愛し、背の君。
本音を言うと、周囲に人が溢れている場は好ましく思っていなかった。
鳳凰自身、あまり人前には姿を現さない。
人声や物音が雑多に紛れ、無秩序に連続している状況に、耐性がなかったのだ。
例えそれが、一杯やりながらの、気の合う相手との時間であっても、だ。
「ほんと? 実はー……僕もそうだったんだ~」
鳳凰が遠慮がちに打ち明けた本音に、意外にも、相手はそう答えた。
浅岡都は雑居ビルの看板から視線を外し、鳳凰を振り向いて控え目に笑った。
まことか、と返す鳳凰に、浅岡は頷く。
「昔から孤立することが多くて、まぁ、人の輪に慣れてないってのが実際のとこだろうけど」
そう説明して、浅岡は踵を返す。
「じゃあコンビニでチューハイでも買って、静かなとこ行こうよ」
安酒になるけど、と笑う浅岡に、鳳凰は笑みで応える。
浅岡都はホラー小説家だ。
鳳凰は魅耶の連載している雑誌を通して浅岡を知った。
好みの草子を描く作家だった。
話はうまく繋がり、今はこうして2人で酒席を設けるほど打ち解けた。
鳳凰にとって、こんなことは想像も付かない展開であった。
浅岡とは話が合う以上に、興味深い感性が共通している気がしていた。
今はまだ、もしかしたら本人ですら言語化出来ていない想いを、お互いが感じ取っているような、そんな気さえしている。
分かりやすく言えば、会話を重ねれば重ねるほど、話し合いたいことが膨れ上がって来る。
浅岡はそんな男だった。
鳳凰にとって、それはまこと稀有な人物だった。
「いやー、鳳凰さんがいてくれて助かったよー」
にこにこしながら、コンビニのレジ袋を提げ、歩く浅岡。
何だ、と浅岡の顔を覗くように首を傾げる鳳凰に、浅岡は続ける。
「僕、顔も言動も幼いもんだから、こういうとこで酒買う時厄介でねぇー。免許も持ってないから、4割くらいは断られちゃって」
1人だと買えないんだよね、とのこと。
今日は鳳凰さんがいるからスムーズだったー、と愉快気である。
そんな浅岡を見ていると、自然と笑みが零れてくる。
こんな何気ないやり取りは、やはり悪くないと思える。