動かない加藤くんを、椅子に座るように促したのは魅耶だった。

「取り敢えず座って下さい」

 加藤くんの背中を押して、魅耶が彼を動かす。
 加藤くんはぎこちなく頷いて、失礼します、と椅子を引く。
 俺の真正面に座って、加藤くんは俯いた。

「……どうしたの?」

 俺はやや驚きながらも、本当に不思議に思ってそう訊ねた。
 加藤くんはそんな俺の問い掛けに、すぐには答えない。
 何か、言葉を探しているようだった。
 そんな彼を見ていて、俺は思い付く。
 質問を変えてみた。

「ねぇ加藤くん。もしかして俺たち、面識ある?」
「えっ」

 何となく、俺が忘れているだけかなと思って、確認してみた。
 俺は自分で言うのもなんだけど、下級生にもお構いなしに関わってしまうときがある。
 ゴミ出しの手伝いとか、傘貸してあげたりとか。
 俺はいちいち相手の顔なんか覚えてないんだけど、もしかしたらそういう相手かなと思って。
 でも。
 加藤くんはじっと俺を見て、黙り込む。
 何だろう、そんなに言いにくいことしたっけ、と俺も考えた。
 すると。
 加藤くんはやや憂いを帯びた瞳を伏せ、篠宮さん、と俺を呼ぶ。
 なに、と答えると、加藤くんはとうとう白状した。

「……心配、だったんです。篠宮さんのこと」

 ?
 え、と魅耶もきょとんと声を出す。
 心配、って、何だ?
 どういうこと、と思うのと同時に、やはり面識があったのか、と驚いた。
 そんな俺に、加藤くんは続ける。

「俺が知っている篠宮さんは、本当に儚くて弱々しくて、だから、学校変わったって聞いたとき、凄く心配で」

 ――!
 その言葉に、俺は真顔になってしまう。
 まさか、と思って、加藤くんの言葉を待った。
 そう。

「俺、も、中学は男子校だったんです。篠宮さんと同じとこの」

 ……言葉を失った。
 まじか、と瞳で訴えて、加藤くんを見る。
 加藤くんはそわそわしながら続けてくれた。

「勿論、直接的に関わりはありません。篠宮さんはいつもひとりだったし、俺なんかが近付ける存在じゃなくて」

 ただでさえ俺は下級生だし、と加藤くん。
 あの学校での生活は、はっきり言って、思い出したくない。
 でも、加藤くんの話には、ちょっとだけ興味もあった。
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