秒読み
薄暗い室内。
ぼんやりと灯る鈍い光を受けた、白沢の影が天井へと伸びている。
白沢は手元のタブレットで数値を確かめながら、んー、と呟きながら首を傾げる。
「変ねぇー、血中酸素濃度が安定しないなんて」
ちゃんと計算されて、自動で調節するようにしてあるはずだった。
白沢は、目の前にある培養槽を見上げる。
動作異常もなし、コードも外れてない、と独り言を漏らしながら、再びプログラムの修正を行おうとした。
それよりほんの一瞬早く、培養槽の中で動きが見られた。
それに気付き、白沢は落とし掛けた視線を、ぱっと培養槽に戻す。
培養液の中に、幾つかの気泡が表れる。
中央に収まるその物体の、指先が、微かに揺れた。
白沢はその様子を黙って見詰めて、次にそれの顔を見る。
口が僅かに開かれている。
そこから繰り返し吐き出される気泡。
「あらあら」
そういうこと。
白沢は軽く笑いながら、タブレットへの入力を始めた。
***
同時刻、篠宮本家。
菱人は階段を下り、いつものように様子を見に来ていた。
夜、仕事を終えた後の日課とも言える。
その部屋に保管してあるものは、他人の目には晒せない。
部下にも家族にも近付かないよう告げて、菱人自身が管理を担っている。
しかし、今日は嫌な予感が、ずっと菱人の胸を掠めていた。
理由は分からない、ただ何故か、その部屋に誰かが侵入している気がしていた。
夕方頃からそればかりが気になって、仕事が手に着かなかった。
こんな胸騒ぎは初めてのことだった。
菱人は廊下の電気も点けないまま、ドアに鍵を差す。
ドアノブを回す前に一度、ふう、と自分を落ち着かせるための息を吐いた。