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海賊さんの拾いもの

「うぅ……」

「あ、家永さん!大丈夫ですか?聞こえますか??」

意識を取り戻しかけているのか、家永の半開きの口から弱々しいうめき声が漏れる。
すかさずあばたが肩を揺さぶりながら声をかけると、上を向いたままだった黒目がぐるんと下りてきた。

「頭が割れそう……」

額のコブを押さえながら家永はゆっくりと上半身を起こした。
目覚めたばかりかつ頭に響く鈍痛でまだぼんやりとしているのだろう。
あばたは彼女に手を貸してベッドに座らせてやった。

「一体何が起きたのでしょうか……」

「それよりまず俺たちの質問に答えてもらおうか」

海賊は加害者である負い目など一切感じていないらしく、強い口調で尋問を始めた。

「何故この部屋にいた?俺たちに何か用でも?」

「それは。ええ、そうでしたわ。私はお客様の傷の具合を見にやってきたのです。主治医として予後観察も責務の一つですから」

「そのために勝手に押し入ったと」

「押し入っただなんて人聞きの悪い。私はただ御二方が眠っていらしたようなので、起こさないように静かに入室しただけでございます」

家永は取り乱すこともなく、海賊の問いに淡々と答えていく。
あばたは黙ってそれを聞いていたが、やはり彼女の言っていることに怪しい点など無いように思えた。

「ほら、やっぱり疑いすぎですって。家永さんは善い人ですよ。きちんと説明して謝りましょう?ね?」

しかし、海賊はまだ腑に落ちない様子である。
仕方がないので代わってあばたが大変な失礼について謝罪した。
宿代も治療費も倍の額を払うので何とか示談にしてもらえないかと頼み込むと、家永は快く承諾してくれた。

「勝手に部屋に入ったことは事実ですので。私にも非があったということで、今回のことはお互い水に流しましょう」

「ありがとうございます!まったく、すみません本当に。九分九厘この人が悪いんですけども」

「でも流石でございますね。大沢様の腕っぷしの強さには惹かれるものがありますわ」

家永は海賊の方にちらりと目をやって言った。
その言葉に、あばたは首をひねる。

「え?」

「やっぱり何か隠してるな、あんた」

「……?」

状況が飲み込めないでいる家永を追い詰めるように、海賊は彼女が出したボロについて教えてやった。

「あんた今、俺のことを何て呼んだ?ちゃんと宿帳は見たのか?俺はいつも通りちゃーんと偽名で書いておいたんだが、何故あんたは俺の名を知っていたんだ?おかしいよなぁ」

「そ、それは……」

ぱくぱくと口を動かすも、さすがに上手い言い訳が見つからないらしい。
家永は先程までの涼しい顔を崩し、焦りの色を滲ませ始めた。
こんなつまらない過ちなど、いつもの彼女であれば犯すはずがない。
それがほんの少しの油断で、いやもしくは脳が揺さぶられたせいなのかもしれないが、気が緩み口を滑らせてしまったのだ。

「あんた一体何者だ?俺のことを知ったうえで近づいてくるってことは、刺青目当てか。脱獄囚人の仲間でもいるのか」

その問いには答えず、家永はキッと目つきを尖らせると舌を打ち鳴らした。
次の瞬間、2人の視線は彼女から逸らされる。
投げ放たれた注射器の軌道を追わねばならなかったからだ。
自身の顔めがけて向かってくる鋭い針先。
海賊の反応は素早く、叩き落とされたガラス管は床の上に砕け散った。
あばたはすんでのところで身をかがめ、図上を掠め去った凶器は壁に突き刺さって止まった。

「あの野郎、逃げやがった」

ほんの一瞬の隙。
それだけの間に家永の姿は忽然と消えていた。
まるで手品のように。
要するに、そこには種も仕掛けもあるのだ。

「まさかこんな所に隠し通路があるなんて」

「なるほど、こっから自由に出入りできたってわけか。本当にネズミみたいな奴だな」

壁に掛けられた絵画をずらしてみると、その裏には人がくぐり抜けられるほどの大きな穴が開いていた。
異空間へ誘うように狭く暗い通路が奥へと続いている。
家永はここを通って逃げていったようだ。

「追いかけますか?」

「当たり前だろ。あいつが何者かは知らねえが、刺青囚人と繋がってるとしたらようやく見つけた手がかりだぜ。みすみす逃がしてたまるかよ」

「うぅ、ですよね……」

「嫌ならここで待ってな。どうせいても足手まといになるだけだし」

あばたは少し考えてから、「いえ、私も行きます」と答えた。
薄暗い部屋に1人残されるのは心細いし、他にもまだ隠し通路があるかもしれない。
いつどこから何が飛び出してくるのか怯えながら待つ方がずっと恐ろしく思えた。




通路は曲がりくねり分かれながらも下へ下へと進んでいき、暫くするとやたら開けた空間に出た。
香でも炊いているのか強い香りが漂っているが、それでも隠しきれない異臭が混じっている。
血生臭さと腐臭が混じったような、直接嗅げば吐き気を催すであろう酷い匂いだ。

「何です、ここ。すごく嫌な感じがします……」

虫の知らせというやつか、あばたはその空間に入ることを拒んだ。
だが、そんなただならぬ空気感にも海賊は動じることなく、つかつかと踏み込んで探索を始めた。

「どうする、あばたちゃん。俺たちはとんでもなくヤバイところに来ちまったようだぜ」

手にしたランプで海賊が照らし出したのは、部屋の隅に山積みにされた人骨であった。
それだけではない。
おびただしい血の跡が染み込んだ床。
部屋の至る所に設置された拷問器具まがいの物々。
何かの薬品で満たされた盥の中に浮かぶ溶けかけた人体の一部。

「どこが開業以来無事故の優良ホテルだよ。こりゃまるで殺人ホテルじゃねえか」

「ええ、そうよ。ここは私が完璧になるために造り上げた完全な城だもの」

海賊のつぶやきに返されたのは家永の声であった。
思えばこんなとき、いつもならあばたが真っ先に大きな悲鳴を上げるはずだ。
やけに静かなのはそれができないからで、彼女は家永の腕に抱えられるようにて気を失っていた。

「そいつに何した?」

「まだ何も。勝手に気絶しただけだけよ。この部屋は少し刺激が強すぎたようね」

そう言う家永の左腕はガッチリとあばたの首を捉えており、右腕は首筋に注射器をあてがっている。
それは悪党が人質をとるときの常套手段であり、同時に相手に交渉の気があることを示していた。

「お前の目的は何だ。ただ俺たちを殺したいだけならそんなまどろっこしいことはしないだろ。それとも、仲間が来るまで時間を稼いで刺青を剥ごうって魂胆か」

「いいや。仲間なんて必要ないし、刺青にも興味は無い。私はただ欲しいだけ。より完璧に近づくために」

「は?何言ってるか分かんねえよ。ちゃんと要領を得て話せ」

「大沢房太郎。お前には監獄にいるときから目をつけていた。その並々ならぬ度胸と力。良い血と肉が採れそうだ。海賊と呼ばれるまでに至る超人的な肺にも食欲をそそられる。そしてなんと言ってもその髪だ。黒く艶やかでコシのある髪。何としても手に入れたい。出汁を効かせたつゆでズズッと!!」

蕎麦をすするような音が暗闇に響き渡る。
ますます何を言っているのか分からないし、何なら分かりたくもないが、とにかく家永カノという人間が相当やばい殺人鬼であることだけは理解できた。

「……で、結局のところ俺にどうしてほしいわけ」

家永はにっこりと笑みを浮かべて問いに答えた。

「大人しく私に食べられてくださいませ」

その顔には溢れんばかりの猟奇が満ち満ちている。
そして、黒い瞳を鋭く光らせながら、包帯が巻かれたあばたの頬に触れた。

「そうしたらこの子には手出しせず生かしておいてあげる」

「そんな口約束を信じろと?」

「あなたの御家族、病で全員亡くなられたのだとか。この子はその代わりなのかしら。かわいい妹のためなら自分の命も差し出せるのでは?」

「ははっ、そりゃとんだ勘違いだぜ。生憎だがそいつはただ拾っただけの小間使いなんでね。元々死にたがってたような奴だし、命かけてまで守るつもりはねえよ」

「そう、それは残念」

海賊が隠し持っていた拳銃に手を伸ばすのより少し速く、家永は何かを取り出して海賊の足元へと投げつける。
それは鞠のような球体で、床にぶつかると同時にもうもうと煙を吹き出し始めた。

「なら二人ともいただくわ」

そう言い残し、家永はあばたを連れて地下室を後にした。
入口の扉を閉ざしてしまえば密閉された室内にあっという間にガスが充満する。
視界を遮るほどの高濃度の催眠ガスに巻かれれば、さすがの海賊もひとたまりもないだろう。
真っ向勝負では敵わない相手でも眠らせさえすれば首を掻くことなど造作ない。
そうして彼女は今までに幾人もの血肉を食らってきたのだ。





「さて。ガスが引くまでの間、この子で楽しむとするか。肌は酷くて使い物にならないが、病に打ち勝った若い女の血は栄養になりそうだ」

血受けの盥を用意し、その上に女を逆さに吊るす。
あとは頸動脈を切断するだけで新鮮な生き血が滝のように流れ出てくる。
のだが、血で衣装が汚れるのは好ましくない。
完璧な麗人というのは花や果実の香りを纏っていても、生々しい血の匂いなどしてはならないのだ。
だから彼女は肉を処理する際、決まって服を脱ぐのである。

愛用の解体道具を片手に、ランプで今夜の獲物をよく照らし出す。
そのとき、運良くと言うべきか悪くと言うべきか、丁度あばたは目を覚ましたのであった。

「あ」

「え」

2人の視線がバッチリぶつかる。

「え?なに??なんで家永さんが逆さまに?なんで裸?なんで刺青?なんで……」

あばたは血がのぼった頭に浮かんだ疑問を片っ端から口に出していた。
しかし、視線を上にずらすにつれて目に入ったものに絶句する。
家永の下半身には立派な一物がついていたのだ。
彼女、もとい彼は歴とした男である。
それはあばたにとって、彼が刺青囚人の一人であることより衝撃的な事実であった。

「いいいいいやああああああああ!!!」

恐怖を塗りつぶすほどの驚愕と羞恥から大きな悲鳴が飛び出す。
顔を背けたり覆ったりしたいが、逆さ吊りのまま身動きが取れないあばたは目を瞑る程度のささやかな抵抗しかできなかった。

「活きの良い叫び声、いいわあ。すぐに締めてあげるから少しジッとしていてね」

鋸の歯が首筋にヒヤリと触れる。
よく切れる刃物と違って、ギザギザの刃でギコギコと首を切り落とされる痛みは相当なものだろう。

「ひいッ!い、痛いのは嫌です!!血が出るのも!!殺すならもっと苦しくない方法でしてくださいッ!!」

「随分とワガママな子ね。でもダメよ。恨むならあなたを見捨てた海賊を恨みなさい。まあどうせ奴もすぐに私に食べられるのだけど」

そう言い終わるか終わらないかのところで、家永の体が大きく傾いた。
突如、彼の足下の床板がバコッと外れて持ち上がったのだ。
危うくひっくり返りそうになりながら、その原因に家永の目は大きく見開く。

「お。あばたちゃんはっけーん、大当たり」

床を突き抜いてひょこっと頭を出した海賊は、そのまま床板に手をかけてドッコイショと上階まで身体を持ち上げた。

「馬鹿な……。あれだけのガスの中、地下室から脱出できたというのか」

「あんなもん吸い込みさえしなけりゃただの霧と変わんねえよ。前が見えなかったおかげで天井の扉にも気づけたしな」

海賊の規格外っぷりは家永の想定を遥かに上回っていたようである。
余裕を失くした彼の顔に悔しそうな皺が入った。

「なるほど、お前自身が刺青囚人だったってわけか。道理で色々と知っているはずだ。にしても、まさか女のフリをしてるとはな。すっかり騙されたぜ」

「それはそうなんですけども海賊さん。早くここから下ろしてください。そろそろ頭が爆発しそうです」

「はいはい、まったくしょうがねえ家臣だな。まあ、あの馬鹿デカい悲鳴で何処にいるのかすぐ分かったから今回は大目に見てやるけどよ」

海賊が床に転がっていた鋸で縄を切ってやると、あばたは逆さのまま盥の中にゴトンと落ち、後頭部をぶつけた痛みで「うぎゃ」と声を上げた

「さて、もう逃がさないぜ。いい加減、神妙に皮を剥がされてもらおうか」

海賊が構えた拳銃は確実に相手の眉間を捉えていた。
引き金にかけた指をほんの少し引くだけで、標的は間違いなく即死する。

「ちょちょちょっと待ってくださいよ」

そんな張り詰めた空気を払うように、両手をぶんぶん振りながらあばたが間に割って入った。
せっかくの雰囲気を台無しにされた海賊は不機嫌そうに口を尖らせる。

「なんだよ。今いいとこなのに」

「いきなり殺しにかかることないじゃないですか。まずは話し合いを試みましょうよ。あと家永さんは早く服を着てください」

「おい、正気か?お前もあの地下の光景を見ただろ。こいつは殺されても文句言えないほど凶悪な大量殺人鬼だぜ」

「それはあなたも同じこと。自分が欲しいものを手に入れるために他人から奪う。最も理にかなった方法だものね」

囚人二人は互いに睨み合い、一触即発の火花を散らして視線を戦わせている。
見かねたあばたは「ああもう」と呆れの声を吐き、一気にまくしたてた。

「 いいですか?殺人は悪です。誰がなんと言おうと、どんな理由があろうと悪です。あなたたち二人は悪党なんです。なんですから、お互い手を組めるのは悪党だけですよ。別に思いやりを持って信頼し合えとは言いませんが、せめて利害が一致する間だけでも仲良くしましょうよ。あと早く家永さんは服を着てくださいッ!」

「なに偉そうに説教たれてやがる、あばたちゃんのくせに。じゃあ聞くけどよ、こいつを生かしておくことに何の利があるってんだ?」

「ありますよ。まずはこのホテルを暫くの拠点として使わせてもらうこと。そして、海賊さんの傷の面倒を最後まで見てもらうことと、今後も闇医者として私たちに力を貸してもらうことです」

「そんな一方的な要求を飲むと思う?私のあなたたちを食べたいという気持ちはまだ変わっていないのよ」

家永がしっかり服を着直したのを確認してから、あばたはその反論に答えを返す。
自分が出せるもので彼を納得させられそうな利益など1つしか思い浮かばなかった。

「もちろん、きちんと宿代や治療費はお支払いします。それとは別に、私の血でよければいくら採ってもらっても構いません。私が生きている限り血は造られ続けますから、いつでも新鮮な血を飲み放題というわけです。どうでしょう?」

「ふぅん、なかなか悪くないわ。でも、それだけでは物足りない。私が一番欲しいのは海賊の髪。本当は頭皮ごと桂剥きにしていただくつもりだったけれど、そうね。血と毛髪で手を打とうかしら」

よかった、契約成立だ。
と、思いきや、今度は海賊の反論がそれを遮った。

「おいおい、勝手に話を進めるなよ。俺はそんな変態食人鬼に髪をくれてやるつもりはねえぜ」

「いいじゃないですか、ケチッ!どうせすぐ伸びるんですから」

「そうよそうよ。先っぽだけでいいから寄越しなさいッ!」

二方からやいのやいのと野次が飛ぶ。
了承するまで止まないであろう非難の声に、海賊は抵抗することを諦めた。

「だぁーもう、うるせえ!分かったよ。やりゃあいいんだろ」

今度こそ本当に契約成立だ。
あばたはほっと安堵の息を吐く。
ようやく囚人を見つけられた上に、争うことなく手を組めるのだから願ったり叶ったりの結果と言えよう。
理想とは遥かにかけ離れたトンデモ囚人ではあったが。



肝心の刺青は紙に写しをとったものを埋めて隠した。
持ち運ぶことで付き纏う強奪、紛失、破損などの危険を回避するためだ。
その秘密の場所は海賊しか知らない。
無論、あばたにも家永にもさほど興味の無いことである。
あばたは美味しい札幌料理とふかふかベットにご満悦であり、家永はそんな彼女の血を飲めることに満足していた。
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