東京
2005年9月22日12時45分。
三神は、恵美子氏を送り届け、戻る途中であった。今度の目的地は、グリーンと優と合流する事であり、少しでも様子を知ろうと首都高1号沿いに迂回して進んでいた。
その時、携帯電話の着信音が鳴る。三神は、すっかり人気の無くなったゴーストタウンの路肩に車を停車させ、電話を出た。
相手は、珍しい事に父親からであった。すっかり思考から消えていたが、実家は東京都江戸川区で、完全に避難の対象だ。
「もしもし、避難ちゃんとしたか?」
三神は藪から棒に言った。父親曰く、既に仕事関連の愛知県にある宿舎に向かって、静岡県内を移動中だそうだ。
しかし、彼も隔絶があるものの、父親の安否が少しは気になったらしい。長い渋滞の時間つぶしに、確認を取ってみたところ、耕助の所在が完全に不明らしい。そこで、この事を三神に託す為に連絡したそうだ。
「わかった。じぃちゃんは僕に任せておいてくれ。父さん達は早く避難してくれ。ゴジラと戦う世界一の息子に迷惑はかけるなよ」
三神は軽く冗談を言って、電話を切ると、グリーンの番号を押そうとした。
その時、聞き覚えのあり、二度と聞きたくはなかった。そして、第三発目となるゴジラ最凶の必殺技、N-バメーストの音と台風16号の豪雨を吹き飛ばしていく衝撃波であった。
三神は、腕時計のガイガーカウンターを見ながら、車から降りて、東京湾の方を見た。
もはや体が濡れる事など気にする余裕等無かった。
果たして、どれほどの人間がこの脅威の被害を受けたのであろうか?
避難は完了していたのであろうか?
横浜は?川崎は?木更津は?海ほたるは?
戦艦おおとやガルーラ、そして艦隊の人々は?
浮かぶ疑問は全て払拭する事の出来ない最悪の光景のみだ。
いくらこの暴風雨にその身を晒しても、下着までその雨水で濡らしても、プールのように巨大な水溜りに身を投げても、この絶望は拭えない。………拭えはしない。
もう、放射能がなんだ…………。
死がどうした………。
ゴジラが………。
オキシジェン・デストロイヤーが………。
DO-Mが………。
一体、自分になんの関係があるってんだ………。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
三神のその叫び声は、無残にも雨と風によってかき消されてしまう。
片手に持つ携帯電話は、完全に電源が落ちている。
やはり、壊れたか………。
そして、次第に遠退き始めた意識に、人の声が聞こえた。
人の声だけではない。水溜りをかき分け進む、聞き覚えのあるエンジン音。
「キミ!………大丈夫ですか?」
目を開くと、そこには雨具を着た陸上自衛隊員。そして、三神の車の横を、列を成し移動する戦車群。その中には、兵器が無知の三神でも知っている九〇式戦車の姿もある。
「ここも放射能の安全が保障されていません。車のトラブルでしたら、安全な地区へお連れしますが?」
隊員は三神に言った。
「そ、そうだな………。例え、おおとやガルーラ、蒼井達がやられても、僕らがいるんだよな。悩む時間は無い。…………ゴジラを倒してから、それから悲しもう!………しゃぁぁぁぁぁ!」
「だ、大丈夫ですか?」
突然独り言を言った後、叫んだ三神にあからさまに警戒をする。
「ここは安全です。勿論、N-バメーストの放射能がこの台風に乗って、ここまで届かない保障はありませんが、ニューヨーク、岩戸島沖の事例からして、直接的な被害は海ほたる以外は無いでしょう」
「あ、あなたは一体………」
突然話出した三神に、更にあっけにとられる隊員を他所に、三神は言った。
「戦艦おおととガルーラの………艦隊の被害状況は?………自分の事はいいから!」
2005年9月22日13時20分。
戦況は完全に逆転した。
武田海将補は、N-バメーストの破壊力とおおととガルーラの装甲の強さを実感させられていた。
『………ぅぅ』
『………ぁ』
通信機から届く、他の艦の乗組員の悲鳴が、断末魔が今も尚聞こえ続けている。
「被害把握が、完了しました。………前方の海ほたるは海上、海中問わず破壊。しかし、陸地には被害の確認はされていません。そして………艦隊の被害は、当艦とガルーラ、そして護衛艦を一艦残し、全滅。推定死者合計は………」
「言うな!」
武田海将補は叫んだ。決して、決して泣いてはいけない立場だと、自分に言い聞かせても、彼の瞳からは涙が止まらない。
「二………二千人を超えると思われます」
「く、くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
武田海将補は、台の上に置かれていたものを全て払った。床に落ちる音が響く。
「みんな、俺は………立場を超えて、復讐心から指示を出す。………再始動!ショックアンカーの確認、及び全ての確認を至急行え!」
「「………了解!」」
彼らは武田海将補につき従う決断をした。復讐心を決して出して戦ってはいけない。しかし、彼らの原動力は最早それしか残されていなかった。
「ガルーラに先に行くよう信号弾を発射しろ!確認が完了し次第、陸自に向けた信号弾を発射!」
「「了解」」
しかし、そうしている間にも、ゴジラは臨海副都心、葛西臨海公園、あの浦安のアミューズメントパークを目前と迫っていた。
2005年9月22日13時15分。
その少し前、都内にある三神が使用していた研究施設に、一人の男が侵入していた。
不謹慎ながら、N-バメーストの影響で警備システムが落ち、あっさりと侵入が出来た。しかし、元々彼の実力ならばこの程度の警備システムはないも同然の代物であるが。
そして、男は無駄の無い動きで、三神の使用していた研究室に入った。
そして、即予備電源でコンピューターを立ち上げ、原本資料、そしてDO-Mのサンプルを探し始めた。目的は、オキシジェン・デストロイヤーだ。
しかし、コンピューターは男の目の前で、データがクラッシュした。
「………な、コンピューターウィルス?………いや、これは自己崩壊プログラム」
「ご名答!………我がCIA特製のアポトキシンという機密保持用のプログラムだ。完全に消滅させ、復元は一切不可能。更に、バックアップを入れても、このコンピューターに入れた瞬間に、そのバックアップまでも消去される優れものだ。CIAもやるだろ?………ブラボー」
そこへ現れたのは、グリーンであった。そして、懐中電灯でかざされた男は、ブラボーであった。
「先を越されたか………」
「残念ながら、それも違う。俺はアンタみたいに仕事熱心じゃないんだ」
「………祖国を裏切ったのか?」
「正確には、祖国は全く関係ない。指令が出ていないので。変わりに、ちょっとヒーローをする事にしただけの話だ」
「………三神の為に、オキシジェン・デストロイヤーの抹消か」
「あぁ。あいつが何故DO-Mを封印したかを知った以上、商売敵の邪魔する道理はあっても、協力する道理は全く無いからな」
「しかし、まだこの部屋にサンプルは残されている筈だな?………お前を助けて、協力したのは失敗だったか。お前を殺し、サンプルを頂かせてもらう」
発!発!
ブラボーはすばやく両手に拳銃を持ち、撃った。窓ガラスが割れる。
しかし、グリーンは巧みに身を翻し回避し、拳銃を抜く。
発!
グリーンの弾を交わし、物陰にブラボーも隠れる。
「随分と腕を上げたな」
「支援者がよかったからな」
「しかし、自分で咲かせた花は自分で枯らさせてもらう」
ブラボーが動いた。
発!発!
グリーンも動く、そして身を回転させながら、拳銃を撃つ!
発!
「うっ!」
銃弾は、ブラボーの右手に持つ拳銃を吹き飛ばす。
更に、グリーンはオートクレーブのスイッチを入れた。予備電源が作動しているのか、オートクレーブは高圧蒸気滅菌を開始した。
「これで、DO-Mはこの世から再び消滅した」
「こんな事をして、いいと思うのか?………ゴジラはまだいるかも知れない!そして、N-バメーストを東京湾でG1は放ったんだぞ!もし、あのオキシジェン・デストロイヤーが失敗すれば、人類は本当に最終兵器を………最後の希望を失うんだぞ?」
「最後の希望は、パンドラの箱と同じで一つしか存在しなんだよ。………早く逃げた方が良いぞ」
「え?」
「俺はアンタの上司と同じで完璧主義的なんだ」
グリーンは不敵に笑った。
「ま、まさか!」
ブラボーは外へ走った。そして、しばらくして………
爆!
研究施設は、爆発、炎上した。
そして、炎の中からグリーンが現れた。
「さっさと姿を消しな。もうアンタの仕事は終わりだろ?」
グリーンはまるで台風の暴風雨で、体の熱を冷まさせるかの様に、燃え盛る研究施設を背に悠然と立っていた。
「なぁ。何か手伝う事、無いか?」
「………そうだな。周辺地域に行って、ゴジラ団の残党が何かしでかさないか確認してきてくれ」
「ふん。オレは用無しか。わかった。そうさせてもらう。………グリーン、お前のやった事はお前の独断としておくが、いいよな?」
「あぁ。恩に着る」
ブラボーは軽く笑うと、雨の中に消えていった。
そして、炎を目印に一機のヘリコプターがやってきた。
「おまたせー!」
優がヘリから顔を出し、梯子を降ろした。優が台場を転院する際にしようしたヘリコプターだ。
2005年9月22日13時50分。
三神は、陸上自衛隊の車でお台場海浜公園へ移動していた。
「三神博士、ここでよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます」
三神の正体がわかり、協力してくれる事になった。有名になる事もいい事もあるらしい。
見ると、ゴジラは三神達の五キロ程離れた葛西臨海公園前の海にいた。
「もうこんなところまで………」
その時、東京湾から空に信号弾が上がった。大荒れの海で、その主はわからないが、ほぼ間違いなくおおとからであろう。
「陸上自衛隊に援護要請です」
隊員は説明してくれる。
そして、視界の悪いせいで気づかなかったが、ゴジラの周りには四機のガルーラが攻撃を仕掛けている。距離が近づくにつれ、その攻撃の音がはっきりしてくる。
刺!刺!刺!刺!
ニードルをゴジラに向かって撃っているらしい。
そして、一機が迂回して、三神達の上を通過する。赤いライン、赤川機だ。
その時、雷鳴がこだまする。その光と音で、一瞬三神の視界が眩む。
そして、目を開くと、どこからともなく、揺れが伝わる。
しかし、この位置からではゴジラの姿が確認できない。果たして上陸をしたのだろうか?
「三神博士、ここは危険です。それに我々もそろそろ隊に戻らねば」
「………わかりました。移動しま………」
その時、上空から彼らの前方に一機のヘリが降り立った。
「こんなヘリの情報は知らないぞ」
隊員は驚く。しかし、三神の顔には笑みが浮かぶ。
「自分はあのヘリで移動します!皆さんもお気をつけて」
三神はすばやくヘリに乗り込んだ。片手にはアタッシュケース、そして全身はビショビショである。
「いくらなんでも濡れすぎやしない?」
優はすかさずツッコム。
「水も滴るいい男っていうだろ?さ、行こう!」
呆気にとられる隊員を残し、三神達のヘリは離陸した。
2005年9月22日14時。
「すみません。こんな無茶を頼んでしまって」
三神は操縦士に恐縮した。
「構いはしないですよ。それよりも、鬼瓦先生の治療技術の方が自分は驚きですよ。まさか、行きは搬送されていたはずが、帰りは操縦しているのですからね」
操縦士である台場は笑った。とはいえ、時折り優が、バイタルをチェックしている。
そして、グリーンが交代し、台場はシートに身を沈めた。かなりの無理であったらしい。
「すみません」
「先生が謝る事はありません。予定していた操縦士が怖気づいて逃げてしまったのがいけないのですから。それに、例え頼まれなくとも、こちらから志願していました。なんせ、仲間が戦っているのですから」
台場は外を見た。グリーンの操縦は、台風の中でも安定しており、ゴジラの姿を窓越しにしっかり確認できた。
「やっぱり上陸していたのか」
三神は呟いた。
その時、青のラインが入ったガルーラがゴジラに向かって、ニードルを放った。
しかし、ゴジラはその動きを予測していたのか、すかさずパワーブレスを放った。
そして、蒼井機はパワーブレスをもろにくらい、浦安の方へと不時着した。
「蒼井のヤツ、大丈夫か?」
「大丈夫だろ?………あいつは殺してもしなない。たぶん」
事実、破壊されたような雰囲気ではない。そして、このヘリ自身も、そう長くゴジラの近くを飛行する訳も行かず、距離をとり、荒川上流の大きな煙突が目立つ焼却場上空から様子を見る。
2005年9月22日14時15分。
ゴジラが江戸川区、荒川区を移動していく中、浦安の江戸川沿いの倉庫群に不時着した蒼井は、意識を取り戻し、起動の確認をしていた。
その時、蒼井機に石が投げられた。蒼井は外を見た。
「三神指導官!」
そこには、雨具に身を包んだ耕助がいた。
「時間が無い。手伝うぞ」
耕助は笑った。