アディクト
「ねぇ南辺(みなみべ)。校舎内全面禁煙なのは知ってる?」
俺のそんな真面目な問い掛けに、南辺は煙草の煙を細く吐き出しながら、知ってる、と答えた。
しかし残念ながら、言ってることとやってることが激しく食い違っているので、説得力は皆無だった。
俺は一旦目を瞑り、自分に言い聞かすように頷くと、南辺の隣に腰を下ろした。
「じゃあ今、お前がやってることはどう説明すんの?」
まぁ大体、こいつまだ16歳だから、そこからしてもうアウトなんだけど。
取り敢えずその辺は脇に置いといて――ほんとは知らんぷりしたくねぇんだけど、如何に風紀委員とは言え、一介の高校生にそんな権限はないし。
南辺が禁煙場所で喫煙しているというルール違反はどう説明してくれるのか訊ねた。
南辺は再度煙草を口に咥え、んー、という、声とも音とも取れる、曖昧な反応を見せる。
それから、溜め息のついでのように煙を吐くと、別に、と切り出した。
「一応被害の出ない場所を選んでるつもりだけど」
って、それだけ。
「どんだけ自由だお前は」
あとそういう問題じゃない、ととうとう真正面からツッコミをいれてしまった。
南辺は肩をすくめて、うるせぇな、とでも言いたそうな表情で、携帯灰皿を取り出すと、吸っていた煙草を押し付けて火を消す。
代わりにケータイを取り出し、時間でも確認したのか、ちらりと見ただけで、もう一度しまった。
「あんたもしつこいねぇ。そんなに目障りすか?」
南辺がそう、いつもの感情を出さない視線で俺を捉えながら、そう訊いてきた。
目障りってわけではない、放っておけないだけで。
だから俺は、初めて南辺の素行の悪さに出くわしてからというもの、見付けたらその都度一言注意するようにしている。
でもこいつ全然改めないし、相変わらず制服はちゃんと着て来ないし、ピアス空けてるし(1つ増えた気がする)、こうやって隠れたところで煙草も吸ってるし。
何て言うか。
「……学校嫌い?」
「何いきなり」
俺はふと南辺の顔を下から覗き込むように首を傾げつつ、南辺に訊いた。
それは俺にとってはずっと気掛かりだった内容なんだけど、問われた本人にとっては本当に唐突だったようだ。
だって、さぁ。
所謂不良って、家に居場所がないとか、学校に馴染めないとか、そういう心の問題から発生してる部分ってあるじゃん。
しかも南辺は未成年喫煙までしてるし、ひょっとしたら私生活で何か爆弾抱えてんじゃないのかなと、密かに考えてたわけだ。
でも今まではこうやって、じっくり会話するようなタイミングもなかったし、それに南辺にとって俺は印象の良くない先輩だろうから、プライベートな話題に踏み込んでいっていいものか、迷いはあった。
だから、色々言い方を探した結果、学校が嫌いなのか、に辿り着いたのである。
南辺は怪訝そうに俺を見返していたけれど、ふう、と1つ息を吐くと、背後のコンクリート打ちっぱなしの壁に凭れ掛かって答える。
「別に。嫌いとかそういうのじゃない。と言うか、好きかどうかとか考えたことない」
南辺の返答は、だいぶ予想外だったので、俺は間の抜けた声で、え、としか反応出来なかった。
けれど南辺はきちんとその理由を続けて教えてくれた。
「大学に行くための、一番手っ取り早い手段ってだけだから」
理由は明白なものだったけれど、それもまた、俺にとっては予想外のもの。
俺は思わずまじまじと南辺を見詰めて、素のリアクションで呟いてしまった。
「……大学行きたいのか?」
何か後から考えれば、この上なく失礼な返答をしてしまったのだけれど、その時は意外に真面目なんだなと感心していたせいで、気が回らなかったんだ。
まぁ案の定、南辺の返しはこう。
「そりゃ行くよ。やりたいことあるんだから。大学で早々にその専門分野学ぶために、基本的な勉強は高校までに済ますんだよ」
当然だろが、と南辺の視線が俺を睨んでいた。
そっか、と言われてみれば至極真っ当な意見を、しかも南辺の口から聞いたせいだろうか、本当に驚いてしまって、暫く言葉が繋げなかった。
多分それは、ショッキングな出来事だったからだろう。