夏用作務衣

「やっぱさぁ、夏場くらいは甚平がいいと思うんよ」

 俺はそう、風呂から上がって開口一番そう訴えた。
 魅耶がきょとんと俺を見上げている。
 何がですか、とか訊き返されたので、俺は改めて訴えた。

「作務衣だよ、作務衣。夏場くらいはもっと軽装にしようよ」

 俺たちは基本、総本山で過ごすときは作務衣着用である。
 作務衣は一般的には、寺の修行僧が掃除などをするときの作業着だ。
 まぁ、坊さんだけでなく、和菓子職人とか、整体師とかにも結構幅広く使われている、和服版作業着なんだけど。

 その作務衣。
 基本的に長袖長ズボンだ。

 オールシーズン着られるし、今は袖をまくりやすいように出来ている物もあるけれど。
 それでもやっぱり、暑い。

 いや、暑いっていうか。

「何かこう……邪魔くせーー!! って思わない?」

 風呂上がりの一杯である牛乳をコップ半分煽り、俺は魅耶に伝える。
 要するに、袖がうるさいのである。

 夏場はただでさえ暑い。
 汗も掻くのに、長袖だとすぐにはその汗が逃げていかない。
 そもそも体温を下げるための気化の邪魔もしてる。
 外気と自分の体温との間に一枚布があるってだけで、何か鬱陶しい。

「だから甚平。作務衣の代用」
「はぁ……なるほど」

 俺の渾身のプレゼンに、魅耶は数回頷いた。
 しかし、と魅耶はちょっと小首を傾げて見せる。

「そもそも作務衣と甚平は用途が異なりますよ。甚平はあくまでルームウェアですし」

 甚平は、夏場の暑さを如何にして涼しく過ごすか、という目的で作られたもの。
 確かにパッと見、作務衣と似ているが、目的が全く異なるという。

「……ダメですか」

 むむ、と唸って、腕を組んで眉をひそめる俺。
 しかし魅耶は曖昧に、うーんと答える。

「ダメと言うか……甚平で作業出来ますか、華倉さん?」

 涼しさを求めて作られた甚平。
 布生地は薄手、風通しをよくするためにかなりひらひらしていて、まぁ確かに……。

「袖とか、作務衣とは別の方向で邪魔になりそうだな」
「はい」

 駄目かな、と深く考え込む。
 しかし、動きやすいようにぴったり作られている作務衣よりは……いいんじゃない?

「暑さの回避か、実用性か」

 自分で選択肢を口に出してみるけれど、もう俺の頭では、甚平に心が傾いているのだ。
 暑いという状態が、思っていたよりもしんどい。

 ほぼ答えが出ているのに悩むふりをしている俺に、魅耶が小さく、それに、と付け加える。

「甚平のハーフパンツは確かにこの時期重宝しますけど……此処は虫や蚊なんかも野放しですからね。作務衣はそれの対策にもなってると思いますし」
「あー……それは言えてる」

 魅耶の指摘に、ふむ、と頷いてしまった。

 此処、篠宮総本山では、なるべく殺虫剤などは使用しないようになっている。
 そんなに困っていないから、という理由もあるけれど、まぁ、実は霊的な理由も存在する。

 化学薬品というのは、人間が予想しているよりも、霊的存在にとってはかなり厄介なものなんだ。
 まぁ、俺もそこまで詳しくは知らないんだけど……。

 要するに、総本山の霊的な磁場、土壌を守るために、薬品の使用は最低限にしろ、というルールが課せられている。
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