おはぎ

 でも、確実にこれは、空腹を満たし、エネルギーに繋がり、俺たちを生かす。

 俺は、こんな虚ろな心で、そんな一大作業をしているのか。
 出来上がったおはぎの並びを見て、急に泣きそうになった。

 俺は夕飯時、また何も考えずに、これを食べるんだろう。
 そう思うと、非常に情けなくて。

 ただ、手順を覚えた手は、勝手におはぎを包み続けていた。

 そう言えばこの家も、彼岸には必ずおはぎを作る家だ。
 買ってくれば早いのに、って思うときもある。
 でも、母さんの作る、篠宮家に伝わるおはぎは、確かに美味しい。
 俺は確実にこの味で育って、それを、覚えている。

 俺は、確かに今も尚、生きて、何かを繋げようとしていた。

「ねぇ」

 ふと口を開いた。
 それは母さんが最後のおはぎを包んでいるときだった。
 なぁに、と俺を見て微笑む母さん。
 俺は、何を思って、口走ったのか。

「どうして母さんは、俺を、産んだの」

 特別、恨みとか憎しみがあったわけじゃない。
 確かに今はつらかった。
 死にたくてもがいていた。

 だからって、母さんを責めるわけじゃない。
 そんなことしない。

 でも、だからそれは、素朴な疑問だったんだ。

 俺のそんな問い掛けに、母さんはすぐには答えなかった。
 おはぎを包み、ラップを外し、皿に載せる。 
 そして、おはぎの並んだ皿に、別のラップをゆるく掛けた。

 それを見ていた俺と、母さんの視線が、ふと合致する。
 急に恥ずかしくなって、目を逸らした。

「華倉がね、政明さんに会いたがってたからよ」

 ……?
 唐突な発言に、ちょっと反応が遅れる。
 え、と自分でした質問も忘れて、きょとんとしてしまう。
 母さんは愉快そうに笑って、懐かしいわー、と話す。

「華倉はね、赤ちゃんの頃、政明さんが抱っこしてないとすぐぐずってたのよ。わたしでも菱人でも駄目だったの」

 寂しかったわー、なんて母さんは言うんだけど、その表情はとても嬉しそうだった。
 はぁ、と俺、曖昧な反応。
 だって恥ずかしいじゃんか、そんな話されても。
 母さんはにこにこしながら続ける。

「だからね、この子はきっとパパに会いたくて生まれてきたんだろうなぁって気付いたの。政明さんも華倉の面倒をよく見てくれたし、産んでよかったなぁ、って」

 照れと、恥ずかしさと、あとはよく分からない。
 でも、心をくすぐられているような、むずがゆさがあった。
 母さんの嬉しそうな顔を見てられず、やっぱり目を逸らす。

「何歳までだったかしらねー。ぱぱはぁ! って喚いて家中探してたわねー華倉は。本当に政明さんのこと大好きよね」
「……もうやめて母さん」

 そんな記憶は御座いません、と言わんばかりに両手で拒絶する俺。
 やめてほんとに恥ずかしいから。

 と、俺は耳を赤くして母さんの話を聴いていた。
 そんな母さん、うふふ、と笑って、もう一言、続けた。

「だからね華倉。もっと頼りなさい」

 なんて、凛とした声で。
 ふわり、と手をかすめるように、母さんは俺の頭を撫でた。

 俺は、望まれて産まれてきたのか。
 それとも、俺が望んで、産まれてきたのか?

 答えは多分分かっていた。
 でも、それが、逆に、悔しい。

「……うん」

 分かった、と俺は瞳を伏せたまま、答える。
 母さんはルンルン気分のまま、おはぎを冷蔵庫へしまう。

「有り難う華倉。もういいわよ」

 そう、俺を労う。
 俺は頷いて、荷物を持ってキッチンを出た。

 その日の夕飯には、いつもいない親父までいて。
 ちょっと気まずくて、おはぎの味も曖昧だった。


2017.3.25
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