I'll walk together,but future isn't “-----”.

 今のは何だろう、と言いたげな顔だった。
 鳳凰も自分で判断が出来ずにいた。
 今のは、砂蔵への問い掛けだったのだろうか、それとも。

「泣きそう」

 砂蔵の瞳が、鳳凰の心を揺さぶる。
 はっとして、鳳凰はすぐには反応が出来なかった。

 砂蔵の右手が、鳳凰の頬に触れて。
 指先で、輪郭をなぞった。

 ……当然、だろう、とは、言えなかった。

「済まない」

 改めて砂蔵の身体を、両腕で抱き締めて、鳳凰は謝る。
 こんなに何も出来ない自分を、こんなに柔らかく慰めてくれる砂蔵の存在を。

 たった一言、謝ったところで、何も解決はしないのだ。
 そんなことも分かっている。
 本当に伝えるべきことは、他にあるはずだった。
 なのに出て来ない。

 砂蔵への想いも、現実への歯痒さも、明日への猜疑心も、自分への憎悪感も。
 全部、言葉になど、出来るはずもなかった。

「大丈夫だよ鳳凰。お前が罪悪感持つことじゃないよ。悪くないよ、誰も」

 砂蔵の声は真っ直ぐだった。
 それが本当に怖かった。
 もうすぐ、砂蔵を失うことになると、宣告されているかのようで。

 どうして。

「……何故、」
「え?」

 砂蔵の肩に顔を埋めたまま、鳳凰が呟く。
 砂蔵の不思議そうな声に、鳳凰が絞り出した声で問うた。

「何故、そうも簡単に諦めるのか。もっと抗って欲しいんだ。どうしようもなくて、対処法もないと承知の上で、それでも」

 砂蔵。
 そう簡単に、死を受け入れないでくれ。
 もっと、いや、もう少しだけでいい、生への執着を見せて欲しい。

 鳳凰の、そんな我儘に、砂蔵が驚いていた。
 感情が暴れて、鳳凰自身も困惑していた。

 こんな恐怖に見舞われたのは初めてだった。
 今まで、誰かを失ったことがない鳳凰にとって、それはとても不可解で。
 自分はこんなに狼狽えているのに、どうやって「この先」に抗おうかと考えているのに。
 当の砂蔵本人は、こんなにも穏やかで。

 同時に悔しかった。
 砂蔵と自分の気持ちが噛み合わないことに、酷く落胆していた。

 そんな鳳凰に、砂蔵が笑う。

「鳳凰。俺はね、すっごく幸福なんだよ」

 突然、そんなことを言われて、鳳凰は表情が険しくなる。
 何を言っているのか、理解が出来なかった。
 しかし砂蔵は構わず続ける。

 鳳凰が聴きたくないことは承知していた。
 けれど砂蔵にとって、それは必要な言葉だった。

「鳳凰と出逢って、一緒に生きることが許されて。過去の罪も自責の念も帳消しになるくらい、笑って過ごせた」

 永遠など存在しないことも分かっている。
 それなのに、錯覚を起こすほど、ここでの暮らしは幸福だった。

「でもさ鳳凰、俺はやっぱり、人間、だから」

 人間が享受出来る「幸福」としては、きっと、幸福過ぎたのだ。

 砂蔵は言う。
 抗って何になる。
 これは、当然の「始末」だ。

「最後はきちんと死ぬことも、人間としての努め、だと思うから」

 するりと、砂蔵の腕が、鳳凰の腰元に巻き付いた。
 隙間を埋めるように、これ以上は近付けないほどに、砂蔵は鳳凰にしがみ付いた。

 何故、忘れてしまうのだろう。
 砂蔵と同じように生きられない自分が、鳳凰は悔しかった。
 自分と同じように、砂蔵にも生きていて欲しいと願うことは、当然の想いだ。
 けれど、その願いを、砂蔵は望んでいない。

 砂蔵の意志に文句など付けたくなかった。
 例えこの先、自分が不幸になろうことが分かっていても。

「鳳凰、見ててね」

 俺が生き抜いたところを。

 いつか訪れるかも知れない、後悔する瞬間に、この覚悟で立ち向かおう。

「一緒に生きてくれて有り難う」

 その時間は確かに存在して、消すことは出来ない。
 愛した貴方だけは「永遠」だからだ。


2018.4.19
泣くかと思った(わたしが)。
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