東京
2005年9月22日15時50分。
グリーンが予測していた通り、土方機の残りの戦力はかなり少なかった。
「ニードルが残り二発。カドミウム弾が一発。ミサイルが二発。そして、冷凍光線が一番多くて三発分のエネルギーね」
土方は確認をするとそう呟いた。
残り戦力は極僅か。しかも、G1は御徒町を過ぎ、上野公園の前に差し掛かっていた。
グオォォォォーーーォン!
G1は雷鳴にも引けを取らない咆哮の後、ぬかるんだ上野の丘そのものを踏み潰しながら、西郷隆盛像を尻目に、ビルを崩し、不忍池に足を踏み入れた。
そして、弁天堂、大黒天堂を踏み潰す。
「わりゃー!」
土方は冷凍光線を大黒天堂を踏み潰したG1に向け、奇声と共に放った。
しかし、G1は首を下げ、回避!冷凍光線は公園にかかる石階段と雨に揺れる周りの木々を凍結させた。
「しまった!」
『土方!冷凍光線は注意して使用しろ!』
『赤川!注意より………土方!回避だ!』
蒼井が叫ぶ。慌てて土方はG1を見る。
グオォォォォーーーォン!
G1は咆哮と共に、土方機を尾で叩き落そうとした。
「くぅっっ!」
間一髪で回避したが、一瞬バランスが崩れる。機体が損傷したのかもしれない。
「ゴジラァァァァァァ!」
刺!刺!爆!爆!弾!
土方機は不忍池を旋回すると同時に、ほぼ中心にいるG1に一斉攻撃する。
『無駄遣いするな───』
グオォォォォーーーォン!
赤川の声はG1の咆哮にかき消される。
爆爆爆!刺!弾!
上野駅側の陸自の援護攻撃がG1に加わるが、G1は全く意に介さず、素早く背鰭を白く不気味に発光させ、更に息を吸う。
「死んでたまるかぁ!」
土方は血走った目で、ガルーラを操作し、更にもう一発冷凍光線を用意する。放射能火炎よりも冷凍光線の方がチャージ時間が僅かながら早い。その差は勝機を生むには十分だ。
しかし…………
「早い………!」
『『脱出しろ!』』
彼女が覚えているのは、蒼井と赤川の声、そして同時に押した緊急脱出と冷凍光線発射のボタンであった。
後は、瞬間的に台風の風に流され、公園内にある駅前の文化会館前で救助された後の記憶であった。
2005年9月22日16時頃。
「なんて素早い放射能火炎なんだ………」
グリーンはそれを見て、この言葉しか出なかった。
土方機が冷凍光線を撃つよりも早く、G1はパワーブレスを放つかの様に口に吸い込んだ息で口内に火球を作り、放射能火炎の半分以下の時間で超高熱の放射能を帯びた火球を土方機に放ったのだ。しかも、空気を多く含んだ火球は爆発的な熱と破壊力を持って、土方機をほとんど空中分解に近い形で墜落させた。
そして、バラバラになる直前に、冷凍光線と共に土方が脱出した。
「土方さんは無事脱出したみたいね………よかった」
優は一先ずその事に安堵した。そして、三神に言った。
「あれって、前におおとに使ったパワーブレスと放射能火炎の複合技?」
「いいや。あの時のものとは比べ物にならない完成度だ。今まで何度か使用する内に、完全に新しい技として習得したんだと思う。
あの火力………『爆熱火球』と言った所か」
三神は真剣な顔をして、また見当違いな事を言った。しかし、そう感じるのはもはや台場のみで、グリーンもそれに加わる。
「英名ならば、『burning breath』なんて良さそうだ」
「そのセンス、まんまパワーブレスと同じじゃない」
優までも笑いながら言った。この瞬間、台場は一年近く続いたゴジラをめぐる戦いの中で彼らが平然と今も居られるのかがわかった。………気がした。
そのような事はお構いなしに、G1は凍結した上野動物園を進み、根津、千駄木方面へと進んでいた。
2005年9月22日16時20分。
刺!刺!刺!
ゆっくりと進むおおとから放たれた四発のニードルの内、三発がG2に命中した。そして、一発は。
「ニードル、レインボーブリッジ破壊」
「風に流されたか………」
風によって、激しくうねるレインボーブリッジの支柱にニードルは当たってしまい、支柱は強風も相まって、砕けた。衝撃で切れたワイヤーが先のショックアンカー同様、生き物のように動き、吹き飛ぶ。そして、安定を失ったレインボーブリッジは、風雨と波に封鎖ではなく、破壊された。
更に駄目押しとばかりにG2が、崩す。
「陸自からの連絡です。現在、お台場にて待機中の部隊が援護射撃をするそうです」
「ありがたい。よし、こっちも追撃せよ」
おおとからニードルが発射された。そして、お台場にいる陸自部隊からも砲撃をする。
しかし、G2はそれら攻撃をものともせず、お台場から離れ、隅田川へと進んでいく。
「艦長?」
部下が武田海将補を見る。聞きたい事はわかっている。このまま進むかだ。
「おおとの底力を見せ付けろ!進める限り進む。攻撃をやめるな。陸自部隊が移動する時間だけでも稼ぐぞ」
そして、武田海将補は地図を見る。このままなら間違いなく二匹のゴジラは向かい合う事になるであろう。
2005年9月22日16時20分。
G2がレインボーブリッジを破壊するのと時を同じくして、G1は東京大学のある丘の追分とは反対の道を下った後楽園、東京ドームを過ぎ、水道橋駅の横に走る堀に沿って進み、御茶ノ水駅を目の前に迫っていた。
残る三機のガルーラは、エネルギー、弾数を確認しながら攻撃する。さらに湯島聖堂の脇から陸自の誘導用照明弾をG1にむけ放つ。しかし、最早G1はその本能への攻撃も通用していない様である。さながらG1の驚異的ともいえる戦闘本能を考えると、理性こそが本能を上回る存在となっているのであろう。
「………ゴジラの精神というのも考えると面白いかもな」
三神は、土方機との戦闘で半壊された不忍池上空のヘリから、御茶ノ水を見ながら呟いた。
「どうした?」
グリーンがヘルメットに長い髪を納めなおしながら、三神の独り言に聞き返した。
「………ん?ゴジラの持つ精神を理解しなければ、ゴジラを征する事は出来ないって話さ」
三神の返事に小さな?マークを頭に浮かべているグリーンを尻目に、再び御茶ノ水の様子を見る。そう時間は掛からずに中央通に戻る事となるだろう。
2005年9月22日16時30分
『G1は今どんな状況だ?』
「武田さん、蒼井です。G1は現在御茶ノ水を通過、中央通に戻り、万世橋を渡ろうとして、崩れた橋に足をとられています」
蒼井は堀に落ちた万世橋に足をとられ、もがくG1を見て答えた。その少し間の抜けた光景に蒼井は思わず噴く。
『面白いのか?』
「間が抜けておるな。推定体重二万トンといわれる巨体が堀に落ちれば当然じゃがな」
耕助が言った。
『………今の声、三神さんですか?おい、蒼井!』
「しまった!はい、報告が遅れました。三神元教官は機能障害を起こしたガルーラの操縦補佐の為、緊急につき、特別に搭乗しています」
『思いつきの言い訳にしてはまぁまぁだな。緊急時である以上、今は許可するが、後で処分の対象になると思えよ』
「了解~。………武田さん、G1が立ち上がりました。神田方面に中央通を移動開始」
『まずいな。わかった。可能な限り前進を阻止してくれ。G2は既に隅田川に侵入している』
「了解」
蒼井は悠然と中央通を歩むG1の周りを迂回すると、カドミウム弾を打った。
2005年9月22日16時35分。
隅田川の名物の一つ、昭和の東京の運搬を支えた開閉式の橋、勝鬨橋。
その長い時間東京を見守ってきたこの橋だが、この橋もまた、G2の背鰭により壊される。
もう二度としまる事のない勝鬨橋の下を戦艦おおとはゆっくりと進んでゆく。
「G2、進路を変え、八丁堀方面に向かっています」
「可能な限り進め。恐らく上陸する。攻撃はそれまで待つぞ。残り少ない以上、無駄は出来ない」
武田海将補は静かに、マップ上のG1、G2と書かれた文字を眺めた。
2005年9月22日16時40分頃。
「おい、あの爆炎………」
グリーンが八丁堀の辺りを見て言った。
三神も八丁堀を見る。暴風雨が見通しを最悪のものにしているが、明らかに風雨とは違う爆発と煙、炎が浮かんでいる。
「G2?」
「だろうな。陸自とおおとの攻撃だろう」
その時、ヘリが兆弾したミサイルの爆風で揺れる。
「こらっ!運転に集中!」
優が慌てる。台場も文句こそ言わないが、その苦痛の表情は文句が言えないだけである事がわかる。
「G1は神田をもうあんな所まで進んでいるのか」
中央通を進み、神田周辺で陸自とガルーダがG1と戦闘をしている。しかし、その場所は既に神田を過ぎようとしている。
その時、二匹のゴジラにそれぞれミサイルが当たる。
グオォォォォーーーォン!
グオォォォォーーーォン!
爆音と暴風雨、雷鳴の中、G1とG2の咆哮が嵐の東京を包む。
そして、ミサイルの煙の中から二匹はお互いの方角を見る。
「お互いの鳴き声で場所を確認したみたいね」
「あぁ。このまま行くと、………日本橋で向かいあう事になるな」
三神は優に言った。
そして、その予想はすぐに現実のものとなる。
三神達のヘリ、三機のガルーラ、陸上自衛隊の戦車、隅田川にいる戦艦おおと、全ての人間、生物が見つめる中、G1は中央通を外れ、G2も八丁堀から離れ、日本橋に到達した。
グオォォォォーーーォン!
グオォォォォーーーォン!
二匹のゴジラは日本橋を挟み、遂に向かい合い、咆哮した。
遂に、遂に始まるのだ。
誰一人見た事がなかった。ゴジラ同士の戦いが。