I'll walk together,but future isn't “-----”.
寝室にいるはずの砂蔵(さくら)の姿が見えなかった。
鳳凰は驚きながらも冷静に振る舞う。
運んで来た水と薬を近くの机に置くと、一度寝室を出た。
大体行く宛ての見当は付いていた。
寝室とは廊下を挟んで、三つ目の戸を開く。
そこは普段は使っていない、仕事で必要になった書類を保管してある物置き代わりの部屋。
窓のひとつが開いているため、風が入り込んで来ている。
書類の束や冊子が、思い思いに捲られ、戻る。
鳳凰はそんな窓に凭れ掛かって、外を眺めている砂蔵の背中に、声を掛けた。
「勝手に出歩くな。身体に響くぞ」
自分が着ていた羽織を脱ぎ、鳳凰は砂蔵の肩に掛けてやる。
砂蔵はその声に顔を上げ、ありゃ、と笑った。
「見付かっちゃった」
ごめん、と謝りはするものの、砂蔵に悪びれた様子はない。
ここ数ヶ月、砂蔵はよくこの部屋に来ている。
砂蔵は肺を患っていた。
鳳凰が出逢った時から、ずっとである。
それでも伴侶となって暫くは、何の不調もなく、砂蔵も元気に過ごしていた。
鳳凰も砂蔵の病気のことなど、すっかり忘れていた。
しかしそれは数ヶ月前、突然のこと、何の前兆もなかった。
砂蔵が珍しく体調を崩した日があった。
風邪かな、などと呑気に構えていた矢先、砂蔵が空咳を起こす。
そして、血を吐いた。
忘れていただけで、誰も「治った」とは言っていない。
砂蔵の病気は音もなく進んでいた。
じわりじわりと砂蔵の身体を蝕み続けていたのだ。
ここ暫くは寝室で過ごさせるようにしていた。
鳳凰にも仕事があり、付きっ切りで砂蔵を診ていることは難しかった。
麒麟に頼むことも出来たのだけど、何故か今回は、それが怖いと思えた。
出来る限り、自分が居なければ、と。
「……本当は無理をして欲しくない。それでもここへ来ると言うなら、一枚余分に着てくれ」
砂蔵の頬に触れ、鳳凰は忠告した。
冷たい、と気付き、鳳凰は砂蔵の身体を包み込むように肩を抱く。
うん、と曖昧な返答をし、砂蔵は大人しく鳳凰の胸に凭れた。
砂蔵はそれでも、ずっと外を見ている。
ここに何があるというのか、と鳳凰は初め不思議でならなかった。
特に何か面白い物が置いてあるわけでもない。
今は春が来て、木々の鮮やかな緑が眩しいけれど、砂蔵が体調を崩した頃は真冬。
雪が積もる日もあった。
尚更のこと、鳳凰は心配だったのだ。
「あれか」
自分の左手で、砂蔵の左手を包むように握り締めながら、鳳凰が問う。
ゆらゆらと春の風に吹かれて、綺麗に咲いている可憐な花。
君影草だ。
砂蔵は小さく笑みを浮かべて、そう、と答えた。
『寝室からじゃ花壇が見えないんだ』
砂蔵はそう、拗ねたように呟いた。
あまりにも砂蔵が寝室を抜け出し、この物置きへ来るため、鳳凰は一度怒鳴ったことがある。
いつ倒れるかも分からない、弱り切った身体だったから。
砂蔵本人は、まだ平気、と主張して、鳳凰の忠告を聞き入れなかった。
それでも、罪悪感は持っていたのだろう、そう打ち明けたのだ。
花壇、と鳳凰は首を傾げた。
砂蔵は土いじりが好きだった。
だから、自分が作った花壇が気になって、しょっちゅう見に来ていたのだ。
「麒麟さんが世話してくれたおかげで、今年も咲いてくれたなぁって」
砂蔵は本当に嬉しそうに笑って、そう告げた。
砂蔵の一番好きな花、だった。
砂蔵が不意に、右手で口を覆って、咳込む。
鳳凰は砂蔵の顔を覗き込み、呟く。
「戻るぞ。すっかり冷えてしまっただろう」
先程からずっと握っている手も、全く温かくならない。
ん、と反応してみせる砂蔵だが、顔を俯かせ、動こうとしない。
何を、思っているのだろうか。
それが分からなくて、鳳凰は怒りに似た歯痒さを覚えていた。
こうして、すぐ傍で、寄り添っているのに。
どうしても近付けない。
「怖い、か?」
そんな鳳凰の言葉に、砂蔵が静かに顔を上げた。
しかし砂蔵の表情は不思議そうだった。
鳳凰は驚きながらも冷静に振る舞う。
運んで来た水と薬を近くの机に置くと、一度寝室を出た。
大体行く宛ての見当は付いていた。
寝室とは廊下を挟んで、三つ目の戸を開く。
そこは普段は使っていない、仕事で必要になった書類を保管してある物置き代わりの部屋。
窓のひとつが開いているため、風が入り込んで来ている。
書類の束や冊子が、思い思いに捲られ、戻る。
鳳凰はそんな窓に凭れ掛かって、外を眺めている砂蔵の背中に、声を掛けた。
「勝手に出歩くな。身体に響くぞ」
自分が着ていた羽織を脱ぎ、鳳凰は砂蔵の肩に掛けてやる。
砂蔵はその声に顔を上げ、ありゃ、と笑った。
「見付かっちゃった」
ごめん、と謝りはするものの、砂蔵に悪びれた様子はない。
ここ数ヶ月、砂蔵はよくこの部屋に来ている。
砂蔵は肺を患っていた。
鳳凰が出逢った時から、ずっとである。
それでも伴侶となって暫くは、何の不調もなく、砂蔵も元気に過ごしていた。
鳳凰も砂蔵の病気のことなど、すっかり忘れていた。
しかしそれは数ヶ月前、突然のこと、何の前兆もなかった。
砂蔵が珍しく体調を崩した日があった。
風邪かな、などと呑気に構えていた矢先、砂蔵が空咳を起こす。
そして、血を吐いた。
忘れていただけで、誰も「治った」とは言っていない。
砂蔵の病気は音もなく進んでいた。
じわりじわりと砂蔵の身体を蝕み続けていたのだ。
ここ暫くは寝室で過ごさせるようにしていた。
鳳凰にも仕事があり、付きっ切りで砂蔵を診ていることは難しかった。
麒麟に頼むことも出来たのだけど、何故か今回は、それが怖いと思えた。
出来る限り、自分が居なければ、と。
「……本当は無理をして欲しくない。それでもここへ来ると言うなら、一枚余分に着てくれ」
砂蔵の頬に触れ、鳳凰は忠告した。
冷たい、と気付き、鳳凰は砂蔵の身体を包み込むように肩を抱く。
うん、と曖昧な返答をし、砂蔵は大人しく鳳凰の胸に凭れた。
砂蔵はそれでも、ずっと外を見ている。
ここに何があるというのか、と鳳凰は初め不思議でならなかった。
特に何か面白い物が置いてあるわけでもない。
今は春が来て、木々の鮮やかな緑が眩しいけれど、砂蔵が体調を崩した頃は真冬。
雪が積もる日もあった。
尚更のこと、鳳凰は心配だったのだ。
「あれか」
自分の左手で、砂蔵の左手を包むように握り締めながら、鳳凰が問う。
ゆらゆらと春の風に吹かれて、綺麗に咲いている可憐な花。
君影草だ。
砂蔵は小さく笑みを浮かべて、そう、と答えた。
『寝室からじゃ花壇が見えないんだ』
砂蔵はそう、拗ねたように呟いた。
あまりにも砂蔵が寝室を抜け出し、この物置きへ来るため、鳳凰は一度怒鳴ったことがある。
いつ倒れるかも分からない、弱り切った身体だったから。
砂蔵本人は、まだ平気、と主張して、鳳凰の忠告を聞き入れなかった。
それでも、罪悪感は持っていたのだろう、そう打ち明けたのだ。
花壇、と鳳凰は首を傾げた。
砂蔵は土いじりが好きだった。
だから、自分が作った花壇が気になって、しょっちゅう見に来ていたのだ。
「麒麟さんが世話してくれたおかげで、今年も咲いてくれたなぁって」
砂蔵は本当に嬉しそうに笑って、そう告げた。
砂蔵の一番好きな花、だった。
砂蔵が不意に、右手で口を覆って、咳込む。
鳳凰は砂蔵の顔を覗き込み、呟く。
「戻るぞ。すっかり冷えてしまっただろう」
先程からずっと握っている手も、全く温かくならない。
ん、と反応してみせる砂蔵だが、顔を俯かせ、動こうとしない。
何を、思っているのだろうか。
それが分からなくて、鳳凰は怒りに似た歯痒さを覚えていた。
こうして、すぐ傍で、寄り添っているのに。
どうしても近付けない。
「怖い、か?」
そんな鳳凰の言葉に、砂蔵が静かに顔を上げた。
しかし砂蔵の表情は不思議そうだった。