exceed the end

「そりゃあさ、覚悟はしてたつもりだよ。いずれこういう時が来ても可笑しくないよ、生身の人間だから」

 華倉(かぐら)はそう平静を保った様子で話を続けているが、グラスを掴む手は先ほどから震えっ放しである。
 しかしそれについて指摘をする者はいない。
 魅耶(みや)は魅耶で華倉を見詰めて黙っているし、鳳凰(ほうおう)もやや困惑したまま口を出せずにいる。

「俺が出逢ったときは既に実力も人気も確実なものだったし、いつまでもフルパワーで活動は出来ないよ。俺としては細々とだっていいからコンスタントに活動して欲しいよ」

 うう、と嗚咽混じりに言葉を吐き出し、華倉は項垂れる。
 そのまま一時停止した華倉を見詰めたまま、魅耶が自分のグラスに口を付けた。
 同時に、華倉が空いている右手でテーブルを叩く。
 その音に盛大に驚く鳳凰に対し、魅耶は相変わらず動じない。
 むしろ不機嫌そうである。

「でも、でもさぁ! 実際に事実として突き付けられると……! どうしていいか分かんないだよねぇ!!!」

 と、叫んで、華倉はとうとう完全に突っ伏して泣き始めた。
 わぁぁぁあ、と感情を剥き出しにする華倉を初めて見る鳳凰は、完全に圧倒され、フリーズ。
 途中から来た鳳凰は、未だに状況が把握出来ていなかったのである。

「……何だ、今日の華倉は珍しく面倒だな……?」

 まるで幼い子供のようにめそめそと泣く華倉に掛ける言葉も見つからず、鳳凰は仕方なく隣の魅耶に向かって呟く。
 魅耶は不機嫌な目付きのままグラスの焼酎を流し込むと、ぽそっと答えた。

「……青春という名の厨二病をこじらせているだけです」

 その魅耶の声は異常に重々しかった。
 きょとんとしている鳳凰にそれ以上何も告げず、魅耶は焼酎の瓶を取り、次の分をグラスに注ぐ。


 発端は一時間前。
 魅耶が風呂から上がり、華倉のいる部屋に戻ったときだった。
 華倉はパソコンを広げたテーブルの前で横になっていた。

 もう夜もだいぶ更けていた時間だ。
 魅耶は華倉がそのまま寝てしまっているのだと、その時は思った。

「華倉さん、風邪引きますよ」

 寝るなら布団へ、と華倉の肩を揺らす。
 しかし華倉からの返答はない。
 そんなにお疲れなのかな、と思いつつ、魅耶は先にパソコンを落とそうと顔を上げる。

 開かれていたページは、いつもの公式サイト。
 華倉が愛してやまないヴィジュアル系バンド「紫龍(しりゅう)」オフィシャルサイトである。
 もー、と思いながらマウスに手を掛けたとき、ふと更新履歴の見出しが目に留まった。

「……紫龍、無期限活動休止のお知らせ……」
「っ声に出して読むんじゃねぇえええええええええっっっ!!!!」

 魅耶の漏らしたその呟きに、華倉が過剰反応を見せた。
 そう叫びながら突然起き上がった華倉に、魅耶が「ぎゃあ」と驚く。

 そう。
 14歳で出逢ってずっと追い掛けて来たバンド、紫龍が、来年から暫く活動を休止するとの知らせだった。
 華倉はその衝撃を何の前触れもなく受け、まともに食らったがために今倒れ込んでいたのである。

「……あああああつつつつ遂にこの日が……この日が来てしまっ……」

 がくがくと手を震わせながら頭を抱える華倉。
 こんなに激しく動揺する華倉を見るのは、魅耶も初めてである。
 え、ちょ、と動揺する魅耶に構わず、華倉は自分に言い聞かせるように呟く。

「うん、分かってたよ……最近扇(せん)さん調子悪かったのもさ……忠雪(ただゆき)にも事情あるしさ……むしろ今の今まで続けてくれてたのが凄いよ」

 そうだ、うん、大丈夫だよ、と呪文のように繰り返す華倉。
 その異様さには、さすがの魅耶も冷や汗を掻いた。
 しかし。

 すちゃ、とおもむろにスマホを取り出す華倉。
 何やら操作すると、スマホに向かって語りかける。

「オッケーグーグル、自害しろ」
「華倉さん落ち着いて!!」

 その一言に、魅耶も我に返った。
 いきなり何をおっしゃる、と慌てる魅耶だったが、華倉のスマホは呑気に返答をする。

『私の所為ではありません』
「ぎゃあ! 会話を理解してる!!」

 頭良過ぎる、と驚く魅耶に対して、華倉はとうとう切れた。
 役立たず! と怒鳴ってスマホをぶん投げる華倉。
 そのスマホが綺麗に突き刺さった襖の向こうから、うぉ、という小さな叫び声。
 魅耶がその方を見ると、遠慮がちに襖が開かれた。

「何だ、何の攻撃が……」
「何の用ですかこんな時に」

 すー、と襖を開けながら、鳳凰が顔を見せた。
 華倉のスマホが突き刺さった襖にビビりながら、鳳凰はこちらを見る。

「いや、今晩は麒麟(きりん)が居らぬのでな、夕餉(ゆうげ)をと」
「乾涸びた沢庵ならありますよ」
「嫌がらせをするにももうちょっと手間を掛けて欲しい」

 ち、と舌打ちする魅耶に、鳳凰も真顔で答える。
 しかし、その言葉に予想外に乗っかる声が。

「ええい乾涸びてようが何だっていい!! つまみと酒持って来い!!」
「ええええ早速ヤケ酒!?」

 がばぁ、と立ち上がって台所へ向かう華倉。
 魅耶があたふたしている様子を見ながら、鳳凰が首を傾げていた。
 鳳凰はその時、丁度いい、くらいにしか考えていなかった。

 だからだ。
 こんなにぐだぐだめそめそ泣き事を垂らしながら呑んでいる華倉を見ることになるとは、思わなかった。


「……ほう、なるほど」

 鳳凰に、自分の空いたグラスに焼酎を注がせながら、華倉は延々喋っている。
 紫龍と出逢って、20年。
 華倉にとって、彼らは支えであり、希望だった。

「……しかし、いなくなったわけではないのだろう? そう気を落とすことは」
「鳳凰、半端な慰めはやめてくれ」

 何とか励まそうと、鳳凰が口を開くが、あっさりと華倉に否定されてしまった。
 おう、とビビって身構える鳳凰。
 華倉はグラスを手に取り、くっ、と半分の量を一気に煽る。

「今まで日常にあったモノが、急になくなるんだぞ……そう簡単に受け入れられるか」

 華倉のその発言は、本心だった。
 と同時に、配慮が欠けていた、とも言える。

 鳳凰が黙った。
 鳳凰にとっても、経験したことのある感情だったためだ。
 何も答えられず、鳳凰が視線を外す。

 一瞬訪れた沈黙を、魅耶の溜め息が破った。
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