ある春の日、
障子越しに差し込んで来る朝陽は、間接照明のような曖昧さでありながら、凛とした強さがあった。
部屋全体を包み込むようで、夜を切り裂く、そんな存在。
朝晩の気温もさほど下がらなくなってくると、日の出の時刻もとんと早まる。
俺はそんな朝陽に顔を照らされて、眩しさに目を覚ました。
いつもの天井が見えた。
けれどすぐには意識がはっきりしてこない。
今が何時だとか、昨日寝てしまうまでのことが、すぐには出て来なかった。
ぼんやりした意識のまま、右を向く。
そこには、まだ眠っている魅耶の姿があった。
……ああ。
昨日、いつもより呑んだんだ。
そこだけは思い出した。
魅耶が総本山に来て、一緒に生活を始めて。
政春さんから此処を引き継いで、本格的に魅耶と2人で過ごすようになった。
そんな折、魅耶が書いた小説が、何か賞を獲ったって連絡が来たから、ちょっとしたお祝いをしたんだ。
で、多分そのまま寝たんだろう。
布団の敷き方が雑なので、何とか寝室までは這って来た、って感じだ。
一応布団は2組敷いてあるけれど、何だかんだ、どっちかの布団で一緒に寝てしまうことが多い。
今日は魅耶が俺の方へ潜り込んでるようだ。
仰向けから、俺は魅耶の方へ、体勢を変える。
魅耶にとってもここ何年かは慌ただしい毎日だっただろう。
何となく、魅耶の顔が、高校生の頃よりも痩せて見えた。
黙ったまま、左手だけ魅耶の顔へ伸ばす。
起こしちゃダメだな、という躊躇いと、ベタベタしたいなー、という欲求が同時に湧いて来た。
取り敢えず、手の甲で、髪の毛を弱く撫でた。
魅耶の髪の毛は細くて真っ直ぐで、何て言うか高級な糸のような感じがする。
俺の髪はどっちかっつーとふわふわで綿みたいだから、対照的。
気持ちいい、と表現すると、どちらにも言えるので避けたいんだけど、魅耶の髪の毛は確かに、気持ちいいんだ。
何だろう……安心する、という類の気持ちいい、じゃなくて、筋の通った強さ、安堵感、の方かな。
魅耶の髪の毛には、魅耶の強さも優しさも、愛しさも現れてると思う。
気付くと掌全体で髪の毛を撫でて、時々指先に絡めて遊んでいた。
同じシャンプーを使っているはずなんだけど……ほんと綺麗っつか。
ん、と魅耶が小さく唸って、ちょっとだけ身をよじった。
やや俯せに近かった体勢から、ちょっと右に寝返り、上を向く。
俺は髪の毛から離していた手を、そのまま下に戻す。
次に触れたのは、耳元。
いつもこの辺は眼鏡のフレームが掛かってて、よく見えないからな。
重たくないのかな、などと、視力に困ったことがない俺は、そんな素朴な疑問を抱いていたりする。
耳たぶをなぞって、顎のラインに指先を滑らせる。
そう言えば、こんなふうに魅耶の顔に触れるのは、初めてかも知れない。
そう思うと、急に脈拍が強く感じられた。
そのまま顎の先まで輪郭を沿って、一旦指を持ち上げて、唇に落とした。
するり、と魅耶の唇を数回、親指で撫でる。
無意識に、少しずつ、魅耶の方へ自分の身体を寄せていく。
もうちょっと、近くで、この顔を見たくて。
幾度か、いや、もう何度も、この顔に笑い合ったり、キスをしたりしているのに、何だろうか、この新鮮さ。
やわらかい、なんて、ぼんやり考えながら弾力を楽しむかのように、魅耶の唇にかかる自分の指に、力を加えていた。
ら。
その俺の手の甲に、音もなく重なる、魅耶の右手。
あ、と思ったのも束の間、開いた魅耶の目と、視線が噛み合った。
「……何をしてるんですか」
さっきから、と魅耶が小さく問い掛けた。
しかし俺は不思議と気恥ずかしさも動揺もなく、淡々と、起きてたの、と訊き返していた。
自分が起きても俺が手を引っ込めないことに、魅耶は何か言いたげではあった。
けれどよしとしたのか、数分前から、と答えた。