Real Halloween

「華倉(かぐら)さん、本当のハロウィーンをご存知ですか?」

 魅耶(みや)がそんなことを訊いてきたのは、昼食の支度をしていたときのことだった。
 俺はかぼちゃの煮物に味を付けようと、醤油を手にしたところ。
 醤油のボトルを持ち上げたところでその手を止めて、俺は魅耶を見る。
 魅耶は特別変わった様子もなく、いつも通りに味噌汁の味を見ていた。

「……次回作のネタ出しか何か?」

 魅耶の発言にしては唐突だったし、俺たちの間で出て来る言葉じゃなかったせいだった。
 俺はふと怪訝そうに眉をひそめて、そう返してしまった。

「だからそういうホラー話は俺のいないところで鳳凰(ほうおう)とやってって」

 そう文句を垂れるように呟きながら、俺は答える。
 ようやく醤油のキャップを上げて、大さじで分量を出した。
 するとそんな俺の返答に、魅耶は「違います」と小さく答える。

「仮にそうだとしても、何であのアホ鳥と語り合わなきゃならないんですか」

 まぁ魅耶の文句は尤もなんだけど。
 だからって毎回毎回ホラーが苦手な俺まで巻き込むのはやめて欲しい訳で。

 ホラー小説家である魅耶の話に付き合えるのは、今のところ鳳凰くらいなのである。
 かぼちゃの味を整えて、再度様子を見ながら煮込む。
 魅耶の方は完成したらしい、火を止めていた。

「繰り返しますが、今回は違います。仕事の話ではありません」

 そう念を押すように俺を見て魅耶は言う。
 それを聞き、俺は頷くと、ちょっと首を傾げて見せた。

「……そうは言っても、俺にとってハロウィーンって存在感薄いからなぁ」

 正直に伝える。
 本当のハロウィーンも何も、俺の中のハロウィーンそのものが、あまり目立っていない。
 というか、多分、俺が興味ないのだろう。

 イメージとしては何か不気味だし……ミイラとかお化けとか棺桶とか、モチーフが不吉だし。
 大体ホラーが苦手な身としては、喜々として受け入れるようなイベントではないだろう。
 それに。

「俺の中のハロウィーンって、雨後の筍って感じなんだよな……」

 しみじみ頷きながら俺はそう呟く。
 すると魅耶はやや驚いたような目付きになって、「えぇ?」と声を漏らしていた。

「……まぁ、言いたいことは理解出来ます……けど」

 雨後の筍。
 あまり例えには使わない表現ではあるかな。
 なんて考えていると、魅耶がぽつりと「ちょっと意味違いますけど」と指摘していた。
 この辺はさすがに職業作家って感じ。
 俺がそんな風に心の中で感心していると、魅耶が一呼吸置いてから喋り出す。

「ハロウィーンは元々アイルランドに住んでいたケルト人たちの文化です。ざっくりまとめると、収穫祭とお盆を一緒に行う感じです」

 何でも、そのケルト人にとっての「1年間」は、1月1日から10月31日まで、なんだそうだ。
 その1年の最終日の10月31日に、秋の収穫を祝い、あの世から死者の魂を招き入れゆっくり過ごす、という風習がハロウィーンというものだと。

 へぇ、と俺は一応相槌を入れながら、かぼちゃの様子を見る。
 いい具合に色が濃くなり、ほっこりとした柔らかさが目で見ても分かる。
 オーケー、と呟きながら火を止める俺に、魅耶は続ける。

「日本ではただのお祭りになっていますし、直接には僕たちにも関係ありませんが……」
「?」

 魅耶、妙に歯切れが悪いな。
 そう言えば魅耶はクリスマスが苦手で(俺のせいだけど)、そういう他国の文化を真似したイベントって殆どやってこなかった。
 なのに、何で今更ハロウィーンなんて……。

「……何、何か……来た?」

 俺、ふと冷静に判断して、そう訊ねてみた。
 ここは、外から見れば普通の山である。
 しかし内情は全く穏やかではない、文字通り血と怨念と憎悪が渦巻く歴史を抱えている場所である。
 そんなところに、悲劇の中心人物だった憂巫女(うれいみこ)の生まれ変わりである俺と、直接関係のあった鬼神の生まれ変わりである魅耶がいるのだ。
「何か」が、ふらふら迷い込んで来ても、可笑しくない。
 むしろ1年に数回ある。

 そんなわけで、ふとそのことを思い出した俺は、急に冷や汗を掻きながら魅耶に訊ねた。
 魅耶はそんな俺の顔を窺うように覗き込みながら、すぐには答えない。
 でも。

「……でも、だって8月に鎮魂の儀、ちゃんとやったじゃん。あれである程度は浄化されてるんじゃないの?」

 俺はそう、訊ねるというよりは、言い訳をするように魅耶に告げた。
 鎮魂の儀。
 ここ、篠宮総本山で毎年8月15日に執り行う、篠宮家の恒例行事のひとつだ。

 俺のようなその代の山守が、この地に眠るかつての憂巫女や篠宮の先祖たちの霊を偲び、慰める。
 その日は、出来る限り、篠宮の人間は全員、ここに集まることになっているのだ。

 俺も含め、かつて山守としてここを管理していた篠宮家次男にとっての、重要な仕事のひとつ。
 それを境に、総本山は文字通り「浄化」され、周辺に漂う小さな悪霊や妖怪などは静かに召天する。
 大地や樹々のエネルギーも清浄されて、地場は正しく調整されることから、年末くらいまでは、「何か」が来ちゃうこともなくなるんだけど。

 今年は、違うのか?

 なんて険しい顔で魅耶を見る俺。
 しかし魅耶は目を閉じて、うーん、と考えている。

「……いえ、そういう悪霊の類ではなく」
「何?」

 何だよ、はっきり言ってよ。
 などと痺れを切らしそうになっていた俺。
 そんな時だった。

「巫女様ぁぁぁぁぁっっ!!」

 3つの別々のものが重なった、俺を呼ぶ子供の声。
 俺が振り向くよりも早く、その声の主たちがやってくる。
 どかどかどかっっ! と、俺の背中に3人まとめてタックルを決めてきた。
 まともにタックルを受けて、ぐはっ、と叫びながら突き飛ばされる俺。
 魅耶がしっかり受け止めてくれたので良かったものの。
 こんな土間で不用意に突き飛ばすとか何考えてんだ!

「なっ、……」

 魅耶に抱き抱えられながら、俺は体勢を戻して振り向く。
 すると、見えたのは、ふよふよ宙に浮かんでいる、着物姿の3人の子供。

 腰まであるロングヘアの女の子と、絵に描いたような綺麗なおかっぱの女の子。
 そしてくりくり坊主の男の子。
 うふふ、と可憐に笑うのは、可愛い鞠を抱えたロングヘアの女の子。

 まさか。

「……まさか、この子たち……が」

 ふわふわと、自由に宙を動き回る彼女たちを見て、俺は黙ってしまう。
 薄々存在を感じてはいた。
 いたけど……。

「ここに棲み付く、3体の座敷童たちです」

 俺の横顔を見ながら、魅耶がはっきりと教えてくれた。
 座敷童。
 幼い子供の姿をした、日本の妖怪の一種。
 それが棲み付いた家は、大層繁盛すると言われている、あまり怖くない存在だ。

 ……以前、夜中にトイレに起きたとき、魅耶が誰かと喋っていることに気付いたことがある。
 俺と魅耶の他には誰もいないよな、と思って、襖を開けて中を見ると、魅耶がこの座敷童たちと談笑していたのが見えて。
 ……直後に気絶した俺に、翌朝魅耶は何も言わなかったから、夢だと思っていた。

 んだけど。

「まじか」

 魅耶から手を離し、俺は座敷童たちに向き直る。
 そんな俺の声に、うん、と頷くロングヘアの子。

「よかったぁ、ようやく巫女様とお話出来たねぇ!」
「おれたちずっと巫女様とお話したかったんですよ! でも巫女様全然気付いてくださらなくて!」
「……わ、わたしたち、怖がられると……思っていました」

 ……ごめん。
 どうやらこの子たち、本当に俺と話をしたかったようだ。
 瞳がキラキラしてる。

 ぐいぐい話し掛けてくる、ロングヘアの子と、男の子。
 しかしおかっぱの子は照れ屋なのか、ロングヘアの子の背中に隠れてしまっている。
1/3ページ
スキ