呪限夢(じゅげむ)

「ずっと疑問には思ってたんですよ。何故あの鳥は自分の力を使わなかったのか」

 この男は相変わらず、鳳凰様のことを雑に表現する。
 現「憂神子(うれいみこ)」が共に生きることに選んだ相手なので、この男にとって鳳凰様が邪魔なのは分かる。
 しかし、やはり立場上、この男の無礼を容認するわけにはいかないのが、私の役目のひとつでもあるわけだ。

「お前、本当に鳳凰様が嫌いなようだな」

 私はやや訝しげにその男を睨み、呆れたように告げる。
 しかしこの男にとって、私の言葉なぞ何のダメージにもならない。
 逢坂魅耶は頬杖を付き、そうですね、と頷いて見せた。

「嫌いですよ。華倉さんが邪険にしないので仕方なく相手してますけど、本来ならば潰しておくべき存在です」

 過激派。
 普通に恋愛をしているならば到底思い付かないであろう判断である。

 この男は大体のメーターを振り切っている。
 それも総て、現憂神子を愛し続けるため、だ。

 溜め息を吐いて、私は軽く項垂れる。
 どうしてこんな男が、選ばれてしまったのだろうか。

「……今更屁理屈を言うようだが、元々憂神子は鳳凰様の伴侶だ。砂蔵(さくら)殿が鳳凰様と共に生きることを選ばなければ、今の状態も存在してなかったはずだ」

 私のそんな発言に、しかし逢坂魅耶は動じない。
 そうでしょうか、と淡々と反論する。

「どれだけ譲歩して、可能性が高いとしても、それは貴方の推論以外に他なりません。過去の一時(いっとき)の出来事を見て、現在まで決め付けるのは乱暴な考えですよ」

 ちらり、と私を横目で見据えて、逢坂魅耶は言い切った。

 ……そんなことは百も承知だ。
 それでも私が意見するには、自分なりの推論を立てなければ出来ないこと。
 そう、そこにあるのが、ひたすらに「期待」だけだったとしてもだ。

 この男とは正直なところ、話をしたくないのが本音だ。
 必ず一定の距離感を維持し、こちらの意見は真面目に聞くが、折れることはしない。
 自分の中で一貫した想いが在るからこそ、私はこの男が苦手だ。
 迎合、という言葉を知らないのではないか、と疑うほどだ。

「第一、あの鳥がいてもいなくても、琴羽(ことう)さんという憂巫女は四百年前には存在しました。僕からすれば砂蔵という人物は華倉さんには関係ありません」

 どのみち、僕は華倉さんと生きること以外は求めません。

 逢坂魅耶の声色には、何の抑揚もなかった。
 それはつまり、決意とか覚悟とか、そういう類の想いではない、という事実を表している。
 一度考えて精査する必要のない当然の節理ということだ。

 だから、この男にとって、「何故篠宮華倉と共に生きるのか?」と疑問を持たれることの方が、不思議でならないのだろう。

 めんどくせぇなぁ……。

「……砂蔵殿と篠宮華倉が同じ憂神子というのは事実だ。現に似通った部分も見られる。それに、鳳凰様とて単に砂蔵殿の生まれ変わりだからというだけで篠宮に会っているわけではない」
「だったら尚更邪魔です」

 私の話を最後まで聞かず、逢坂魅耶はそう断言した。
 どうしてもそこは譲れないところのようだ。

 ……残念なことに、鳳凰様は現在、篠宮華倉そのものにも恋をしている。
 純粋に傍にいて、同じ時を過ごしたいらしいのだ。
 砂蔵殿と共に生きていた頃のように。

 しかしまぁ、六百年も時代が経つと、そういう話が罷り通ることはなく。
 事実、四百年前の憂巫女を娶(めと)った鬼神――真鬼の生まれ変わりであるこの男、逢坂魅耶が、現在の憂神子の「伴侶」である。

 一言で言うと、関係がこじれているのだ。

「貴方からもちゃんと言い聞かせてくださいよ、あのアホ鳥に。もう華倉さんにそういう期待はしないで欲しいんですよ」

 むす、と不機嫌を全面に押し出した顔で私を見て、逢坂魅耶は告げる。
 どうやら、鳳凰様の素行に対する私の管理に不満があるようだ。
 お前な、と私はややこめかみの血管を浮かせながら呟く。

 私はあくまで鳳凰様の「従者」、世話人であって、管理者ではないんだ。
 基本的に私から鳳凰様へ提言することは出来ない。

 ……まぁ確かに、今のまま過ごしていても、鳳凰様の想いが浮かばれることはないだろう、とは思っている。
 けれど、それを私が伝えたところで、あの方が聞き入れるわけがない。

「はァ? あの鳥のブレーキ役が機能しないでどうするんですか」
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