大戸島
2004年10月20日19時20分。
俺ことジェームス・グリーンは、飛行機の中にいる。
行き先は日本。
当初と形は違うが、待ちに待った休暇だ。
ただ、今の俺の表情は堅い。勿論、周りにそのことを悟られはしない。悟られる様なら明日からはハリウッドで役者をやってやる。
なぜ、(実は)堅い表情をしているかこれから説明しよう。
あれはマイケル・ホワイトにあった後のことだ……
2004年10月11日朝。
CIAのオフィスに帰った俺は癖である時間の確認もせずにコンピュータに向かった。
キーワードに「放射能 生物」と叩き込んだ。
…………検索終了。
色々出てきた。
「突然変異」「チェルノブイリ」「原爆マグロ」「悪性新生物・癌」など予想以上に出てきた。
中には「ミミズ博士」というよく分からないものもあった。
気になったので「ミミズ博士」を見てみた。
それはミミズ人間という訳ではなく、ミミズばかり研究している学者のあだ名らしいが、「放射能 生物」で出てきたものだ。よく読んで見ると、彼はチェルノブイリ原発の周辺の放射能によって巨大化したミミズを研究して原発による環境への影響について訴えている学者らしい。
…巨大化したミミズか……怪物みたいだな。
そう思って鼻で笑ったとき、ある記憶とリンクした。
それはマイケルが最後に叫んでいたこと「怪物だ!」だ。
頭の中で一気にキーワードが繋がった。
それを一気に打ち込む。「放射能 生物 巨大化 怪物」
……………検索終了。
「GODZILLA(ゴジラ)」
体に電流が走ったような衝撃を覚えた。
この名前をすっかり忘れていた。かつて現れたのだ。遠く離れた島国・日本に!
ああ~!なんて事だ!
確かに50年もの昔の異国事件だ。しかし、CIAとして、アメリカ人として一度は聞いたことのある名前だ。
アメリカが日本に与えてしまった三度目の核の脅威!
誰も…誰も気づかなかった!
なんて事だ……
ゆっくりと立ち上がったいつの間にか夜になっていた。時計を見ると23時44分を指していた。
ドアを開けると既に皆帰宅したらしく電気が消えていた。
明くる12日。ここからの8日間は早かった。
ゴジラに関する資料をまとめ、先のタンカーと潜水艦の事件との関連性について検証して書類を作った。
だが、真の試練はこれからだった。
いくら俺がゴジラ説を訴えても皆、馬鹿げているといって相手にしなかった。
確かにゴジラは50年前に一度しか現れていないしその一匹は死んでいる
そして何より、アメリカは既に諸外国に被害を訴えていた。
それに、もしゴジラが海難事故を起こしたならば当然上陸の危険がある。実際に現れた場合は大変な被害やパニックがあるだろう。だが、政府らが恐れるのはゴジラがいるといって現れなかった時の無駄な混乱がおこり、世論の怒りは政府に向けられることになる。
「…だからこそ、ゴジラ説の証明するための証拠が必要なのだ。分かってくれ」
上司のフィリップ・クルーズが言った。
しかし、フィリップは資料を突き返しながらこういった。
「……この資料によるとゴジラを研究している日本の国立研究所があるらしいな……まぁ私には関係無いことだけどな」
ふっと俺が顔を上げるとフィリップは窓のブラインドを指で軽く広げ外を眺めながら続けた。
「確かジェームス君の休暇に使う予定の金額は五千ドルちょっと…日本円にして約六十万円だったな…羽伸ばしに東洋の島国にでも行ってみてもいいんじゃないか?」
古臭い方法だが、どうやら休暇を使って調べに行って来い!という助言を言っているようだ。
……だが、なぜ俺の休暇の為に貯めた金の金額を知っているんだ?
しかし、俺は何も聞かなかった。いや、怖くて聞けなかった…
……そんなこんなで今俺はアメリカから日本へ向かう飛行機の中というわけだ。
ガクン。
機体が雲の下に出た。
機内放送が成田空港に着陸する体勢に入ると伝えた。
時刻は、日本時間10月21日10時21分。天候は晴れだった。
2004年10月23日昼過ぎ。
ヤツは再びこの地──大戸島に戻ってきた。
僕は息を殺してじっとしている。
ヤツの目が一瞬光った!ドォォン!
波が打ちつける!
ヤツの黒く光る肌が海の中に見える。
海の中のヤツと僕の間に一筋の光ができる。
………今だ!
バシャーーン!!
ヤツは遂に僕の目の前に姿を表した。
……パチパチパチパチ
背中の方から拍手が沸き起こる。
いつの間にかギャラリーが出来ていたらしい。
ヤツは最早降参と言った感じでその巨体を寝かせピクピクと鰓を動かしている。
“ヤツ”のこと、五〇センチ級イシダイが僕の眼下に横たわっていた。
潮の流れの関係か、極稀にこのような大型のイシダイが沿岸の方から迷い込んでくる。
それを今回僕は見事仕留めた(釣った)のだ。
これなら魚拓にしてセンターの研究室に飾れるなぁ。
「いゃぁ。まさか釣れるとは……。ワシも老いたかのぅ」
島一番の釣り名人信吉爺さんも脱帽と言ったところだ。
「すごいや、ミジンコさん!」
島の子供・大助達も感心している。
人々に感心されるのはいい気分だなぁ。
おっと!“ヤツ”との一騎打ちで自己紹介がまだだった。
僕の名前は『三神 小五郎』みんなからは名前をもじって「ミジンコさん」と呼ばれている。
この大戸島の国立大戸ゴジラ博物館にある国立放射性生物研究センターでゴジラの研究をしている生物学者だ。
年は28歳。
大学を卒業してから国立の大学院で博士課程を終えた後、いろいろあって教授の紹介でこの研究センターに来た。
研究センターでは一番の年下。まぁ、スタッフ全員あわせても十人しかいなんだけどね。
けれども、ゴジラを専門に研究している生物学者は僕一人だ。
まだ自己紹介を続けたいけれど、港へ定期船が近づいてきたことを知らせる汽笛がこちらへも聞こえてきた。
すると研究センターの所長がいきなり思い出したと言って僕に、
「忘れていたよ、昨日電話があって、ジェームス…ボンド?いや違う、そう!ジェームス・グリーンというアメリカ人がゴジラのことを調べてるとかで一番ゴジラに詳しい人に話を聞きたいというから三神君を紹介すると言ったら、今日ここへ来るだそうだ。多分あの船で来るんだと思うよ」
といった。
「………。なんで今の今まで言ってくれなかったんですか!?」
「なんで?って三神君、キミ昨日の夕方からずっと釣りしてただろう」
そう言えば、昨日はずっとここで“ヤツ”と根比べしていたからな。
港へ行くと船が今まさに到着しようとしていた。
定期船は小型で乗客は三十人まで乗せられる。これで父島まで45分で移動できる。
ポォォーーー。
再び汽笛がなる。
桟橋が船と港を結ぶ。
乗客が次々に船から降りてくる。
そして、最後に金髪を軽くバックにしたスーツ姿の見るからに外人さんという人がフラフラと降りてきた。
船酔いかと思ったが、どうやら長旅に疲れているだけのようだ。
所長が男に駆け寄っていく僕も後に続く。
「ジェームス・グリーンさんですか?」
と聞くと「アァ」と英語っぽく答える。
「私が昨日電話に出た国立大戸ゴジラ博物館の国立放射性生物研究センターの所長をしておりまぁ…」
「僕がゴジラの専門に研究をしている三神小五郎です」
と話に割り込んだ。
所長にこのまま話させたら僕の紹介より先に日が暮れてしまう。
「ちょっと三神君!まだまだ私は話すことがあるんだ。えぇ~と改めて私は所ちょ…」
「あなたが三神さんですか!初めまして私はジェームス・グリーンです。よろしく」
完璧な発音の日本語で挨拶する。
「よろしく」
実に友好的に挨拶を交わす。
「あっ!昼食は済ましましたか?」
よし。早くも話題を見つけた。
「オー!すっかり忘れていた」
どうやったらこうも素晴らしい発音のオー!が言えるんだろ?
「だったら丁度良い。僕もまだなんです。夕食にもまだ時間があるし、どうです?家がすぐそこなんで、軽く僕の自慢のカレーでも?」
少し考えてから、「では、是非」と返事をした。
「と言うわけで所長!一旦家に行くんで所長はセンターへ先に行っててください。おっと!すみませんがこれも持って行って下さい」
と言って“ヤツ”の入っているクーラーボックスと釣り道具を渡した。
「それは構わないが、まだ私は自己紹介がまだ済んでいないんだ。三神君それくらい済まさせてくれないかね?」
だから、所長はそれが一番長いんだって!
するとジェームスさんが僕らの中に割って入ってきた。
「所長さん。自己紹介ならば昨日の電話で伺っておりますが?」
と言ってきた。
「え?私はした覚えは無いんだが…」
「皆さんからは所長さんと呼ばれて慕われて、所長さんも皆さんのことをよく調ぁ…知っていて、時には皆さんに素晴らしい助言をする…確かそんなことを伺った筈なのですが?」
「え?そうだったか?はて?確かあの時は…」
「すみません。長旅で少し疲れているので、出来ればまた後で」
すごい。所長の言葉をしっかり流している。
「それでは、すみませんが、案内していただけますか?」
素直に彼の言葉に従う事にした。
2004年10月23日14時45分。
港から海沿いに俺とミカミは歩いていた。これからミカミが家で自慢のカレーを食わせてくれると言うからだ。初対面で悪い気がしたが、食欲が礼儀を上回った。
不意にミカミが俺に話しかけた。
「どうして、所長が僕らのプライベートまで調べる知る趣味があるってわかったんだ?」
「俺の上司が彼と似ていたからな」
「性格が?」
「アァ。普段は簡潔な話し方なのに、自己紹介になると急に長くなる。それにどうやったのか俺の貯金額まで知っている」
「何者なんだその上司。スパイじゃあるまいし……」
と言って笑っている。
まさかそりゃスパイだから、とは言えない。
必要で無い限り自分の正体は明かさないのは常識中の常識だ。
だが、俺には彼は笑っているが、表面的に笑っている…俺に探りを入れているそう見えた。
こちらからは決してボロを出さないようにしなければならない。特にミカミには……
ミカミが古いがしっかりした一軒家の前で止まった。
「ここが僕の済んでいる家です。勿論、借家ですけどね」
その家は、小さいが畑のある庭があり、日本の言い方だと確か二〇坪に相当する土地の上に平屋の俺がイメージしていた日本家屋よりもがっしりした造りになっている。中に入ると玄関があり、真ん中に当たる部分は和室だった(洋室自体が無いらしい)。フローリング(板張りというらしい)の廊下が左右に延びている。
俺はそのまま目の前の和室に通された。
和室は片面がウッドデッキを狭くしたようなものがあり、窓はガラス戸ではなく障子と簾で障子は所々新聞紙を貼って補修されている。もう一面はどうやら寝室になっているようで、布団が畳まれている。残りのは廊下に繋がっていて、一方は今入ってきた玄関があり、もう一方には台所がありミカミが料理をしているのがみえる。
部屋の中は卓袱台とテレビと扇風機があった。
俺がキョロキョロしていると、ミカミがカレーを持ってきた……
それからしばらくの間カレーを食べながらミカミ流のカレー道についての話を聞いてカレー談義でもり上がった後、本題のゴジラに入った。
「話すならばジェームスさん。あなたの正体を明かして下さい。ゴジラに興味があるからってわざわざこんな遠くの島まで来るわけはない」
やはりミカミは俺に探りを入れていた。
どうする?言うか?
「聞き方が悪かった。言い直そう。一体、何が起こっているんですか?ゴジラが生きているのですか?」
「……何を根拠に?」
ミカミは少し考えこう答えた。
「…僕は生物学者です。生き物を観察するのが仕事であり特技です。これでは答えになってませんか?」
………確かに答えにはなっていない。だが、ここはミカミに全てを話すのが 最善だろう。
俺は覚悟を決めミカミに全てを話た。
「…………と言うわけで、ゴジラ説を証明するためにこの島へ来たんだ。頼む!」
ミカミは少し考えこう言った。
「……よし、わかった。ならば研究センターに行って話そう」
と言って俺を外に待たせ、しばらくしてミカミがクリアケースを片手に家から出てきた。
2004年10月23日16時。
ミカミに案内されて、国立大戸ゴジラ博物館にたどり着いた。
どうやら本当に最初から俺の正体を感づいていたらしく、全く俺の正体に動じていない。それどころか、ゴジラの研究が本格的に出来ると喜んでいる。
やはり、科学者というのは政治には興味を示さないものなのか?
早くしなければ、もし襲われた原潜が爆発していて、今まさに放射能が大西洋中に広がっているとしたら、最悪の場合アメリカはどこかの国による報復攻撃として臨戦状態になり、第三次世界大戦に突入という事も決してないとは言えない。
彼の案内で博物館内のを見て回った。
博物館には、ゴジラが丘から顔を覗かせている大きな写真や、ゴジラによって潰された大戸島の集落の写真が展示されている。他にも、大戸島の模型があり、どのようにゴジラが大戸島に現れたのかがよくわかる。ショーケースの中にはゴジラの足跡から採取された三葉虫や土などの他、東京出現時破壊された国会議事堂の大理石の欠片というものまである。
また、別室にあるシアタールームでは、ゴジラが東京襲来の時に撮影されたテレビ取材班のテープが放映されている。
東京の地図の書かれたパネルの前に立つと、ふとあることに気がついた。
「これって大空襲の時のルートと同じじゃないのか?」
「そうなんだよ。ゴジラは東京大空襲と殆ど同じコースを移動していたんだ」
とミカミはよくできましたとほめるかのように言った。
「………まさか、ゴジラはアメリカと同じように皇居を避けて破壊したのか?」
するとミカミは吹き出して笑った。
「そうか。そう言う解釈も出来るのか。しかし、残念ながらゴジラは外交的なタブーも駆け引きも知らないよ。……ただ、ゴジラが皇居を避けたというのは全く間違った答えという訳じゃない。事実、B29の爆撃機三百四十四機全てそうやって焼夷弾を落としたんだしね」
今のは質問に答えたつもりなのだろう…言わんとしていることがわからないが……
するとミカミはゆっくり円を描くように歩きながら話し出した。
「1945年3月10日。この日が東京大空襲の起きた日だ。東京都の凡そ40%を燃やした…木造家屋の多い下町を中心にね。そして、10年後にゴジラは再びその地帯を火の海にした。かつて、住む家や商売をするための店を失い、バラックが建ち並びその後開発が進み大きな建物、大きな音のする時計台、街灯が作る明るい光の道。バラックは港からの火災でよく燃えただろう。ゴジラは明るい炎の道を進んだ。そして、まるで自分に戦いを挑むように近づく電車や音を鳴らす時計台はきっとゴジラの闘争心に火をつける一方だろう。すると、どうだい大空襲によって焦土となった土地にはゴジラを導く道が出来ていたんだ。すなわち、ゴジラは本能的に大空襲とほぼ同じコースを移動した。これが生物学的に見た真実さ」
少し得意に証明をしたミカミはわかった?目で聞いている。
「成る程、そういうことだったのか」
俺はただミカミに感心するばかりだった。
俺ことジェームス・グリーンは、飛行機の中にいる。
行き先は日本。
当初と形は違うが、待ちに待った休暇だ。
ただ、今の俺の表情は堅い。勿論、周りにそのことを悟られはしない。悟られる様なら明日からはハリウッドで役者をやってやる。
なぜ、(実は)堅い表情をしているかこれから説明しよう。
あれはマイケル・ホワイトにあった後のことだ……
2004年10月11日朝。
CIAのオフィスに帰った俺は癖である時間の確認もせずにコンピュータに向かった。
キーワードに「放射能 生物」と叩き込んだ。
…………検索終了。
色々出てきた。
「突然変異」「チェルノブイリ」「原爆マグロ」「悪性新生物・癌」など予想以上に出てきた。
中には「ミミズ博士」というよく分からないものもあった。
気になったので「ミミズ博士」を見てみた。
それはミミズ人間という訳ではなく、ミミズばかり研究している学者のあだ名らしいが、「放射能 生物」で出てきたものだ。よく読んで見ると、彼はチェルノブイリ原発の周辺の放射能によって巨大化したミミズを研究して原発による環境への影響について訴えている学者らしい。
…巨大化したミミズか……怪物みたいだな。
そう思って鼻で笑ったとき、ある記憶とリンクした。
それはマイケルが最後に叫んでいたこと「怪物だ!」だ。
頭の中で一気にキーワードが繋がった。
それを一気に打ち込む。「放射能 生物 巨大化 怪物」
……………検索終了。
「GODZILLA(ゴジラ)」
体に電流が走ったような衝撃を覚えた。
この名前をすっかり忘れていた。かつて現れたのだ。遠く離れた島国・日本に!
ああ~!なんて事だ!
確かに50年もの昔の異国事件だ。しかし、CIAとして、アメリカ人として一度は聞いたことのある名前だ。
アメリカが日本に与えてしまった三度目の核の脅威!
誰も…誰も気づかなかった!
なんて事だ……
ゆっくりと立ち上がったいつの間にか夜になっていた。時計を見ると23時44分を指していた。
ドアを開けると既に皆帰宅したらしく電気が消えていた。
明くる12日。ここからの8日間は早かった。
ゴジラに関する資料をまとめ、先のタンカーと潜水艦の事件との関連性について検証して書類を作った。
だが、真の試練はこれからだった。
いくら俺がゴジラ説を訴えても皆、馬鹿げているといって相手にしなかった。
確かにゴジラは50年前に一度しか現れていないしその一匹は死んでいる
そして何より、アメリカは既に諸外国に被害を訴えていた。
それに、もしゴジラが海難事故を起こしたならば当然上陸の危険がある。実際に現れた場合は大変な被害やパニックがあるだろう。だが、政府らが恐れるのはゴジラがいるといって現れなかった時の無駄な混乱がおこり、世論の怒りは政府に向けられることになる。
「…だからこそ、ゴジラ説の証明するための証拠が必要なのだ。分かってくれ」
上司のフィリップ・クルーズが言った。
しかし、フィリップは資料を突き返しながらこういった。
「……この資料によるとゴジラを研究している日本の国立研究所があるらしいな……まぁ私には関係無いことだけどな」
ふっと俺が顔を上げるとフィリップは窓のブラインドを指で軽く広げ外を眺めながら続けた。
「確かジェームス君の休暇に使う予定の金額は五千ドルちょっと…日本円にして約六十万円だったな…羽伸ばしに東洋の島国にでも行ってみてもいいんじゃないか?」
古臭い方法だが、どうやら休暇を使って調べに行って来い!という助言を言っているようだ。
……だが、なぜ俺の休暇の為に貯めた金の金額を知っているんだ?
しかし、俺は何も聞かなかった。いや、怖くて聞けなかった…
……そんなこんなで今俺はアメリカから日本へ向かう飛行機の中というわけだ。
ガクン。
機体が雲の下に出た。
機内放送が成田空港に着陸する体勢に入ると伝えた。
時刻は、日本時間10月21日10時21分。天候は晴れだった。
2004年10月23日昼過ぎ。
ヤツは再びこの地──大戸島に戻ってきた。
僕は息を殺してじっとしている。
ヤツの目が一瞬光った!ドォォン!
波が打ちつける!
ヤツの黒く光る肌が海の中に見える。
海の中のヤツと僕の間に一筋の光ができる。
………今だ!
バシャーーン!!
ヤツは遂に僕の目の前に姿を表した。
……パチパチパチパチ
背中の方から拍手が沸き起こる。
いつの間にかギャラリーが出来ていたらしい。
ヤツは最早降参と言った感じでその巨体を寝かせピクピクと鰓を動かしている。
“ヤツ”のこと、五〇センチ級イシダイが僕の眼下に横たわっていた。
潮の流れの関係か、極稀にこのような大型のイシダイが沿岸の方から迷い込んでくる。
それを今回僕は見事仕留めた(釣った)のだ。
これなら魚拓にしてセンターの研究室に飾れるなぁ。
「いゃぁ。まさか釣れるとは……。ワシも老いたかのぅ」
島一番の釣り名人信吉爺さんも脱帽と言ったところだ。
「すごいや、ミジンコさん!」
島の子供・大助達も感心している。
人々に感心されるのはいい気分だなぁ。
おっと!“ヤツ”との一騎打ちで自己紹介がまだだった。
僕の名前は『三神 小五郎』みんなからは名前をもじって「ミジンコさん」と呼ばれている。
この大戸島の国立大戸ゴジラ博物館にある国立放射性生物研究センターでゴジラの研究をしている生物学者だ。
年は28歳。
大学を卒業してから国立の大学院で博士課程を終えた後、いろいろあって教授の紹介でこの研究センターに来た。
研究センターでは一番の年下。まぁ、スタッフ全員あわせても十人しかいなんだけどね。
けれども、ゴジラを専門に研究している生物学者は僕一人だ。
まだ自己紹介を続けたいけれど、港へ定期船が近づいてきたことを知らせる汽笛がこちらへも聞こえてきた。
すると研究センターの所長がいきなり思い出したと言って僕に、
「忘れていたよ、昨日電話があって、ジェームス…ボンド?いや違う、そう!ジェームス・グリーンというアメリカ人がゴジラのことを調べてるとかで一番ゴジラに詳しい人に話を聞きたいというから三神君を紹介すると言ったら、今日ここへ来るだそうだ。多分あの船で来るんだと思うよ」
といった。
「………。なんで今の今まで言ってくれなかったんですか!?」
「なんで?って三神君、キミ昨日の夕方からずっと釣りしてただろう」
そう言えば、昨日はずっとここで“ヤツ”と根比べしていたからな。
港へ行くと船が今まさに到着しようとしていた。
定期船は小型で乗客は三十人まで乗せられる。これで父島まで45分で移動できる。
ポォォーーー。
再び汽笛がなる。
桟橋が船と港を結ぶ。
乗客が次々に船から降りてくる。
そして、最後に金髪を軽くバックにしたスーツ姿の見るからに外人さんという人がフラフラと降りてきた。
船酔いかと思ったが、どうやら長旅に疲れているだけのようだ。
所長が男に駆け寄っていく僕も後に続く。
「ジェームス・グリーンさんですか?」
と聞くと「アァ」と英語っぽく答える。
「私が昨日電話に出た国立大戸ゴジラ博物館の国立放射性生物研究センターの所長をしておりまぁ…」
「僕がゴジラの専門に研究をしている三神小五郎です」
と話に割り込んだ。
所長にこのまま話させたら僕の紹介より先に日が暮れてしまう。
「ちょっと三神君!まだまだ私は話すことがあるんだ。えぇ~と改めて私は所ちょ…」
「あなたが三神さんですか!初めまして私はジェームス・グリーンです。よろしく」
完璧な発音の日本語で挨拶する。
「よろしく」
実に友好的に挨拶を交わす。
「あっ!昼食は済ましましたか?」
よし。早くも話題を見つけた。
「オー!すっかり忘れていた」
どうやったらこうも素晴らしい発音のオー!が言えるんだろ?
「だったら丁度良い。僕もまだなんです。夕食にもまだ時間があるし、どうです?家がすぐそこなんで、軽く僕の自慢のカレーでも?」
少し考えてから、「では、是非」と返事をした。
「と言うわけで所長!一旦家に行くんで所長はセンターへ先に行っててください。おっと!すみませんがこれも持って行って下さい」
と言って“ヤツ”の入っているクーラーボックスと釣り道具を渡した。
「それは構わないが、まだ私は自己紹介がまだ済んでいないんだ。三神君それくらい済まさせてくれないかね?」
だから、所長はそれが一番長いんだって!
するとジェームスさんが僕らの中に割って入ってきた。
「所長さん。自己紹介ならば昨日の電話で伺っておりますが?」
と言ってきた。
「え?私はした覚えは無いんだが…」
「皆さんからは所長さんと呼ばれて慕われて、所長さんも皆さんのことをよく調ぁ…知っていて、時には皆さんに素晴らしい助言をする…確かそんなことを伺った筈なのですが?」
「え?そうだったか?はて?確かあの時は…」
「すみません。長旅で少し疲れているので、出来ればまた後で」
すごい。所長の言葉をしっかり流している。
「それでは、すみませんが、案内していただけますか?」
素直に彼の言葉に従う事にした。
2004年10月23日14時45分。
港から海沿いに俺とミカミは歩いていた。これからミカミが家で自慢のカレーを食わせてくれると言うからだ。初対面で悪い気がしたが、食欲が礼儀を上回った。
不意にミカミが俺に話しかけた。
「どうして、所長が僕らのプライベートまで調べる知る趣味があるってわかったんだ?」
「俺の上司が彼と似ていたからな」
「性格が?」
「アァ。普段は簡潔な話し方なのに、自己紹介になると急に長くなる。それにどうやったのか俺の貯金額まで知っている」
「何者なんだその上司。スパイじゃあるまいし……」
と言って笑っている。
まさかそりゃスパイだから、とは言えない。
必要で無い限り自分の正体は明かさないのは常識中の常識だ。
だが、俺には彼は笑っているが、表面的に笑っている…俺に探りを入れているそう見えた。
こちらからは決してボロを出さないようにしなければならない。特にミカミには……
ミカミが古いがしっかりした一軒家の前で止まった。
「ここが僕の済んでいる家です。勿論、借家ですけどね」
その家は、小さいが畑のある庭があり、日本の言い方だと確か二〇坪に相当する土地の上に平屋の俺がイメージしていた日本家屋よりもがっしりした造りになっている。中に入ると玄関があり、真ん中に当たる部分は和室だった(洋室自体が無いらしい)。フローリング(板張りというらしい)の廊下が左右に延びている。
俺はそのまま目の前の和室に通された。
和室は片面がウッドデッキを狭くしたようなものがあり、窓はガラス戸ではなく障子と簾で障子は所々新聞紙を貼って補修されている。もう一面はどうやら寝室になっているようで、布団が畳まれている。残りのは廊下に繋がっていて、一方は今入ってきた玄関があり、もう一方には台所がありミカミが料理をしているのがみえる。
部屋の中は卓袱台とテレビと扇風機があった。
俺がキョロキョロしていると、ミカミがカレーを持ってきた……
それからしばらくの間カレーを食べながらミカミ流のカレー道についての話を聞いてカレー談義でもり上がった後、本題のゴジラに入った。
「話すならばジェームスさん。あなたの正体を明かして下さい。ゴジラに興味があるからってわざわざこんな遠くの島まで来るわけはない」
やはりミカミは俺に探りを入れていた。
どうする?言うか?
「聞き方が悪かった。言い直そう。一体、何が起こっているんですか?ゴジラが生きているのですか?」
「……何を根拠に?」
ミカミは少し考えこう答えた。
「…僕は生物学者です。生き物を観察するのが仕事であり特技です。これでは答えになってませんか?」
………確かに答えにはなっていない。だが、ここはミカミに全てを話すのが 最善だろう。
俺は覚悟を決めミカミに全てを話た。
「…………と言うわけで、ゴジラ説を証明するためにこの島へ来たんだ。頼む!」
ミカミは少し考えこう言った。
「……よし、わかった。ならば研究センターに行って話そう」
と言って俺を外に待たせ、しばらくしてミカミがクリアケースを片手に家から出てきた。
2004年10月23日16時。
ミカミに案内されて、国立大戸ゴジラ博物館にたどり着いた。
どうやら本当に最初から俺の正体を感づいていたらしく、全く俺の正体に動じていない。それどころか、ゴジラの研究が本格的に出来ると喜んでいる。
やはり、科学者というのは政治には興味を示さないものなのか?
早くしなければ、もし襲われた原潜が爆発していて、今まさに放射能が大西洋中に広がっているとしたら、最悪の場合アメリカはどこかの国による報復攻撃として臨戦状態になり、第三次世界大戦に突入という事も決してないとは言えない。
彼の案内で博物館内のを見て回った。
博物館には、ゴジラが丘から顔を覗かせている大きな写真や、ゴジラによって潰された大戸島の集落の写真が展示されている。他にも、大戸島の模型があり、どのようにゴジラが大戸島に現れたのかがよくわかる。ショーケースの中にはゴジラの足跡から採取された三葉虫や土などの他、東京出現時破壊された国会議事堂の大理石の欠片というものまである。
また、別室にあるシアタールームでは、ゴジラが東京襲来の時に撮影されたテレビ取材班のテープが放映されている。
東京の地図の書かれたパネルの前に立つと、ふとあることに気がついた。
「これって大空襲の時のルートと同じじゃないのか?」
「そうなんだよ。ゴジラは東京大空襲と殆ど同じコースを移動していたんだ」
とミカミはよくできましたとほめるかのように言った。
「………まさか、ゴジラはアメリカと同じように皇居を避けて破壊したのか?」
するとミカミは吹き出して笑った。
「そうか。そう言う解釈も出来るのか。しかし、残念ながらゴジラは外交的なタブーも駆け引きも知らないよ。……ただ、ゴジラが皇居を避けたというのは全く間違った答えという訳じゃない。事実、B29の爆撃機三百四十四機全てそうやって焼夷弾を落としたんだしね」
今のは質問に答えたつもりなのだろう…言わんとしていることがわからないが……
するとミカミはゆっくり円を描くように歩きながら話し出した。
「1945年3月10日。この日が東京大空襲の起きた日だ。東京都の凡そ40%を燃やした…木造家屋の多い下町を中心にね。そして、10年後にゴジラは再びその地帯を火の海にした。かつて、住む家や商売をするための店を失い、バラックが建ち並びその後開発が進み大きな建物、大きな音のする時計台、街灯が作る明るい光の道。バラックは港からの火災でよく燃えただろう。ゴジラは明るい炎の道を進んだ。そして、まるで自分に戦いを挑むように近づく電車や音を鳴らす時計台はきっとゴジラの闘争心に火をつける一方だろう。すると、どうだい大空襲によって焦土となった土地にはゴジラを導く道が出来ていたんだ。すなわち、ゴジラは本能的に大空襲とほぼ同じコースを移動した。これが生物学的に見た真実さ」
少し得意に証明をしたミカミはわかった?目で聞いている。
「成る程、そういうことだったのか」
俺はただミカミに感心するばかりだった。