ニューヨーク
2004年10月27日6時45分。
まだ朝靄が摩天楼をつつんでいる中、慌ただしく人々が移動していく。
今日の0時より避難勧告が下されたのだ。
しかし、ここは世界経済の拠点ニューヨーク。企業ビルからの避難はかなり遅れている。
警察は避難や火事場泥棒を取り締まるのに忙しくて、こちらのゴジラの防衛線の設置に手を回してはくれなかった。
俺は防衛線の港・フルトン市場近辺でする事無しでふらふらしていた。
三神がテレビを眺めていた。
俺は昨夜、鬼瓦さんから聞いた話を思い出し、どう話かければいいか躊躇していると、ちょうどテレビから大統領の会見が始まった。
『先日より発生し各国に抗議していた原潜事件の原因がわかった。我が国に戦線布告をした愚か者は、1954年に日本へ出現し東京を破壊した怪獣ゴジラと判明した』
その場がざわめく。
大統領は手で制し、再び話を続けた。
『ゴジラはニューヨークへ向かっている。すでに避難は始まっている。だが、アメリカはゴジラに屈指はしない。ゴジラは我が国の力の粋を挙げて倒す。アメリカはゴジラを必ず撃滅する。会見は以上だ』
大統領はゴジラ撃滅を宣言したか。
「………ゴジラを甘く見過ぎなければいいが」
俺に気づいた三神が話しかける。
「そ、そうだな……」
俺は慌てて平静を装う
「どうかしたのか?」
俺は言葉を探す。
「………」
しまった!沈黙。
「あっ!居た居た。こご……三神さん。昨日は私達忙しかったから話せなかったけど、今は私達時間があるわよ。なぜ、私を置いてきぼりにしたかしっかり話し合いましょう」
この空気を割って入ってきたのは、この空気の元凶の一要因。鬼瓦優だった。
「人聞きの悪い!僕は君を巻き込みたく……ってグリーンがいるだろう。こんな所でしなくてもいいだろう」
「その心配には及ばないわよ。グリーンさんにはもう私が話したわ」
大変だ。この空気は俺を話に巻き込む空気だ。
「そうか。だからさっきからよそよそしいのか。そうかそうか」
三神の言葉が俺の心を突き刺す。
「私は三神さんがいなくなってから、医者修行とDO-Mの研究を両立して来たのよ」
「………。仕方なかったんだ」
鬼瓦さんのコメカミがピシッと音をたてる。
「三神さんの立場を知っていたから今まで言わなかったけど」
鬼瓦さんが深く息を吸い一気に話し出した。
「結婚して3日で離婚されたのよ。しかも、事態が事態だけに慰謝料も請求しなかったのよ。お陰で私はバツイチってだけじゃなく。3日で夫に逃げられた女って言われて男性どころか女性にまで距離を置かれるようになったのよ。あなたがゴジラの資料を眺めている間私は周りから後ろ指指されながら研究と勉強、手術を繰り返していたのよ。私を呼びに国連の人がアフリカに来たとき、あなたやグリーンさんは快適な小笠原で呑気にゴジラやカレーで盛り上がっていたんでしょうね」
後半はギロリと俺と三神を睨みながら、前半とは対象的にゆっくりと言った。
頼むから夫婦の問題に俺を巻き込まないでくれ。
俺は話題を変えようと辺りを見回した。
すると、関係者以外立入禁止のこの港にいる、如何にも怪しい男に眼が止まった。
俺は男を観察した。
その男は黒のロングコートを着た二十歳位の白人で、ハードボイルドを彷彿させる。
ハードボイルドは何かを睨んでいた。
ハードボイルドの視線を追うと、先には武器の輸送車があった。
輸送車がゆっくりと動き始めた。
すると、ハードボイルドは懐から拳銃を抜き取った。
拳銃が淡く発光した。
発砲したのだ。消音装置を付けているのだろう。発砲音がしなかった。
狙いは輸送車だ。タイヤがパンクしたらしい。
輸送車は止まるどころか急加速をした。
ハードボイルドはさらに懐からもう一丁拳銃を取り出した。
人々は輸送車の地面を削る音に気を取られた。
弾!
発砲した!
「何だ!?」
「何!?」
三神と鬼瓦さんも驚いて辺りを見回している。
どうやらもう一丁の方は消音装置はないらしい。
さらにハードボイルドはまた発砲しようとしている。
俺は拳銃を取り出し、瞬間の内に狙いを定め………。
弾!
しかし、ハードボイルドは素早くロングコートを翻した。
!
俺の銃弾を交わした!
そして、ハードボイルドは近くのコンテナの裏へ回ると、バイクに乗って俺の追撃をかわし、港の倉庫の路地へ逃げた。
俺はすかさず後を追おうとすると三神が止め、話かけた。
「待て!どうやら敵はあっちらしい」
そういって、指で先ほどの輸送車があった方を示す。
「クソ!武器を奪取された!」
数人の軍人が叫んでいるのが見える。
「問題ない」
俺は近くに有ったジープに乗り込んだ。幸い鍵は刺さったままだ。
「僕も行く!」
「私も!」
三神と鬼瓦さんがジープに乗り込んで来た。
どうして彼らはこうも行動が早いんだ?
……似た者元夫婦。三神達の説明はこれからこうしよう。
ジープは程なく奪取された輸送車に追いついた。どうやら情報を受けたアメリカ兵が足止めしたらしい。
映画ならば戦車やバズーカ砲で吹っ飛ばすところだが、中に爆弾などの火器兵器が沢山入っているのだ。吹っ飛ばしたらニューヨークも吹っ飛んでゴジラどころではなくなっちまう。
輸送車は、侵入制限の為のバリケードを車内にあった武器にて突破し、大通りに入った!
通りは路肩に乗り捨てた車が放置されている。その車を火事場泥棒が分解しているところを警官に見つかってイザコザを起こしている。
その横をパンクしたタイヤでアスファルトを削りながら猛スピードで輸送車が走る。後に続いて俺たちの乗せたジープが追う。
ダダダダー!!
窓から小機関銃と思われる銃で俺たちに発砲して来る。
「うへぇぇ!」
「キャー!」
似た者元夫婦が叫ぶ。
俺はハンドルをきり、銃弾を回避。
しかし、埒がないな………。
輸送車は14番通り方面へ移動する。
何とか俺たちは輸送車に並べたが、向こうは小機関銃を使ってくるので、接近できない。
仕方なく俺は輸送車を追い抜き強行手段に出ようとした。
そこに突如として、脇道からバイクが現れ、止まった。
先程のハードボイルドだ。
ハードボイルドは二丁拳銃を構え、撃つ!
弾は輸送車を見事に当たった。
しかし、どうやら強化ガラスであったらしく、止まる気配はない。
輸送車はハードボイルドに迫る。轢く気だ!
ハードボイルドはバイクを蒸かし、急発進した。その時バイクから何かを落とした。
俺はジープを止めて、銃を構える。
輸送車がバイクのいた所を通過した瞬間!
何かが爆発したような音がした。先のバイクが落とした物は手榴弾のような物だったらしい。
俺は反射的に三神達を掴んで道路に突っ伏した。輸送車の武器による二次爆発の対策だ!
しかし、輸送車は爆発せずに、急ブレーキのような音がし、一〇メートル程先で止まった。
タイヤの焦げた臭いがする。
バイクに乗ったハードボイルドが近づき、銃を構えて運転席に近づいていた。
「出てこい!」
ハードボイルドが叫ぶ
ドアが開きゆっくり運転主が出てくる。
!
運転主が何か持っている…銃!
俺は素早く銃を取り出して駆け寄る。
三神達も危険を省みず後に続く。俺の負担は重くなる。
「動くな!」
俺は叫ぶ。
「武器を捨てろ。二人共だ!」
二人は素直に従った。
だが、ハードボイルドが突然捨てた銃に飛びかかった。そして、映画さながらの転がりながらのアクションで発砲した。
しかし、対象は俺ではなく、輸送車の後ろからいつの間にか俺達を狙っていた 運転主のもう一人の仲間だった。
その仲間は見事に銃を持つ手に直撃し、悶絶している。
「三神!そっちの仲間を取り押さえろ!確保したら鬼瓦は傷の手当てをしてやれ!」
俺の指示に従って似た者元夫婦は動く。
「お前は手を頭にのせて地面に伏せろ!」
運転主に叫ぶ。
「お前も銃を捨てろ」
そして、ハードボイルドに言った。
ハードボイルドは素直に従って、銃を捨てた。
「名前と職業を言え」
「トゥルース・テリー。私立探偵をやっている。ライセンスは胸ポケットの中だ」
確認すると確かに探偵だった。名前は『トゥルース・ゲーン・テリー』。20歳。若いな。
「真実か。シャレた名前だな。俺はジェームス・グリーン。向こうの二人は男が小五郎・三神と女が優・鬼瓦だ」
俺は銃を下ろし、挨拶をした。
「よろしく。グリーンさん」
軽く握手をした後、気になっていたことを聞いてみた。
「ところで、何を使ったんだ?爆発したら急停車したが」
「あれは超強力な瞬間接着剤の手榴弾といったようなもの」
俺は車体の下を覗き込んだ。成る程、車体の下は何かセラミックの様なものでべったり固まっている。特に、前輪はタイヤの目の所まで固まっている。これだけ固まっていればブレーキ代わりには十分間に合うだろう。
「触って大丈夫か?」
「問題なし」
硬い。
「強度は?」
「具体的な数は忘れた。ただ、以前に猛進する一〇トントラックを止められた」
「どうやって入手したんだ?」
「それには答えられないが、人に言えないルートとだけ言っておこう」
「わかった。ところで、これどうするんだ?動かせない。ほっとく訳にもいかないだろ」
「問題ない。確かに威力と強度はあるが、耐久力がなくて、実用的ではない。大体10分位でヒビが入る」
ファンファンファン………
サイレン。警察が来たらしい。そう言えば猛スピードで追跡中に警察官を見たような。
2004年10月27日8時。
警察を後にした俺達は、テリー探偵の住むアパートメントの自宅兼事務所で朝食を食べることにした。
「ところで、あいつらは何者なんだ?テリー探偵は知っているんだろ」
ハムエッグをつまみながら聞いた。
「あぁ。彼らは『ゲーン一家』というマフィアの下っ端だ」
「ゲーン一家か。聞いたことはある。確か、ニューヨークを中心に勢力を伸ばすマフィアだ。ボスは70の爺さんだが、一声で軍隊のような戦力を集めるほどの力があるらしい。………待てよ。ゲーン?」
「テリー探偵の名前じゃないか?」
三神が話に入ってきた。そう。俺もそこが気になっていた。
「そうだ。ゲーン一家のボス、ギケー・ゲーン・テリーはオレの祖父だ。ただし、今は縁を切っている。敵と言った方が正しいな」
「何があったんだ?縁を切って敵になる何てよっぽどのことだろ?」
少し深入りし過ぎたか?だが、テリー探偵は話した。
「ギケーはオレの家族を殺したんだ。息子である父も。ただ、父がオレを産んで すぐに母が死んで母親がいないオレを思って、ギケーの反対を押し切って交際していた義理の母と結婚した。それだけで、ギケーは怒り、オレ達の家に日を放った。オレの父と義理の母と義理の姉はオレを残して死んだ。だから、当時まだ10歳のオレはギケーと縁を切り、いつか必ず奴に引導を渡すと決意して、今探偵としてゲーン一家と戦っている」
………凄い人生だ。
しかし、ゴジラがニューヨークに迫っているのに大変な事に巻き込まれたな。だが、迷惑がってもいられない。既にゲーン一家が俺達の活動の障害になっている。
避難するとは思えない。ゴジラ撃滅作戦の邪魔にならなければいいが、ゲーン一家が何をしようとしているか調べる必要があるな。
「……テリー探偵。ゲーン一家はあんな大量の武器を奪取してどうするつもりだったんだろう」
「わからない。ただ、売るためではなく、使うために奪取したんだとおもう。ゲーン一家はそういう組織だ」
「使うため……か」
一体何をするつもりだ。ゲーン一家!
「ゴジラが関係しているかもしれない」
三神が言う。
確かに、タイミングといい量といい、使うとなれば戦争かゴジラくらいだろう。
「そうなれば、やるしかない。テリー探偵!テリー探偵はゲーン一家に詳しいし、銃の腕も達。協力してくれると心強いのだがどうだろう?」
テリー探偵は少し考えた後、OK牧場。といった。似た者元夫婦には面白かったらしいが俺にはさっぱりわからなかった。
……ゲーン一家。
……ゴジラ。
実に厄介な事になった。
2004年10月27日6時45分。
暗い空間の中でテレビがついている。その前には男か女かわからない一人の大人が木の箱の上に座っている。どうやら倉庫のようだ。
『………アメリカはゴジラを必ず撃滅する。会見は以上だ』
「何が撃滅するだ!バカな大統領め!」
声のトーンから男という事がわかる。
再び男が声を放った。
「おい!出発するぞ!目的地は……ニューヨークだ!」
2004年10月27日6時45分。
ニューヨーク郊外にあるゲーン一家の本拠地、ギケー・ゲーン宅。
ギケー・ゲーン・テリーは大統領の会見を見ていた。
『…………は以上だ』
ここで正式に会見したか……。
既に、ニューヨークへゴジラが近づいている事も知っている。
アメリカ軍はフルトンの港を陣取っており、避難も始まっている。
そして、我がゲーン一家も今頃武器を調達しているころだ。
ただ、気掛かりなのはトゥルースにこの情報が知られている可能性がある事だ。
だが、まぁいい。失敗したとしても、手筈は殆ど整っている。
ギケーは不適に笑ったのだった。
2004年10月27日9時半位。
「待たせた。準備はできた」
テリー探偵が部屋に戻ってきた。
「まだグリーンが戻ってないんだ」
僕が言う。ここはテリー探偵の自宅兼事務所のアパートメントの応接室。部屋には僕三神小五郎と優…さん、そして隣に住んでいる探偵助手という若い女性、後今戻って来たテリー探偵。
グリーンは上司に報告と戦力調達をしに1時間弱前からフルトンの港の本部にいっている。
テリー探偵は隣に住んでいる探偵助手さんと家政婦さんを起こしに行き、その後は準備をすると言って、家から10分置きに出入りしていた。家政婦さんは30分前からどこかへ出て行ってしまった。助手さんはやはり何かしているらしく、部屋や家を出たり入ったりしていた。そして、部屋には優と二人っきり………グリーンと一緒に行けばよかった。
「何でなんだ!」
いきなりグリーンが怒鳴りながら部屋に戻ってきた。
「どうかしたのか?」
僕が聞くとグリーンは僕が飲もうと用意した水を奪い取って一気に飲み干した。
「ゲーン一家の事を話したんだが、軍を回してはくれなかった。何でも、そう言うのは警察の仕事だそうだ。それどころかマフィアが怪獣と戦うために武器を奪ったという考えなんか笑ってまるで相手にしなかった」
グリーンはクソッ!と言いながら手に持つマグカップをテーブルに叩きつけた。
マグカップにヒビが入った。
「グリーンさんって意外に信用なかったのね」
優が冷静に痛い所を鋭く言葉のナイフで突き刺した。
マグカップが耐えきれず割れた。
マグカップと共に砕けたプライドを抱いたグリーンは真っ白に燃え尽きている。
「しかし、軍隊なしでゲーン一家とやり合えるのか?」
僕はグリーンを放って、テリー探偵に聞いた。
「難しいが、こっちにはイリスとヘレンがいるからそこらの軍隊よりは兵力はあるし、知り合いのニューヨーク市警警部の協力が得られれば何とかなるかもしれない」
「イリスとヘレンって、誰?」
優が聞く。当然の疑問だよな。大体見当はつくけど。
「私がイリスよ。『イリス・サトラー』。それが私の名前」
それは助手さんだった。イリスさんは金髪のショートカットに茶色い目の優とは違った美人だ。
「彼女もギケーとは訳有りで………」
「彼らになら下手に隠す必要は無いと思うわ。私が話す。幼い時に捨てられた私は、ギケーに拾われてゲーン一家の為に殺し屋としての教育を受けた。それをトゥルースとヘレンがゲーン一家から救い出してくれたの。だから、私はトゥルースの助手としてゲーン一家と戦っている」
なるほど。彼女の言うとおり、しっかり話てもらっている方が何かと良さそうだ。
「……で、ヘレンというのは?」
グリーンが場の空気を読まずに発言する。それでもスパイか!
「……ヘレンは家政婦をしてもらっている。以前はゲーン一家でギケーの秘書とオレの教育係をしていた人で、オレと一緒にゲーン一家を出てくれた母親代わりの存在で、『ヘレン・グリコー』という。裏の世界との繋がりは未だに強くて今もゲーン一家の動向を探りに行ってもらっている」
グリーンの質問を気にせずに、テリー探偵が答えた。
「確かに下手な軍隊よりも役に立ちそうだ」
グリーンが言う。
「さっき準備は出来たって言ったけど、すると行動開始!ってこと?」
僕の質問にテリー探偵は頷いた。
「そうだ。あなた方にも協力して頂きます」
「それは問題無いよ。なぁ。優!」
しまったぁ!つい興奮して地を出してしまった。
優が怪訝そうな顔をしている。こういうちょっとした所で以前との違いが浮き彫りになる。この感じは優との初対面の時に似ているけど、それ以上に気まずい。 あぁ、昔の優はもっと、と言うよりも今では比べものに成らないほど明るいサバサバした気持ちのよい性格だったんだよな。全部原因は僕だけど………。
「………グリーンさんは兎も角、私やアレはそんなに戦力に成らないと思うけど?」
……アレって僕の事だよな。昔は違ったのに………。
「三神。大丈夫か?」
グリーンも流石に心配している。
苦笑いを返す僕。戦力外の存在だな。トホホ。