誓戦心中

「どうしても、しておきたいことがあって」

 刺さるような真冬の風にすら、救いを求めた。

 冷たい、と雅巳が思わず声を漏らす。
 確かに、ただでさえ真冬の、夜明け前の北風だ。
 それに加えて、向こうは、海。

 俺は寒さに耐えようと小さく縮こまる雅巳を振り向いて、すっと手を伸ばした。
 視界では確認せず、雅巳の左手を掴む。
 あ、と驚いたような声で雅巳が気付いて、それから、何も訊かずに俺の手を握り返す。
 これは、覚悟だ。

 それから程無くして、視界が開ける。
 堤防の合間にある、コンクリートの階段を注意深く降りて、砂浜に出た。

 足元を取られる。
 夜明け前の海は、静かで、そして不気味だった。

「真っ暗」

 雅巳が俺の手の感触を確かめながら、そう呟いた。
 真っ暗、けれど微かに、本当にぼんやりと、朝焼けが近付いてる。

 この寒さで、嫌でも目が覚める。
 本当に、始まってしまう。

「……今春、兄貴が家を出てく」

 出来れば、こんな話はしたくない。
 けれどもう、逃げていても怯えていても、状況は同じこと。

 そこに待っているのが底無しの闇だと分かっているなら、いっそ。

「そう……もう卒業か」

 雅巳の声も暗くなる。
 兄貴は大学卒業と共に、瀧崎の家から追い出される。
 本来ならば残るはずの兄が、邪魔者扱いだ。

 同時にそれは、本格的に俺が総ての中心となることを意味する。
 権限も、決断も、責任も、俺に一任される。
 雅巳をも、巻き込んで。

「早ければ、雅巳は兄貴と入れ替わりで、瀧崎家に入る算段らしい。話は着いてるって言ってた」
「……うん、聞いてる」

 じりじりと赤く染まって来る、水平線。
 その光の方向を見詰めて、俺は淡々と続けた。

「俺だって、まだ全部知らされたわけじゃない。今もどうしてこんなことになっているのか納得が行ってない。それでも」

 こんな弱音を聞かすために、今日此処へ来たんじゃない。
 嘘を吐きたくて、諦めたわけでもない。
 ただ。

「それでも、俺が全部黙って受け入れて、それで被害が最小限になるんだったら、甘んじて底無しの闇へ投身することも悪くないと思った」

 それで、少なくとも、兄貴があの家から解放されるなら、それはひとつの望みだった。
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