消滅
2005年9月22日19時30分。
三神達の乗るヘリコプターは、その時N-バメーストの被害から離れた上空にいた為、その被害をあわずにいたが、残りの燃料もあり、通信も出来なくなってしまい、途方にくれていた。
「とりあえず、G2は東京湾に消えた。残るはG1だけか」
三神は目を瞑ると言った。
「そうだな。しかし、おそらくおおとはもう動けない。俺が見たのが間違いでなければ、現在残っているガルーラは、あの蒼井っていう男の一機だけだ。とてもこの嵐の中、陸自戦力だけでかなうとは思えない。いよいよ絶体絶命だ」
グリーンはヘリコプターを近くのビルに着陸させると言った。
「とりあえず、おおとへ行かない?そうすれば、燃料も補給出来るし、方法も考える事も出来るかもしれない」
優は提案する。その時、ちらりとアタッシュケースを見た事に三神は気がついた。
「いよいよ、最期の切り札を使う時なのかもしれない。………もっとも、それを決めるのは僕達じゃない。それに、水中以外で使用するのはあまりに危険だ」
三神は、言った。それに、皆はうなずいた。
そして、ヘリコプターはおおとへ向けて、飛び立った。
2005年9月22日19時40分。
ヘリコプターはおおとへと着艦した。おおとが、その限界まで戦闘をしていた様は、すぐにわかった。ここが東京湾でなく、カリブ海ならば間違いなくおおとを幽霊船と見間違えるであろう。そして、何よりもその死闘を限界を超えるまで繰り広げたということは、艦上にいる乗組員の顔を見れば、納得できる。
「本当に、今が最後の最後って奴なのかもしれないな」
補給をお願いし、武田海将補のいるデッキに向かって歩く途中、グリーンは呟いた。
その言葉に三神は何も返せず、ただ右手に持つアタッシュケースを強く握るしかなかった。
デッキもデッキで荒れ果てていた。計器はいくつもヒビが入っており、画面等はほとんど黒くなり、床には何かの破片や紙が散乱し、机の上には戦況を示す地図とマークだけが広げられていた。
「今となってはこれだけでいい。通信もほとんど不通。戦況を把握する術はほぼ目視のみ。指示も出せない、把握する事も出来ない。おおとが墜ちた時点で、我々は部隊としては敗北。今戦線にいる彼らには白兵戦をしいるしかない。絶望の淵で戦うとは、まさに今のような事を言うんだろうな」
虚ろな目をしながら、パイプイスに座り、机を眺める武田海将補は淡々とした口調で言った。
「艦長………」
「もう艦長と言われるのは辛い。武田でいい。三神博士、この絶望を希望に変える事は出来ないのか?」
三神の事を見て言うが、その目は希望を見ていない。絶望だ。絶望を絶望で誤魔化せという感情がその目には篭っていた。
「………武田さん。最後に残るのが、絶望か、希望かはわかりませんが。………パンドラの箱を開けてみる価値はあると思います」
三神はそう言って、アタッシュケース───オキシジェン・デストロイヤーを突き出した。三神の目には、絶望も希望もなかった。あるのは、決意だった。
2005年9月22日19時50分。
G1は東京タワー方面に進路を変えて進行していた。
そして、台風の勢力は遂に最高に達していた。
「ダメだ!照準がまるで合わない!」
「焦るな!わしらしかもう戦えるものはいないんじゃ!補助はわしがする!」
最後のガルーラ、蒼井機は強風に煽られながらも、G1の周囲を移動し、攻撃を続けていた。陸上自衛隊の対G戦車隊も引けを取らない。
グオォォォォーーーォン!
しかし、既に全員の脳裏には一様の諦めがあった。「どうせゴジラを倒せるのはゴジラだけだ」という諦め、そしてそんな敵に無謀に挑んでいる自分達への自棄が、今の彼らを戦わせている。
刺!刺!弾!弾!弾!刺刺!
あらゆる攻撃をひたすら、ただひたすらに加えていた。
G1は東京タワーに見向きもせず、真っ直ぐ超えていく。その先にあるのは、国会議事堂。
そして、暴風雨が突如止み、東京は台風の目に入った。
2005年9月22日19時50分。
台風の目に入り、ヘリコプターを飛行させる事が出来る事を確認し、三神、グリーン、優、そして台場はヘリコプターに乗り込もうとしていた。
「………三神博士、本当にあんなむちゃな作戦を決行するんですか?」
武田海将補はもう一度確認する。それもそのはずだ。G1を倒す為に、オキシジェン・デストロイヤーを東京で使用する事を決めた三神達だが、本来水中で使用する兵器を陸上でどうすれば使用できるか、それが問題だった。そして出された結論は、台風の目の間にヘリコプターからオキシジェン・デストロイヤーをG1の中に落とし、体内で起動させるという荒業であった。
「します。僕達はもう決意が出来ています。脅威には脅威で対抗する。これしかないです。………少なくとも、現在の僕達がゴジラを倒せる可能性はもうコレだけです。G1がまた誰かの命を奪う前に、これで決着をつけます」
「わかった。我々は、あなた方に全てをゆだねる他ない。………台場君、キミはもう自衛隊の人間ではない。本当にいいんだね?」
台場は頷いた。
「この仕事は何があっても、他の人には任せてはいけない。それに、体調こそ万全ではありませんが、それでもここにいる中で、グリーンさんの次にヘリコプターを的確に操縦出来る腕を持っていると自負しています。元ガルーラパイロットに任せてください」
台場は胸を張って笑った。それに武田海将補は素直に応じた。
「これは、海将補でも、おおと艦長でもない、ただの武田玄三の言葉だ。………任せた」
四人は静かに頷き、ヘリコプターに乗り込んだ。
「目標は、国会議事堂方面に進行しているG1。それもあの巨大な口の中にオキシジェン・デストロイヤーを投下する。それだけだ!……行くぞ!」
グリーンはヘリコプターを離艦させ、無風に近い空をG1に向かって進んでいった。
途中、眼下に広がる東京は、彼らの知る東京ではなかった。ボロボロに壊された、惨状が広がる町であった。そして、すぐにG1の姿が見えてきた。離陸直前まで、ハッキリとその場所を特定出来るほどに上がっていた爆炎や爆音は減り、小さく燃える戦車がG1の軌跡に残されていた。
「いよいよだな。………三神、それを投下するは俺がする。いいな?」
「ダメだ。それは僕の役目だ。こいつを作り、G1を倒し、全てを終わらす。グリーンは確実に落とせるように、ヘリを操縦してくれ」
後部座席に座る三神は静かに言った。
「いや、落とすのは俺がする。CIAの腕を信じろ!」
「信じている。しかし、これは僕の責任だ」
グリーンは振り向き、アタッシュケースからオキシジェン・デストロイヤーを取り出す三神の目を見た。
「………まさか」
ヘリコプターは国会議事堂の目の前に立ったG1の上空をホバリングさせ始めた。蒼井も陸上部隊も何かを察知し、攻撃を止め、G1から距離を取った。
「おい、三神!まさか投下するんじゃなくて、自分も一緒に飛び込む気じゃないよな?」
優と台場が驚く中、グリーンは操縦を台場に任せ、後部座席へ立った。そして、三神の服の襟を掴む。
「それしか完全な水中ではない体内での使用は成功しない。かなり高い確率で不発になってしまうと思う」
「!」
「うぐっ!」
グリーンは三神を殴り飛ばした。三神は優の足元に倒れる。
「そんな事はさせない!お前はただゴジラとDO-Mを研究し、切り札を作ったに過ぎない。今回の事がここまで世界を揺るがす事にまで発展させてしまったのは、早期に的確な動きが取れなかった俺の責任だ」
「……いてぇ。あっ!グリーン!」
頬をさすりながら立とうとする三神は、その手にあった筈のオキシジェン・デストロイヤーがグリーンの手にある事に気がついた。
「悪いがゴジラと心中するのは、俺だ」
グオォォォォーーーォン!
大きく不気味な咆哮をし、G1は大きな口を開いた。千載一遇の大チャンスは遂に到来した。
「おいっ!」
三神はグリーンを掴もうとする。
発!
瞬時に拳銃を取り出したグリーンは迷わず発砲した。
銃弾は三神の服の襟をかすめ、焦がす。
「……言っただろ。邪魔をするな。………次は当てるぞ」
「………」
グリーンの眼を見て、三神は諭した。グリーンは三神を殺してでも行くと………。
「ならば!………なら、僕が行く。ソイツは僕が作ったものだ。………芹沢博士も、ソイツの責任を負った。………グリーンは生きろ」
三神はゆっくりと、不安定なヘリコプターの中を、せり寄って行く。
発!
「うわっ!」
「キャァァァ!」
グリーンの拳銃は再度発砲された。しかも、今度は三神の足をかすらした。かすめたと言え、銃弾はジーンズを破き、足からは血が滲んでいた。
三神はその場に沈み込んだ。優は悲鳴を上げ、三神の方へ近付く。
「………悪いな。だが、お前は生きろ。そして、二人は幸せになれ。………Good Luck!(元気でな!)」
………グリーンはヘリから飛び降りた。
まだG1は口を大きく開いていた。そして、グリーンはまっすぐその中へ消える。
………本当ならば、命綱を使って何度も挑戦しなければ到底成功出来ない様な無謀な事を、スパイのジェームス・グリーンは一発で成功させた。
………一瞬、全ての時間が止まった。
いや、三神が止まっていて欲しいと願っていたのかも知れない。
しかし、台風の目という事実とは別の、無音無風の世界が一瞬の時を流れた。
そして、台風の目が終わりを告げ、再び大雨と風が三神達を襲う。
G1は雨に打たれながら、口を閉じる。その瞬間、喉の奥で何かが光った。しかし、G1は口を閉じた。
………ゆっくりと。………ゆっくりと。しかし、確実に。
確実に、G1の動きは遅くなる。
G1の手足は痙攣をわずかに起こし、先とは違い小刻みに口を開け閉めする。そして、目は白くむき、口からはやがて泡が吹き出してきた。
そして、遂にG1は嵐の東京に沈んでいった。
嵐は、火の海となった東京を洗う。そしてG1の亡骸は、まるで雨に溶け、流されるかの様に、グリーンが体内で起動させたオキシジェン・デストロイヤーによって、溶かされていく。
更に、G1の体内に収まらない酸素以外の気体が、G1の至るところから噴出し、雨のベールに包まれたG1───ゴジラの最期を幻想的に演出する。
どのくらいの時が経ったのかわからない。
しかし、ヘリコプターの燃料が限界にまで達するまで、三神達はG1が嵐に洗われ、その姿を完全に消えたのを見届け、更に放射能に汚染された首都・東京がオキシジェン・デストロイヤーを含んだ雨に洗われていく様を、ただ見つめ続けていた。
………こうして、嵐の様な一年は、嵐と共に全てを消滅させていった。