ある春の日、

 それを聞いて、俺は上半身だけ起こし、肘をついて魅耶の上に被さった。

「もっと早く教えて欲しかったな」

 そうすれば、俺ひとりで遊んでなくてよかったのに。
 俺がそう、何の躊躇いもなく告げたせいか、魅耶の頬がちょっとだけ赤味を帯びて、視線を横にずらしながら、はぁ、と反応した。
 照れたらしい。

 けれどそこは、さすが魅耶とも言うか、押されっ放しということはなく。

「……華倉さんはどういうちょっかい出すのかな、と……思って」

 ちゃっかりしている。
 そっか、と微笑んで、魅耶の額に軽く口付ける。

「気分はどうですか? 昨日、だいぶ出来上がってましたけど」

 魅耶がそう俺の体調を窺う。
 両手を俺の頬に当てて、指先で軽くむにむにと揉む。
 平気、と笑って返して、俺は再度、魅耶の顔に自分の顔を寄せていく。
 きょとんと俺を見上げる魅耶が、何かもう、可愛過ぎて。

「魅耶って視力どのくらいだっけ?」

 眼鏡してない魅耶って新鮮だな、と考えながら、訊ねる。
 相当悪いですよ、と答える魅耶の声に、どのくらいで見えるの、と顔を近付ける。

「大体、の輪郭ならぼんやり見えてますけど……そうですね」

 そのくらいですかね、と言って、魅耶が止めた俺の顔の位置は、互いの鼻の先が触れ合う寸前だった。

「そのくらいで、ようやく、華倉さんの瞳がはっきりします」

 俺にとっては近過ぎて、逆に見えなくないか、と疑ってしまいそうな距離だ。
 でも、そうなのか、と改めて理解する。

 随分長いこと、一緒にいたと思っていた。
 でも、隣にいたとしても、見えていないことは沢山あるだろう。

 そう、例えばそれは、俺の方が、敢えて「見よう」としなかった所為、とかで。

「ん」

 いきなりのキスに、魅耶がちょっと吃驚した様子だった。
 軽く重ねて、少し離しては、また触れる。

 こんな言い方は情けないとは思うんだけど、色々下手に言葉を紡ぐより、手っ取り早い気がしたから。
 好きとか、可愛いとか、ごめんとか。

 言葉にしても全部が伝わらない気持ちなのに、キスにしてしまったら余計ややこしくなりそうでもある。
 それでもこうして、キスを選んだのは、単純に触っていたいだけだろうな。

「……、ん、攻めますねぇ……」

 やや深く息を吐きながら、魅耶が小さく呟く。
 でも止めるつもりはないようで、俺の顔に触れていた魅耶の両手は、俺の背中へと移動していた。
 俺も簡単に、そうだね、とだけ頷いて、唇以外にもキスをしていく。

 そろそろ起きなきゃな~とか、朝のお務めやんないとな~とか思い出すけど、思考の隅へ追いやった。
 今、魅耶に触れること、それ自体が今の俺に必要だから。

 強く艶やかな髪の毛、あまり日光にさらされてない青白い肌。
 首筋に脈打つ音を、唇と指先で捉えて。

「……やばいな」
「何です?」

 ふと、心の声が漏れた。
 その俺の声に気付き、魅耶がきょとんと訊き返す。

 俺は頭を上げて、魅耶の瞳を真正面から捉えるように、顔を合わせた。

「こんな風に魅耶のこと見て、魅耶に触ることが、幸せでしょうがなくて」

 何故今まで避けて来てしまったんだろう、と疑問に思えるほどだった。
 もっと見たいし、嫌がられても付き纏いそうだ。
 なんて本音を続けざまに呟くと、魅耶は可笑しそうに吹き出して答える。

「構いませんよ。本望です」

 穴が空くまで見てください、なんて、冗談まで言える余裕。

 すき。

 すっかり外は明るくなって、世の中はいつも通り動き始めている。
 そんな世界から敢えて切り離したここで、俺たちは繋いでいく。

 安堵とか、感謝とか、記憶を。



2019.3.25
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