誓戦心中

 兄貴はそんな俺のことを延々心配しているけれど。
 気にするなとも言えないし、この家のことを忘れることも出来ないだろう。
 でもどうか、俺が諦めた「生き方」を、経験してみて欲しいんだ。

「そんな俺の我儘に、雅巳を付き合わせるなんて、最低だとも分かってる」

 ぎゅ、と無意識に、繋ぐ手に力が籠る。
 怖いんだ、きっと。
 雅巳が怒るとか不機嫌になることじゃなくて、このまま二つ返事で受け入れてしまうことが。

「恐らく、結婚したと言っても、この先お前が幸せになることはないだろうし、自由も選択肢も、何もかも無くなるかも知れない」

 敢えて曖昧な言い方をしてしまった。
 かも知れない、なんて、そんな不確定なわけがない。
 現に今だって、もう俺にも雅巳にも、そんなものはないんだ。

 だから。
 これは、最後の選択になる。

「……俺がその立場なのはまだ仕方ないとしても、ただその家に産まれた娘だからという理由が、雅巳まで同じ目に遇わされなきゃいけない免罪符にはならない」

 身代わりのない雅巳には、本当に逃げ道がない。
 最初から存在しないんだ。

 相手が俺じゃなくても、雅巳は瀧崎に来ることになっている。
 それは、兄貴が俺と同じ立場でもそうだ。
 だからきっと、兄貴もこうしたはず。

「だから、嫌なら逃げて欲しい。雅巳には、まだ猶予がある」

 この手を、離してくれて構わない。
 俺はひとりでもやってくから。

 そのときようやく俺は、雅巳の顔を見た。
 雅巳がどんな顔で俺の話を聞いているのか、予想も出来ず、怖くて見れなかった。

 もしかしたら、寂しそうな顔をしているのかも知れない。
 いつものように諦めた、冷めた瞳で。

 けれど、俺のそんな期待に似た推測は、ものの見事に打ち砕かれる。
 雅巳は、俺を見ていた。
 やや不貞腐れた、睨みを利かせた顔で。

「……雅巳?」

 その顔が新鮮で、こんな言い方も可笑しいのだけど、初めて雅巳の本音を垣間見た気がした。

 怒ってる、じゃんか。

 え、と戸惑う俺の手を、改めて強く握る雅巳。
 離すどころか、同化してしまいそうで。

「……カッコ付けないで」

 小さな声だった。
 雅巳が俺に呟く。
 カッコ、と眉を顰める俺に、雅巳は続ける。

「わたしが、まだそんな生半可な気持ちでいるとでも思ってるの? 隼人のこと、そんな頼りない目で見てるとでも?」
3/4ページ
スキ