exceed the end

「全く華倉さんは! 華倉さんには僕がいるでしょうに! それで充分ではないですか!」
「っ、そ、そうだ! 我も居るぞ!」

 がたっ、と魅耶が身を乗り出して華倉に訴える。
 それを聞いた鳳凰もはっとなり、ついでに主張した。
 しかし、華倉は頬杖を付き、長い吐息を零したのち、呟く。

「……そうだけど、扇さんは別腹なんだよね。それはそれで必要なの」

 別腹。
 何言ってんだ、という目で華倉を見返す鳳凰の横で、魅耶がとうとう怒り出す。

「だぁぁぁっ! 全くこれだから華倉さんはぁぁ!! 何ですか別腹って! 女子か!!」
「しょーがねぇーだろぉぉぉあぁ! 事実なんだからぁぁぁああ!!!」

 女子か? と心の中でツッコミを入れつつも、口には出せない鳳凰。
 ぎゃーぎゃーと痴話喧嘩を始める華倉と魅耶の様子を、黙って眺めていた。

 正直なところ、鳳凰は、いまいち話が掴めないままである。
 華倉にとって、その「紫龍」という存在がとてつもなく大事、ということが分かる。

 けれども、その存在が消滅したわけでもなく、華倉には他にも大事な者もいるというのに、この落胆に荒ぶりよう。
 確かに、華倉は「別人」なのだな、と鳳凰はその時、初めて理解したような気がしていた。

「やだーやっぱりやだぁぁぁ!! 活動休止はともかく無期限なんてぇぇぇぇー」
「そんなこと言ってもどうしようもないでしょうが。気を強く持って下さい」
「うわぁぁぁぁああああ」

 とうとう魅耶にしがみ付いてわぁわぁ泣き出す華倉。
 魅耶も表情こそ困惑しているが、そんな華倉を抱き締めながら慰めている。
 何だこれ、と思いながら自分も酒を呑む鳳凰。
 華倉にもまだ、こんなあどけない一面があったのかと、いやに冷静に考えていた。

「ほら、今日はもう寝ましょう。華倉さんの日常は明日からも続くんですよ」
「やだー……このまま寝れないぃぃぃ……朝までライブDVD観るぅぅぅー」
「地獄やめて下さい」

 駄々を捏ねる華倉をずるずると引き摺りながら魅耶は寝室へ向かう。
 さすがに傍観してるわけにいかなくなり、手伝うか、と鳳凰が声を掛けた。

 すると、予想に反して魅耶が頷き、「布団敷いてくるのでちょっと見てて下さい」と、華倉を預けてきた。
 魅耶の手が離れ、華倉は畳に突っ伏して再び大泣きである。

 うわーんうわーん、とわざとか、とも言いたくなる泣きっぷりである。
 こうなると鳳凰は逆に困惑した。

 容易に手が付けられない。
 こんなに感情駄々漏れ状態の華倉を見るのも初めてだった。
 それに加えて、こういう時の他人にどう寄り添っていいのか、鳳凰は知らずに生きてきた。
 思えばいつも、自分は「寄り添ってもらう」ばかりで。

「……ほうおう」

 少しして、華倉がいきなり泣きやみ、鳳凰を呼ぶ。
 びくっとしながらも、返事をする鳳凰を見ることはせず、華倉は続ける。

「頭撫でて」
「……」

 相当参っているのか、と鳳凰は急に冷静になった。
 華倉のこの状況は全く理解が出来ないし、自分が望むような手段は取れない。
 けれど。

「……よいのか、これで」

 そっと右手を差し出し、華倉の頭を撫でる。
 何がそんなに華倉を追い詰めてしまったのか、鳳凰には分からない。
 それでも、今必要なのは。

「そう案ずるな。いずれまた出逢うときは来る。形は変わってしまっても」

 そう、優しく語りかけ、鳳凰は華倉の髪を撫でる。
 しかし、華倉から反応はない。
 ん、と思って、鳳凰が華倉の顔を覗き込むと。

「……」

 寝息が聞こえた。
 どうやら、力尽きたようだった。
 呆れる鳳凰の目の前で、眠る華倉に毛布が掛けられる。

「寝る方が早かったですか」

 華倉の全身が毛布に収まるように、魅耶が少し華倉の身体を動かしながら呟いた。
 そうだな、と鳳凰も頷き、再度華倉の頭を撫でて、手を離す。

「しかし驚いたな……あんなに動揺するとは」
「……華倉さんにとって、紫龍は精神安定剤なんですよ。悔しいですけど」

 魅耶は鳳凰の呟きに、淡々と答えた。
 その発言に鳳凰が訊ねる。

「華倉にとってのそれは、お前ではないのか?」

 鳳凰にはそう見えていた。
 しかし、魅耶の答えは。

「さぁ、それは正直なところ分かりません。華倉さんにとって僕がどういう位置付けにいるのかは、華倉さんだけが判断出来ることです」

 それは恐らく、この世に的確に表現出来る言語がないためだ。
 魅耶はそう告げた。

「僕にとっての華倉さんだって、正確に言い表せる言葉はありません。どれを使っても陳腐な表現になります」

 だから。

「だから今此処で、こうして、一緒に生きているんですよ」

 言葉では処理出来ない、記録出来ないことだから。
 お互いの記憶に、干渉するのが確実だと。

 命はとかく難しい。
 これほど技術が発達し、文明が発展を遂げても、生身の命は生きる。

 総ての情報を数値や言語で残せないことを、知っているから。

「なので余計ムカつくんですよねぇー、紫龍のことをあんなにいい笑顔で語られると」

 ち、と舌打ちして、魅耶が呑み掛けのグラスを掴む。
 それは何となく分かるな、と心で呟きつつ、鳳凰は黙っていた。
 というのも。
 魅耶の口元が、やや緩んでいるせいだ。

「……本音は」

 鳳凰が訊ねる。
 その問いに魅耶は少し間を置いて返した。

「あんなに我儘する華倉さんは初めてでしたので。もうちょっと堪能したかったですねぇ」

 ふふ、と笑う魅耶。
 しかし直後目付きを変え、鳳凰を睨み付ける。
 どきりとする鳳凰に魅耶が告げた。

「なのでそろそろ帰れアホ鳥。いつまで居座る気だ」
「……! ば、馬鹿か、このような状況ではむしろ帰る訳にはいかないだろう! 何をする気だ!?」
「決まってるでしょうが! だから帰れ!」
「断る!!」

 こうして夜は更けていった。


2017.12.29
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